暴君-3
三巡目の訓練を無事終えて、夜が訪れた。まるで通夜の様な雰囲気の中、一同が黙々と夕食を口にする。中には食欲の無い者もおり、膝の上に手を置いて、湯気立つ料理をぼうっと見つめていた。
「無理にでも食え。身体が持たんぞ」
俺は手早く自分の食事を済ませると、食器を片付けて見張りに向かった。彼女たちは訓練で疲労しているので、見張りは疎かになるだろう。俺が補佐しなければならないし、これも極限状態で精神を強く持つ訓練だと割り切っている。
「見張りのシフト交代だ。チンタラするな。マリア、ローズ。食うのを止めろ。食事をもってついて来い」
ローズは自分の食事をナプキンに包み、ランチボックスに入れて席を立った。だがマリアは席を立たず、媚びた笑みを創り上げて俺に哀願してきた。
「ナガセ様ぁ……私まだくたくたなんだ……だから今日の見張りのシフト、変わってもらえないかなぁ……」
「お前は一巡目だ。皆と同じだけ、休息を取ったはずだが」
俺の言葉に、マリアが肩を落として、疲労を強調して見せた。
「でも体がだるいんだよ……食欲もないし……」
「お前は病気か? それとも怪我をしているのか?」
「それは……違うけど」
「では行くぞ。夜は冷える。俺も水には触れたくない」
マリアは目の前の料理を、慌ただしくランチボックスに詰め込んだ。そして席を立って、俺より先に倉庫へと突っ走っていった。
俺たちが中庭に出ると、マリアとローズは見張り台へと駆け上がる。俺は塀の門前で、仁王立ちになる五月雨の足元に寄った。脚部に取り付けられた超音波センサーで、俺の存在を感知したのだろう。五月雨のスピーカーから、サクラの声が聞こえて来た。
『ナガセ。交代でしょうか?』
「ああ。降りろ」
五月雨の下腹部の搭乗口が開き、コクピットからロープが垂れさがる。それを伝ってサクラが軽やかに、地面に降り立った。疲労で顔色は悪いが、表情は暗くない。今の境遇に不満が無い様だ。
サクラは俺に一礼すると、機敏な動作でドームポリスに戻ろうとした。まるで軍人のように無駄が無い。彼女は俺のしごきに耐え、その苦痛の中に喜びすら見出している。叩けば叩くほど成長するのは嬉しい。だが正直すぎるのは頂けない。
「サクラ。ちょっといいか?」
俺が呼び止めると、サクラは嬉しそうに振り返った。
「はい。何でしょうか。何か不手際でも?」
「いや。そうではない。姿勢を楽にしろ。あ~、そのだな、お前は辛くないのか? 苦しくないのか? 自由を制限されて、刃向かうことも許されず、苦痛を強いられているんだぞ」
「しかし、この苦痛は必要な物でしょう? 私は耐え、その先に進むことに異存はありません」
サクラは俺に向かって、曇りなく笑って見せた。お前。一体何処からその電波を受信している。これが愛と言う奴か? とんでもないな。まぁいい。仄めかしても駄目なら、徹底的に叩き落としてやる。俺は口の端を歪めて笑うと、彼女を蔑みの込もった眼で見た。
「正直貴様は出来が悪い。要領は悪いし、物覚えも悪い。俺はアジリアを集中的に育てる事にした。貴様はもういい」
サクラはショックを受けたように、柳眉を下げた。だがすぐに表情を引き締めた。
「ええ。このまま今日を終えるつもりはありません。人攻機の訓練を――」
そうじゃない馬鹿。俺はサクラを遮った。
「しても無駄だ。もう寝ろ」
「はい!」
サクラは俺にしまった敬礼をすると、ドームポリスに全力疾走していく。これは対抗心に燃えて、気絶するまで勉強するハラだ。俺は慌ててサクラを呼び止める。彼女はUターンをして、俺の目の前に戻って来た。
俺は頭痛を堪えるように、こめかみに手を当てた。もう本当のことを言うしかあるまい。
「サクラ。頼むからお前は休んでくれ。そろそろ身体を壊す。これは命令だ」
サクラは出し抜けに俺の本音を聞かされて、一瞬間の抜けた顔になる。やがて会話の一連の流れを理解すると、嬉しそうに表情を蕩けさせた。彼女は顔を赤らめながら、もう一度しまった敬礼をした。
「承知しました」
サクラが緊張の抜けた足取りで、他の見張り仲間とドームポリスに戻っていく。俺はその背中を見送りながら気付いた。サクラが自分を捨てれば捨てるほど、俺は心配する。サクラは本気だからだ。サクラは捨てた分だけ俺に構ってもらえるので、躊躇うことなく自分を捨て続ける。このままだと何もかも捨ててしまう。いかん。最悪な悪循環だ。かといって放置すると、またカットラスを乗り回すぞ。これも個性や運命と言ってしまえばお終いだが、俺はこの世界にいてはいけない存在なのだ。
俺は軽くむせた。肺が少し痛い。だがこの前のように血は吐かなかった。薬を口に放り込み、水なしで飲み込む。俺は胸を抑えながら、虚しい息を吐いた。俺はいずれいなくなる。その時彼女はどうする? いなくなれば他に縋ると思ったが、彼女はもう俺の伴侶のつもりでいる。墓まで付いてきそうだ。
俺は五月雨から垂れ下がるロープを引いた。ロープが俺を乗せたまま巻き上げられ、俺はコクピットへと引き上げられた。ハッチを閉めて、見張りを引き継ぐ。まず俺は外部に呼び掛けた。
「各自。状況を報告せよ」
一拍遅れて、ローズから通信があった。彼女は右側見張り台の担当である。
『異常ナシなんデスケド……ナガセ? ちょっと聞きたいことがあるんデスケド……』
ローズが遠慮がちに尋ねて来る。
「今は見張りに集中しろ」
『いいえ。言わせてもらうわ。私が寝た後、起きていた連中は、あなたに一体何をしたの? あなたをそこまで怒らせるなんて……並大抵のことじゃないと思うんデスケド。一体何があったの?』
そう言えばローズは、最初に冬眠したグループだったな。冬眠前の惰弱な俺が、今のように普通に戻った経緯が理解できないのは道理だ。だからと言って答える道理も無いが。
俺は一方的に通信を切って、マリアの連絡を待った。だがいつまでたっても、マリアからの状況報告はない。俺は人攻機の首を、マリアが担当する左側見張り台に振った。そこには土嚢に囲まれた、機関銃が備えられた銃座がある。マリアは機関銃にもたれかかり、食事を放り出して眠りこけていた。
「寝てやがる」
今日だけは勘弁してやるが、次からは電流をお見舞いしてやる。俺は人攻機の立ち位置を、少し左側にずらして、マリアの分の見張りも担うことにした。
ローズは人攻機が動いたのに反応し、マシラが襲ってきたと勘違いしたようだ。機関銃のサーチライトを点灯し、草原の索敵を始めた。まだ練度が足りんな。反射的に動くのは、兵士として落第だ。
「ローズ。敵を呼ぶつもりか? 俺は敵を感知したと、通達していないぞ。とっとと光を消せ」
ローズはすぐにライトを消した。だが俺の横柄な物言いに、カチンと来たようだ。ジト目で五月雨を睨んできた。そこで彼女は、見張り台で眠りこけるマリアにも気付き、事情を察する。ローズは俺の行動を、えこひいきと思わない程、優しくて気高い女だった。俺の厚意を優しさと勘違いし、幾分か表情を柔らかくする。しかし変化に対する不安の陰りが、晴れる事はなかった。
俺は見張りを続けながら、アイアンワンドに通信を入れた。
「アイアンワンド……談話室の映像をこっちへ」
『サー。覗き見ですか?』
「鬼の居ぬ間に、どんな洗濯をしているのか気になってな」
『ふふふ。良い御趣味ですね』
「それはシャワーを覗いたときに言え」
『ご興味が?』
「オカズにはお前を使ってやる。アイアンワンド」
俺は軽口を叩くと、急かすようにモニタをコツコツと叩いた。正面モニタの右下に、談話室の、監視カメラの映像がワイプされる。俺は見張りを行いながら、その映像にたまに目をやりつつ、会話に耳を傾けた。
談話室では食事を終えた彼女たちが、思い思いに羽を伸ばしている。アカシアはクッションに埋もれ、サンとデージーは、並んで壁に背中を預けている。プロテアは自分の銃を磨いており、アジリアは椅子に腰かけて新しい本に目を通していた。他の女は自室で寝たか、暇でも潰しているのだろう。そこに見張りから戻った一団が、談話室に入ってくる。サクラとピオニー、そしてリリィである。
リリィはアカシアの埋もれるクッションに、頭から飛び込んでいって顔を埋めた。そのまま身体を投げ出して、人形のように動かなくなった。
「づかれだぁぁぁ……もうやだよぉ……苦しいの。でもやらないともっと苦しい目に合うしぃ」
リリィは唯一動く口から、愚痴をぼろぼろこぼしだす。それにつられて、アカシアが泣きべそをかきながら呟いた。
「こ……こんなのが毎日続くの……こんな地獄みたいな日が……」
暗くなる雰囲気に、アジリアはうっとおしそうに表情を歪めて、呼んでいた本を閉じた。反対にサクラは皆を激励するように、両腕を振り回して訓示を始めた。
「今は辛いかもしれないけど、頑張って乗り越えなきゃだめよ。私たちはあの化け物と戦うんだからね。分かってるでしょ? 連中はただ殺しただけじゃ、死なないのよ。ここで手を抜いたら、危なくなるのは自分の命なのよ。しっかりしなきゃ」
流石はサクラ。俺の言わんとするところをしっかりと押さえている。アカシアとリリィは反省するように、クッションに顔を埋める。だがアジリアがテーブルに本を投げ捨てて、異論を挟んだ。
「だがアカシアやリリィなど、戦闘に不向きな者を、無理やり訓練する必要もあるまい。奴がやっているのは個人の適性を省みない無茶だ」
アカシアとリリィは反省を引っ込めて、それが尤もだと言わんばかりに顔を上げる。サクラは演説を台無しにされて、咎めるような眼つきでアジリアを睨んだ。円らな瞳はジト目で細長くなり、口元は苦々しさにいの字に曲がっている。おお。お前そんな顔するんだな。俺の前だと終始笑顔か、反省するかだから知らなかったぞ。
サクラはアジリアに反論するため、彼女の目の前まで足を運んだ。
「苦手だからって、何時までたっても出来ないままなのは、甘えと言うものよ。一人が一つの苦悩に苦しむ必要が何処にあるの? 苦しみを分かちあって、互いに支えて生きて行かなきゃ」
アジリアは席を立って、サクラを迎え討った。
「出来ないものを無理やりやらせても、そいつらが足を引っ張り、士気が下がるだけだ。個人には出来る事とできない事がある。我々には生まれ持った適性があるのだ。互いに自らの責任を自覚し、そのために尽力するのが一番なのだ」
「どの道士気は下がるわ。戦線に出るものは、出ないものより優遇されるべきという、考えが生まれるもの。出来ないという甘えから格差が発生し。格差が確執を産むのよ。結果あなたが支配したドームポリスはどうなった? 弱いものが捨てられたでしょ!」
「聞き捨てならんな。私は強いからこそ、弱い者の為に何度も森にいったぞ! それに格差? 規律の事しか頭にない貴様が格差というのか!? 貴様はナガセが持ち込んだ、上下関係や指揮系統と言う格差を信奉しているだろう! それに格差はな! 頭の固い馬鹿が、一つの物差しで全てを計ろうとするから発生するのだ! 強い奴がえらい訳ないだろう!」
「へぇ~……そう言ってナガセに棍棒で殴りかかっていったの……誰だったっけ?」
「昔を引き合いに出すな! 確かにナガセは我々に光をもたらしたが、その暴虐までをも受け入れるつもりはないぞ!」
アジリアとサクラが激しい言い争いを始めた。どちらの言うことも筋が通っており、一長一短がある。アジリアは自由が故に個人の成長に期待している。だがそれでは集団の目的――今現在では、異形生命体との戦闘――に外れる個性は軽視され、劣等感や有用性から格差が生まれるのは違いない。これがアジリアの言う一つの物差しだ。かといってサクラのように、平等を強要するのも難しい話だ。同じ権利を享受するには、同じ苦痛を強いる事になる。
アジリアとサクラが唾を飛ばし合う中で、そろそろとアカシアがプロテアに近寄っていき、こっそりと聞いた。
「プロテアはどう思うの? どっちが正しいと思う?」
プロテアはねじ回しで空を掻きまわすだけで、アカシアの方を見向きもしなかった。
「馬鹿に聞くんじゃねぇよバァカ。腐った肉噛ませようとすんじゃねぇよ」
アカシアは溜息をつくと、遠巻きに二人の言い争いを見守り始めた。
それにしてもこいつらの知的レベルには驚かされる。半年前までは幼稚園児並だったのが、今ではアイデンティティに言及し、自己の在り方を確立しようとしている。やはり記憶を失う前は、俺が猿に思えるほど賢かったに違いない。そんな奴らが何故ここにいるのやら。俺は顎を引いた。
アイアンワンドが見せた、計画書。変更される前はEXODUSだったな。あくまで推測に過ぎないが、こいつらは元々国際連合軍のお抱えの科学者で、何らかの理由で政府から追われる身になったのかもしれない。それならEXODUSと言う名前と、様々な人類が集められている事にも納得がいく。何より領土亡き国家の備品が貯蓄されている事にも説明がつく。そこが亡命先だ。だが――冬眠は遺伝子補正プログラムが無ければできない。それは領土亡き国家の手に渡らぬよう、計画の最終段階にあたって配布された。ここにあるはずがない。
俺の鼻の奥に、安物の煙草の匂いが沸いた。それは瞬く間に肺を満たし、俺を幻覚の中に沈めようとした。俺はあの時確かに、奪われた遺伝子補正プログラムを、全て回収した。すると『奴ら』の他にも、裏切り者がいたということか。
彼女たちが国際連合に、指名手配されている可能性は大いにある。だが人類との合流は避けて通れない。我々は、我々だけでは生きてけないのだから。そこは俺が何とかしよう。最悪の場合レッド・ドラゴンの実績をもって、彼女らを俺の被害者に仕立てれば、同情的に人類に受け入れられるだろう。
俺は鼻で息を吐いた。それでもなぜ女しかいないのか、男である『特定の七人』が存在しないのかは分からない。今分かるのは、その『特定の七人』がこのドームポリスに来られなかったため、現在の計画書に変更されたということだろう。大方戦争で死んだんだろうな。
俺が見張りをしながら考えるうちに、談話室では一波乱が起きそうだった。サクラとアジリアが互いの襟首を掴みあい、乱闘を始めようとしたのだ。
リリィがクッションから飛び起きて、銃を弄るプロテアの袖に縋り付いた。
「プロテアぁッ。と! とめてよぉ!」
プロテアはやはりねじ回しで空を掻きまわすだけで、取り合おうとしなかった。
「クソは我慢すると身体に悪いんだぜ。出してスッキリした方がいいんだよ。好きにやらせとけ」
と、そこでプロテアは銃を弄るのをやめて、胸の前で拳を鳴らした。
「俺もナガセにぶちまけるからよぉ……」
来い。ピコの時と違って返り討ちにしてやる。俺は声を押し殺して笑った。
俺は改めてアジリアとサクラに視線をやる。今は互いに襟首を締め上げて、不細工な相撲を取っているだけだが、手が出るのは時間の問題だ。怪我でもされたら訓練に支障が出るので、別の物で発散してもらおう。
「アイアンワンド。設置した器具を起動しろ」
『直接お手渡しなされば宜しいのに』
「暴君は、奪うのみであ~る。さっさとしろ」
俺はおどけて言う。アイアンワンドが俺に返事をすると、談話室で物音がした。




