表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Crawler's  作者: 水川湖海
一年目
22/239

激走‐2

 異形生命体が一斉に俺の方を向いた。そして全ての行動を放り捨てて、こちらにめがけて突進してくる。

 怒りで頭が沸騰している。しかし長年の経験のおかげで、怒りが意欲になり、次々に戦略を吐き出していく。こいつらには共食いの習性がある。そして自らの欲求に率直だ。目の前に死体を転がしてやれば、それに食らいつくだろう。満腹の連中は俺が相手をしてやる。

ひとまずドームポリス内に突入し、生存者を確認しなければ。目標地点のシャッターは、西へ進む俺に対し、北東を向いていた。つまり俺は九時の方角へ進んでいるが、シャッターは二時の方角を向いている。

 作戦は到って単純だ。解放されたシャッターの入り口と平行になるように、死体の山を築き上げ防波堤を作る。防波堤の位置は俺から見た、シャッターの手前ではない。奥の方だ。手前の異形生命体は俺に接近することで、シャッター前から退くだろう。その連中を引きつけてから、右から迂回してシャッター正面よりドームポリスに突入する。

マスターアームオン。ソフト機動。畜生! 対象が群れていて、温度分布から内臓を割り出せない。こう多くては画像認識とクロスさせないと駄目だ。斥候だと手を抜いたのが祟ったか。

 俺は攻機手榴弾を選択した。モニタに手榴弾投擲のガイドラインが表示される。俺は標準をシャッター奥の空間に定め、手榴弾を射出した。腰のウェポンラックから勢いよく手榴弾が飛び出て、宙に弧を描く。そして空中で炸裂し、下方に鉄片を撒き散らした。

 下方約五十メートルの範囲にいた異形生命体がもんどりうって倒れる。

 俺は死体の防波堤が出来るように、手榴弾の標準を棒状にずらしながら、オートで射出するように設定した。残り二発だ。三発撃てば最低百メートルの防波堤が出来る。

 俺はMA22を選択し、目の前に迫ってきた敵に向けて乱射した。迫りくる異形生命体たちは被弾してふら付く。しかし弾のほとんどが身体を抜けて貫通し、まるで風を通す網戸のように、俺への突進を続けた。

 だがそう悪い事ばかりではないようだ。矢面に立つ異形生命体の後ろで、マシラが何匹かが絶命して倒れた。貫通量のおかげで一発あたりの手数が増えた。MA22は一マガジンで二千発撃てるが、実質その二倍三倍の効果があるということだ。

俺は迂回をしながら引き金を絞り続けた。

 三発の手榴弾の投擲が終わった。シャッター奥に死体の防波堤ができた。そこには鉄片まみれになった異形生命体が散乱している。防波堤からは、死に損ねたマシラやジンチクが痙攣しながら這い出ようとする。しかし彼らはすぐに、死体に群がる仲間たちに踏みつぶされ、大地の染みになった。

 俺は飛びかかって来たジンチクをロケット機動で躱しつつ、弧を描いてシャッターへと接近した。その間にも掃射を続けていたが、ついに弾が切れた。俺はMA22からマガジンを排出すると、ライフルを肩で担ぐ給弾動作をした。その動作を感知した肩部のラックが、MA22に新しいマガジンを装填した。これが最後のマガジンだ。

 俺は掃射を再開し、追い縋ろうとするマシラを撃ち倒した。

 やがて躯体が創り上げた防波堤に並走する。目の前にはこじ開けられたシャッターがある。貪られる死体の山を横目に、俺はドームポリスの中に突入した。

 通常、ドームポリスには二つの出入り口がある。人が使う正面玄関と、人攻機やキャリアが使う、倉庫シャッターだ。このシャッターも多分に漏れず、倉庫へと続いていた。

 まず襲ったのは、赤い回転灯のきらめきだった。倉庫の四隅と主柱に取り付けられた回転灯が作動し、暗い倉庫内を赤の明滅で照らしていた。

「エマージェンシーコール……! 応戦したのか!?」

 俺は躯体のロケット駆動を止めて、倉庫内を走らせる。そして素早くレーダーを走査させつつ、注意深く見渡した。そこら中でジンチクやマシラが蠢き、回転灯の光の中で揺れていた。

 倉庫内には女たちのドームポリスと同じ形式の、格子状の駐機所が整然と並んでいた。しかしそのどれもが空だった。経験からして上階に倉庫があり、そこで人攻機を保管している。ここの主な用途は整備と運用なのだろう。壁面はコンテナと化している。ダガァが数躯、コンテナの近くで擱座していた。その周囲には僅かばかりの空薬莢と、防護シートをかぶったままのMA22が放置されている。

 俺は上階へと続くエレベーターシャフトを探す。回転灯が作動しているなら、電気は通っている。使えるはずだ。普通エレベーターシャフトは、中央の太い主柱を兼ねているか、倉庫の最奥にある。俺は倉庫中央まで来ると、躯体を右折させて、主柱を改めることにした。

 そこで俺は、ある駐機所の付近を通り過ぎた。その格子の中には、胆嚢のような気色の悪い肉が詰まっている。気になってサーモグラフを呼び出してみると、中で五つくらいの熱源が蠢いている。俺は悪寒に震えながら、バックカメラで胆嚢をちらりと見た。

「母体がいるな……こいつらの生みの親が……」

 胆嚢が破けて、中からジンチクが這い出して来る。奴らはおぞましい身体を犬のように震わせ、周囲に粘液を振り撒いた。そして俺の躯体を見つめると、追いかけてきた。

 はやくエレベーターシャフトを見つけなければ。主柱の一つが近づいてきた。主柱の中は空洞となっており、エレベーターボックスがさらけ出されていた。ボックスは高い所から落とされたのか、下部がひしゃげており、中には潰れたダガァが蹲っている。

 リニアエレベーターか。ワイヤではなく、電磁気力で上げ下げするエレベーターだ。

 俺は反射的にそのダガァのコクピットを撃った。理由はコクピット周辺にジンチクの溶解液で溶かされた跡があったからだ。案の定、中にはジンチクが何匹か潜んでいたらしく、ダガァはまるで人間のように血を吹いた。俺はシャフトを通過した。

 そのシャフトはボックスが歪んでいるので使うのは躊躇われる。そして事故の痕跡から忌避せざるを得ない。

 しかしリニアエレベーターだけ備えられている事はない。必ず昔ながらのワイヤ式のエレベーターがあるはずだ。俺は左折し、倉庫の奥へと続く通路を走った。

 後ろからはジンチクの這いずる音が、横からは駐機所一つ分のスペースを置いて、マシラが並走する姿が見える。あまり長居はできない。もし全てがリニアエレベーターなら撤退だ。

 倉庫奥の壁には、エレベーターシャフトと、管制室が交互に並んでいた。管制室は冬眠以降、人の出入りが無いらしく、ドアノブがささっていなかった。これは冬眠から目覚めた人員が、勝手な行動をとらないための措置だ。エレベーターシャフトは運搬物が見えるように、金網とガラスが張られている。シャフトの中にあるボックスも扉は金網製で、中の虚空を見せていた。俺はエレベーターボックスの上部から、ワイヤの束が天井に伸びているのを確認してほくそ笑んだ。

 武器から攻機手榴弾を選択。起爆装置を切る。そしてエレベーターの開閉ボタンめがけて射出した。手榴弾が弧を描いてシャフト脇のコンソールに飛んでいく。全長三〇センチ。幅十二センチの鉄の塊が、開閉ボタンを直撃する。コンソールの強化ガラスが軋み、鉄枠が歪む。同時に間の抜けた開閉音がしたかと思うと、エレベーターの金網が開き、ボックスを露わにした。

 俺はロケットを僅かに吹かし、反転すると背中からボックスに入り込んだ。その際地面に転がっている手榴弾を足でひっかけて、エレベーターシャフトの前まで転がした。

 ジンチクの群れがボックスになだれ込もうとする。俺はMA22を乱射し、それらを肉片へと変えた。ジンチクは血飛沫がカットラスにかかる程接近しており、コンディションパネルが、胸部異常を訴えて黄色に変色した。

 躯体の脚で、ボックス内部にある上昇ボタンを蹴る。ブザーと共に金網の扉が閉まる。エレベーターはのろのろと、ボックスを上に持ち上げようとした。

 その時、それまで並走していたマシラがついに追いついた。数は四匹。そいつらは脇からエレベーターシャフトの正面に回ってくると、拳を振り上げて扉ごと中の俺を、殴りつけようとした。

「くたばれ」

 シャフト前に転がした攻機手榴弾を遠隔起爆。手榴弾は躯体から通信を受けて、発破面をマシラに向けて爆砕した。

 飛びかかって来たマシラ全員に、鉄片の嵐が襲う。マシラは全身ハリネズミの様になりながら、飛びかかる勢いを相殺されて空中に制止した。やがて重力に引かれ、重苦しい響きを立てながら地面に崩れ落ちた。

 俺はそれを見下す。ボックスがスムーズに動きだし、どんどん視点が高くなっていく。

 躯体のコクピットを押し上げて、俺はカットラスの首の付け根から顔を出した。そして金網越しに倉庫を見渡した。

 突入時はあまり気を配れなかったが、このドームポリスは活動を始めてから数か月を経ているようだった。倉庫の天井には蜘蛛の巣が張り、シャッターからの風に揺れている。擱座するダガァの半数は、ジンチクにぐずぐずに溶かされ、見る影もなかった。更に奴らの巣として長年愛用されている証拠に、大きく広がった穴が目立つ。そして倉庫内全体に、外以上の密度で死体と糞がまき散らされていた。

「負けたのか……? いや……しかし……マシラ如きに負けるか……?」

 俺は呻きながら、蒼白の顔を滑る汗を拭った。

「女たちの様に記憶が無いはずはない……ダガァが動いているのだから……」

 そしてふと、コンテナ近くで放置されていた、封のされたままのMA22を思い出す。

「寝起きを襲われたのか……そしてパニックになり……」

 きっとどこからか異形生命体が入り込んだのだろう。逃げようとした人員がシャッターを解放してしまい、そこに異形生命体がなだれ込んだのかもしれない。そうすれば外で擱座したダガァにも説明がつく。そのまま居座られ、ここは奴らの営巣と化したのだ。

「まだ立てこもっている人員がいるかも知れん。倉庫で装備を整えてから、中央コントロールに向かえば……」

 俺は攻機手榴弾を取り出すと、遠隔起爆に設定し、エレベーターシャフトの出口に向けて置いた。保管庫にも何がいるのか分からない。いつでも蜂の巣にできるようにしなければ。

 目の前に映し出されていた倉庫の情景が、鉄の壁に阻まれた。そして「SK2」と赤ペンキで書かれた鉄扉が現れると、エレベーターボックスは軽く揺れて止まった。

 鉄扉はスムーズに開いて、保管庫の中が見えた。

 俺は身構えたが、保管庫から何かが飛びかかってくる気配はない。俺は手榴弾を足で転がして、先に保管庫の中に入れた。手榴弾が重い響きを立てながら転がる。しかしそれが止まると、辺りから物音はしなくなった。ただエレベーターシャフトの下から、異形生命体の喚く声が、微かに響いてきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ