自立-3
デュランダルは大地を舐めるように滑り、三体の標的Xへと接近していく。
ちぃ。一体が私に八八式を撃ってきやがった。
反射的に回避機動をとると、デュランダルは身体を前方に向けたまま、直角にスライドして銃撃を躱した。ロケット駆動では考えられない、全方向に対応したスライド機動だ。
鋭角的な機動が、そのまま反動となって身体を鞭打つ。衝撃が呼吸を詰まらせる。
酷く扱いにくい。まだまだ使いこなせていないということだな。
そうしている間にも、プロテア機は標的X三体を目前に控えて擱座したところだ。両足の装甲が八八式で吹き飛ばされ、前のめりに倒れてしまっている。これではもう移動の仕様がない。
この位置関係だとアカシアたちの支援は期待できん。プロテアに当たる恐れがある。
三体の標的Xは八八式のマガジンを交換して、プロテアに向けて構えた。
『何してんだアジリア! 今のうちにパンジーを頼む!』
通信機から絹を裂くようなプロテアの悲鳴が聞こえたが、構っている暇なんざない。
このままだとプロテアは蜂の巣になってお陀仏だ! それだけは――それだけはなにがあっても許さん! 私たちは帰るんだ! みんなでユートピアに帰るんだ!
マリア! 私を――パンジーを救ってくれ!
標的Xたちが腰を落として射撃体勢に入り、マズルフラッシュが瞬いた。
「うわぁぁぁぁああああっっっ!」
絶叫しながら躯体を加速させて、プロテアの盾になって銃弾の嵐に躍り出た。
なんともないはずだ。マクスウェルシステムなら、八八式の弾なんてものともしないはずだ。
私の期待に応えるように、銃弾はマグネットシールドの表面を沿って、紫電の軌跡を残しながらあらぬ方向に曲がっていく。だが私の頭には奇跡的な光景が欠片も入らず、銃撃を続ける標的Xでいっぱいになっていた。
爆裂式短刀を展開。襲いくる銃撃を火花を散らしつつ弾き返し、強引に標的Xの一体に肉薄して、短刀を胸部装甲の隙間に叩きこんだ。
血飛沫を上げながら標的Xがぐらりと傾く。あとは爆発でくたばれ。
「うわぁっ! ああっ! あ! ああ! うぁああああああ!」
もはや悲鳴ですらないたわごと漏らしながら、デュランダルをスライド移動させて、次の標的Xに襲いかかる。新たに展開した爆裂式短刀を首筋の装甲間隙にお見舞いし、足払いをかけて仰向けに倒す。トドメに踵で単眼が覗いている頭部を踏み潰すと、最後の一匹にMA22の銃口を向けた。
相手は八八式を撃ち続けており、モニタでは銃弾がマグネットコーティングで跳ねて、激しく火花を散らすのが映し出されていた。
当たっていない。そう。当たってはいないんだ。
だけど頭が沸騰して、自分が蜂の巣になっていると思い込んでいる!
「うわぁぁぁあああっっっ!」
『情けない声を出すな。いっただろ。自信を持て。お前にはそれができる。敵を見るのは当然。だが自分も見るんだ』
「なっ! きしゃまぁ!」
通信機からナガセの声がする!
『これ以上俺に無様を見られたくないだろう? ホレ。とっとと倒して、アイリスに馬鹿野郎といってやれ』
指の震えが収まる。視界がクリアになる。
身体を襲う鈍痛が息を吹き返し、私の意思を挫こうとする。だがそれよりもあいつに負けたくないという気持ちが勝った。
「貴様にいわれなくとも――やってやる!」
MA22を標的Xにめがけて乱射した。狙いが甘く銃弾はでたらめな方向へ飛んでいく。しかしマグネットシールドに触れたとたん、レンズを透過した光のように軌道を修正して、標的Xへと食らいついていった。
標的Xに黒点が穿たれていき、血潮を吹きながら崩れ落ちていく。胸部装甲がはじけて、その下に隠されていた赤黒い肉が露出した。
それでも私を支配する暴力への衝動は、とどまることを知らなくて。
至近距離で爆音がした。先ほど別の標的Xに打ち込んだ、爆裂式短刀が起爆したらしい。視界を軽く振って生死確認をすると、プロテアのレイピアがスポッティングライフルでとどめを刺したところだった。
蹴り倒した標的Xは完全に沈黙している。
残りは一匹。
標的Xは懐に手をやり、こぼれた内臓をかき分けて功機手榴弾を取り出した。強引に信管を引きちぎると、腹に戻して突撃してくる。特攻するつもりか!
デュランダルはともかく、擱座したプロテアや半壊しているパンジーは、手榴弾の破片を食らったら死ぬかもしれない!
レイルコネクションシステム起動。マグネットシールドを棒状に変形させると、躯体を弾丸にして標的Xへと体当たりした。
強烈な突撃を受けて、標的Xの四肢は根元からちぎれとんだ。まだ止まらん。こいつの腹の中には、功機手榴弾があるんだ。安全域に脱するまで、手を緩めるつもりはない!
標的Xを押して荒野を疾駆する。やがて功機手榴弾が起爆して、デュランダルの腕の中で標的Xが爆散した。激しい衝撃が躯体を襲い、コクピットがめちゃくちゃに揺れる。後頭部をパイロットシートに打ち付けて気絶し、計器に叩きつけられた痛みで目を覚ました。
終わったのか?
朦朧とする頭で、現状を確認する。
デュランダルは赤い血潮に濡れそぼりながらも、荒野に堂々と屹立していた。
コンディションオールグリーン。至近距離で功機手榴弾の発破を受けてなお、損害一つ受けていない。全てマグネットシールドで弾き返したみたいだ。鉄分を含んでいる血を被っている理由が解せんが、命が助かったのだから文句は言うまい。
「あとで……二人でシャワーだな……」
さっさとパンジーとプロテアを回収して、ヘイヴンに帰ろうか……。
『マクスウェルシステムの起動限界を迎えました。これより放熱板を排出。強制消磁を開始します』
アナウンスが流れ、躯体のあちこちから鉄芯が排出される。デュランダルは低い通電音を響かせながら、直立のまま沈黙してしまった。
「え? あれ? 動かんぞ? やっぱり壊れたのか?」
戸惑う私に、ナガセが落ち着いた声で答えた。
『よくやった。マクスウェルシステムは起動にコンデンサの電力を使うんだ。ジェネレーター動力とは発生する磁界が異なるため、一度消磁作業が必要になる。しばらく動けんが他に敵影もない。その場で待機してくれ』
通信機から流れるナガセの声に、少しムッとしつつもどこか安心してしまう。
「私に構っている余裕はあるのか? アイリスは?」
昔だったらアイリスのことが心配でならなかっただろう。だが今のこいつなら、私の満足のいく処置をしてくれただろうという、妙な確信が持てた。不思議なものだな。
『危機は脱したが、これからが問題だな。拘束して薬を抜くことになるが、地獄を見る。まぁ任せておけ。俺はやったことはあるし、やられたこともあるから。要領は心得ている』
「本当にろくでもないなお前」
デュランダルの消磁作業が終わり、躯体が動くようになったか。時間にして五分。結構な時間がかかるな。マクスウェルシステムは素晴らしいが、使いどころが限定される。いや、私が起動限界までオーバーロードしたのが問題だろう。きっと要所要所でオンオフを使い分けるシステムに違いあるまい。
次はもっとうまく使いこなして――いやぁ……次なんてなければいいんだが。
ヘイヴンへとデュランダルを回れ右させる。待てよ。そういえば、ちょっと気になることがある。躯体の肩越しに、丘陵の彼方に見える山へとカメラを向けた。
『どうした?』
「いやな……そこで思考をやめたら駄目だといわれたばかりだからな。お前だったらAEUがいた場合、どこから観察しているか気を払っただろうと思って――あ……」
カメラが山林の隙間から異物を拾い上げて、モニタにピックアップした。でかでかと映し出されたのは、緑の表面剥離装甲で擬態を施した緑色のレイピアだ。山の斜面で仰向けになり、カメラアイをこちらに向けている。
ナガセの深いため息が、凍り付く私の耳朶をうった。
『お前は気づかんでよかったんだがな……気づいたことがばれたな』
「な……気づかんでもよかったってお前ェ! 私は動けなかったんだぞ! それに敵はいないって!」
『そうやってパニくるのが目に見えていたからな。大丈夫だ。距離にして数キロ。向こうは手が出せん』
「しかしこのままでは!」
『こっちも手を出さんでいい。アンブッシュを受けるからな。モールスを送れ』
「な……なんて送る?」
『――これで満足か?―― でいい。ばれたからには奴らが引き返すまでそこで待機。気を抜くな。アイリスの処置が終わったので、長引くようなら俺が出る』
「り……了解」
モニタではレイピアがのそりと身を起こして、こめかみの通信機を短く明滅させた。通信を送っているのなら、近くに仲間がいるに違いない。相手はAEUか。異形生命体か。
「AEUが標的Xを連れてきたのか?」
『違うな。標的Xはともかく、異形生命体は追い立てられるほどの恐怖心を持っていない。誘引された方が正しいだろうな。それと標的Xが優位な崖の上を捨てて盆地に降りただろ。おそらく崖の上にはAEUの部隊がいる。だから絶対に追うなよ』
「しかしこの状況は好ましくない。我々の拠点がばれた」
『いつかはばれるさ。それは向こうにもいえることだ。この戦況では拠点が近い分有利なのはこっちだ。冷静に状況を判断しろ。今は長引けば不利になるのは向こうさんの方。それ。退くぞ』
不意にレイピアが木々の枝葉を押しのけて、山肌から姿を現した。そして私のデュランダルではなくヘイヴンに顔を向けると、カメラアイを短く点滅させた。
何で私を無視するんだ。それに何をしてるんだお前は――ってこれはひょっとしてモールスか? えーと……なになに?
『お会いできて光栄です。誉れ高き赤き竜よ。じきに使いを出しますので、どうかご辛抱ください』
だと? どういう意味だ。
モールスに応えるように、ナガセが短く舌打ちする。
「知り合いか?」
『知り合いだったら罵倒されている』
「だろうな」
お前はそういう奴だ。




