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Crawler's  作者: 水川湖海
一年目
19/239

萌芽‐10

 俺は一人でバーベキューコンロと、食器の片付けを始めた。ただアジリアが残り、人の骨を埋めた墓の前に佇んでいる。彼女は墓標を見つめたまま俺に聞いてきた。

「会った事もないだろう?」

「そうだな」

 俺は片付けを続けながら、声だけで返事をした。

「卑怯だぞ。私の過ちを形に残すなんて」

 アジリアは言う。それが心にもない事だと俺には分かる。彼女は墓標を前に、苦悩の表情を浮かべながらも、どこか達観した眼差しをしていた。少し気が楽になったのだろう。

「忘れられないものを、忘れようとするから辛いのだ。大事なのはどう向き合っていくかだ」

 俺はコンロにくべた火を、水の張ったバケツの中に落とした。そして残った串焼きと野菜、スープをキッチンへと持っていった。

 後ろからアジリアの気配がついてくる。足音と共に、金属同士がぶつかり合う、チン、チンという音が廊下に響いた。俺が眉をひそめながら振り返ると、アジリアが食器を両手に抱えていた。

「どうした? 今日の片付けは俺がすると言ったはずだ」

「私に命令するな」

 アジリアはぷいと顔だけそっぽ向かせた。俺は溜息を吐くと、そのままキッチンに向かった。アジリアは黙ってその後に続いた。

 俺は塩漬けの入った鍋と、串焼きの食べ残しを冷蔵庫にしまう。そしてスープとブロスの入った鍋を電磁加熱器(IHと同義)にかけた。翌朝にはいい出汁が取れていることだろう。

 俺はアジリアを押し退けて、彼女が流し台に置いた食器を洗おうとする。だがアジリアは邪魔だと言わんばかりに、俺を突き飛ばした。

「後は私がやる」

「お前が? 何故?」

「私はお前の奇行をあれこれ問いただしたりしたか?」

 アジリアは口の端を吊る挑発的な作り笑いを浮かべた。そして黙々とスポンジで皿を擦り始める。だが俺が流し台の脇で腕を組んでいると、イライラとスポンジを投げつけてきた。

「今暴走されたら私が困る。そして原因はお前だ。こんなところで皿洗っている場合かアホ。さっさと始末をつけろ」

 俺はスポンジを拾い上げて、じっと泡が浮いた表面を眺めた。

「お前は……どうなんだ?」

「私の事を勘繰るな。虫唾が走る」

 アジリアは俺の手からスポンジを奪い取る。そしてさっきより強い力で、皿を洗い始めた。

 それでも俺が動かないままでいると、彼女は皿を洗う手を止めて、震える声を出した。

「貴様は正しい……腹が立つが正しい。あいつらは何かを奪おうとするたびに、今日の事を思い出すだろう。だが正しい行いが『良い』とは限らない。私はこれ以外のいい方法があったと思う。私はそれだけだ」

「だが時間が無い……もうすぐ一切の食物が取れなくなり、俺たちは飢えるだろう。それまでに人類と合流する必要がある。お前たちには命の意味を知ったうえで自衛して欲しかった。だから……早くに終わらせた」

 アジリアはスポンジを強く握りしめた。そして首を弱々しく横に振った。

「お前もピコが好きだっただろう。なのにどうしてあんなことを? お前は何を見ている? どこに行こうとしている? どうしてそこまでする必要がある? 私には分からない。私は行きたくない……私はお前が怖い……お前が行こうとしている場所も怖い……」

 俺は唇を噛んで俯いた。そしてキッチンから出ていく。

「詳しい事は、俺が人類を見つけ出してからにしよう。俺が斥候に出る間、お前にドームポリスの守護を任せたい。明日から他の女たちにも銃を持たせる」

 そう言い残して。

 俺は女たちの部屋がある廊下を一人で歩いた。そして、一つずつノックをしていった。

「パギ」返事はなかった。それもそうか。大好きなお姉ちゃんに気絶するまで電撃を浴びせ、ピコまでをも殺したのだから。俺は次の部屋に向かった。

「プロテア」すぐ戸が開いて、プロテアが飛び出して来た。そして俺に馬乗りになり、何度も何度も殴りつけてきた。俺は一切抵抗しなかった。プロテアは絶叫する。「抵抗しろ」「卑怯だぞ」。やがて俺を殴りつける腕から力が抜けていき、彼女は俺の上に泣き崩れた。「どうしてやめる?」と聞くと、「お前が死んじまうじゃんかよぉ!」とプロテアは泣いた。

「アイリス」戸が遠慮がちに開けられた。「生かすのに、すごく苦労しました」数十分ほど無言で向かい合っていたが、アイリスがおもむろに口を開いた。そして目に涙を貯めながら言った。「あんなに簡単に死ぬんですね」俺はただ、「ああ、だから大切にする必要がある」とだけ答えた。

「ピオニー」少し待ってから戸が開いた。彼女はわんわん泣いており、落ち着かせるのに手間取った。彼女は今までぞんざいに食材を扱ったことを悔いていた。そして俺以上に残酷に死体を切り刻んでいたと苦しんでいた。そして意外にも俺に抱き付き、謝罪の言葉を繰り返した。俺に屠殺と言う苦しい役目を押し付けていたと思い込んでいた。

「ロータス」いつも通りケロッとしていた。いつもと違う事があるとすれば、「次は私にやらせてくれよ」と言ったことだ。お前には死んでも銃は持たせん。

 残る七人の反応も様々だった。泣いたり、責めたり、今まで殺した命について聞いたり、どうすればいいのか救いを求めたり、扉で拒絶したりした。同じなのは全員が、俺に仄かな敵意を抱いている事だった。

 最後に俺は、サクラの部屋に訪れた。

サクラには聞きたいことがある。ハッキングとプログラムの件だ。話しは長くなるだろう。俺は十二回の訪問で、疲弊しきった精神を引き締めながらノックをした。

「ナガセ? 今開けます」

 戸が空き、サクラが部屋から顔を出した。彼女は健気に俺用の笑顔を浮かべているが、どこか影があり、疲れで暗かった。

「身体は大丈夫か? 変な痺れや吐き気はしないか?」

 俺の問いに、サクラは健全さをアピールするように、自分の胸を二度たたいた。

「全然。お気になさらず」

 俺はサクラの両肩を掴んだ。

「嘘は許さんぞ。身体に異常はないか?」

 サクラは驚いて身をすくめたが、俺の心配が伝わったのか、優しく微笑んで頷いて見せた。

「すまない。どうしても確かめたくてな」

 俺はばつが悪くなってサクラから目を離した。そして本題に入る。

「その……ピコの件で話をしたいんだが……」

 サクラは少し戸惑った。だが半身になって、俺を部屋に招き入れた。

 部屋は備品が無いためこざっぱりしている。ベッドと机、椅子が一脚、そして支給した服と日常品が少し。変わったところと言えば、部屋の隅に機械工学と電子工学の本が、数冊積み重ねてあった。ドームポリスの資料室にあったものだろう。

 俺はそれを目にして考えるように口元を押さえたが、すぐにサクラに向き直った。

 ピコの話はあっさりと終ってしまった。墓を見てようやく理解できたらしい。サクラは生きる上で仕方ない行為だと認め、以前ピコの親を殺した時、怒られた理由が分かったと言った。その上で彼女は、ピコ以外にも方法があったと苦言を呈した。ピコの親を食べたことの口止め以外に、俺に言える事はなかった。

 部屋はしばらく沈黙に包まれた。

 俺は顔を上げて、次の質問をした。

「人攻機の件だが……ああ、いやもう罰は済んだ。そうじゃなくて、どうやって動かした? 動かないようにしてあっただろ?」

 言葉の途中で泣きそうになったサクラを慰める。そして部屋の隅にあった例の本を手に取り、適当にめくった。俺ですら眩暈のする文字の羅列がその本に書かれていた。

「あ……はい。ですから動けるようにしたんです。アイアンワンドは人攻機を動けるようにはしてくれなかったので、プログラムを組んでロックされた機能を代替させました。それからアイアンワンドに頼んで、装備をつけてもらいました」

 手間だったが、人攻機全てに直接パスを設定、管理しておいてよかった。例えサクラが最上級アカウントを持っていても、俺の設定したパスの情報までは持っていない。それが最後の歯止めになった訳だ。しかしまだ分からないことがある。

「どうやってアイアンワンドにアカウントを設定した? プログラムもだ。一朝一夕でできる代物ではないぞ?」

「え~……あ~……その……」

 サクラは顔を真っ赤にしながら慌て始める。そして忙しなく視線を彷徨わせ始めた。俺は彼女にデバイスを渡した。

「頼む。教えてくれ」

 サクラはデバイスを受け取ると、唇を尖らせながら画面を見つめる。そして恥ずかしげに俯きながら、タッチキーボードを呼び出して床に置く。彼女はベッドに腰掛け、デバイスの上で足の指を走らせた。

 俺は驚いて思わず声を出してしまった。デバイスに次々と文字が入力されていく。俺のタイプより少し早い。しかも意味のない文字の羅列ではなく、コマンドが組まれている。

 サクラは足の指の動きを止めないまま、話し始めた。

「手でやろうとしてもできないんです。こうしてデバイスを足の所におくとむずむずして、つい何かやりたくなるんです。それで足が勝手に……ハイ……この中から使えるものを拾い上げたんです」

 この女は汚染環境で、どういう仕事の仕方をしていたんだ。サクラは俺の視線に耐え切れなくなったのか、足でタイプするのをやめた。そして話をそらすように、デバイスを持ち上げて、画面を俺に見せてきた。

「他にもありますよ。ご覧になりますか?」

「ん……確認する。お前は分かるのか?」

 俺はプログラムを確認しながら聞いた。

「はい。何となくですけど。これは撃つやつだとか……これは歩くやつだとか。だけど良く分からない文字列もあります」

「それでよく機能代替なんてできたな……」

「何となく……やってみたらできました」

 無意識下で記憶が残っているのか、記憶が残っているが、きっかけが必要なのか、いまいち判別できない。いずれにしても、断片が呼びさまされたに過ぎないようだ。だがこれではっきりと分かった。

 逆行性健忘症。意識障害から回復した時、それ以前に経験したことものを思い出せなくなる症状だ。彼女たちはこれを患っている。考えられる理由は人工冬眠の失敗。それかポールシフト爆弾の磁気による脳波障害だろう。

 しかし解せない。人工冬眠が失敗するものなのか? ユートピア計画の主柱で、人類を未来へと送る重要な装置だ。何度も実験と検査、研究が重ねられ、タブーを犯し人体実験まで行った。入念な審査を、一切の妥協を許さずパスしたはずだ。失敗したとは考えにくい。

 磁気による脳波障害はもっとありえない。ユートピア計画で、地球がマグマに沈んでいる間、ドームポリスや機動要塞は宇宙に逃れることになっている。その動力源はポールシフト爆弾の磁気で、ドームポリスらが張る磁場フィールドに作用し、リニアの要領で宇宙へ打ち上げるのだ。脳波障害を被る程、磁気フィールドが弱かったら宇宙に行けない。

 まさかわざと――

 俺は胸に一抹の不安を抱えた。

 それを忘れようと、サクラのプログラムに意識を集中させる。組まれたプログラムは全て初心者用で、技術者が基礎として扱うものばかりだ。きっとサクラは技術者で、よく使うプログラムを思い出したにすぎないだろう。

 プログラムの中に、アイアンワンドに応答を求めるものを見つけた。これがアイアンワンドに、最上級アカウントを作らせたものだろう。恐らく不正規にアカウントを作成するための、バックドアにアクセスするものに違いない。何故サクラがこれを知っているかは分からないが、本人だってそうに違いない。聞いたって無駄だろう。

「サクラ。これは?」

 俺は念のため聞いた。

「これですか? アイアンワンドにお願いする時に使いました。そしたらアカウントを作れと言われたので……」

 分からずに使っていたのか。だから道具という奴は――愚痴っていても仕方がない。早い所アイアンワンドのバックドアを見つけ、塞いでしまう事にしよう。手元にアクセスコードがあるから、さほど手間にはならないだろう。

「これからアイアンワンドにお願いすることはできなくする。質問はいつも通りできるが……すまない」

「いいえ。謝らないで下さい。それがいいと思います。私には手に余りますから。ですからこれから何か思い浮かんだら、これからはご相談させてください」

 サクラはにっこりと笑った。俺はサクラにデバイスを預けて、早々に部屋を出ることにした。

「話は終わりだ。長々とすまなかった。それと明日は一日休め」

 俺は戸に手をかける。すると「お待ちください」と、サクラが引き留めた。振り返るとサクラは苦悩の表情を浮かべて、俺を見つめている。そして遠慮がちに口を開いた。

「ナガセは私にペナルティを課した時、『二度と』と仰いました。以前にも、教え子に裏切られたことがあったのですか?」

 サクラもアジリアと同じくらい鋭くなってきた。俺は嘘をつく気力も無かったので、重要なところをぼかしながら話した。

「教え子って訳じゃない。仲間だった。その仲間に色々なことを教えただけだ。人攻機の乗り方や、そのコツ、簡単な処世術などをだ。逆に俺もいろいろ教わった。人間のことや、暗器の使い方、殺法や人の騙し方をな。俺は奴らが嫌いだったが、それでも仲間だった。だがある日、そいつらが俺の教えたことを使って、とんでもない事をしようとした」

 サクラがこくりと生唾を飲んだ。俺の雰囲気が暗く沈んだのに気付いたようだ。

「その仲間は何を?」

「泥棒だな。俺を縛って閉じ込めて置いてきぼりにして、大事な荷物を盗んでいった。俺は大抵のことは許していたが、その時はブチ切れた。許せなかった。それで追いかけて……追い縋って……追い詰めて……お仕置きしたよ。必要以上のお仕置きをした……もうあんなのはごめんだ」

 俺の暗いトーンの声を、サクラは深刻に受け止めた。そして恐れで怪しくなった発音で聞いてきた。

「その仲間は、今どうなさっておりますか? 許しましたか? 私はまだ――」

「サクラ。お前はもう許された。寝ろ」

 俺は彼女を遮って、部屋を出た。そして中央コントロールルームに向かう。今日中にバックドアを閉じてしまおう。途中でキッチンの前を通りかかった。

「凪に揺蕩いて、空を舞う――」

 あの歌が聞こえた。キッチンを覗き込むと、アジリアが歌を口ずさみながら皿を拭いている。その歌は本来、嬉々とした希望を込めて歌うものだ。しかしアジリアは悲愴な表情で、さも鎮魂歌のように歌っていた。

なかなかの美声で、俺はキッチンの入り口に寄り掛かり、黙って耳を傾けていた。

「信じてる。ねぇ、いつまでも。繋がる想い、無償の愛、抱きしめ夢を見る――」

 アジリアは俺に気付いた様子も無く、歌い続けている。皮肉気な声色が気になるが、俺が知っているあの歌と、リズムも歌詞も、寸分の違いも無かった。大分保留にしてきたが、ここは恐らく、俺が元居た世界の未来なのだろう。ここは俺の世界との類似点が多すぎる。

「愛してる。ねぇ、これからも。広がる世界、目を覚ませば、そこは――ん……」

 歌の途中でアジリアは声を詰まらせた。俺は壁から身体を離した。

「そこは夢で見た空――だ」

 そしてキッチンの入り口を通りざまにそう言った。アジリアが顔を真っ赤にしながら振り返るのがちらりと見えた。

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