自立-1
倉庫に辿り着くと、エレベーターが稼働する低い地響きが聞こえる。
まさかあのバカ……本当に独りで出撃したのか!?
デージーがおろおろとエレベーターの周りをうろついていたので、肩を掴んで振り返らせた。
「何があった!? 状況を説明しろ!」
「えっ……その……私は待てっていったんだけど……パンジーが勝手に……私は悪くない!」
そんなことを言っている場合か!? もう言い訳はうんざりだ!
デージーを突き飛ばしてアラートハンガーに視線をやると、駐機中の躯体が出撃はまだかと駆動ランプを灯らせている。編成は五月雨一躯にレイピア一躯。本来ならもう一躯レイピアが駐機してあるはずだが、パンジーが乗っていったようだな。
見張りのシフトは確か――アカシアとプロテア、そしてロータスだな。
私は天井を指さして、早口でまくし立てた。
「アカシア! ロータス! 聞こえるか!? アカシアはすぐに五月雨に搭乗し、マテリアルバスターをもって屋上から援護しろ! ロータスは観測手としてアカシアに同乗するんだ!」
『え……パンジーを追っかけなくていいのぉ!?』
レイピアからアカシアの返事がした。
「それは私とプロテアでする! お前はさっさと五月雨に乗り換えて屋上に上がれ!」
『りょ……了解ィ! プロテア五月雨から降りて! ロータスいこっ!』
『あいあい……早くしねぇとあのバカ死んで、またダーリンがキレるわよん……』
レイピアからアカシアが飛び降りて、機動戦闘車から飛び出したロータスと合流する。
「俺がそんなことはさせねぇ! アジリア! 俺はどうすればいい!?」
プロテアが五月雨から這い出て、入れ替わりにアカシアたちが搭乗口を駆け上っていった。
標的Xを迎え撃つには、プロテアのレイピアでは火力不足だ。だからといって組織ががたがたで、人功機の乗り手が足りない。かくなる上は出すことができる最高戦力で迎え撃つしかない。
アメリカの最高傑作機とか言ったな……ここで使わずにいつ使うというのだ!
「レイピアに乗って先行しろ! 私がデュランダルを出すまで、パンジーを引き留めつつ援護してやってくれ!」
「任せとけ! エレベーター準備しろ! 管制役は誰だ!?」
プロテアがレイピアに手をかけながら管制室を振り返ると、サクラの金切り声がスピーカーを通して響き渡った。
『私よ! シフトぐらい覚えておきなさいよ! 今デュランダルを稼働状態にするから! でもこれってナガセの許可は得たの!?』
そうだ! 奴は一体何をしているんだ!?
私独りでは勝てん! ナガセの力がいる!
確か医務室に籠ったアイリスの面倒を、サンと一緒に見ているはずだ。倉庫の一角に視線を向けると、壊されたドアが目に入った。
全身に鳥肌が立つ。
これ以上悪い知らせはよしてくれよ……。
「プロテア! 出撃しろ! 私もすぐに後を追う!」
『おうよ! サクラー! エレベーターを下ろしてくれー!』
『五月雨の準備もおっけぇ! マテリアルバスターを持ったよ! サクラ! 屋上にエレベーターを上げて!』
人功機が立てる地響きを聞きながら、医務室へと駆けこんだ。入り口でへたり込んでいるサンの脇を通って室内に入ると、眩い電灯の下でナガセが屈みこんでいる。その腕の中では、吐しゃ物に塗れたアイリスがぐったりしていた。
目に意識の光はなく、四肢をだらしなく弛緩させているが――ちょっと待て。呼吸していないぞ!?
「いったい何があったんだ!?」
ナガセは私を無視して、アイリスの口から指で吐しゃ物を掻きだしては、人工呼吸を繰り返していた。
切羽詰まった状況に反して、その仕草のなんて穏やかなことか。傍目には眠り姫に口づけをする、王子のような振る舞いだった。
明らかにいつもと違うナガセの様子に、思わず声をかけるのを躊躇ってしまう。
うっすらとアイリスの胸が呼吸で膨らむと、ナガセは腕に抱きかかえて私を振り返った。
「薬物過剰摂取だ。苦痛から麻薬をあおったらしい。俺はこれから彼女の治療をせねばならん」
お前はこんな状況で、どうしてそんなに落ち着いていられるんだ?
「警報は聞いたか!? 標的Xの強襲を受けている! 私では太刀打ちできん!」
「しかし俺の他に、アイリスを治療できる人間がいない」
「それは……そうかもしれん……だが相手は銃を持っているんだぞ……? 私は……私は……」
ナガセが私の前に立った。
顔にはいつもの嘲笑も、憐みも、蔑みもなくて。
縋るような弱さも、命令する強さも見当たらなくて。
ただ。ただ。お前にはわかるだろうと。お前にならできるだろうと。
そっと。そっと。私の答えを待っていて。
やめろよ。
いまさらそんな態度をとるな。
私は失敗した。リーダーになんてなれない。
何て無様だ。死んでしまいたい。
ぼろっと、瞳から大粒の涙があふれた。
こいつの前だけでは、泣くまいと固く誓ったはずなのに。
惨めに顔がうつむく。もうだめだ。とまらない。
私は……負けたんだ。
「お願い……助けて……このままだと……パンジーが死んじゃう……」
今までの軌跡が、走馬灯のように脳裏を駆け巡っていく。
吠えて、猛って、喚き、散らし、憎み、煽り、ひたすら、ひたすら。
私は……負けた……。
「気張るな」
ナガセの声が耳朶を打つ。
「そんなこと言ってる場合じゃないっ……こうしている間にも……パンジーはっ」
「前を見ろ」
顔を上げると、どこか穏やかなナガセの顔が目に入る。
お前はよくやれていると物語る優しさに紛れて、もう手は貸せないと突き放す寂しげな厳しさが垣間見えた。
「お前は何がしたい?」
そんなもの決まっている。
「パンジーを……助けたい……」
皆を助けたい。ずっと。ずっと。そう思っていた。
「ならそうすればいい。お前にはそれができた。でもおそらく……いやきっと、俺が邪魔してきたのだろう。お前には無理だと決めつけ、遠く離れていかないように、引き留めていたんだろうな」
ナガセは私に背を向けると、ストレッチャーにアイリスを横たえさせた。
「対AEUの訓練で、お前たちは銃器を有する敵と十分に戦闘を行える。しかし今回の戦闘はこちら側が盆地のため遮蔽物がなく、高台に位置する敵方が圧倒的優勢だ。パンジーの精神状態がどうなっているかはわからないが、きっと無防備に突撃しているに違いない」
ナガセが心音を確かめているのか、アイリスの胸に手を置いた。
「プロテアを先行させたのはいいが、このままでは彼女も二の舞になる。迂回させて側面から叩かせろ。尤も彼女はお前の命令を無視し、自らを囮にしてパンジーの窮地を救おうとするはずだがな」
「どうすればいい……?」
「今からでは他の人功機では間に合わん。デュランダルを出したのはいい判断だ。マクスウェルシステムを使え。あれならロケット機動より早く接敵できるうえに、敵の銃弾をはじくことすらできるはずだ」
そのままナガセはアイリスに口づけて人工呼吸を再開した。こぽこぽと空気が泡立つ音と、吐しゃ物のむせるような臭いが、私の五感を支配する。
『アジリア! デュランダルの出撃準備が整ったわよ!』
サクラの声が聞こえたが、足がすくんで前に出ない。腕が重くて持ち上がらない。身体は不安に縫い留められて、微動だにしなかった。
ナガセが私の肩を掴んで回れ右をさせると、海に浮かべた船を押し出すように背中をそっと押した。
微かに移った奴の温もりから、言葉にできない物悲しさが伝わってきた。
「行け。皆が待っているんだ。俺みたいに、全てを失う前に」
頭の中で。いろんな感情が。はじけた。
「しゅ……しゅつ……しゅつげきする!」
涙を散らしながら絶叫すると、保管庫へと駆け戻りグランドエレベーターで待機するデュランダルに飛び乗った。
躯体のコンディションを確認しつつ、サクラに通信を飛ばす。
「サクラぁ! エレベーターを下ろせぇ!」
『了解。移動時間を使って現状を報告するわ。確認できる標的Xは全部で三体。全てがサーベルの装甲を身にまとい、八八式で武装して崖の上に陣取っているわ。マシラとジンチクは盆地へと進行し、パンジーへと接近中。その後方十メートルにショウジョウが疾走している』
落ち着いたサクラの声が、非常に頼もしい。もっと。頼ればよかった。
それにしても標的Xの奴、なぜ日本製の八八式なんて装備しているんだ。サーベルの装甲を纏っているなら、武器もアメリカのMA22を装備しているはずじゃないのか? 実際ナガセが確認した個体はそうだった。
それに島の北部にあるアメリカ機動要塞から流れてきたのなら、AEUドームポリスを通過するはずだ。まさか目の前を素通りしてきたということはあるまいし、ひょっとしたらAEUはすでに――そんなことを考えている場合か!
「パンジー、プロテアと敵の、それぞれの相対距離は!」
『パンジーが接敵まで約七十メートル。プロテアが接敵まで約三百メートル』
最悪な状況だな。プロテアは間に合わん。ナガセのいう通り迂回を命じても、無視してパンジーに追い縋るだろう。
「パンジーに通信を送って足止めできるか!?」
『ダメ。通信が切られている。ヘイヴンの外部スピーカーから呼びかけを行うわ!』
「それはいい。異形生命体の注意がヘイヴンに向くかもしれんからな」
エレベーターボックスが揺れて、一階倉庫への到着を知らせる。のんびりとスライドするドアをこじ開けて、ヘイヴンからデュランダルを出撃させた。
昼下がりの日光が視界を焼く中、盆地の荒れた大地を疾駆する。
彼方に豆粒ほどの大きさのプロテア機の背中が見え、その遥か向こうの地平線では異形生命体が赤い線となって蠢いている。
プロテア機はすでに敵を補足しているようで、十匹のマシラと多くのジンチクをレーダーに反映させていた。
『アカシアからアジリアへ。屋上の狙撃ポイントに到着。いつでも支援できるよぉ!』
『よぉ雌猫。早く命令だせや。アタシお手とチンチンは得意中の得意だけど、獲物を前にして待てができないのよぉん』
「そちらから崖上の標的Xを狙撃できるか!?」
『余裕で狙えるけど……あっ! 大変だよ! 標的Xが崖上から盆地に降りてる!』
確かに崖の上から砂塵を上げて、何かが盆地に降りてきている。
『それだけじゃないわよン! あのネクラブスと異形生命体が接敵した! あのちんちくりん何してんのよん! 早速マシラに殴り飛ばされてやがる! ねぇ! 撃っていい? つーか撃つわよぉん!?』
「撃つのはマシラでも標的Xでもなくショウジョウだ! 標的Xはまだパンジーを有効射程距離内に収めていないはずだ! そしてマシラを撃って下手してパンジーに当てたらどうする!? ショウジョウを狙え! プロテアは――」
作戦指揮システムから送られてくる情報を確認すると、プロテアのレイピアが銃撃を開始し、残弾数がゴリゴリと減っていた。瞬く間にマシラの数が減っていき、総数が六体にまで減っていた。
マシラの総数が十二匹。プロテアの接敵時には十匹だったから、二匹はパンジーが仕留めたわけか。これで半数を撃退したわけだが、状況は全然よくならない。
「プロテア! そのまま支援を続けろ! すぐに追いつく!」
震える指で、デュランダルのコンソールにしかない、赤色のスイッチを押した。
『MAXWELL SYSTEM activation』
ディスプレイにそのような表示が流れ、画面四隅に新たな情報が散らばった。
マグネットシールド――オン。デュランダルが球状の磁場を生み出し、砂塵に含まれる鉄分をバリアのように展開した。
レイルコレクションシステム発動。デュランダルが纏う磁気シールドを、球状から棒状へと変容させる。そのまま空間をレイルガンにして、パンジーの元へと一気に跳躍する!
ピシリと空間に紫電を走らせて、勝利の剣は大空へと飛び上がった。




