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Crawler's  作者: 水川湖海
三年目前半【ECO編】
205/241

変身-5

 それから日々が過ぎていく。


 全員が集合した談話室で、アイリスが教鞭を振るった。


「先ほども申し上げた通り、AEUは我々の制圧にバーサーカーウイルスを用いるものと考えられます。感染経路は空気感染のみ。それも高濃度のエアロゾルに限られますので、不審物に無暗に近寄らなければ感染の恐れはありません」


 アイリスは過去を思い出してからというもの、容姿も性格も変わってしまった。きりりとした相貌と、きっちりとした佇まいはどこへやら。つねに眠たげな半眼になり、ぶかぶかの白衣を羽織るようになった。


 アイリスは振るっていた教鞭をしまい、唇で揺らしていた火の点いていない煙草に持ち替えた。苛立ちを沈めるかのように、指先で揺らして弄ぶ。


「しかし大事なのは我々が感染しないことではありません。感染の有無を気取られないことです。このウイルスは異形生命体には感染しないので、感染を免れると攻撃の口実となります」


 アイリスは俺との打ち合わせ通り、領土亡き国家の存在とAEUの思惑を隠して話を進めていく。苦渋の決断だが、彼女たちには知らせない方がいい。


「AEUとの交渉はナガセが一任します。ヘイヴンに常駐する予定ですので、先方から何らかの連絡があった場合は、勝手な交渉を慎み伝言を受け取るように心がけてください。なおその際、バーサーカーについては知らぬ存ぜぬで通すこと」


 プロテアが手を挙げた。


「AEUの目的はバーサーカーなんちゃらで、俺らを奴隷化することなんだろ? 交渉の余地なんかあるのか?」


 アイリスが皆に一礼して下がり、俺を手招きした。


 選手交代だ。アイリスと入れ替わりに、ホワイトボードの前に立った。


「確かにその通りだ。だがそれは一部の人間の目論見で、ユートピアが平和なことを前提にした計画だ。異形生命体が跋扈するこの環境で、継続するのは難しいと考えられる。人手が足りず、物資に乏しいのは我々だけではないのだからな。そこに交渉のチャンスがある」


 プロテアが不安を隠そうとしないまま、二の句を継ごうとする。しかしそれよりも早く、ロータスが机を蹴りつけた。


「ふっざけてんじゃないわよダーリン! きったないウイルスばらまくようなバカタレと、仲良くできるわけがないでしょう! 先手必勝よ先手必勝! ICBMがあったわよね! あいつらのドームポリスにぶち込んでおしまいでいいじゃない!」


「素晴らしい考えだな。だがそれができない理由が三つある」


 皮肉で応えると、ロータスが不貞腐れて頬杖をついた。


「一つ。向こうがICBM等の大量破壊兵器を保有している可能性があること。こっちが一発撃って、向こうから三発返ってきたら洒落にならん。一つ。よしんば大量破壊兵器を保有してなくとも、練度に差がありすぎる。お前らの戦力平均を十だとすると、向こうは十七から二十はある。いいように弄ばれてお陀仏だ」


 アカシアがピーンと手を伸ばした。


「じゃあ僕たちのスリーマンセルと、AEUの三人が戦っても勝てないの?」


「十中八九な……三つめ。これが一番の理由だが、俺たちはいずれ人類と合流することになる。だから人類勢力と交戦したという、汚点だけは避けなければならん」


 アジリアがふぅと、短いため息をついた。


「そこがわからんのだが……そのような汚い手を使う連中と、危険を冒してまで合流する必要はあるのか?」


「ああ。我々だけではいずれ限界がくる。いつの日かきっと、我々では対応できない危機に直面するだろう。今回のAEUのようにな」


 クロウラーズがどこか不満げながらも、納得したように顎を引いた。


「そして他の人類を探そうにも、ここは孤島だ。外洋に出る力が我々にはない。人類を求めて北に進み続けるしかない」


 ロータスが腹立たしそうにテーブルに拳を叩きつけて、ムスッと鼻を鳴らした。


「わーったよ。わーった! その代わりダーリン全力でアタシら守れよ! やりたいことたくさんあるのに、こんなところでくたばりたくないからねん!」


 ロータスの絶叫を皮切りに、クロウラーズが自らの胸中を吐き出しだす。


「ジンルイ相手に戦うのって何かやだなぁ」


「でも向こうが仕掛けてきたらしょうがないでしょ? 一方的に攻撃されるのは私でも嫌なんデスケド」


「異形生命体と違って、銃を使ってくるじゃん? すっごく怖いよ怖い怖すぎなんだけどォ!?」


「ハナからビビっててどうすんのよ。ナガセは勝てもしないのに、戦いに臨むお方ではないわ」


 その喧騒を遠巻きに眺めながら、アジリアも背もたれに身体を預けて天井を見上げた。


「これでは何のために逃げたのかわからんではないか」


 アジリアのぼやきはクロウラーズの騒めきに飲まれて、誰も気づいた風ではなかった。


 お前も。何かを思い出したのか?


 まぁ仮に思い出したのなら、こいつは大事になる前に知らせてくれるだろう。







 時間だけが過ぎていく。


「あ~、ナガセからお誘いなんて、どうしたのかと思ったよ」


 カップに注がれた紅茶が、天頂で輝く日の光を反射する。俺が一口含んで一息つくと、サンもにこやかな笑みを浮かべてから一口すすった。


 天気も素晴らしいことはもちろんのこと、ヘイヴンのテラスから見える景色は絶景ときた。ユートピアにはこういう喜びで溢れているというのに、戦いしか楽しまないのは損というものだろう。


「たまにはいいものだろう。『さん』と輝く太陽の下で、ゆっくりと茶をたしなむのも」


 サンがきょとんと眼を丸くすると、にへらと相好を崩して腰砕けになった。


「サンって私のこと? へぇ~、そういう風に見てたんだ。てっきりアジリアに首ったけになってるものだと思ってたけど」


「? 何の話だ?」


「いまさら照れてどうしたのよ」


 サンは上機嫌でポッドをとると、紅茶の残る俺のカップに注ぎたした。


 さっきのやり取りで何に喜んだのかはわからんが、サンにはアイリスを救った一件から好かれてしまったらしい。投げやりな態度をとんと見なくなったし、とげとげしい言動もめっきり減った。


 それはいいのだが、その優しさをこいつにも分けて欲しいんだよ。


「デージーはおかわりはいらんのか」


 俺がサンからポッドを受け取り、隣で俯くデージーへと注ぎ口を向けた。


「あ……私はいらない……」


 全く一口も飲んでいないものな。そうかしこまらないで、軽口の一つでも叩いてくれると嬉しいんだが。俺はポットを置くと、紅茶を再び啜った。


 サンは深いため息をつくと、敵意を隠そうともせずデージーを睨みつけた。


「何でこいつがいるの?」


「あ……う……いいじゃん……別に」


 サンはツンとそっぽを向いてデージーを無視すると、紅茶を飲み干して空のカップを俺に見せた。


 はいはい。分かりましたよ。並々と新しく注いでやると、サンは上機嫌で口をつけて啜った。


「そう邪険にするなよ」


 俺はお前たちに、数えきれないほどのチャンスをもらった。


 それを一回ぐらい、デージーに上げてもいいだろう?


「ハハハ……ちょっと何言ってるかわからない」


 サンは投げやりな態度になって、刺々しく吐き捨てる。


 デージーは黙りこくって、肩を震わせるしかできないようだった。







 無情に、無駄に、無慈悲に。時だけが過ぎていく。


 リリィからの呼び出しは珍しくない。彼女は人功機の整備を一任されているので、その方面に明るい俺はよくよく頼られるというわけだ。それはトイレでの一件の後も変わらず、ぶたれたことを忘れたのかと思うほど、リリィの態度は昔のままだった。


 小走りで保管庫に入りリリィの姿を探すと、隅の資材置き場で手を振る姿が見えた。


「遅いよ。すぐ来てっていったのに」


 少し拗ねているようだ。リリィは頑固だから、長引くと怖い。まぁそれでもローズほどではないのだが。


「すまん。アカシアに捕まっていて、思ったより長引いた」


「ならしょうがないね」


 リリィはあっさりと許すと、俺の手を引いて保管庫の壁際へと誘っていく。やがてブルーシートがかけられた駐機所の前で足を止めると、自信ありげな顔で俺を振り返った。


 ムカムカしていないしナヨナヨもしていないので、わからないことがあったというわけではなさそうだ。多分頼んでおいた、ミスリルダガァのアップグレートが済んだのかな?


 元々思っていたのだが、先日の標的Xとの交戦ではっきりした。プロテアは銃撃戦より格闘戦の方が得意だ。そこでミスリルダガァの装甲と人工筋肉を増量し、腕部を爆裂式短刀内蔵型に換装するように頼んでおいたのだ。


 装甲がないまま突貫させると、あのバカ本当に死んでしまうからな。


 おろそかにできないチェックだが、実はこの後予定がてんこ盛りで――


「時間がかかりそうか? この後ピオニーの新メニューの味見をして、アイリスの経過観察があるんだ」


 リリィが急に表情を険しくすると、床を乱暴に蹴りつけた。


「それは許せない。無視すればいいじゃん」


 ピオニーとアイリスといえば虐め騒動の中心核であるが……そう簡単に溝は埋まらないか。しかしどうして俺は許せたのに、あいつらの憎しみは尽きないんだ。


「向こうはお前さんとまた仲良くしたいと思ってるぞ? ピオニーはお前の分の料理も用意してるし、アイリスなんかは病気にかからないか不安がっていた。おい。シャワーはちゃんと毎日浴びろよ。不衛生だし、臭いって苦情がきてる」


 リリィはやや赤くなってそっぽを向いたが、なおも床を蹴り続ける。


「私は許せないから嫌だ」


「理由は?」


「私は間違ったことはしていないし……ムカつくけど……ムカつくけど……ナガセも正しいことをしたと思うよ……その人の生まれ持ったものを否定したら……その人は生きていけなくなる。人功機に乗れない私は……イカれてるってことになる。でもね……でもね……」


 リリィは振り向くと、いきなり作業着の裾をまくり上げた。滑らかでまだ女らしさの残る腹筋に、醜く穿たれた黒点が一つ。昨年ロータスに撃たれた後が、生々しく残っていた。


「ロータスは許したよ。仕返ししたし、あれから嫌なことしなくなった。彼女は変わってくれたんだ! だけどピオニーもアイリスもまだ何もしてないし、何もしてくれてない! だから嫌だ!」


 リリィは一気にまくしたてると、俺の意見は聞きたくないようで、さっと駐機所を覆い隠すブルーシートを取り払った。そしてその下に隠されていた躯体を露にしたのだった。


「直した」


 駐機所に安置されていたのは、俺がこの世界に流れ着いた時に乗っていた躯体。


 ク‐699。叢雲だった。


「……これは驚いたな」


 破損した両腕は五月雨の物に差し替えられ、損傷の少なかった脚部は修繕されて正規品のままだ。ボックス型の四肢に鋭角の目立つ間接部の装甲は、教科書で見た中世日本の鎧武者を思い出させる。頭頂部は独特な逆三角形をしており、ブレードアンテナが角のように天を刺していた。


「人工筋肉はデュランダルのスペアを流用して、装甲は五月雨のを使ったよ。どうせ五月雨はもうストックがないからいいでしょ? んでんで脚のハードポイントにマイクロミサイルが積んであったけど、弾薬がないから腕の内蔵式カノン砲をそっちに移しといたよ!」


 随分思い切ったことをしたな。腕部に爆裂式短刀を仕組んでくれたのは俺の十八番だから助かるが、脚部のカノン砲なんてどう使えってんだ。まぁ迫撃砲としては十分有用だが……それにデュランダルだぁ? あんな高級品ホイホイ使っていいわけないだろ。


「もったいないな。なんでデュランダルのなんて使った? え? ちょっと待てよ? なんでデュランダルの人工筋肉が流用できたんだ!? おかしいだろ!」


「形状が似てるからもしかしてと思ったら、奇麗に収まったんだよ。だから確信が持てたんだけどね。さぁ! 出してよ!」


「キレイに収まったって……それに出すって何を?」


「もったいぶらなくていいから」


「もったいぶるって? え?」


 リリィは今までとは違う、可愛らしい地団太をした。


「ああ! もぅ! マクスウェルシステムだよ! 装着型の! 持ってるんでしょ!?」


「なーにいってんだこいつは。そんなものあるはずがないだろう。マクスウェルシステムは躯体に組み込む代物で、外部装着なんて聞いたこともないぞ?」


「そんな訳ない! この躯体……ラークモだっけ?「叢雲」そう叢雲。これマクスウェルシステムの装着を想定した骨格をしているんだよ。だから同じ磁界を有するデュランダルの人工筋肉が流用できたんだよ!」


 リリィは駐機所に足を踏み入れると、叢雲の腰部にあるへこみを指でつついた。


「こことここに外部接続端子があるでしょ? この位置に合わせてデュランダルの電磁波を発生させると、レイルコレクションシステムに相応した磁場を発生させることができるのはわかってるんだ。だから出してよ。それとも私の態度が気に食わないから嫌だっての? そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? AEUと戦うかもしれないんでしょ!?」


 リリィのおねだりが激しく続くが、俺の耳から遠のいていく。そして遥か記憶の彼方に埋もれた、懐かしき祖国を思った。


 日本の切り札か。


 同田貫の開発に並行して、次世代主力機の開発を行っていたと話には聞いていたが……マクスウェルシステム搭載機とはな。量産を見越しての追加装備にしたようだが。


「馬鹿め」


 いくら躯体を量産しようが、ミクロネシア連合には人間がいない。それに誰と戦うつもりだったんだ? まだクローン計画の方がマシだぞ。


 俺は深いため息をつくと、リリィに軽く頭を下げた。


「すまんな。これ以外の装備は受領していないんだ。追加装甲があったなんて、今初めて知ったよ」


「そうなの……?」


 リリィは地団太をやめて残念そうに肩を落としたが、すぐに笑顔を取り戻すと俺の背中を駐機所へ押した。


「ならしょうがないや。さ。乗って。試運転とかまだだから」


 ええ……この後ピオニーとアイリスが待っているんだけど……でも俺も久々に乗りまわしてみたい。連絡を入れて、ちょっと遅れると伝えておくか。


 コクピットへのタラップを昇り、身体を引き上げるためシートに手をかけた。すると掴んだ座席がずるりと滑り、俺はバランスを崩して大量の本と共に床に落ちてしまった。


 床に大の字になってのびながら、顔に覆いかぶさった説明書を指でつまんで持ち上げた。そういやコクピットシートの収納場所には、マニュアルやらアルバムだのを押し込んでいたな。


 あ……アル……バム……? 恐怖に身体が凍り付き、力の抜けた指から説明書が滑り落ちた。


 あいつらが死んだ証拠を集めた――あいつらってなんだよ。あいつらは生きている。この世界のどこかで、きっと平和に。ならなんで俺はもっとがむしゃらに開拓を進めようとしない。諦めてる? いや知っている? そんなはずはない。


 確かめなければ。


「ごめん言い忘れてた。大丈夫? 何でかわかんないけど、シートが外れやすくなってるんだよ。ホラ立って」


 リリィが心配そうに駆け寄ると、手を差し伸べてくる。


 俺は立ち上がりながらうめいた。


「見たのか? この本」


「うん。面白かったよ。ナガセすごいね。注釈いっぱい書き込んであったし、データもきっちりとってるし。すごく勉強になったよ」


「あっただろ……アルバム……」


「アルバムぅ? 写真をまとめる本のことだよね。ンなもんなかったよ」


「ソリッドメモリは……」


「はぁ? 知らないよ。それを気にするぐらいなら、クリップボードに貼ってあるエッチな写真どうにかした方が良いよ。あっちの方がどうかしてるよ」


 じゃあ。いったいどこにいったんだ。

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[一言] また、再開してくれて最高です 待ってました また、感想書きます 前、やってた(あなたのお気に入りのキャラを教えてください!)のサプライズとか首長くしてまってまーす
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