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Crawler's  作者: 水川湖海
三年目前半【ECO編】
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回帰-3

 Sエリアでもまず目指すのは、一番近くのプラント施設だ。Wエリアでの移動経路を参考にすれば到達は容易い。汚染が煙り塵屑の散らばる廊下を、ひたすらに駆け抜けていく。予測経路に従って、廊下の角を曲がる。すると縦列を組むメガロミルミギの群れと、ばったりと出くわした。その数は五匹。


 俺は冷静にトゥームビルダーを、下段に引きずるようにして構えた。先頭の一匹の頭を、脇に退けるようにして蹴り飛ばす。先頭のメガロミルミギの頭部はあっけなく踏み砕かれ、残った身体は壁へと叩き付けられた。二匹目は胸部の、近接防護散弾の乱射で地に沈めた。胸部散弾を撃ち尽くしたらしく、脇腹の装甲から装弾チューブが排出される。新しいチューブが装填される前に、俺は蜂の巣になった二匹目を身体で押し退けた。三匹目はトゥームビルダーを振り上げて、天井へと打ち上げた。返す刀で四匹目を斬り潰し、五匹目に肉薄する。威嚇でもたげられた首根っこを、無造作に引っ掴む。そして袖下ショットガンを首に数発お見舞いし、頭を胴体から切り離した。


 手元に残ったメガロミルミギの頭に、走りながら何気なく視線をやった。どうやら餌を運んでいたらしく、口には団子状の物体を咥えている。俺は困惑で、眉間に皺をよせてしまった。


 餌を運ぶのは分かる。しかしそれならば千切った脚や、もぎ取った翅を咥えていて然るべきではないか? どうして加工された団子を口にしているのだ?


「メガロミルミギの奴ら……一体何を食料にしているんだ……」


 俺は湧いて出た疑問を振り払い、最初の大部屋へと飛び入った。エコーロケーターがモニタに映し出したのは、室内に整列する巨大なボックスの群れだった。俺は走る足を休めぬまま、ボックスが生み出す網目の通路を、縫うようにして駆け巡っていく。ボックスはどれも傷んでおらず、綺麗な長方形を保ったままだ。しかし床には所々に穴が空いており、メガロミルミギがぞろぞろと這いあがりはじめていた。


「くそ……ここの床下も、メガロミルミギの巣穴になってやがる。一体このバイオプラントはどうなっていやがるんだ!?」


 観察を続ける内に全てのボックスが、細長い長方形をしていることが分かった。檻や生け簀にするには、歪な形をしていると言える。ちらとボックスの真上に視線をやると、天井には太い配管が這い、何かを吊るすハンガーが取り付けられていた。食肉プラントの設備は、培養液を満たした水槽に、食肉を貼った金網を浸すようにできている。この部屋の設備には、食肉の育成に必要な条件が揃っているように思えた。


「教師時代の職場見学を、防衛隊ではなく生産工場にしておけばよかったな……」


 俺はぼやきながら天井を這う配管を、供給元へと遡っていくことにした。配管を辿っていけば、パイプを束ねる管理施設があるはずだ。ここが食肉プラントであるならば、筋育成用の設備と培養液、その両方手に入る可能性が高い。


 バイオプラントのコアに向かって伸びる配管を、視線で舐めながら追いかけていく。やがて最奥であるプラントの壁が、うっすらとモニタに浮かび上がってきた。配管は壁に埋まって見えなくなったが、ちょうど真下の位置に開け放たれたドアがあった。あれが管理施設で間違いない。


 もう待ち伏せを食らうのはごめんだ。俺は管理施設へと突入する前に、エコーロケーターの出力を上げて近辺を探った。モニタに表示された映像は、嫌に寂しいものだった。あれほど徘徊していたメガロミルミギの姿が、とんと見えなくなっていたのだ。床に口を空ける巣穴も少なくなっており、俺は知らぬ間に静けさの中で取り残されていた。緊張に身体が強張るのを感じる。


「壁が近いせいか……?」


 培養液と言う栄養源を、貪欲なメガロミルミギが見逃すだろうか。奴らなら管理施設の周辺を巣穴だらけにして、図々しく根城を構えていてもおかしくない。管理施設の付近がここまで閑散としているのは、明らかな異常だ――ちょっと待てよ! おかしいことは他にもある。旧世界の建造物はコールドスリープ中、勝手な真似ができないように全室が封印される。じゃあなんで、管理施設のドアが開いているんだ!?


 俺は室内に潜む危険を感じ取り、入り口から数メートル手前で足を止めた。じっと扉の中を覗き込んでみるが、エコーロケーターが表示するのは虚空を意味する白だけだった。


 僅か数メートル先にある狭い室内の、反響が返ってこないわけがない。俺は口に溜まった生唾を飲み込みながら、火器管制で音響手榴弾を選択した。音響手榴弾とエコーロケーターをリンクさせて、弾体が起爆後の反響をひろうように設定する。そして足元に転がすと、管理施設の中に蹴り入れた。


 一秒……二秒……三秒……時間の流れが酷く遅く思える。四秒……五秒――巻き起こった衝撃が、ウリエルをびしりと叩いた。


 モニタには音響手榴弾から送られてきた、管理施設内の様子が浮かび上がった。室内の間取りは、ヘイヴンのバイオプラントとよく似ている。入り口の壁には制御盤が、突き当りには培養液の一時保管タンクが五つ並べられていた。タンクはヘイヴンと同じ型で、横に倒した円筒を支柱で支えたものだ。しかし加工されているようで、上部が切り取られた半円形をしているのだった。


 何より注目すべきは、三つの奇妙な影が室内に潜んでいたことだ。モニタに表示された影は、物体が反響を返したことを意味する、黒で表されていなかった。虚空を意味する白で表現されていたのだ。汚染空気を表す淡白の中で、影のいる場所だけ色が抜けて白かった。影の体型は壺型で、ミノムシによく似ていた。そして音響手榴弾の直撃を受けたにも関わらず、影響を受けた様子がまるでなかった。


「恨むぞ……神様……」


 俺の体温を、室内に潜む脅威が奪っていく。恐れは血管を巡る血すらも凍りつかせてしまい、身体が思うように動かなくなってしまった。震える指で、二本目のリンボガスの散布をはじめる。そして軋む身体を意地で動かし、トゥームビルダーを正面に構えたのだった。


 白い影が管理施設の中から、ゆっくりと歩み出てきた。前に進むごとに小さく上下していることから、歩いているようである。影はドアを出てすぐ足を止めると、身体から強烈な超音波を放った。影の占める白い容積が増大し、ウリエルの剥離装甲が共鳴でさえずった。影は俺の存在を認知したようで、こちらへと軽く前かがみになった。


「カー。デュウンス。フー」


 老人が赤ん坊のように泣き喚いたら、この声に近くなるのだろうか。影は酷くしゃがくれた声で、一気にまくし立ててきた。声自体もかなりの超音波域にあるらしく、モニタには激しいノイズが走った。


 蛾のミューセクト、モスマン――汚染世界に誕生した新人類である。奴らの姿は変異の果てに、本来の蛾とはかけ離れていた。頭は平べったく潰れていて、退化した目とストロー状の口があった。胸はカマキリのように長く伸び、奴らは下胸部にある二対の脚で、さも人のように直立して歩くのだ。腹は胸の下から大きくエビぞりをして、背中にぴたりと張り付いている。そして肥大化した翅翼で、すっぽりと身体を覆い隠しているのだった。


 モスマンがエコーロケーターに表示されないのは、身体を包む翅翼が超音波を放っているからだ。エコーロケーターの超音波を相殺し、反響が返すことがないのだ。


『見つけたら下手に動くな』


 俺は耳にタコができるほど、アロウズに教えられていた。敵と見られたら最後、超音波で近辺のミューセクトをけしかけてくるからだ。俺はトゥームビルダーを構えたまま、機械の彫像となって立ち尽くした。


 管理施設から残り二つ影が、ぞろぞろと歩み出てきた。彼らは先の一匹に並ぶと、頭を寄せあってぼそぼそと相談を始めた。アバキアンという固有言語で、一応解明はされている。物事を可能か不可能かで意志の疎通をするらしいが、俺は話者になるほどの物好きじゃない。目の前で化け物が、謎の言語で会話をしているのだ。実に気味の悪い光景である。奴らが話に夢中になっている内に、リンボガスが回ってくれるといいのだが。


 やがてモスマンたちが相談を終えて、一斉に俺を振り向いた。翅翼を大きく広げたのか、モニタの白い影が横に大きく広がった。そしてエコーロケーターが奴の胸から、反響を拾いはじめた。モスマンの胸にはフラッド程の大きさである、パノプリアの幼体がびっしりとへばりついていた。


「カー・デゥ」


 モスマンがそう口にすると、胸からパノプリアがばらりと剥がれ落ちた。さらにモスマンは広げた翅翼を大きく震わせて、強烈な超音波を発しはじめた。モニタでは翅翼を中心に、白い影が増大していく。やがて画面全体が白で塗りつぶされて、俺は視界を奪われてしまった。同時に強風に似た圧力がウリエルにかかり、たたらを踏んでしまった。


 コンディションパネルが赤い光を発して、表面剥離装甲が急激に減っていくことを知らせてくる。超音波があまりに強いがため、共鳴した剥離装甲がむしり取られているのだ。モスマンは人類の天敵と言っても過言ではなかった。汚染世界での命綱である、視界と装甲をたった一つの動作で奪ってしまえるのだから。


「な……第三層剥離……第二層に到達……第二層半減……まずい! 全部持っていかれちまう!」


 俺はモスマンを斬りつけようと、闇雲にトゥームビルダーを振り回した。しかし腕が動く前に、腹部に鈍い衝撃が走った。衝撃は一回で収まらず、二度、三度とウリエルを鐘にして、固い何かが叩きつけられた。俺は姿勢を崩してしまい、立て直す暇もなく床に倒れ伏す。衝撃は止まずにウリエルを激しく穿ち、俺を転がしてどこかへ運んでいこうとした。


 恐らくパノプリアの幼体が、俺に体当たりをかましているのだ。立ち上がって仕切り直したいが、モニタは依然ホワイトアウトしたままだ。その上こう転がされたんじゃ、左右どころか上下すらも分からない。モスマンが相談をしている内に、不意打ちを仕掛けたほうが良かったか? いや、結果は変わらないだろう。斬りかかる瞬間には、超音波ではじき返されていただろうからな。


 滅多打ちにされ続けるうち、装甲が被害を受けて、コンディションパネルが赤い瞬きを放つようになる。胸部装甲歪曲。右腕装甲破損。内蔵した武装が、使えなくなったかもしれない。時同じくして表面剥離装甲が、一層を残して全てを毟り取られてしまった。だが俺も、ただ黙って耐えていた訳ではない。


 超音波の金切り音に混じり、部屋中からラップ音が聞こえたような気がした。霞む意識の中で、空気の爆ぜる音が繰り返し耳に届く。やがてウリエルを小突く力が弱まっていき、掻き消された視界がゆっくりと戻ってきた。ようやくリンボガスが変質したか。


 決着を急がないと力尽きてしまう。ウリエルはもちろんのこと、俺自身のコンディションも低下しはじめている。すでにバイオプラントへの突入から二十分が経過した。午前中の占領と合わせると、総作戦時間は十時間を越えつつある。一時の気のゆるみも許されない緊張。双肩にのしかかる責任。ミューセクトの攻撃。それらが切れ味の鈍い鉈となって、俺の心を削いでいた。そろそろ限界が近い。


 俺の弱気を感知してか、ウリエルが気付けの一発を注入してくる。血液に押し込まれた魔性の冷気は、灼熱の滾りとなって身体に活力を呼び起こした。疲労が薄れて、意識がハッキリしてくる。同時にもう一つ、力を持つものがあった。


『これは命令だ』『みんな殺すんだよ新入り』『早くするね。私待機してる』


 殺しても死なない不死身の兵士が、俺を罵倒してくる。まるで天嵐のバーのようだ。こんな惨めな俺は嫌だ。誰でもいいから殴り殺し、誉れ高き竜となるのだ。


 俺は殺意に眼を尖らせながら、床に手をついて立ち上がった。ウリエルの周りではパノプリアが、仰向けにひっくり返って痙攣している。窒息性に変質したリンボガスに、侵されたのだろう。視線を管理施設に戻すと、三体のモスマンが膝をついていた。俺はほくそ笑む。姿が見えると言うことは、超音波を出していないと言うことだ。このまま引導を渡してやる。


 トゥームビルダーを、鍔にあるスイッチを押しながら振り回した。峰のホルダーに収められた炸裂式短刀が、遠心力によって切っ先に展開した。俺はこの世で最も危険なピッケルと化した、トゥームビルダーを下段に構えてモスマンへと突進した。しかし数歩も走らないうちに、不意に背中を突き飛ばされた。俺が前乗りになって倒れ込むと、四肢に牙が突き立てられて、床へと抑えつけられた。


 メガロミルミギだ。それもかなりの数がいることを、ウリエルにかかる圧が物語っていた。モスマンの超音波を聞きつけて、駆けつけてきたのだろう。それだけではない。モスマンは奴らが来るのを分かっていて、パノプリアに運ばせたに違いない。


「死んでたまるか……俺は帰るんだ……帰るんだ!」


 表面剥離装甲は残り少ない。できれば奥の手としてとっておきたい。俺はウリエルから放電し、メガロミルミギが怯んだところを力づくで振り払った。右腕装甲剥離。どうやら破損した装甲を、メガロミルミギにもぎ取られたようだ。これで右腕炸裂式短刀と、袖下ショットガンを失った。左腕にはメガロミルミギが食いついたままらしい。異様に重たくて持ち上がらなかった。それでも俺は獣の咆哮を上げながら、管理施設へと走り続けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 170話まで読んだけど、重すぎて読み進めるのが辛い、、 救いあるのか、この物語は、、 主人公は何回目かも分からない暴力と狂人化。 個人的にあまりにも重い展開が続くと読む気が無くなります。 事…
[良い点] 良かった
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