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Crawler's  作者: 水川湖海
三年目前半【ECO編】
203/241

変身-3

 シャルロッテの看病に加えて、重い真実を聞かされたせいか。俺も少し疲れちまった。


 暗雲渦まき鈍る頭だが、情報の整理だけしておくか。


 昨年俺を救った、規格外の遺伝子補正プログラムを用意したのがアジリアだ。


 そしてAEUの人功機を用意したのがマリア。


 ゼロドームポリスとECOの人功機を用意したのがピオニー。


 そしてアイアンワンドと遺伝子補正プログラムに関係があると考えられるのがアイリス――シャルロッテか。


 冬眠に必要なのはアイアンワンドと遺伝子補正プログラムなので、シャルロッテから詳しい話を聞けばゼロの正体がわかるかもしれない。ユートピアにおける我々のスタンスさえわかれば、これからどうすべきかわかるというものだ。


「すぐに冬眠施設を閉鎖しておかないと……立ち入り禁止区画だし誰も入らんとは思うが――」


 それらが位置する監督区画へ足を向けていると、ひょっこりと曲がり角からアイアンワンドが姿を現した。彼女は俺を見るなり満面の笑みを浮かべると、スキップしながら近寄ってきた。うざったいんだよこの阿呆が。


「あっ、探しましたよサー! ご覧ください! 奇麗に治りましたよ!」


 しっかりと胴体とつながった頭を左右に振りながら、上目遣いに俺を見つめてくる。無駄に感情表現豊かになりやがって。そういう機能をもっと実用的な面で活かしてほしいものだ。


「これでわたくしもマム・アイリスの看病ができるというもの。そちらのお部屋にいらっしゃるのですね? どうかわたくしめに任せていただけないでしょうか!」


「ダメだ。今はシャルロッテが一人にして欲しいとのことだ」


「は……はて。マム・シャルロッテとは……どなたのことでしょうか?」


「ああ。実はだな――」


 シャルロッテとのやり取りが、脳裏に甦った。


『フランソワはドームポリス管轄システムの――アイアンワンド系人工知能の開発者で!』


 ドクター・フランソワがアイアンワンドをゼロに送ったのなら、同時にバーサーカーウイルスの資料も提供するのが普通じゃないのか? そうでなければ対策の仕様がない。


 ひょっとすると、このブリキ野郎。


「アイアンワンド。バーサーカーウイルスとは何だ?」


「まぁ。サーは日本人なのに御存じないのですか?」


 当然のようにあっけからんと答えやがって。やっぱこいつは好きになれない。ラリアットをかましたい衝動に駆られるが、我慢して頬を引くつかせるだけにとどめた。


「なぜ日本人なら知っているんだ」


「それは日本で開発されたからですよ」


「何ィ? どういうことだ?」


「そもそもバーサーカーウイルスは超人計画の元に、一九八〇年代の日本で超人化薬として開発されたのです。今では感染者の思想を恣意的に操作する目的で使用されてはいますが、元々は優秀な思考を別人にコピーする――」


「すまん。そのくだりは聞いた。それよりもっと実用的なことが知りたい。詳しい感染条件とか、対策方法はわかるか?」


 すると饒舌だったアイアンワンドが黙りこくり、ぶるぶると身体を震わせだす。それほど恐ろしい感染条件なのか――いや違うぞこのボケ! 頬をほんのり上気させて、喜びに打ち震えているだけだ! この非常時に何を考えてるんだこいつは!?


「サーが……私に謝るなんて……それに頼ってくださるなんて! わたくし感激です!」


 そのままガニ股になって、スカートの裾をたくし上げた。


「どうです? 私の秘密の花園を――」


「もう一度首をへし折られたいのか?」


 胸倉を掴んで宙吊りにすると、アイアンワンドは不貞腐れて頬を膨らませる。


「むー。まったく乙女心を理解為さってくれないんですから……おーっとサー、申し訳ありません。感染条件でしたね?」


 俺が頭から地面に叩きつけようとしたのを察知してか、アイアンワンドは急に真顔に戻った。


「バーサーカーウイルスは極めて脆弱で、環境が整っていないとすぐに死んでしまいます。そこで特定のアメーバに寄生させて防護するのですが、長時間外界で生存するのはまず不可能です。おまけに脳に感染するとあって、感染率がかなーり低いのでござります。感染経路としては空気感染、それもエアロゾルを吸入しないと無理でございますね」


 ははーん。だからマザーコンピューターから換気装置で培養し、冬眠ポッドへと直接送り込んだのか。完全かつ確実な感染方法だな。


「なぁ。検知器か何かで、バーサーカーウイルスを検出することは可能か?」


「できることにはできますが……先ほども申し上げた通り、バーサーカーウイルスは極めて脆弱なために、自然環境ではすぐ崩壊してしまいます。一日二日経ってしまえば、検出不能になってしまいますよ?」


 畜生。冬眠区画を封鎖する必要はなくなったが、これで交渉に使えるような証拠もなくなった。


 乱暴にアイアンワンドから手を放し、冬眠区画へと向かっていた足を止めて思案に暮れる。


 俺がAEUだったら補給物資と称して、ウイルス付きのコンテナを送りつけるだろう。それから交渉しつつ相手の感染具合を観察し、バレたら抗ウイルス薬――あるのかどうかは知らんが――で脅し、バレなかったら発症するまで待てばいい。


 問題は俺たちがウイルスを回避した場合、相手がどう出るかだ。感染しなかったとかいってみろ。俺はウイルスの証拠は押さえるつもりだし、相手も馬鹿じゃない限り証拠隠滅に臨む。


 全面戦争は避けられん。どん詰まりだ!


 ああー。何かすべてを解決してくれる、神の一声デウスエクスマキナがあると助かるんだが――微かな期待を込めて、頼ってくれといわんばかりに胸の前でこぶしを握る、アイアンワンドに流し目を送った。


「お前……他に何か隠しごとしていないか? 今回ばかりはシャレではすまんぞ?」


「いえ……私はただライブラリの情報を――あれ? わたくし今ガイノイドに入っておりますので、外部データリンクをしなければ情報参照できないはずなんですが……どうやらこの情報は私本体のメモリに含まれているようでございますね……ひょっとしてサー、ゼロの核心に近づきつつあるのですか?」


 力なく頷きながらも、もう一つの問題に気が付いた。


「もう一つ。領土亡き国家は感染しないらしいが、それはどうしてだ? 抗体を持っているのか?」


 感染しなかったら、俺たちが領土亡き国家と断定されてしまう。それだけはなんとしてでも避けたいところだ。相手がAEUかどうかは疑わしいところだが、人類側勢力との全面戦争はあってはならない歴史だ。仮に勝てたとしても、俺たちの受け入れ先がなくなってしまう。


「抗体といえば抗体ですが、厳密に申し上げると違いますね。バーサーカーウイルスは感染した箇所に常駐するので、二重感染のしようがないんです。領土亡き国家は全員がK系統のバーサーカーウイルスにすでに感染しているので、二つ目のバーサーカーを受け付けないのです」


「K系統ォ? いくつも種類があるのか」


「ええ。K1。旧日本帝國誠和天皇。K2。第三帝国総統ルドルフ・ハドラー。K3。南アメリカ連邦大統領ゼフィール・ジャービスなどなど、象徴的人物のニューロネットワークを再現するものです。領土亡き国家は各々の最高指導者の思考を持つことで、団結を計っていたのですわ」


「面白い知識だが、もっと他のことを知りたい。ロボトミー効果のあるバーサーカーウイルスは何系統だ?」


「L系統でございますね。シナプス神経のやり取りを阻害し、感染者を無気力状態にします」


「シャルロッテのいってた通り、マザーコンピューターにはそれが封入されていたんだな……」


 アメリカドームポリスが、ろくに異形生命体に抵抗できずに壊滅した謎が解けた。L系統バーサーカーに感染し、無気力状態のまま迎撃に出たのだろう。いくら練度の高い兵士でも、壊滅的な士気、回らない頭で、あの俊敏な化け物を相手にできるもの――か――待てよ!?


 ぞくりと悪魔の舌が背中を舐めて、初めて味わう悪寒が全身を走る。


 脳裏をよぎる、シェルターの惨劇。壁を埋め尽くす血文字、腐るまで殴られた死体、引きずりだされたはらわた。歪だった妄執的な環境が、最後のピースとなって手元に舞い込んだ。


「使われたのはL系統じゃない……アイアンワンド! 感染者が凶暴化するバーサーカーウイルスが存在するだろ!?」


 存在しないわけがない。俺が経験し、シャルロッテが保障したんだ!


「G系統ですね。偏桃体に集中的に感染し、機能を完全に麻痺させます。偏桃体は恐怖と記憶を司る箇所でございまして、ここをやられると恐怖心はなくなるうえに、長期記憶の保存ができなくなるので、短絡的な行動しかとれなくなってしまいます」


 肉が腐るほど殴ったのは恐怖心のマヒが原因! 壁を埋め尽くす『赦したまえ』の文字は、自分が書いた文字を学習できなかったからか!


 マザーコンピューターに封入されたのはG系統バーサーカー……シャルロッテが作ったウイルスだ!


「何かが確実に狂いつつある……まずい……非常にまずいぞ……」


 環境再生後は労働力の低下が危惧されて、同田貫が設計されたんだ。G系統で感染者を殺しあわせず、L系統で奴隷化したした方が効率的だ。だが真実を知るシャルロッテが逃げたのなら、証拠のL系統を保菌する感染者を残さず、G系統で虐殺を起こして証拠の隠滅を計るんじゃないのか?


 そしてG系統の振る舞いだが……見覚えがある。


「標的Xの死体は回収してあるよな!?」


「ええ……サーが検死したいと仰ったので……保管庫のコンテナを冷凍庫に改造して……」


 今すぐ確かめないと! 保管庫にむかって駆けだしつつ、アイアンワンドを叱咤した。


「お前もこい! アイアンワンド!」


「え……はい! 承知いたしましたサー!」





 十数分後。俺は凍えるコンテナ内で、霜の降りた標的Xの死体を前に佇んでいた。


 標的Xはアジリアが胸部を吹き飛ばし、プロテアが心臓を射抜いて殺した個体だ。奇麗に残っていた頭部は俺とアイアンワンドに切り開かれて、頭蓋の外れた側頭部を晒していた。


 灰がかった巨大な脳は、赤黒い血管が走っている以外は人間の物とそう変わりはない。深いしわが寄り、右脳と左脳に分かれたパーツが脳幹でつながっている。


 切り開いて中枢付近に位置する偏桃体を露出させると、他と比べて明らかに小さな組織が出てきたのだった。


「サー……これって……」


 アイアンワンドが吐き気をこらえて口元を隠す。


「詳しくはシャルロッテに診てもらうか……? いや……いたずらに彼女を傷つけるだけだ……折を見て……クソ……それはいつになるんだよ……」


 異形生命体はG系統バーサーカー陽性。


 つまり――


「こいつら……領土亡き国家じゃない! 人間だ……っ!」

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