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Crawler's  作者: 水川湖海
一年目
34/241

孤独‐1

 今日の狩りを終えて、俺はドームポリスに戻る。森とドームポリスの間にある草原は、すっかり雪で埋めつくされていた。俺の駆る五月雨はロケットを噴出して、積もった雪を吹き散らす。まるで砕氷船のように、五月雨は白の大地を、大きな波を立てながら進んだ。

 気分は上々だ。今日の収穫はなかなかだった。樹皮を毟りに人攻機を降りた所、獣のねぐらを見つけることが出来たのだ。人攻機のコンテナには樹皮の束と一緒に、仕留めた豚が入っている。これでまた数日もつだろう。

 俺の気分に釣られたのか、あれほど荒れていた天候も、徐々に落ち着いてきた。俺が出た早朝の吹雪は、すっかり鳴りをひそめている。代わりに凪が辺りを支配し、胸がすくような静けさで満たしていた。

 天頂には太陽が輝き、雪はそれを反射する。俺はまばゆい光に挟まれて目を細めた。すぐに遮光フィルタを降ろし、視界を確保する。すると白銀の彼方に、すっかり雪に埋もれたドームポリスが浮かび上がった。

 ドームポリスは吹き付けられた雪のせいで、雪の殻を纏っていた。幸い吹雪は海側から吹き付けて来るので、陸側を向く出入り口は、氷で閉ざされていない。それにドームポリスの影の分だけ、雪の積もりが浅かった。加えて塀の存在もある。塀の外はその三分の二の高さまで雪で埋まっているが、中庭の方は三分の一も積もっていなかった。

「晴れたか。早く帰って雪をかかんとな。折角のエネルギー源が無駄になる」

 見張り台にいたプロテアが俺に手を振っている。俺は躯体のショルダーランプを点滅させてそれに答えた。そして外部マイクで彼女に呼び掛ける。

「後は引き受けた。中に入って休め」

プロテアは見張り台から飛び降りると、駆け足でドームポリスに戻っていった。

 俺は中庭に入ると、簡単な除雪を始めた。ロケットで雪を吹き散らすのだ。俺は中庭を回るように、五月雨を滑空させる。軽い雪は吹き飛び、湿った重い雪も、ロケットの温風ですぐに溶けた。

 作業の途中で、倉庫出入り口に垂らした幕が持ち上がる。そして隙間からサクラとアイリスが顔を出した。彼女たちの表情は明るい。吹雪が止んだからだろう。だが俺はその表情を、より輝かせる自信があった。

「あいつら、きっと喜ぶぞ」

 俺はコンテナの豚を思い浮かべながら、除雪作業を続けた。

 除雪は十分ほどで終わり、俺は五月雨を倉庫の中へと歩ませる。サクラたちは俺が作業を終えるまで、寒さの中をずっと待っていた。五月雨が中に入るときも、通れるように道を開けてくれたが、五月雨の歩みに合わせて追いかけて来た。

 随分なはしゃぎっぷりだ。もしやサプライズがばれたわけではあるまいな。

「おい。あまり足元に寄るな。踏みつぶされるぞ」

 俺は念のため釘をさす。そこでようやくサクラたちの動きが鈍った。

 いつもとは違う彼女らの様子に、俺は急に不安を覚えた。ひょっとしたら、何か良くない事でも起ったのかも知れん。それで気が動転して笑っている可能性もある。俺は五月雨を駐機すると、急いでコクピットから滑り落ちた。そして樹皮と豚を見せるのも忘れて、サクラたちに駆けていった。

「どうした? 何かあったのか?」

 俺の問いに、サクラとアイリスは、互いに顔を見合わせた。アイコンタクトを交わして、どっちが説明しようか相談しているようだ。二人に切迫した表情はなく、どちらかと言えばリラックスしているほどだ。しかし俺に物申すことに少し緊張しているようだ。悪い話ではなさそうなので、俺はひとまず落ち着いた。

 やがてサクラがおずおずと前に進み出ると、深々と頭を下げた。

「ナガセ。まず謝らせて下さい。私たちの我儘のせいで、ナガセに苦労をかけました」

 アイリスもそれに倣う。

「ただナガセを助ける為に、出来ることをしたかったんです」

 俺は慌てて二人に顔を上げさせた。

「謝る必要はない。言っただろ。一緒に生きると。そのために俺は出来ることをする。俺に遠慮するな。そして気に病むな。それが当たり前なんだ。保護者として俺の義務だ」

 サクラたちは一度、首を横に振った。だから俺は少し視線を厳しくして、サクラたちを見つめた。そこだけは譲る訳にはいかない。アカシアのように、無理をさせるわけにはいかないのだ。

 二人は俺の視線に負けて、顔を俯かせながら頷いた。

 俺はそこで笑って見せることで安心させる。そして人攻機のコンテナに、獲物を取りに戻ろうとした。

「よし。では飯にするぞ。驚くなよ、今日はだな――」

 俺は両腕を掴まれて、立ち止まらざるえなかった。背中から怯えて小さくなった、サクラの声が聞こえた。

「もう私たちは満足しました。その……酷く勝手ですが、今まで手伝って下さったナガセに大変失礼ですが……私たちは最善を尽くしました。そしてこれ以上は無意味だと思います。ですからナガセ。私たちも冬眠させて頂けないでしょうか?」

 次いでかちゃりと、ガラス瓶が触れあう音がする。

「薬の準備はできています」

 成程。冬眠の決心がついたので落ち着いたが、それを俺に言うのが怖かったのか。

「そうか」

 狩った豚は、全て貯蓄に回すことが出来そうだ。

「よく決心してくれた」

 俺は踵をを返して、二人に向き直る。二人は安堵に表情を明るくし、ほっと一息をついたところだった。

 俺は二人に先導して、真っ直ぐコントロール室に向かった。道中俺は二人に尋ねる。

「寝るのはお前達だけか?」

「いえ。全員です」

 即座にサクラが否定する。だが俺は納得がいかなかった。

「全員って……アジリアもか? それは無いだろう」

「アジリアは薬を使って眠らせました」

 俺はサクラの言葉に耳を疑い、彼女を振り返る。彼女はいつか、勝手にカットラスを乗り回した時と、同じ表情をしている。自分の行動を信じ、貫こうと誓った精悍な顔つきだ。そこには以前の様な、理想に呆けて間の抜けた気配はなかった。少なくとも責任を取ろうとしているようだった。だが俺の心中は穏やかではない。仲間に薬を盛ったのだからな。次は毒を盛るかもしれない。それにサクラはアジリアと確執がある。屈服させるために実力行使に出たのなら、それは大問題だ。

 俺は気楽な雰囲気を取り下げ、詰問せざるを得なかった。

「何故そんな事をした?」

「先ほども申しましたが、これ以上は無意味だからです。アジリアはそれを理解していません。そして自分の責任すら果たせず、ナガセがその横暴の代償を払わされることになります。ですから薬を盛りました」

「しかしだな……」

 俺は困った。はっきり言ってサクラの行為は助かる。アジリアは俺と張り合うつもりでいたようだが、死ぬのは目に見えている。俺は鍛え上げられた兵士だが、アジリアは半年前までポッドで寝ていた、生まれたての女なのだ。

 だからと言って、寝ている彼女を無理やりポッドに押し込めては、反省する前の俺と変わりない。希望はまだある。共に越冬という試練を乗り越えれば、理解し合えるかもしれない。冬の最中に説得できるチャンスもあるのだ。

 しかしそれはアジリアの強さに甘えるという事でもある。そしてその強さが折れるまで待つという事でもある。それに誰かが間違いを指摘しなければならないのだ。例えピコの時のように非難されてもだ。

 俺は改めて、付きあいの難しさを思い知った。

 俺の悩みを余所に、サクラは言葉を続けた。

「これがナガセの良心に反することは承知です。ペナルティが必要なら、甘んじて受け入れます。ですがこれ以上、ナガセが苦労する必要はありません。アジリアをそのまま冬眠させて下さい」

 アイリスも同意するように、サクラの隣に並んだ。

「ナガセ。私もペナルティを受けます。サクラに薬を渡したのは私です。私は薬品を乱用しないだろうと言う、ナガセの信頼を裏切りました。ですが私の行いは間違っていません。こうでもしなければ、ナガセもアジリアも譲らないでしょう」

 俺はその場に立ち止り、顎に手をかけてしばらく思案した。この行為は俺を気遣っての物だ。つまりこのまま冬眠させたら、俺の都合と俺への配慮を優先することになる。アジリアを気遣っての物なら冬眠させてもよかった。だがこの場合は見送るべきだろう。フェアじゃない。

「これは俺とアジリアの問題だ。外野が口を出すな。あいつは起こす。お前らは寝ろ。それがペナルティだ。それと二度とこんな真似はするな。好きに生きるのに手を貸すが、他人には構うな。次はただでは済まんぞ」

 俺はサクラとアイリスを、順に指してはっきりと言った。二人は悄然と肩を落とすと、口元を震わせた。一応反省はしているようだ。これ以上お咎めは無しにしてやろう。最悪な気分で、何か月も眠らすのは酷だからな。

 俺はサクラたちから目を離し、コントロール室へ続く廊下への歩みを再開しようとした。だが目の前には、行く手を阻む女の姿があった。

パンジーだ。彼女は俺と目が合うと、気まずいのか、すぐに視線を伏せた。そして視線を廊下の上で走らせながら、どもりつつ聞いてきた。

「ナガセ。アジリア。守れるか?」

「もちろんだとも」

「それで。アジリア。助かるか?」

「どうにかなる前に助ける。それだけは誓う。お前も同じだ。だから安心して欲しい」

 パンジーは複雑そうに口元を歪める。そこには安堵と不安が入り乱れており、口角は上がったり下がったりを繰り返した。しかし最終的に口元を支配したのは、不安だった。

「ナガセ。分かった。誰かが諌める。大事。過ちの中。進むの。危ない。分かった。私。間違って。いた。ナガセ。ピコで。諌めた。今。分かった」

 パンジーは肩を震わせながら、きつく両手を握りしめた。

「ナガセ。私たちに。構わず。物事。進めた。私。それは。嫌だ。だけど。私たちに。構う。あまりに。何もしない。それも。嫌だ。だから。サクラ。アイリス。ナガセの代わりに。諌めた。でも。諌める。ナガセにしか。できない。一番賢く。平等な。ナガセにしか。できない」

 パンジーは顔を上げた。頬を一筋の涙が伝っていった。俺を頼るのが悔しくて仕方がないのだろう。

「ナガセ。私も眠る。私。ナガセ。信じる。だから。皆を。見捨てないで。欲しい。きちんと。怒って。欲しい。無茶苦茶。いってる。わかる。だけど。だけど。私に。私は。諌め。られない。から」

 パンジーはきつく目を閉じて、低く嗚咽を上げた。

「じゃないと……安心できない……正しいと思って……したことで……また失うのは……怖い……このままだと……アジリア……死んじゃう!」

 俺はどうすればいい? 問題の核心が見え、頭を抱える。今までのように良さだけを追求すれば、また心がすれ違ってしまう。俺が良い事と信じた行為が、彼女らの良いとは限らないのだ。しかし個人を尊重しても、彼女らを守ることはできない。俺は下手したら手の込んだ自殺を手伝うことになる。

 俺はどこに自分の軸を置くべきか、分からなくなってしまった。俺はここで生きたいと思ったが、俺と言う人間が彼女たちに対して、どう生きるべきかが今度は分からない。

 いずれにしろ、これでフェアになった。俺は歩を進めて、パンジーの隣を通り過ぎた。

「コントロール室に来い。全員冬眠させる」

 俺の背後で、パンジーが泣き崩れる気配がする。俺は引き返すと、そっと彼女の頭を撫でてやった。

「お前は間違っていない」

 間違っているとすれば、それは俺そのものなのだ。

 パンジーが俺の下半身にしがみ付く。俺は彼女を抱きかかえると、そのままコントロール室に向かった。俺の後ろをサクラとアイリスがついて来た。

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