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Crawler's  作者: 水川湖海
三年目後半【AEU編】
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沈黙-6

「と、いう訳だ」


 場所はいつもの教室。プロジェクターがユゴーとの交渉記録を写し終えると、俺はそう言って一つの区切りにした。


 対面で学習机につくのは、クロウラーズの面々――十三人の女性たちである。あとついでに、気色の悪いブリキの人形が一体だ。


 ある女性は神妙な面持ちで唇を食み、ある女性はAEUへの敵意を隠しもせず腕を組んでいる。そしてある女性は顔面蒼白になっているのだった。


「俺たちが『領土亡き国家』――つまり我々が呼称するところの『異形生命体』ではないと証明するため、タイプジョーカーに感染しなければならない」


 彼女たちに過去を教えるつもりはない。昔は必要ないというのが理由だった。今では安全保障を考慮したうえでの答えである。


 もし彼女たちが身内に領土亡き国家がいると疑えば、結束が乱れるだろう。そうなっては抵抗できない。さらに言えば過去を知らない方が、都合がいい。状況に合わせて、いくらでも過去を捏造できるのだからな。


 生き残ってやる。必ず。全員で。


「質問を受け付ける。疑問のある者は挙手しろ」


 すかさずロータスが手を挙げた。彼女は机に頬杖をつきながら、唇を歪めていた。


「感染したって証明はどうすンのよ。その方法がわからなければ、ビョーキになり損じゃない」


「タイプジョーカーは嗅神経を通して鼻から脳に至る。感染しなかったバーサーカーはJ系統のままだが、感染後は変異するため、鼻水を採集すればDNAとセットで証明となる。ああ。感染志願者は健康診断を受けるように。お、サン。どうぞ」


 次いで手を挙げたサンを、指差した。


「タイプジョーカーの感染で決着するっていう保証は? 要求がこれで終わらず、エスカレートする可能性もあるじゃない」


「その時はその時で別の対応をとる。今は応じた方がいい。これで決着が着くなら、それに越したことはないからな。無論慎重な交渉は継続する。はい。次はリリィ」


 リリィは口をいの字に広げつつ、きつく握りしめた両こぶしを机に乗せているのだった。


「誰が感染するんだよ」


「まず。俺が感染する」


 リリィの両の拳が、机へと叩きつけられた。


「無責任だ! ナガセはこんな状況を作った本人でしょ。これで感染して死んだら、死に逃げ出来るじゃない。それにナガセが病気の間、相手が攻めてきたらどうするんだよ。ナガセは最後まで、私たちの面倒を見る義務がある。だからナガセは駄目だ!」


「その件についてだが、AEUはaceLORANを提供してくれた。俺とアイアンワンドで既に展開済みだ」


「そう。私と、サーの、共同作業でございますわ」


「手を挙げてから喋れ。壊すぞ。現在繰り返している避難訓練に従えば、異常に気づいてからでも十分に退避が可能だ。お前たちの最低限の安全は保障してある。それに敵だと決まったわけじゃないからな。他には」


 クロウラーズが黙り込み、しばらくの時間が経過する。他に質問がないと判断した俺は、本題へと進むことにした。


「では、誰が感染するかだが。他に三人、志願者を求めたい」


 俺が言い終わるより早く、三人の女性がさっと手を挙げた。サクラ、プロテア、アカシアの三人だった。


 お前たちの献身を目にして、感激でむせび泣きそうだが、残念なことに三人のうち二人は許可できない。


「サクラ」


「お供します」


 彼女は起立して、しまった敬礼をした。


「お前は駄目だ。お前がいなくてはドームポリスの運営がままならん。避難訓練の担当だし、有事には皆を率いて退避する仕事がある。気持ちだけ受け取っておこう」


 サクラは不服そうに食い下がった。


「しかしそれではナガセのように、上に立つ者として示しがつかないではありませんか」


「正味な話。先程リリィの言ったことが正しい。俺はリーダーであるなら、自ら進んで判断を下せぬ状態になるべきではない」


 サクラが不可解げに、眉根を寄せた。


「ならなぜ……」


「俺はお前たちのリーダーになる時、心に決めた事がある。お前たちを、俺が進むための踏み台にしないという事だ。全ての戦いを、お前たちを守るために限定するために誓ったのだ。これは俺が自身に課した誓約で、破ることはできない」


 サクラは納得できないようで、立ったまままっすぐにこちらを見つめてくる。俺が前言を撤回し、同道を許すのを粘っている様子だった。


「理解してくれ。俺が特別なんじゃない。お前たちが特別なんだ」


 俺がそう付け足すと、サクラは渋々と言った様子で腰を下ろした。


 今度はプロテアが得意げになって胸を張った。


「つーわけで、俺の出番ってわけだな。よし。俺とアカシアで後一人だ」


「お前も駄目に決まっているだろ。俺が動けなくなる間、お前が陣頭指揮を執るんだぞ。少しは立場を自覚しろ」


「そりゃあねぇだろ!」


「サクラにしたのと同じ説明を繰り返すつもりはないからな。これ以上の問答はしない。座れ。それでアカシアだが……」


 アカシアは席を立って、びしりと敬礼をした。


「僕は問題ないよね。やるよ」


 意気込みを見せてくれるのは嬉しいが、自分が何をするのかちゃんと理解しているんだろうな。無害と言ったが、それはあくまでも後遺症がないというだけだ。


「確認だ。タイプジョーカーは発熱、頭痛、明晰夢の副作用が生じる。程度は分からんが、アイリス曰く個人差があるらしい。ケロッと眠りこける奴もいれば、激しくうなされる奴もいるそうだ。覚悟はできているか?」


「誰かがやらなきゃいけないんでしょ。僕はそれができるんだ。決まりだね」


 成長したな。俺が頼りになると、お世辞抜きで思えるのだから。


「これで一人。後二人だな」


 俺はアカシアに一礼をして、改めて全員を見渡した。


 残り二人を求める視線に、クロウラーズは各々の想いを瞳に宿して応え、顔を背けて逃げる者が一人もいなかった。


 驚いた。俺が無理強いしないのを知っているし、無害と言う言葉を信じてくれているようだ。


 クロウラーズの出方を窺って見守っていると、リリィがジト目になって、アジリアを一瞥したのだった。


「ねぇ……アジリアさぁ……いつもはぎゃーぎゃーうるさいくせに、今日は妙に静かじゃんか。いつもみたいに喚けよ。『私がやる』ってさぁ」


 アジリアはリリィらしからぬ嫌味を聞いて、戸惑いを隠せなかった様子だ。一瞬目を白黒させたが、すぐに普段の気丈な振る舞いを取りもどした。フンと生意気に鼻を鳴らし、吐き捨てるようにして言った。


「私は駄目だと言われるからな」


 当たり前だ。


「お前は駄目だ。俺が感染中、代わりにリーダーになってもらう。AEUとの交渉を頼む。あいつら第一次接触の無礼を謝罪したからな。悪いと認めたからには、どんどん付け込んでいけ。それが謝るという行為の意味だ」


 リリィは納得がいかないようで、俺を睨みながらアジリアを指さした。


「やっぱりアジリアは特別なんだな。生まれ持ったもので差別するなって、私を殴ったくせに。ナガセは生まれ持った素質で贔屓をしている」


 何を言うかと思えば。ハッキリ言えば程度の低いいちゃもんだが、逼迫したこの状況ではわからなくもない理屈だな。ちゃんと諭してやるか。


 説明しようと息を吸ったが、それより早くアジリアが答えた。


「これは差別じゃなくて、区別だと思うがな。私は能力云々で制止されてる。見た目云々の話はしていないぞ。お前みたいにな」


 おい。安い挑発に乗るんじゃない。


「アジリア。勝手に答えるな。俺と、リリィが、話しているんだ」


 余計な火種を作りやがって。『アイリス虐め』の話がぶり返したら、バーサーカーの話どころじゃなくなっていたぞ。ただでさえ時間がないのに、場を乱されてたまるか。


 デージーがガタリと音を立てて、席を立ちあがった。


「そういうリリィはどうなんだよ。お前も口だけで何もしないのか?」


 一度空気が緩むと、坂を転げ落ちるように悪くなるんだから。思えば今の今まで、余計な茶々が入らず、会議が終わったことなんてないんじゃないか?


「あ? 何だって?」


 リリィとデージーが激しく睨み合い、二人の間に険悪な雰囲気が醸成されつつある。二人はアイリスの件で徒党を組んではいたが、目的が同じでも理由は違ったからな。リリィは恐怖心から。デージーは自己保身から、行為に及んでいたのだ。仲良くできるわけがない。


 今にも取っ組み合いを始めそうな勢いだったので、俺は言葉で二人の間に割って入った。


「リリィも駄目だ。人功機の完璧なメンテナンスができるのは、俺と彼女だけだ。整備に穴を開けたくない。リリィ。お前も特別だが、それで納得してもらえるか?」


 リリィは不愉快そうに口の端を吊り上げると、肩をすくめてみせた。


「頼まれても嫌だけどね。ていうか私は、感染自体反対だ。ナガセは私たちのリーダーだ。それを敵かもしれない奴のビョーキにする……それもだよ!」


 我慢できないと言いたげに、その声が張り裂けんばかりに高くなった。


 リリィは教室の一角に座す、アイリスに指をつきつけた。


「こんな奴の情報をアテにして……いかれてる! こいつの不注意でマリアは死んだんだ! また今回もミスしてるかもしれない! 私は信じられない! 安心できない!」


「リリィ……私は……」


 アイリスが立ち上がって弁明しようとしたが、顔は俯きがちで声にも力がない。その言葉尻はリリィの絶叫にかき消された。


「うるさいやい!」


 リリィは椅子を蹴って立ち上がると、肩を怒らせながら出口まで速足で歩いた。彼女はドアに手をかけると、一度振り返ってがむしゃらに咆えた。


「私は警告した。あとは勝手に進めればいいじゃん! ナガセ死んだら許さないからね!」


 リリィの姿が廊下に消え、力任せにドアが締められる。女たちは複雑な目で彼女を見送り、パギだけがびくりと肩を震わせた。


 リリィの気持ちと、言い分は理解できる。だが根底にあるのが『差別』に近い――それも理屈じゃなくて『感情』だからな。おいそれと取り成すことはできん。


「分かっていると思うが」俺は全員を見渡しながら、場を和ますために、冗談とも取れる軽い口調で言った。「アイリスに対する不信以外は、あいつの言うことが正しいからな」


 クロウラーズたちは俺の言葉に沈黙して、膝の上に視線を落としたのだった。

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