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Crawler's  作者: 水川湖海
三年目後半【AEU編】
231/241

到達ー4

 どのくらいの時が過ぎただろうか。アロウズが二本目の煙草を取り出しながら言った。口に運んで、軽く紫煙を吐く。


「そういえばだ。応援に来た、箱舟の男どもはどうした?」


「全員殺したよ。首をもぎ取ってな」


「馬鹿め。その男たちに、クロウラーズの身元を保証できる、地位ある人間がいくつかいたんだ。ま。どういった計画だったか、いまさら知ってもどうしようもないか。おかげで箱舟に男がいなくなり、エクソダス計画は大きく後退した。箱舟はつがいを失くして漂流し、ユートピアでゼロとなった。ゼロ。皮肉の利いた、いい名だな。何もかもなくなった」


 俺はアロウズの嫌味を聞き流して、妙な感慨に耽った。


 ユートピアに着いてよりの謎が、こんな形で明らかになるとは。


 ゼロの存在。なぜ彼女たちは死にかけていたのか。どうして男がいないのか。


 告発者の避難所だった。つがいを失くして発展できなくなった。そして男は俺が殺してしまった。


 俺は――本来なら汚染世界で箱舟に収容され、他の男たちと一緒にユートピアで目覚めるはずだったのか。そうして彼女たちの夫として生き、繁栄して人類と合流する計画だったのか。


 あの事件で俺がやり遂げたため、運命が大きく狂ったのか。


「それがゼロ誕生の秘密か」


「そんなところだ」


 アロウズは吸いかけの煙草を、指で弾いて捨てた。


「私が……なぜこんな話をしたかわかるか?」


「『あいつら』を……見捨てさせるためか?」


「そんな気はないだろう。お前はもう幻覚を見なくなり、私の意識は弱っていった。貴様がどうしたいかは……聞かなくても分かる」


「ほほー。では俺の罪悪感を煽り、記憶に巣食って生き残るためか? 話を聞いて理解したぞ。自業自得だボケナス。正当な手段を経ず、法に背いたお前らが悪い。あいにく同じ状況になったら、俺は繰り返すと思うぞ。俺を育て上げた……俺を止められなかった……お前らに責があるはずだ」


 全てを知った今、そして全てが終わった後だからこそ、俺の行いが間違っていると言えるのだ。あの時点、場所では、仕方ないことだ。俺は人類の一員として、間違ったことはしていない。


 俺をスケープゴートにしなければ……事情を打ち明けていれば……お前たちが自己保身に走らなければ……いくらでもやりようはあったはずだ。俺は確かにエクソダスを頓挫させたが、それはお前らが俺を蔑ろにした結果でもあるのだ。


「俺とクロウラーズがすれ違うきっかけを作ったのは、過ちの原因となったのは、間違いなくお前らの方だ。悪いがお前なんて、もうどうでもいい。くたばれ」


 アロウズは唇を軽く食むと、難しそうな顔をした。


「それも。もう終わった話だ。どうでもいい。私は聞きたいのだ。貴様に『あいつら』を、最後まで見届ける覚悟があるのかを。途中で見捨てることなく、添い遂げる覚悟があるのかを。あいつらは人類とは合流できん。そう。『お前と違って』な」


 こめかみに青筋が浮く。何を偉そうにほざいているんだ。


「いいか。俺はこの地に降り立って、一つの誓いを立てた。全ての行いを、彼女たちのためだけに実行するという誓いだ。今も、昔も、これからも、きっと変わらない。彼女たちは、絶対に幸せにしてみせる」


 アロウズはここで柳眉を下げて、悲しげな表情になった。


「愚直だな……アホが。後だ。幸せはな。与える側と受け取る側で、違うものなのだ。それをすり合わせたところで、目指すものと、目指した先が一致するとは限らんのだ。だから人間はみな、振り返って幸せだったと気づくのだ。行き違った足跡を見て後悔するのだ。お前には現実が見えていない」


「人類との合流は現実的ではないと?」


「私はそう思う。AEUと交渉をしているのだろう?」


「俺の頭にいたわけだから、知っているだろう。当たり前のことを聞くな」


「アジリア曰く、バーサーカー使用はAEU首脳部の独断だ。各ドームポリスの長は何も知らん。知っていたら、『暴徒として鎮圧』できない長も出るだろうからな。だから交渉はギリギリまで粘れ。味方にするに越したことはない」


 それはつまり――人類との合流を前提に、AEUとの交渉に知恵を貸してくれるって意味か? 口でそう言えばいいのに、死んでからも強情な女だ。


 この女を頼るのは気が進まない。だが話を聞くだけならタダだ。むしろ俺の頭に勝手に住み着いていたのなら、家賃がわりにもっと情報を吐き出せってんだ。テメェの出した騒音で、えらい目にあったんだからな。


「お前も見たと思うが、AEUの交渉態度がおかしい。バーサーカーに嫌に固執している。心当たりはあるか?」


「あれは私も疑問に思っている。領土亡き国家の潜伏を恐れるにしては、バーサーカーの使用に躊躇いがない。領土亡き国家を恐れるなら、その特徴とも言えるバーサーカーも恐れて然るべきなのだ。感染の危険があるのだからな。無害なJ系統と言えど、あんな雑な扱いはできん」


「やはりそう思うか。あいつら、まるで花粉みたいにばら撒いてきやがった」


 アロウズはここで、いやらしい笑みを広げた。


「貴様に好意的なのも理解できない。お前はハイランダー迎撃と226の鎮圧で、白人をかなり殺している。到底受け入れがたいはずだ」


「やかましいわ。テメェがやらせたんだろ。あいつら俺のことを、誉れ高き赤き竜と呼びやがった」


「欧州人にしては切れ味の悪いジョークだな。ン……オクシタニードームポリスは確か……貴様、トリス・アギオンは知っているか?」


「トリス・アギオン?」


 神に最も近い存在と言われる熾天使が、天界で絶えず口にする詩のことだったか。この状況で話に出すのだから、宗教論議がしたいわけではあるまい。


 俺は顎でしゃくって、アロウズに先を促した。


「ポリス管制システムの原型だ。技術実証機がアイアンワンドで、貴様ンとこにいる気色の悪いブリキ。実験機がトリプルシックス。フランソワーズがジャンクヤードのとこに送った奴だ。あいつはあれでユートピアに行く予定だった。そして試作機がトリス・アギオン。オクシタニードームポリスで試験運用が為されたと聞く」


「その試作機がどうした?」


「あれにはアイアンワンドと同じ、高性能な人工知能が搭載されている。つまるところ。素性の知れない化け物が、トリス・アギオンを通して人類に成りすますこともできるという事だ」


 アイアンワンド並みの冗長性を持つ人工知能なら、交渉や説得もできるだろうし、冗談や嫌味も吐けるだろう。頑なに自らの身の証明を、立てようとしない事にも納得がいく。


 今のところAEUとの接触は、人功機か通信機越しにしか行われていない。相手の正体を、一度たりともこの目で確認していない。化け物がその悪辣な正体にデジタルのフィルターをかけ、人類の振りをしていることは十分に考えられた。


 問題は見分け方だが、幸い俺には経験があった。


 アロウズが俺の考えを読み取ったのか、声に出して言ったのだった。


「ハワイ救出作戦で、貴様もやられたはずだ。『野球するなら、どのポジションがいい?』と」


 人間はその質問に、守備のポジションや打順を答える。しかし人工知能はそれらに該当しない、極めて特殊な返答をするようプログラムされている。


「人工知能は全て同じ起源を持ち、同じ原則が組み込まれている。トリス・アギオンも、例外ではないと」


「そうだ。例外はない。試してみろ」


 俺が浅く首肯すると、アロウズはやや眼つきを厳しくして言った。


「ああ。それとだ。敵は意外と近くにいるかもしれんぞ。アジリアには気をつけろ。あいつは……まだ何かを隠している。私が貴様を翻弄した様に、私はあいつに翻弄された。私は貴様が思うほど、貴様を責めてはいない。あの女は今からでも、殺してやりたいと思っているがな」


 突拍子もない話だが、アロウズの勘はよく当たる。それに俺なんかよりアロウズの方が、アジリアと付き合いが長いはずだ。詳しく聞いた方がいい。


「何を隠していると言うんだ」


「知らん。エクソダス計画において、あいつの振る舞いはあんまり賢くなかった。博士号を持っているにしてはな。ECOやAEUの告発も、国連の人体実験も、『遺伝子補正プログラムを盗んだ上で、人類から逃亡してまで』する事じゃあない。それはアホのすることだ」


 アロウズの手の内で、ろくに吸わない煙草が、灰となって崩れ落ちた。彼女は煩わしそうに、指先で吸い殻を弾き捨てた。


「第一あの女は一級特佐だ。完璧な安全が保障されている。『人類から逃げる必要なんて、どこにもない』んだ。賢ければ、セントラルに籠ってもいくらか対処できただろう。『逃げなければならん理由があった』のだ。クソ。思い出したら腹が立ってきた。貴様。私の代わりにあの不細工の腹を何発か殴っといてくれ」


「ドームポリスに領土亡き国家が侵入していることを……気づいていたのか……」


「可能性はある。それほどの理由がなければ、『逃げる理由にならない』からな。プロテアとサクラにカマをかけたが、私が知っている以上の話は聞けなかった。あいつらにも秘密にしているようだ。本当に隠し事があるとしたらな。後はお前の仕事だ」


「……忠告として……受けとっておこう」


 アロウズは清冽なため息をつくと、くるりと踵を返して俺に背中を向けた。


「言いたいことはそれだけだ。もう会うこともないだろう」


 アロウズはゆっくりと歩きはじめる。空と海の狭間にある、地平線を目指して。


「控えめな性格だからか。この世に未練がないせいか。私の定着率は低い。お前は昔ほど私を思い出さなくなり、バーサーカーも電気刺激を受けず弱体化している。私の意識が持つのは……ここいらが限界だな」


 一歩進むごとにその姿は薄らぎ、空気に溶けていくのだった。


「待て」


 その後姿を呼び止めると、彼女は足を止めた。


 俺とお前の間には、決着をつけないといけない話があるはずだ。


「何で……子供のことを言わない……」


 俺の声色は、緊張と恐怖で上ずった。

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― 新着の感想 ―
なるほど。 コニーがセントラルで粘っていたのはトリスアリオンを稼働状態にさせないため、というのがここにかかるのか。 人工知能のもとになったバーサーカー某型、でしたっけ? 今のAEU首脳がヒトか粘菌かA…
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