ユートピアの祭典 序
『パーティー!!!?』
俺の提案にアジリア、サクラ、プロテアの三人娘が、机に手をついて驚きの悲鳴を上げた。
「そんなに驚くことか? 日時は明日だ」
『明日ァ!!!?』
派手に唾を飛ばしやがって……顔にかかった飛沫をハンカチで拭いながら、デスクに身を乗り出す三人娘を見返した。
俺の部屋の隣には、当然だが教室がある。今の絶叫が聞こえたようで、パギが不安そうにちらと中を覗き込んだ。だがプロテアを見て悪い話ではないと思ったのか、俺に手を振ってすぐに引っ込んだ。
プロテアはかなり嬉しそうで、鼻息を荒くしながら口元をほころばせている。暗い事件続きだったから、明るい話題に舞い上がっているみたいだ。
だがアジリアとサクラは思うところがあるようで、下唇を噛んだり視線をうつむかせたりしている。AEUとの対決を控えているのに、貴重な備蓄を浪費してもいいのかと言いたげだ。
「そんなに……旗色が悪いのか……?」
アジリアが俺を見ないまま、口先だけで呟いた。
相変わらず鋭い奴だ。まぁ隠してもいいことはないし、こいつらは口が堅いから本当のことを話しても大丈夫だろう。
「それもあるな。AEUとの戦いでは長期戦なんてありえん。一瞬でカタが付く。備蓄なんて勝者のお楽しみ袋にしかならん」
「おっ? ということは向こうが手を打ってきたのか?」
プロテアの表情がしゃんと引き締まり、即座に戦闘に備えて固くなった。指示を請うようにじっと顔を覗き込んでくるが、俺は口元に笑みを浮かべながら首を振った。
「いいや。今のところは静かなもんさ。だから楽しめるうちに、みんなでパーティでも開こうと考えたわけだ。定期的な祭りを除いては、こんなこと片手の指で数えるぐらいしかないだろ?」
「二回目です。一回目はヘイヴン奪還に成功した時のパーティ。その時ナガセの機嫌がいたく悪かったので、お通夜のような雰囲気でしたが……」
サクラが即答する。
「それは申し訳なかった。誰か俺を撃ち殺してくれ」
「冗談を言う余裕はあるんだな……」
アジリアが額に手をやりながら軽くため息をついたが、ふさぎ込んでいるよりはいいと思ったようだ。フンと鼻を鳴らして笑うと、俺を顎でしゃくって先を促してきた。
それではお言葉に甘えて。
「今回のパーティーは純粋な慰労と親睦が目的だ。良識の範囲内で自由にしてくれて構わん。俺は口を出さんし、もちろん雰囲気も壊すようなこともしない。あー……俺が空気を読めなかったら注意してくれよ……以上だ」
さてと。パギから預かったピコの面倒でも見るかな。デスク端に置かれた鹿のぬいぐるみを、中央へと移動させてフェルトの毛並みを撫でつける。よしよし。今日も元気いっぱいだな。飼い葉を食わせてやるからな。
一緒に貰ったケースの中から、飼葉を模した黄土色の毛糸を取り出し、ピコの前にばらまいた。
首の付け根を指で押してピコに飼葉をついばんでいるようなしぐさをさせると、胸中が複雑な気持ちで埋め尽くされていった。生きている方のピコには、途中から世話を逃げてしまったからな。俺にも懐いたということ以外は、こいつがどんな性格でどんな嗜好の持ち主だったかなんて知らなかった。
不思議だ。殺した命のことを、もっと知りたいと思うなんて。
「どうした? 他に質問でも? それともパーティに反対か?」
三人娘がいつまでたってもデスクから離れないので、何気なく聞いてみる。
「別になんでもねぇよ。な? お前ら」
プロテアが何故かちょっと引き気味になって呟く。
「ええ……パーティの件でも驚いたのに……」
サクラが口元を押さえて後を引き継ぎ。
「いっぺんに変化が訪れるものだからな……私も対処しにくい」
アジリアがピコのぬいぐるみを凝視しながら締めくくった。
酷い言われようだ。
同日午後一時。
テラスで牛を運動させていると、はるか階下から地響きが上がった。この振動は倉庫のシャッターが開くものだな。気になってテラスから荒野を見下ろすと――
「ヒャッホー!!!」「ギャーッハハハハハ!!!」「どけどけどけー!」
後部を荷台に換装したキャリアが、激しい砂塵を巻き上げて森へと突っ走っていた。キャリアの窓からはプロテアとロータスが箱乗りしており、晴天へと高らかな哄笑を上げている。
アジリアは銃座に陣取っているのだが、索敵と警戒をしながら箱乗りする馬鹿二人を、なんとかキャリア内に戻そうと服を引っ張っているのだった。
まるでマッドマックスだな。
「あいつらはどこに行ったんだ?」
後ろで牛を引いているサクラを振り返ると、苦虫を嚙み潰したような顔になってげんなりしていた。
「モミの木とヤドリギを伐りに行きました」
「何でまた」
「一目見たときから疼くものがあったそうでして……モミの木はてっぺんに星を掲げて飾り立てるそうです。ヤドリギはプロテア個人の物のようで、秘密だって喚いて教えてくれませんでした……」
「ああ。成程。クリスマスねぇ……」
パーティーをすると言ったとたん準備するぐらいだから、汚染世界では頻繁に祝っていたんだろうなぁ。俺が訪れてから早三年。祭事らしい祭事はなかったのだから、さぞかし息がつまったことだろう。
しかし気になることが。
「モミの木はわかったんだが、ヤドリギなんて何に使うんだ?」
「知りませんよ、そんなこと」
サクラは吐き捨てると、質問されることを嫌がるように俺から離れようとした。あまりに足早に去るものだから、のんびりと歩いていた牛が鼻輪を引かれて小さな悲鳴を上げた。
どうもアジリアたちがクリスマスの準備を始めてから、サクラの機嫌が悪くなったような気がする。一応サクラも提案したダンスが受け入れられたのだから、のけ者にされていることはないと思うんだが。
「虫の居所が悪いようだが、どうしたんだ? パーティーに反対か?」
サクラは珍しくも、不貞腐れた様子でそっぽを向いて、ムスッと鼻を鳴らした。
「……いえ。クリスマスにはいい思い出がない……気がしまして。馬鹿な友人に散々振り回されたのですが、それが何だったのかいまいちよく思い出せないんですよ」
「早く思い出せるといいな――アイアンワンドぉ。ヤドリギの意味はなんだ?」
胸元に差し込んだデバイスに語り掛けると、ウキウキした声が即座に返った。
「クリスマスにヤドリギの下でキスをしたカップルは、永遠に幸せに暮らせるという言い伝えがあるんですよ」
ぷぷーっとサクラが噴き出した。先ほどの不機嫌はどこへやら。サクラはそのまま腹を抱えて、けらけらと笑いはじめた。
「いい年になって、そんな迷信を信じてるなんて。パギじゃないんだから……第一ナガセがそんな不埒な真似をお許しになるはずがないじゃない。あー、お腹痛い」
笑い過ぎて涙目になるサクラを無視して、アイアンワンドは解説を続ける。
「ちなみにヤドリギの下で迫られた人間は、男であれ女であれ逃げてはいけないという習わしがありまして。マム・プロテアはその伝統にかこつけて、サーにキスをしようとしているので――」
サクラは牛の鼻輪を地面に叩きつけると、俺ごと胸元のデバイスに掴みかかった。
「はぁぁぁああああ!? ばっかじゃないの!? そんなこと許されるはずがないじゃない!ていうか私がそんな乱交じみた催しを許すものですか! ナガセもこんな不浄な催しは許可できませんよね!」
「要はヤドリギの下にいなけりゃいいんだろ?」
「まさか……応じるのですか!!!?」
「やめさせてシラケさせるのも悪いだろ? お前もクリスマスに、不機嫌になるほど嫌なことが昔あったようだが、あんまし固執して周囲の楽しみを壊さんようにな――」
パンパンパパンパンパーン。
なんだなんだ? 今度は荒野から間抜けな破裂音が聞こえてきたぞ? 牛の手綱を引いたまま、地上数百メートルに位置するテラスからヘイヴンの根元を見下ろすと、塀に囲まれた広場の中でピオニーとパンジーが爆竹を投げながら走り回っていた。
「昔からパーティと言ったらこれなんですよぉ~!」
爆竹の発破音に負けない大声が、遠く離れたここまで届く。
ピオニーは両手いっぱいに爆竹の束を抱えていて、ひっきりなしに火をつけては投げて発破の騒音が途切れないようにしている。広場一帯は安物の火薬が生んだ白い煙で覆われつつあり、ツンと鼻につく燃えカスの臭いがテラスまで登ってきた。
パンジーも火をつけて投げているが、ピオニーに比べたら大人しいものだ。一つに火をつけて放り投げ、爆竹が爆ぜる光景を楽しんでいるようだ。やがて彼女は手を止めると、火薬をばら撒き狂喜乱舞するピオニーを横目に見た。
「あの! 私! 楽しい! から! 別に! いいん! だけど!」
パンジーが爆竹の音に負けまいと、大声を張り上げる。
「なんですかパンジーちゃぁぁぁん! ちゃんと火薬の量は減らしているから大丈夫ですよぉぉぉ! 馬鹿な事しない限り火事や火傷の心配はありませんってぇぇぇ!」
「いや! パーティ! 明日!」
ピオニーがその場でずっこけて、両手いっぱいに抱えた爆竹を広場一体にぶちまけた。
「へぁあぁぁぁぁぁあぁああ!?」
ほほーん。ピオニーが慣れ親しんだのは旧正月か。ECOでは戦時中も祝っていたらしいからなぁ。機動要塞内では貴重な空気が汚れるからと、わざわざ汚染世界に出てまで爆破させていたそうだ。そういった祭典が記憶が消されてもなお、ユートピアに復活したのだから文化というものは遺伝子レベルで刻み込まれるものかもしれんな。
「サクラ。動物の世話は俺がやっておくから、お前もパーティの準備をしてきたらどうだ?」
って。いつの間にか俺から距離をとって、自分のデバイスでどこかに通信を送っている。サクラが鼻緒を引いていた牛は自由を手にして、俺が面倒を見ている牝牛に後ろからのしかかったところだった。
牡牛よ。お前らのパーティーはAEUとの決着がつくまでお預けだ。交尾しようとする牛を引き離しつつ、サクラのヒステリックな会話に耳をそばだてた。
「だから私の分も取って来てって! ヤドリギなんてそこら中ぽんぽこ生えてるでしょ!? ……通信状況が悪いってそらあんたらがヘイヴンから遠ざかってるからでしょうが! ちょっとロータスうるさい! 今大事な話をしてんのよ! あっ! もしもし!? もしもしもしもし!?」
サクラは静かになったデバイスを、しばらく呆然と眺めていた。やがて力いっぱいデバイスを地面に叩きつけると、激しく頭を掻きむしった。
「っくしょーが!」
ダンスの時は、サクラとは長めに踊るとしよう。




