表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Crawler's  作者: 水川湖海
三年目後半【AEU編】
222/241

沈黙-2

 AEUとの通信を終えて、俺たちに張り巡らされた緊張の糸が切れたようだ。両隣のアイリスとロータスがぐったりとその場でへたり込み、俺の膝元でパギが小さくぐずりだした。


 パギの震える肩を撫でおろしながら、俺はアイリスに向かって聞いた。


「アイリス。応対に出た相手はデミトリ・ユゴー本人で間違いないか?」


 アイリスは戸惑いつつも、浅く首肯する。


「ええ……外観、声、話し方……遠目にしか見たことがありませんが、おそらく本人かと……」


「もう一つ……ユゴーにG系統バーサーカー陽性の兆候はあったか?」


 アイリスは顎に手を当ててしばらく黙り込んだが、やがて首を横に振った。


「いえ……私の開発したGは、ああも理性を保っていられません。刑務所の異常者を母集団として、攻撃性を抽出した脳回路なので……まともなやり取りなんて不可能です。どちらかといえば……」


 アイリスが恐る恐るといった様子で俺を横目で見て、それから恥じ入るように視線を伏せた。


「何でもありません……」


「どうした? 忌憚なく意見を述べてくれ」


「いえ……ユゴーの怒り方……酷かったころの貴方に似ていますね。まるで私たちを見ていない……復讐の鬼……」


 アイリスの言葉に反応して、パギが俺の胸元にきつくしがみついた。


「そぅだよ……すごい怖いよあいつ……」


 さもありなん。あいつらが俺と同じ過去を持つ人間ならば、当然の感情だと俺には思えた。素性がAEUであれ領土亡き国家であれ、その精神構造の根底には、『敵』への底のない憎悪があるのだ。結局地球を再生するマグマごときでは、世界を蝕む憎しみを焼き切ることはできなかったようだ。


 ロータスが唇を尖らせながら、不安げに俺の肩をゆすって来た。


「一週間ってぇ、あいつらめっちゃくちゃに時間くれたけど」


「封入したバーサーカーに感染するのを待っているのさ」


 ロータスが口をいの字に広げた。


「それ患ったら、アタシたちゃやばいのよねん?」


「使ってきた系統にもよるが、奴隷になるか暴徒になるか。どちらにしろただではすまん。しかし感染しなかった場合、俺らは領土亡き国家と断定される。恭順か、抗戦か。二つに一つ。奴ら荷物一つで俺たちを縛りやがった」


 虚しいため息一つ、俺は沈黙する通信機のモニタを呆然と眺めた。そうしてしばらく考えを巡らせていると、アイリスがおずおずと手を挙げた。


「封入されていたバーサーカーを判別しましょうか? 領土亡き国家の手下である異形生命体と、冬眠したアリゾナの生き残りが患っていたのがG系統ですよね。AEUがポリス管理システムに仕込む予定だったのはL系統のはずですから、それで素性を探れるのでは?」


 そう話が簡単ではないのが、悩みどころなんだ。


「お前が知っている限り、計画ではL系統を使うことになってたんだな? しかし同時にお前はG系統の開発を行っていた」


「はい。その通りです――あっ……」


「そうだ。奴らはLとGを選べる。だからバーサーカーの系統判明したところで、相手が誰だか断定できん。それに告発されかけたL系統を使い続けるほど間抜けとも思えん。(実際、俺たちはL系統の抗体を持っているしな)しかし状況を整理しておくに越したことはないな」


 そもそものクロウラーズにもいまだ謎が多い。その上で情報が錯綜しすぎて、俺も混乱して何が何だかわからなくなってきたところだ。


 立て続けにアクシデントが起こったからとはいえ、長らく事務仕事をおざなりにしたツケが回って来たな。ここらへんで得た情報を、正確な資料へと格上げしておかねばなるまい。パギを抱きかかえながら、重い腰を持ち上げた。


 バーサーカー関連を簡単に整理すると、アリゾナのシェルターで殺し合っていたアメリカ人は凄惨な殺害現場を理由に、異形生命体は偏桃体異常を理由にG系統感染者の可能性が高い。しかも異形生命体は元人間である。だがこのどれも状況から推測しただけにすぎず、明確な検査結果を出していない。


「アイリス。バーサーカーの判別を頼んでもいいか? 検査するのは異形生命体、標的X、アリゾナの遺体だな。標的Xとアリゾナの遺体は冷凍保存してあるから、バーサーカーも残っているはずだ。異形生命体は近いうちに生け捕りにする。あとは……そうだな。俺の検査も頼む」


 アイリスが露骨に顔をしかめて、「また妙なことを言いだした」と小声でうそぶくのが耳に届いた。


「あなたの検査は必要ですかね? 無駄にみんなの不安を煽るのもどうかと思いますよ?」


「俺はお前らと違って、ヘイヴンのメディカルポッドを使ったからな。万一ということもある」


「成程……承知しました」


 アイリスは納得した様に首を小刻みに縦に揺らすと、もごもごと口の中で何かを呟きながら立ち上がる。やがて煙草を一本口にくわえると、火をつけないまま唇で弄び、コンテナを出ていった。


 ロータスはコンテナに残って、気味悪げにAEUからの物資をぼんやりと眺めていた。彼女の野生の嗅覚は、物資に潜んでいる毒を鋭敏に嗅ぎ取ったらしい。俺に分配をねだろうとはせずに、むしろ処分の許可が欲しくてこの場に留まっているようだった。


「お察しの通り、食わん方が良いな。おそらくバーサーカーが仕込まれている」


「食い意地の張った雌豚どもが盗んでもつまらないでしょぉん? 埋めるなり焼くなりしちゃいましょうよん。気味悪いったらありゃしねー」


「アイリスに検査させてからだな……その後陽性だろうが陰性だろうが、お望み通り焼く」


 敵か味方かも分からない相手から、贈り物を受け取るなんざ狂気の沙汰だからな。一度受け取ると、相手の臭いに慣れて嗅覚が鈍っていく。そうなると毒が仕込まれていたとしても、気づけなくなってしまうものだ。


 友好の証だ。かつてアメリカ人はその言葉と共に、インディアンに毛布を贈った。結果多くの先住民たちが、毛布に仕込まれた天然痘で命を落とした。その後どうなったかは、知っての通りだ。


 贈り物を受け取っていいのは、それに相応しい価値を自分が持っているときだけだ。そうでなければ、もうそれは贈り物ではない。状況によっては施しという言葉すら生ぬるくなる。選択肢を根こそぎ奪ってきた今回のように、一方的な搾取とそう変わりない。


 ロータスは苛立っているのか、足のつま先を持ち上げては、床を叩く動作を長らく繰り返していた。やがて眉間にしわを寄せると、不安そうに俺に視線を振った。


「ダーリンの感想としてはどっちよ。あいつらジンルイ? それともバケモノ?」


「第一印象としては素直……いや……違う。愚直。うん。そう。愚直だな。愚直すぎる。駆け引きがなさ過ぎて、気持ちが悪い」


 AEUはいくつも交渉を有利に運べる材料があったにも拘らず、からめ手を一切使ってこなかった。バイオプラントの優占に関しては、こちらの事情を酌んでお咎めなし。AceLORANの展開に至っては触れもしない。第一次接触のゴタゴタの件では、俺はそちらが高圧的だったと先手を打ったが、特に反論もなく謝罪をした。そうしてバーサーカー感染待ちという強硬な一手押しだ。この結果に全てをかけて、水面下で別の手を進めている気配も感じない。


 当たり前の疑念をぶつけず、ただひたすらに一つの手をぶつけてくる。これが愚直でなくしてなんだ。


 パギが俺の胸に埋めていた顔を上げて、潤んだ瞳を向けてきた。


「それっていいことじゃないの? 馬鹿正直ならいいじゃん」


「素直ならいい。だが愚直はまずい。素直は理屈を受け入れるが、愚直は理屈が通用しない。そういった連中は自らの信条を貫き通し、決して曲げることがない。たとえ行く末に破滅が待っていようと、美徳と捉えて突き進む。何が起ころうと顧みないんだ」


 ロータスとパギは絶句して、俺のことをじっと見つめてくる。


 やがてロータスは嘲笑に口の端を吊り上げて、軽口を叩いた。


「自己紹介してんの? ダーリン」


「あまり虐めんでくれ……」


 しばらくこのことでからかわれそうである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まだ、待ってます。 また戻ってきて再開してくれると嬉しいです。 これほど本格的な作品はないと思ってます。
[一言] 更新ありがとうございます!新年の励みになります! 今年も応援してます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ