プッシーラビッツ その2
「このアタッシェケースをセントラルに運ぶだけで、前金五万ドラクマ、届け先で五万ドラクマ。合計十万(約百万円)の儲けよぉ! かなりいい仕事じゃなァい!?」
空を舞う人功機の揺れに、ポリーがはしゃいで尻を弾ませる反動が加わる。彼女はアタッシェケースを愛でているのか、背後から優しくさする音が聞こえ続けている。ポリーの奴、発つ前に同じ手で男のナニをしごいてたんだけど……やめさせるべきかな……? まぁ黙っていれば、クライアントにばれないか。ツッコむのも面倒くさいや。
それよりも気になることがあるんだけどね。
「あの……その……ポリーはさ、ケースの中身が気にならない? あの筋肉だるま『絶対に開けるな』って言ってたけど、やっすい三文小説じゃないんだから。今時中身と保険を確認するのが常識なのに、それもなしにただ運べってさ」
自ずと唇がいの字に歪んでいく。
「ぜぇぇぇったい、まともなブツじゃないよ」
「あらー。クサいと分かっているなら何で受けたのよぉ」
「あはは~……僕らの状況わかってないね? お金がなけりゃあと半年で死ぬんだよ? 一日五分でいいから真面目になって」
「真面目になったところで無理なものは無理よ。背伸びして死ぬより、腰落ち着けて往生した方が楽よ?」
「黙れ。僕は絶対に青空の下でくたばるんだ。こんな赤茶けた世界じゃなくてね」
「夢はベットの上で見なさいな。ま。私は相棒だから、死ぬまで付き合ってあげるけどね……」
背後でギシリとタンデムシートがきしむ音がした。そのまま風船の空気が抜けるような、低い唸り声が聞こえはじめる。ポリーにも思うところがあるのか、珍しく考え込んでいるらしい。普段からそうやって行動してくれると嬉しいんだけどな。
虚しいため息をついて、額をコクピットの内壁に押し付けた。必然的にモニタの航行図が目の前に迫り、僕の視線を吸い込んでいく。
旧地名からその名をとられたヴェネチアドームポリスを発ち、はや数時間がたった。僕らのオンボロ人功機マジカルステッキは、アルプス山脈沿いに南の裾野を飛翔していた。
三百メートル眼下には、紫色の樹海が果てしなく広がっている。汚染樹からは粘菌胞子が絶え間なく舞い上がり、まるで樹海全体が沸騰して湯気を発しているように見えた。眺めているだけで、吐き気が込み上げてくる気持ち悪さだ。こんなところに僕の骨をうずめてたまるかってんだ。
さっきからFLIR(前方監視型赤外線装置。躯体の前方下部を赤外線で走査する)で樹海を走査しているんだけど……いるわいるわ。木の下ではメガロミルミギ(蟻のミューセクト)どもがうじゃうじゃとひしめいている。こいつらの数に注目して、航行の安全を確保しないと。
「ポリー。メガロミルミギの数が少なくなってる。軌道修正。もうちょい南によって?」
蟻どもが減ったということは、そこはモスマン(蛾のミューセクト。昆虫人間)の住処があるか、土壌がでろでろに腐ってメタンが噴き出している場所だ。前者だと僕らは超音波で撃ち落されるし、後者だと粘空帯(粘度の高い汚染空気が密集している空域)にからめとられて落ちちゃう。
ポリーはさすがに僕が選んだパートナーなだけはある。「ほーい」と気の抜けた返事を一つ。私が航行図に引いたラインに合わせて、即座に躯体の進路を調整した。下半身がガバガバなだけで、仕事はできるのだ。うん……頭もガバガバかもしれないけど。
コンソールを操作するタップ音を響かせながら、ポリーはおもむろに口を開いた。
「ねぇキャシィ。あの人多分軍人さんでしょ? 憲兵か何かだと思うけど、セントラル行きの補給路なんてバカスカあるんだから、それを使えば安全に運搬できるわよねぇ。このサイズだから目録にも載せなくてもいいし、内緒で運ぶこともできると思うのよ」
ポリーがアタッシェケースをガタリと揺らした。
「つまりそれができないってことは、軍部にも内緒なのか。はたまた危険すぎて拒否られたのか。それとも――」
ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえる。僕が首をブリッジさせて後ろを向くと、ポリーはいやらしく笑っていた。
「よっぽど貴重なシロモノなのか……よね」
だといいんだけど。僕はポリーを見上げたまま、軽く首を振った。
「いーや。危険すぎて、他の荷物と一緒にしたくないブツかもしれないよ? 放射性物質とか……モノポールマテリアルとか……そういえばこの前226避難所で虐殺があったの覚えてる? あれBC兵器が使われたって噂が立ってるし、ひょっとしたらそのサンプルかも――」
ポリーの瞳が怪しく輝き、口の端からよだれが垂れた。この馬鹿。良からぬことを考えているな?
「あの……その……釘を刺しておくけど、パクるのはなしだからね。僕らただでさえミシェル・ジャンクヤードを怒らせてるんだよ? このうえ軍まで敵に回したらマジで食っていけなくなる……ていうか死ぬしかなくなるからね」
あの……その……ポリー……何でムッとしているのかな? まるであらぬ疑いをかけられて心外みたいに……。
「あの……ねぇ……ポリー。そもそもミシェルは何でキレたか覚えてる?」
ポリーはフンと、気取って鼻を鳴らした。
「お抱えのAV男優が私に惚れたから、逆恨みされたのよねー?」
ちょうど足元にあるフットペダルを、苛立ち任せに蹴り飛ばした。
「違わい! その人が撮影前なのに、病気うつしたからだよバーカ!」
「ちょっと怒らないでよ。あれから反省して、お医者さんに診てもらうようにしたんだから。ホラ。先々週の診断書」
ポリーの間抜け面が、差し出された紙で隠れてしまう。乱暴に横なぎに払うと、再び見えたポリーはびっくりしたように目を丸くしていた。
「ちょっとー。何すんのよー。これがないと最近は男の人も寝てくれないのよー?」
「またタダでやってんの!? 金取れって――とらなくていい! またプッシーラビッツの名が娼婦として認知されちゃう! ちくしょう~!」
足をじたばたさせながら、髪の毛をかきむしる。ポリーがこんなんだから、くる依頼が変な物ばっかなんじゃないかなぁ! この前も乱交パーティに淫乱バニー役で呼ばれたし! 僕らがバニーコスをしているのは、年がら年中発情している淫乱ウサギだからじゃない! カジノで働いていて! なおかつ予備の飾り布を! 買う余裕がないからだ!
怒りに悶絶していると、脳に血が上ったせいで一瞬意識が遠のいてしまう。ろくにご飯も食べられていないから、貧血気味なんだよ。でもおかげで冷静になることができた。
興奮しちゃだめ。ポリーが頓珍漢なぶん、僕がお姉さんになってしっかりしないと。
胸に手を当てて深呼吸をすると、足元に落ちた診断書をつまみ上げた。
「あの……その……よく考えてよ。僕らにそんな大事なモノ預けるわけないでしょ? 他にも囮で数人に声をかけて、本命は別の人に持たせているに違いないよ」
ポリーが診断書を受け取ることで、また顔が隠れた。次に見えたときには、不満そうに唇を尖らせていた。
またその顔かぁ。ポリーはさっさと私に稼いでもらって、ユートピアに行くのが無理だと思ってほしいんだ。そうして楽になって、残された時間を一緒に遊んでほしいんだ。
でもね。僕は諦めない。
「いいポリー? 四百万ドラクマ。二人で貯めて、揃ってユートピアに行くの? ヤりたいのはわかるけど……いや……あの……正直わかんないけど、続きはユートピアの青空の下でやってちょうだい」
ポリーは唇の端を吊る、ちょっと嫌な笑い方をした。私を駄々をこねる子供扱いだ。だけど彼女はそれ以上は何もいわず、受け取った診断書をライフスキンの胸にしまった。
「はいはい。あんたには迷惑かけないわ――あ」
ポリーが苦笑したその時、コクピット内にアラートが響き渡った。
旧世界でアラートは、死を意味したらしい。アラートが鳴った時点で、音速で滑空するミサイルを避ける術はないからだ。
しかしここは汚染世界。粘度の高い空気のせいで、物体が音速を超えることは難しい。おまけにその空気のおかげでレーダーはまっすぐ飛ばないし、まっすぐ帰ってこない。
つまりロックオンされてからでも、余裕で回避できるのだ。
ポリーを見上げていた顔を、即座に正面のディスプレイに戻す。レーダーモニタに敵は映っていなかった。ヨーロッパの空は安定していて、隠れられるような汚染雲も、粘空帯も付近にはない。
ということは下――森の中か!
「何を撃たれたかわかんない。とりあえずフレアを炊くよ」
「ほーい。高度下げるね」
マジカルステッキの作業分担は、僕が砲撃手でポリーが操縦手だ。
森で待ちぶせするような相手に、遮蔽物のない上空に逃げるのは下策。狙撃の備えもしているだろうからね。
僕がフレアを投下すると、ポリーはその向こうに躯体を隠しつつ降下する。やがて地表すれすれまで接近すると、森の紫を波立たせるように飛んだ。
襲撃者はミサイルを放ったようだ。先ほど投下したフレアに食らいついたみたいで、爆発による空震が躯体を叩いた。白い蛍光の明かりが、非常灯のどぎつい赤に塗りつぶされる。間を置かずに異常を知らせるブザーが鳴った。
「くらった?」
ポリーに急かされて、コンディションパネルに視線を走らせる。うげぇ! まじか!?
「さっきの振動で脚部装甲が落ちたみたい。うわぁー! この前買ったばっかりの奴だ!」
「今回の報酬早速減ったね」
「うっせぇわ!」
漫才をしている間に、パッシヴソナーに感アリ。樹海で何かが蠢いている。バックカメラを確認すると、森の枝葉が激しく揺れていた。
大きさからしてメガロミルミギじゃない。おそらく人功機だろう。
略奪者かぁ。何でこんな時に限って絡まれるかねぇ。いやぁ、積み荷がそれだけヤバいってことかなぁ?
「ヤる?」
ポリーが明日の天気予報を読み上げるみたいに、のほほんと聞いてきた。
「場合によっては。できれば無視したいね」
ミサイル一発ウン万ドラクマだけど、あいつら殺したって一ドラクマにもならない。
「わかったわ。じゃできればこのまま振り切るってことで」
ポリーが樹海すれすれを舐めるように飛んでいくと、マジカルステッキのつま先が森の紫を割った。後塵の代わりに粘菌胞子が巻き上がり、ポリーはそれを煙幕の代わりに僕らと相手を隔てた。
状況有利。敵さんが追っかけたら、僕たちは煙幕から出てきたところを撃てばいい。だが敵さんは煙幕を突き抜けたところで、僕らを探す必要がある。
「この状況で追っかけてきたら、ヤっちゃいましょ」
「オーケイ……お願いだから来ないで……鉛玉だってタダじゃないんだから……」
ポリーはうつ伏せに飛翔していた躯体を、くるりと反転させて仰向けにさせた。そしてラッコのような姿勢をとって、煙幕を狙いやすくしてくれた。
僕のモニタには朱色の空と、垂らされた黄土色の煙幕、そしてその下に延々と広がる紫色の樹海が映る。ノイズのちらつくモニタに目を凝らし、レーダーからの情報に神経をとがらせた。
マジカルステッキの主兵装はスナイドルライフル。先込め式のリボルバーライフルだ。
民間に流通している人功機の武器で一番安く、そして頑丈。何より装填方式がマスケットに近いので、発射できる弾丸を選ばない。早い話が薬室に入れられて、銃口から飛び出せるなら、鉄骨だろうがゴミクズだろうが何でも撃ち出せちゃうのだ。
悪い所を上げるなら、駐機所に戻らないと装填作業ができないことかな。そしてたまにとんでもない所に弾が飛んでいくことだ。
僕のスナイドルに装填されているのは、コイルに使われている鉄芯である。僕はこいつが大好きだ。安物の弾丸と違ってまっすぐ飛ぶし、貫通力というアドバンテージを持っている。流石に装甲で守られたコクピットはぶち抜けないけど、腕や足だったらヨユーで貫ける。こいつを食らったら四肢損壊は確実だ。
モニタに映し出された煙幕に異変があった。中央の幕を突き破って、一躯の人功機が飛び出してきたのだ。
鋭角が目立つ四肢に、スマートなフォルムをしている。特徴的な逆三角形の頭部を突き出しながら、僕らの方へと真っすぐ突っ込んできた。
うっそぉ羨ましい! アメリカ軍でも使われている軍用躯。キドニーダガァだぁ!
一瞬、軍人さんを相手にしているかと思ったが、そんな訳ないか。軍人さんならまず警告をくれるだろうし、ポリーの通信も無視しているみたいだ。
「応答ないからろくな相手じゃないよー」
ポリーが私の砲撃を急かすように、背中のシートをつま先でつついてきた。
キドニーダガァかー。いい躯体だけど、乗り手に恵まれなかったねー。
僕はレティクルをキドニーの脳天に合わせて、トリガーを絞った。
バガウッ!
スナイドルが吠えると、キドニーの脳天に大穴が空いた。空に金属片と表面剥離装甲が散らばり、キドニーは失速して樹海へと飲み込まれていった。
マジカルステッキも発射の反動でバランスを崩し、軽くふらついた。このままでは僕たちも樹海に落ちてしまう。しかしそこはポリーの腕の見せ所だ。
背部で軽い爆発音がして、躯体がふわりと浮く。ポリーはその浮力を上手く速度にのせて、マジカルステッキに航行を再開させた。
問題なし。ちょろいもんよ。
「ごめーんキャス。爆発ブースター使っちゃったー」
「別にいいよ。使わなきゃ死んでたし」
私も一発撃っちゃった。ああー。これで一万ドラクマはトンだなぁ――って……あれ!?
推進剤のメーターが減ってるんだけどおかしくない!? 僕ちゃんと出発する前に満タンにしたのに、もう半分まで減っちゃってる! 確かに戦闘で消費はしたけど、この減り方は絶対におかしい!
「どうしたのキャス?」
「推進剤が減ってる! まずいよ! この量だとセントラルまで足らないよ!」
ポリーがぎくりと身じろいだのが、コクピットの揺れで感じた。
「えぇ! ほんと!? キャスちゃんと出発前に、プロペラントタンクに亀裂がないかチェックしたぁ?」
「したよぉ! 一番気にしているところだもん! あっれぇ~? おっかしいなぁ。ミサイルの破片でも食ったのかなぁ?」
でも爆発現場から距離は取ったし、モニタにも破片なんて映っていなかった。第一プロペラントタンクがあるのは背面で、僕らは背中を真下の森に向けていた。当たりっこないはずだ。
う~ん……やっぱりタンクに亀裂があったのかなぁ? 見落としちゃったのかも。
「しょうがないわよキャス。過ぎたことはもうどうしようもないじゃない? どっか近場のドームポリスによって補給しましょ? 幸い前金で懐はあったかい訳だしさぁ」
ポリーがシート越しに肩をさすってくれるが、これが落ち着いていられるか。
「それは無理だねぇ~。だってセントラルに行くには補給しなきゃいけないのに、ここらのドームポリスはミシェル・ジャンクヤードのシマでしょ? 次ツラ見せたら脳天ぶち抜くって言われたの、忘れたわけじゃないよね?」
「顔見せなきゃいいでしょ~? マスクしてぇ、惨めに地面を舐めるようにして歩けば、ミシェルも怒らないでしょ? 今までそれでなんともなかったじゃない」
「んなわけないでしょ。ヴェネチアにもミシェルの息はかかっているから、僕らが荷物を預かったことは当然知ってる。もしこれがアタリだったら、僕らのツラを拝みに来るよ」
ポリーはふぅんと鼻で息を吐いて、ちょっと考えるように間を置いた。
「でも補給しなかったら私たち死ぬわよね」
だから落ち込んでいるんだ。あんたがまたやらかさないか不安だし、ミシェルとはち合わないかも不安だし、丘でまた略奪に合わないかも不安だ。
「あの……その……だからこれから寄るドームポリスで、オトコを買ったらマジぶっ殺すからね……? 頼むよ……?」
ねぇ……何でそこで黙るのかな? そこはいい子になって、嘘でもいいからはいと言うべきでしょ? 僕の不安を少しでも軽くするために!
「ポリー? 返事は?」
「え……あ……その……うん……頑張る」
「そこはわかっただろォ!?」
唾をまき散らしながら首ブリッジして振り返ると、ポリーが頬を赤く染めながらアタッシェケースをいじっていた。
「ひょっとしたら……お金持ちのおじさまと出会えるかもしれないでしょ~? そうしたら私たち二人で冬眠権貰えるかも~……」
「あの……その……夢はベッドの中で見てくんないかな……じゃなきゃ続きを墓の中で見ることになるよ?」
*
人功機を腐葉土の中で寝かせたまま、白煙を吹くランチャーを脇に置いた。
躯体を圧し潰そうとする鈍色の空、飲み込もうとする腐れた大地。
俺はその狭間で必死にもがいているわけだが、ふと、どうしようもない阿呆なのではないかと思う時がある。俺のようなちっぽけな存在がいくら頑張ったところで、世の中の流れには逆らえっこないのだから。
「……憂鬱だ」
土に埋まるのは好きだ。死体になった気持ちになれるから。
死んでしまえば、生きる苦しみなんてもう味あわなくて済む。
その解放が、故郷に帰る喜びに勝るのが怖い。
プッシーラビッツの残していった飛行機雲を目でなぞりながら、仕事に没頭することで気持ちを静めようとした。
ピンキーのくれる情報は確かで助かる。一番難しいのはラビッツの足止めだったが、おかげで待ち伏せするだけで済んだ。
「狙い通り……プロペラントタンクがイったな。これで近くのドームポリスに寄るだろう……」
とりあえずの目標は達成した。後は各ドームポリスにいるマイケルの部下が、ウサギちゃんを見つけたら連絡してくれるだろう。
煙草を咥えて、一服をする。
それにしてもあいつらを襲っていたのは、どこの連中だろう? 結構な恨みを買っているそうだから、その線かもしれない。だが積み荷関連だと非常に困る。俺がアタッシェケースを奪取するとき、そいつらに横から搔っ攫われたらたまらん。
身元だけは確かめておくか。
ラビッツが俺と同じ考えに至って、身元確認に引き返してくるかもしれん。しばらくこのままじっとしているか。汚染空気が表面剥離装甲を蝕む融解音がし続ける中、俺は煙草の紫煙を目で追って暇をつぶした。
メガロミルミギは金属に興味がないので、動かなければかじられることもない。しかし動いたが最後、一斉に群がって身動きを封じてくる。ラビッツが撃破した不明機には、メガロミルミギが群がっていることだろう。あまり執着せず、上空から写真だけとるか。
たっぷり一時間後。
パッシヴソナーで辺りにメガロミルミギがいないことを確認すると、腐葉土に埋もれた人功機を起こした。
型落ちのオールドダガァだが、民間の人功機をはるかにしのぐ性能をしている。ダガァなんて欠陥機と名高いキドニーでさえ、市場なんぞに出回らないんだぞ? マイケルはこの躯体をどこから調達してきたのやら。
スラスターをふかして樹海から浮上すると、不明機が墜落した上空を通り過ぎざまに撮影した。待機場所となるドームポリスへと移動を始めながら、さっそく写真をモニタに呼び出してみる。
さて……何が映っていることやら。モニタには樹海の木々をなぎ倒して、うつ伏せになった人功機が映し出された。
「あのウサギ共、良い腕をしてるな」
躯体の脳天を一発で射抜いていやがる。ひょっとしたら頭から頸椎を抜けて、コクピットまで貫通しているかもしれん。パイロットはよくて即死、悪くて気絶だな。
躯種は――キドニーダガァか。ラビッツと交信していなかったし、所属は軍じゃない。おそらく戦場で遺棄された躯体を、別の組織がサルベージして使っているのだろう。
こりゃ正体はつかめないままか――と思いきや、意外なところに手掛かりがあるものだ。
キドニーの脇には、とても特徴的な形をした武器が投げ出されている。先込め式の単発銃を九つ束ねて、無理やりに一丁のライフルにした代物だった。
汚染世界で連射可能なアサルトライフルは、歩兵用であれ人功機用であれ、軍にしか持てない兵器である。なぜなら汚染粉塵から連射機構を守る技術を、軍レベルでしか実現できないからだ。だから民間に流通している銃器類は、ほぼ全てが単発銃である。
政府が民間人に武器を提供するはずもなく、犯罪者たちは自らの手で製作するわけだが、『装弾方式』で組織や地域による差が出てくるのだ。そして銃身を束ねるような武器は珍しく、地域どころか組織も割り出せた。
「アル=ハザード……?」
中東を拠点にする犯罪組織が、どうしてAEUなんぞにいる? ひょっとしてウサギ共を狙って、わざわざ出向いてきたのか? マイケルのシマで揉め事を起こす覚悟で、証拠となるような固有装備まで持ち出して。シマを犯したことを、マイケルが知ったらどうするんだ?
第一マイケルにしたってそうだ。シマの中で奪えと言ってるが、セントラル行きの荷物なんて、軍か政府関連だ。そいつらと問題を起こしては、さしもののマイケルも旗色が悪いはずだ。
あ……。ひょっとして外部の人間である俺を使ったのは、しくじった時はトカゲの尻尾きりにして捜査から逃れるためか?
スロットルレバーを握る手に、じっとりと冷や汗が滲んでくる。
マイケルの奴……何を欲しがっている。




