激走‐1
内陸探索初日。
俺はカットラスに搭乗し、倉庫から歩み出ると砂浜へと向かった。砂を踏み、波を蹴って、海に入って行く。やがてカットラスは腰部のフロートで浮き、ゆっくりと船のように進んでいった。
カットラスに乗るのは試運転を含めこれで三回目だ。しかし同田貫という共通の基礎骨格を使用しているので、MMIは変わらない。異なる人工筋の挙動と、装甲によって変化した駆動制限にさえ慣れてしまえば、習熟は簡単だった。
装備は遠出を見越して携行弾数の多いMA22に変えた。開発の完了した内蔵予測ソフトと併用することで、ほぼ一回の三点バーストで、マシラを仕留めることが出来るようになった。もうマシラなど恐れるに足らない。
「ナガセ~! いってらっしゃ~い!」「死ぬんじゃねぇぞ~!」「お土産もってきてねぇ~!」
土塀の見張り台では、寒風の吹きつける中、女たちが俺に手を振って見送っている。
その面々はプロテア、アイリス、サクラ、ピオニー、そしてサンとデージーだ。アジリアは仏頂面で森の方を警戒しており、俺をちらと一瞥するだけだった。サクラの腕の中にはパギがいる。だが俺にあっかんべ~をしてそっぽを向いた。
他の女たちは俺を許さなかった。皆、怯えと怨みがないまぜになった視線で、俺を見つめた後、そそくさと逃げるようにどこかに行ってしまう。サクラがドームポリスの監督をしているのでサボることはないだろう。しかしあまりいい状況ではない。さっさと探索を済ませてしまおう。
俺は周囲の探索を続けるうちに、大体の地理を把握した。
ここは大陸の最南端にあたる、半島の砂浜のようだ。その周囲をぐるりと森が取り囲んでいた。内陸に向かうのにこの森を突っ切るのは無謀だった。何度か探索しているが、森の懐は深く、異形生命体と遭遇する危険も高い。海を迂回する方が賢明だ。
俺が来た西側は、山脈が連なり北へと延びている。西側の海岸は次第に荒れていき、やがて切り立った崖へと変わって、山脈に合流していった。いずれは崖に切れ目が出来るだろうが、山が近いため内陸へのルートは閉ざされていると言えた。
対して東の方はなだらかな海岸が続き、途中から地面が盛り上がって、切り立った丘を作っている。しかし東の崖は比較的緩やかで、再び砂浜に出れば、内陸へと上がれる可能性が高い。
そこで水陸両用のカットラスの出番だ。東から海を渡って森を迂回し、内陸部を目指すのだ。カッツバルゲルで飛ぶことはできない。汚染環境下での飛翔データしかなく、飛んだ瞬間制御不能に陥るだろう。かつて叢雲がやったように、表面効果とホバーで地面を滑るのがやっとだ。
カットラスの脚が地面を離れ、完全に海に浮く。脚は舵となり、テイルスクリューが稼働してカットラスを進ませた。そして海を割って、北上を開始する。
「さて……この探索で全て終わるといいが……」
装備品は肩部のラックにMA22が一丁ずつ。背骨のラックには姿勢制御器を兼ねた人攻機用の長刀を背負っている。腰のウェポンラックには攻機手榴弾を六個備えて、サブアームのハンドガンを一丁用意した。主翼のタンクには推進剤も詰めてある。短期間だが、ロケット駆動も可能だ。
これだけあれば、異形生命体の大軍をいなすことが出来るだろう。
ドームポリスがどんどん離れていく。東の空から朝日が昇り、海面を反射しながら、黒いカットラスの躯体を照らした。左側の砂浜に次第に岩が増えていき、やがて上に森を乗せた崖へと変わっていった。しばらくすると突き出た崖に遮られて、ドームポリスが見えなくなった。
俺はきらめく海面をぼんやりと見ながら、彼女たちの事を思った。
ピコを殺して一週間しか経っていないが、ドームポリスの士気は低下する一方だ。唯一の楽しみである食事に罪悪感を抱くようになったのと、ピコが死んだ喪失感が主な原因だ。それに殺伐とした銃の訓練が加われば、気が滅入るのも致し方ない。
俺はどう励ましていいのか分からない。ローズの拒絶がそれをはっきりさせた。薄暗いコクピットの中、俺はモニタに軽く頭突きをした。どう彼女たちに接していいのか分からない。俺には遥か昔、子供と戯れた記憶がある。しかし俺の手が血で汚れる前の事だ。
俺も橋を渡って、戻れない様に焼き落とした。確かに覚えているのは煙の匂いと、その時に泣いただろうと言う推測だけだ。
自覚している。逃げるように、外に探索へ出ていることを。責任を取れと、俺はサクラを叱りつけたが、俺は責任を取り切れていない。
人類を見つけ出したいのは、俺は責任を彼らに擦り付けたいからなのかもしれない。
「海岸だ……」
左手側の崖がなだらかになり、砂浜になった。その向こうでは森が途切れ、草原が広がっている。草原は枯れて、大地は赤茶色に変色している。それは汚染環境を彷彿させて、苦々しい表情を浮かばせた。
足の舵を切って、砂浜へと躯体を進ませた。脚が地面を捉え上陸する。
俺は草原へと躯体を進ませる。そしてちょうど森と砂浜の中間となる地点で、躯体の足裏から集音スパイクを出した。地面に突き立てて、そのまま投棄する。地面に残ったスパイクは、受発信機となった。
「これでマーキングはよしと……」
そこで躯体の音響センサーが物音を拾った。何かの大群が草原を駆け巡る音だ。俺は躯体を、音のする草原中央へ忍ばせた。
「ほう……」
感嘆の息が漏れた。草原を牛の群れが駆け巡っていたのだ。約二十匹ほどの群れだ。茶色い毛並みで、越冬のためか良く肥えている。きっと草原で柔らかい草木を探しているのだろう。
しかし俺の感動はすぐに打ち砕かれた。牛を異形生命体が追い回していたのだ。三匹からなるマシラの群れだ。マシラの群れは、牡牛を一匹引き倒すと、一斉に群がって弄び始めた。
マシラは牡牛の股を広げ、脚を引きちぎる。同様に前脚も引きちぎり、牡牛の口に手を突っ込んで、中を掻き回した。牡牛は悲痛な悲鳴を上げていたが、すぐに身の毛がよだつ、血が泡立つ音になった。
俺は嫌悪に顔を歪めた。
「残虐な化け物どもめ。女を狙うのは無抵抗な命を嬲るためか」
いずれにしろ俺の目的は探索だ。マシラに見つからない内に、そろそろとその場を離れた。
森の出口にマーキングはした。このまま陸を歩かず、海から北上しよう。その方が節電できる。俺は浜辺に戻り、再び海から北を目指した。
森の出口から約二十キロほど北上する。レーダーの有効範囲が、地平線までの距離である約二五キロだからだ。
その間人工建造物らしき影はナシ。レーダーも静かなものだった。草原は途切れず、延々と荒れた大地を晒している。時折牛や馬が草原を駆け巡り、乾いた砂を巻き上げるのが見えた。
俺は再び接岸し、内陸へと上陸した。俺は草原に出た所で受発信器を投棄し、今度は西へと人攻機を進ませる。内陸の状況を把握するためだ。西の遥か遠くには山脈が連なり、ひたすら北へと延びていた。その麓には鬱蒼とした森が広がっている。森はドームポリスを取り囲むあの森から、ここまで延々と続いているのだろう。自分が来た南の方を見ると、地平線の彼方まで、緑は続いていた。
俺は西へと歩を進め、二五キロ地点で受発信器を投棄して引き返した。そしてさらに二五キロ北上した。
次に海岸で受発信器を投棄したら、内陸部の二五キロ、五十キロ地点に受発信器を投棄。それを終えて、今日の探索を終わりにしよう。上手くいけば人類が、受発信器を通じて通信をくれるかも知れない。
俺は再び海岸から上陸し、草原を西に歩き始めた。二五キロ地点で一つ目の受発信機を投棄する。そしてより西へ向かう。日の光が東から西に傾き始める。俺は遮光フィルタを展開し、コクピットのクッションを緩めると、自動操縦に切り替える。そしてランチボックスから昼食を取り出した。
中にはビスケットが数枚と、肉を野菜で包んだ料理が入っている。ピオニーの御手製だ。俺はそれを頬張りながら、一緒に入っていた折りたたまれた紙を開いた。
『頑張れナガセ。気を付けてね』
ボールペンで流麗な文字が書かれている。ピオニーからの手紙だ。不思議とそれだけで、俺の疲れは吹き飛び、活力が湧いてきた。無人の荒野を歩くことで滅入った気も、晴れやかになり、食いなれた料理にも新たな味わいを加えた。
俺はそこで気付いた。
「俺もこういうのが出来ればな……もう性根が腐っている……」
西へ四十キロ地点。突然躯体に通信が入った。
俺の心臓が跳ねる。モニタを確認すると、ドームポリスが発する信号のようだ。噛り付くようにして詳細を確認する。
「ガイドビーコン!? 符号は……アメリカ共和国だ! 近くにドームポリスがある!」
俺はガイドビーコンの導きに従い、躯体をロケット駆動させた。カットラスは地面を滑るように草原を疾駆する。そして彼方に、陽光を反射してきらめく建造物の先端が見えた。
どうやらそれは、窪地の中にあるらしい。先端部が草原の上に出ていてよかった。下手したら見逃していた事だろう。
俺は安堵の息を吐いた。これで彼女たちは安泰だ。もう何ものにも怯えずに済む。それにあそこには本当の人間がいる。彼女たちを導くのにふさわしい人々がいる。
俺は次第に全容を現しつつある建造物を見つめながら、今まで彼女たちと過ごした日々を思い返していた。
「結局俺のした事と言えば、独りで悩んでピコを殺しただけか……これで肩の荷が下りた……」
ドームポリスの上半分が見えた。パラソル状に太陽光パネルが展開され、その下にはタワーが伸びている。タワーのあちこちにも、まるで枝のように太陽光パネルが伸びていた。
ブロック型のドームポリスだ。四角形や長方形などの形があり、かつては機動要塞のコンポーネントとして機能していたものだ。美しい白亜の外壁、陽光を反射する窓ガラスが、人類の英知を誇るように輝いていた。
「後は俺の裁判だけか……出来れば……両方で裁かれたいものだ」
俺は窪地に面した丘に駆け上がり、そこからドームポリスを見下ろす。
そして絶句した。
「何という事だ……」
ドームポリスの下半分では、異形生命体の群れがひしめいていた。ドームポリスは広い盆地の脇に鎮座しているが、そこはとにかく赤で埋めつくされている。あの胸のムカつく、化け物どもの肌の色の赤だ。
ドームポリスの下部は地獄だった。ドームポリスの壁は乾いた血で汚れ、吐き気を催す模様を描いていた。その裾ではマシラやムカデが好き勝手に這い回り、破られたドームポリスのシャッターから出入りしている。彼らは性交するかのように、どちらかが死ぬまで、お互いの身体を激しくぶつけ合っていた。
総数は把握できない。数百匹、いや、千匹を超えるか? とにかくたくさんだ。こんなにいやがったのか。
ドームポリスは、異形生命体の手に落ちているようだ。周辺には完全に破壊されたアメリカの人攻機、『ダガァ』の残骸が散らばっている。それ以外、人が活動した気配が全くない。あるのは異形生命体と、その死体と、糞だけだ。
窪地にはマシラの死体が散乱していて、何匹かの異形生命体が食事の最中だった。今まさに一匹のマシラが、死体から肉を食いちぎったが、内臓から普通の動物のものらしき肉がこぼれ落ちた。外に出た異形生命体が飯を食う。そいつがここで死に餌になる。そう言うサイクルでこの群れは成り立っているらしい。そして共食いすればこいつらは冬も越せるだろう。
俺は信じがたい光景に戦慄きながら絶叫した。
「この……この……腐ったイカれゲノムどもがァァァァァ!」
俺は肩部のMA22ライフルを展開する。防水の為にMA22に電磁気力で吸着させたシートを外した。肩部でマントのようにシートが靡く。すぐに両手に装備し、俺は窪地に駆け下りて行った。




