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Crawler's  作者: 水川湖海
一年目
36/241

孤独‐3

 女たちが冬眠してしばらく。異形生命体との争いが続いた。

 マシラは、人攻機が雪原をかき分けて作った通路を辿って、ドームポリスに襲来した。しかし直線通路を猛進する事しかできず、より狙いやすい的になっただけだった。ムカデはあの突起状の足で、雪原を越える事が出来ないのか、姿を見る事はなかった。

厄介なのはいつだってジンチクだ。連中は袋のような身体を上手く使い、雪の上を滑るようにして這い回ることが出来た。そして俺が撃ち殺したマシラの死体を貪るために、ドームポリスに近づいてきた。

 俺は極力ジンチクに手を出さず、死体を喰い付くして森に帰るのを待つことにしていた。しかし貪欲なジンチクは、浜辺に輝く建造物に気付き、死体にあぶれたものから這い寄って来るのだ。俺がそいつらを迎撃すると、新しい死体が餌になる。そして餌に気付いたジンチクが、血の匂いに誘われてドームポリスに寄って来るのだ。

 俺は見張り台に張り付いて、不眠不休で警戒に当たった。そして黙々と狙撃銃で、雪原を滑るジンチクを撃ち続けた。

 二週間も過ぎると、異形生命体の数が、眼に見えて減り始めた。連中も冬眠を始めたか、力尽きたのだろう。それまで雪原は俺が撃ち殺したジンチクが点在し、赤い斑点を作り上げていたが、ジンチクが食い荒らす前に、降った雪に埋まっていった。

 更に一週間が過ぎると、世界には静けさが満ちた。人攻機が雪原に空けた道は、すっかり雪に埋もれてしまい、マシラはドームポリスに近づけなくなった。ジンチクも餌のない場所に興味が無いのであろう。あのブサイクな体で雪の上を滑る姿を、ぱったりと見なくなった。

 残ったのは俺と、春までの膨大な時間だけだ。やはり孤独とはきついものだ。あの畜生共ですら、例え殺す価値しかない異形生命体ですら、居なくなると寂しいと感じるのだから。

 その日もいつも通り、中庭の雪かきを始める。終わると、塀に立てたセンサーに、異常が無い事を確かめた。それから俺は、雪の中に埋めた豚の肉を取り出して、少し切り取って食べた。

 豚肉は、口内に久々の味覚として染みわたる。それは味覚というより刺激に近く、顎に軋むような痛みが走った。良く噛みしめて、唾液と共に飲み込む。空きっ腹に入った肉は、胃液を吸うように胸を苦しくさせた。

 俺はきつく目を閉じて、虚しい嘆息をついた。今のうちに慣れておけ。彼女たちが起きたら、もっと孤独は深くなる。

 俺は寂しさを振り払うように、倉庫に入って作業に没頭する事にした。倉庫の装備を再確認し、展開可能な陣形や、実行可能な作戦を確かめていく。それから倉庫の真ん中であぐらをかくと、床に資料を広げた。そして女たちとの交流から判明した適性や相性、そして効果的な運用法の考案も始めた。

 アメリカドームポリス奪回作戦の立案だ。

 部隊ははっきり言って四つは欲しい。機動部隊三つに後方支援部隊一つだ。一部隊で敵を突いて引きつけ、もう一部隊で待ち伏せを仕掛ける。残った一部隊が迂回して後方から攻めれば、殲滅することは容易いだろう。するとスリーマンセルが基本単位になる。残った二人はこのドームポリスの守護だ。

 はっきり言って、異形生命体は猿以下の知能しか持ち合わせていない。まともに戦えば人間様の敵ではないだろう。だが奴らに恐怖はなく、逃げるという選択を取らないのがネックだ。アメリカドームポリスを奪回するには、文字通り奴らを根絶やしにする必要がある。

 虐殺ジェノサイドか。俺ですら数回しかしたことがない。その俺がこのザマだ。罪の意識に溺れている。例え相手が化け物でも、心労は計り知れない。彼女たちの心が持つといいが、それまでに人類と合流する必要がある。

『サー』

 不意にアイアンワンドに呼び掛けられる。俺は床を蹴って立ちあがった。

「敵か!?」

『ノーサー。サー。申し訳ございません。誤解をさせました。サー。ご質問をお許しください。それは何に対する備えでしょうか?』

 俺は脱力してその場に座り込んだ。そして床の上に広がった書きかけの作戦や、駒が並べられた陣形図、そして内陸調査で撮った写真を視線で撫でた。俺はこの作戦通りに、彼女たちを駒のように進め、写真を見る影のない荒れ地に変える。

 俺の命令でだ。

「来年から派手にドンパチを始める。ここの弾薬が尽きる前に、我々の力でアメリカドームポリスを奪回する。そして内陸探査の拠点にする」

 アイアンワンドはしばし沈黙し、雑音だけをスピーカーから響かせた。やがてアイアンワンドは、再び話し始めた。

『サー。その必要性を、アイアンワンドは十分に理解しております。このままでは弾薬が尽き、我々の戦力は低下していきます。そして物量に押し込まれて敗北するでしょう。サーがその分岐点を迎える前に、行動を起こそうとしています』

「そうか。なら話は早いな。邪魔をしないでくれ」

『サー。同時にアイアンワンドは危惧しています。サーが目的達成のために、マムに犠牲を強いる事になるからです。そしてサーが、ご自身の歩まれた道を、マムたちにも歩ませようとしているのではないかと、推測することも可能です。繰り返します。アイアンワンドは危惧しています』

「だがな、敵の性質上、撤退などしない。奴らは欲望に率直だ。やるしかない。じゃないとやられる」

 俺は淡々と事実だけを告げた。

『サー。家庭を持たれてはいかがでしょうか? 子を為せば、グループの緊張は和らぎ、同時に護衛目標を得る事で、団結力も高まります。更に異形生命体との戦闘に意義を見出す事でしょう。候補としてはマム・サクラ、マム・プロテア、マム・アイリス、マム・ローズが挙げられます。以上のマムは、好意と呼べる感情レベルを、サーに対して抱いております』

 俺は深く息を吸った。またあの煙草の匂いだ。ここ最近匂いだけを嗅ぎまくっている。こうなったらヤケになって一服するのも手だな。俺は煙を払うように、目の前の空気を払った。だが臭いは一向に薄れない。

 俺は腹立たし気に、床の資料類を腕で薙ぎ払った。駒が空しい音を立てて床を転がった。だが臭いは消えない。俺はゆっくりと立ち上がると、逃げるように中央コントロール室に向かった。

「アイアンワンド。俺はサイコ野郎だ。その俺が家庭を持だと? む……むり……無理だ」

 声が震えた。俺の足取りは重く、まるで泥の中を歩んでいるみたいだった。

『サー。何があったのですか?』

 俺はただただ寂しかった。冬の凍えは俺の身体を冷やす。それ以上に、孤独が俺の心を極寒に叩き落していた。鉄の冷たさがマシだと思えるほどにだ。

 俺は懺悔するように喚いた。

「聞きたきゃ教えてやる。俺は元々機動要塞の守備隊に配属されていて、そこで教鞭をとりながら任務に当たっていた。だが戦功を立てるうちにユートピア計画に招集され、国連軍の所属になった。そこで新設された第666独立遊撃部隊に配属された。捨て駒としてな」

 俺は両手を強く握りしめて、記憶と共に心の奥底から湧き上がる憤怒を抑え込もうとした。

「最悪な部隊だった。司令はシャレで名前をつけたそうだが、666という数字は伊達ではなかった。初日で仲間に足を撃たれ、数日後に生徒に貰ったハチマキでケツを拭かれた。俺は泣きべそをかきながら、飲料用の水を使い果たしてハチマキを洗った。貧血と脱水で死にかけたよ。聞いているのかアイアンワンド!」

『サー。イエッサー』

「それでも俺は共に戦い続けた。それが俺の美徳だからだ。それでも奴らは仲間だったからだ。俺は何度も殺されかけたが、必死で生き延び、奴らを救った。それが俺だからだ。誇れる俺だったからだ」

『サー。今でもサーは、誇れるサーだと思われます』

 俺はぎろりと天井に取り付けられた、カメラを睨み上げた。

「黙れポンコツ。聞きもせずに分かったような口をきくな。ユートピア計画も最終段階に入ったある日、俺たちに遺伝子補正プログラムを配布する任が下り、物資の入ったコンテナとミサイルを受け取った。すると奴らは俺を撃墜し、縛り上げて、遺伝子補正プログラムを強奪した。そして空のコンテナに俺を置き去りにして逃げていった。現場には俺しかいない。仲間だから見逃そうとも、一瞬思った。だが仲間だからこそ、見過ごせないと思った。見捨てることは出来なかった。俺は出来る事をやろうと思った」

 そこで俺は気を静めるために言葉を切った。しかし気は昂ぶるだけで、一向に収まる気配がない。俺はまくし立てるように話を再開した。

「その時、沸々と心の奥底からどす黒い感情が湧き上ってきた。良く分からない。心の奥底から、残虐な想いが溢れ出て来て、俺の……俺の良識を食い散らかしていった。俺の意識が狂気に溶けていく中、その感情は俺の心を占領し、あいつらをどうやって殺そうか、それだけを考え始めた。その時、俺の全てはその為だけにあった」

 俺の気が遠く、重く、過去に沈んでいく。そして今の俺を作り上げた、強烈な体験が蘇ってきた。過去の俺を、今の俺が殺した事件だ。

「一人目は娘をダシに使って殺した。カレンを慰安所送りにすると喚きながら、人攻機で追い詰めた。ダンは俺に懇願し、抵抗を止めた。俺は奴を人攻機で、押し潰して殺した。地面に叩き付けた饅頭のようになって奴は死んだよ。ダンは俺にしか娘の存在を打ち明けていなかった。それどころか、娘は俺のことを待っていた。面倒を見て欲しかったんだろう」

 俺の唇が震えた。何故あんな事をしたのか、俺には分からない。だけど確かに俺がやったのだ。ゆっくりと人攻機の足を降ろしていき、骨の砕ける音、肉の裂ける音、耳をつんざく悲鳴を楽しみながら殺したのだ。その時、俺が本気になれば、無敵だと思った。

「二人目はずっと簡単だった。ダンの躯体データを使って不意打ちをかけた。リーはダンの救難信号を受けて、真っ直ぐ向かってきた。リーは人を信頼するタイプじゃなかった。こんな罠に引っかかる奴じゃない。そもそも助けに来ない。あくまで俺は、敵の動きを知るためだけに救難信号を使ったんだ。リーは汚染空気に放り出して、血を吐き散らかして死ぬのを見守った」

 リーは身体中の穴から血を吹き散らし、まるで下手糞なダンスを踊るように身体をうねらせた。俺はただただ爆笑していた。あいつらがそうだったように。やがて奴は汚染物を咽喉に詰まらせ、呻き声を断末魔に死んだ。俺はその時、こっちの生き方の方が、気分がいいと思った。

「三人目は色仕掛けだ。心にもない愛の言葉をささやきながら、銃を手に追いかけた。止まったところをズドン。まだ息があったから拳銃をしゃぶらせてやった。ズドン。その時に腹に傷を貰った。あいつはちっとも恨んでいなかった。ただ独りにしないでとうわごとのように繰り返し、俺を連れて行こうとした。リタは……リタは……俺がやった指輪を大事につけていた。高級品だから売っぱらっちまったと思っていたよ。俺にはそれができないからリタにやったんだ。分からねぇ……分からねぇ!」

 リタは子供のようにはしゃぎながら出て来た。あの時の銃撃の感覚は、マシラを撃つ時とよく似ていた。止めを刺した時何か言いたげだったが、黙らせるために口の中に灼ける銃身を突っ込んだ。俺はその時、もっと生贄を欲した。今まで抑え込んできた自らの欲望を、満たしたかった。

「四人目。俺はもう止まることが出来なかった。自分が自分じゃない。だけどこれが自分なんだ。俺がひた隠しにしてきた俺なんだ。お前にこの絶望が分かるか!? 殺してくれと叫びながら、その女を追い詰めた。俺は銃口を突きつけ、あいつも銃口を突きつけてきた。俺は限界ぎりぎりまで、引き金を絞るのを遅らせた。だがアロウズは引き金に指すらかけなかった。くたばることが分かると、安物の煙草の火をつけて、へらへら笑いながら腹を撫でた。俺は撃った。ズドン。終わりだ。だが俺は止まらなかった!」

 アロウズは頭から血を吹いて倒れた。だがまだ生きている。まだ生きている。

「アロウズに馬乗りになり、ナイフでバラバラになるまで切り刻んだ。俺はそいつがどうしても……どうしても許せなかった! 後日回収に来た部隊が、肉片の中に血まみれで座り込む俺を見て一言つぶやいた。レッド・ドラゴンとな。それから赤い竜が俺のマスコットネームになった」

 中央コントロール室に辿り着く。俺はマザーコンピューターの前に立つと、視線を俯かせて顎を震わせた。瞳からは涙が零れ、頬を伝っていった。

「その時、俺も同類だと知った。そして今まで俺が俺だと信じて来たもの、おおよそ俺の全てと言えるものを……失った。その俺が……家庭をもてるか? 出来ない。俺には無理だ。俺は硝煙と血の中でしか生きていけない、化け物なんだ」

 アイアンワンドはわざと沈黙を作り、それを俺への回答に使った。恐らく危機感と、僅かばかりの気使いをかけてくれるのだろう。しかし機械は冷静で、現実的だ。見るところはしっかりと見ている。

『質問がいくつかあります。情報の補完に必要なものです。ただ殺しただけでは赤い竜の名を課せられません。レッド・ドラゴンの特性から察するに、マム・アロウズはサーの――』

「黙れェェェェ!」

 俺は絶叫した。そして荒い息を付きながら目を白黒させる。煙草の煙に埋もれた視界を晴れさせようと、何度も何度も顔を手の平で拭った。だが霧は晴れない。

「だから引き裂いてやったんだ! あんなものこの世に存在してはいけないんだ! だから……無理なんだ……出来ない……出来ないんだよ……」

 俺は一生懸命に煙草の霧を払って、この悪夢から這い出ようとする。ここは何処だ。もう長い事この霧に煙に巻かれてきた。もういい加減ここから出たい。俺は独りのままなんだ。俺は気が触れたように腕を振り回す。そして駄々を捏ねるように足を振り回した。

『サー!』

 アイアンワンドの大声に、俺は我に返った。霧なんてどこにもない。居るのは俺と、アイアンワンドだけだった。

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― 新着の感想 ―
仲良しこよしだけじゃない人間関係がとても面白いです。主人公に反発して怒りや恐れを抱く気持ちも、従順になって安心や信頼を抱く気持ちもどっちも理解できますし、各キャラクターがそれらを複合的に持ち合わせてい…
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