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Crawler's  作者: 水川湖海
三年目前半【ECO編】
155/241

辺獄-1

『これで最後だ作戦』の、決行日の朝。

 

 時刻は午前四時。顔を出しつつある太陽が、地平線を淡い水色に染めていく。夜に熱を奪われた肌寒い空気が徐々に温かみを帯びていく中、ヘイヴン内は働く者もなく、しんと静まり返っていた。

 静寂の中、七階の会議室に、作戦に参加する女たちが集まった。彼女たちは早朝の目に痛い電灯の下、乾いたインクの臭いを鼻にしながら、寝ぼけ眼を手の平で擦っている。メンバーのほとんどが俺――ひいてはサクラの考えに賛同する者たちだ。連帯感が強く、皆緊張と使命感に表情を引きしめていた。

 俺は全員が揃っていることを確かめると、レーザーポインタで空を軽く掻き回して、風鳴り音で注意を引いた。

「作戦概要を説明する。今回の指揮官はプロテア、そして部隊の数は三つだ。進行先の安全を確保する偵察部隊。作戦管制を行い物資を運搬するシエラチーム。そしてその護衛をするアルファチームだ」

 俺は彼女たちに相向かう、ホワイトボードに描かれたYの字隊列を、レーザーポインタで指した。Yの字の頭である両翼が偵察である俺とアカシアが担い、その後ろに縦列でシエラとアルファが続くのだ。

 俺は先頭の両翼を、レーザーポインタで強調した。

「俺とアカシアの偵察チームは、オストリッチに乗騎し本隊に先行する。情報を後続に送るのが任務だ。さらに敵を察知したならば、会敵しないように上手く後続を誘導しなければならない。最悪の場合、自ら囮になるか、攻撃による敵の弱体化を行う」

「まぁかせて」

 アカシアが自信ありげに胸を叩いて答えた。アカシアとは共に訓練を繰り返し、その実力は保証済みである。独断専行をせず、プロテアの指揮にしたがうよう念を押してあるので、孤立するような愚は起こさないだろう。

 次に偵察隊に続く縦列の、中心部分であるキャリアにポインタを移した。

「サクラが指揮するシエラチームは、キャリアに搭乗して作戦管制を行う。今回チームリーダーであるアイリスはヘイヴンに残るため、代わりにサクラが指揮を執ることになった。合わせてチームメンバーの入れ替えも行ったので、間違いがないようにな。サクラの他には運転手にマリア、戦闘員にロータスが乗り込む。チーム全体の情報を整理してプロテアに送る他に、積載した占領物資を無事バイオプラントまで送るのが任務だ」

 俺の説明を聞いて、サクラはやや不満そうに目を細める。そして遠慮がちに口を開いた。

「ナガセ。事前に窺った通り、少しでも反意が見られたならば、罰してもよろしいのですね?」

 サクラは顔を俺の方に向けたまま、親指で隣の席に座るロータスを指した。ロータスは不躾に指されて、怒りに頬を引くつかせた。いつもなら飛びかかっていてもおかしくないのに、珍しく堪えられたようだ。ロータスは首からかけた小汚い袋を鼻先にやり、スンスンと匂いを嗅ぐだけで、怒鳴り散らすことはなかった。

 サクラがどんな許しを与えたかは知らないが、ロータスは彼女に怯えて、ある程度の無礼は許容しているようだ。俺は何か引っかかるものを覚えながらも、今回は見逃すことにした。

「その心配はないと思う。存分に頼れ」

 最近のロータスの勤務態度は、マジメではないがマトモである。それにどういう心境の変化か、動物を虐めなくなった。それどころか飼っている乳牛を、可愛がっている始末である。戦乱の中、トチ狂って味方を打つことはないと断言できる。従順ならば、ロータスは貴重な戦力だ。

「任せときなってダーリン。銃持たせてくれたからには、損はさせないわよん。だとよコチコチ脳ミソ。御大将がああ言ってるわよん」

 ロータスは俺に投げキッスを放つと、いやらしい笑みを浮かべながらサクラの椅子を軽く蹴った。サクラはロータスを睨んだが、これ以上は進行の邪魔になると思ったのだろう。何も言い返さなかった。

 俺はホワイトボードに視線を戻すと、シエラチームを取り巻く四駆の人攻機をポインタで指した。中でも先頭と最後尾を担う、特殊な二躯をピックアップした。

「最後に指揮車の護衛を任された、プロテアのアルファチームだ。プロテアが索敵能力の高いミスリルダガァに乗り、先頭に立って誘導する。そしてアジリアが総合能力の高いデュランダルを駆り、最後尾にしんがりとしてつく」

 プロテアとアジリアが、軽く手を振って了解の意を伝えてきた。さすが基礎能力が高く、戦闘慣れしただけあって、二人とも酷く落ち着いている。彼女たちには何も言う必要がないだろが、一応念押しをしておく。

「お前らにこんな高価なおもちゃを使わせるのには理由がある。万一異形生命体の群れに襲われた場合、プロテアには露払いとして敵を無力化し、アジリアにはトカゲの尻尾となって食い止めてもらわなければならないからだ。今回突破する森林では、護衛対象のキャリアはスピードが出せない。だから誰かが引き留めなければ、食い付かれてしまう。覚悟はいいか?」

 プロテアは意気込みを示すように、拳に手の平を被せてポキポキと指を鳴らした。

「問題無ぇ。仲間ほっぽってトンズラこくような真似はしねぇよ。積極的に矢面に立つ」

 アジリアは頼もしそうに、プロテアを横目に見つつ苦笑した。

「先頭のお前が深追いするなよ。迷走する羽目になるからな」

「へいへい。何かあったら喝入れてくれよ。その瞬間持ち場を離れるなって、喝入れてやるからよ」

「ああ。任せた」

 二人は互いの軽口を気持ちよく笑い飛ばした。どうやら管理者として関係を密にするうちに、良い信頼関係ができているようである。俺は感心しつつ、シエラチームの前後につく二躯の人攻機を、ポインタで円を描いて提示した。

「指揮車の直接の護衛には、サンとデージーのレイピアがつく。その即応力を以って、接近を許した異形生命体を撃破してもらう。絶対に同じ対象に、二躯で対処するな。必ず一躯が接敵し、もう一躯が支援にまわれ。習熟訓練は無事完了したことだ。自信をもって臨め」

「分かった」

 サンが感情のこもらない、簡潔な返事をする。デージーは普段あれだけ騒がしいのに、口を開きもしなかった。ただ置物の様に椅子に座るサンを見つめて、そわそわと膝を揺らしていた。どうやら集中できていないようだ。サンとデージーは親友だと聞いていたが、こっちの信頼関係は上手くいっていないらしい。

 デージーはサンに気を取られて、作戦中に失態を犯すかもしれない。後でロータスに気を配るよう頼んでおこう。この状況だ。出す援護が、銃弾でも罵倒でも役に立つ。

 俺は編成の確認を済ませると、隊列の進行先にあるマグネットにポインタをスライドした。マグネットはバイオプラントの代わりだ。マグネットと部隊の間には、緑色で区切られたラインがあり、そちらは行く手を遮る森を現していた。

「今回の作戦の達成目標はいたって簡単だ。バイオプラントの占領と、その安全の確保だ。まず内部を確認し、価値があるのなら占領する。そして俺が昨年発見したロケーションに、バイオプラントを守るための基地を構築する」

 それから計画通り、AEUと交渉するだけでいい。もし万が一、バイオプラントが壊れていて価値がないのなら、前線基地だけを構築する。そしてAEUと危険な接触を計ることになる。

「ジンルイはどうなる? ジンルイとの戦闘を前提にしていいのか」

 気掛かりだったのか、プロテアが挙手して質問した。その問いには何度も答えたはずだ。

「我々が計画する交渉は、バイオプラントを占領してからだ。だから占領前に遭遇したのなら、俺が対応する。遭遇者は訓練した通りに、警戒を厳にして緊張状態を維持。俺の到着を待て」

 プロテアは納得できないように、唇を尖らせる。彼女は不満を隠すように口元を手で覆うと、視線を伏せて考え込んだ。

「プロテア――」

 ユートピアで早速戦争を始めてたまるか。俺は諭すように、優しく声をかける。だが彼女は顔の前で手を振って、懸念を否定した。

「わーった。わーってるよ。所属姓名階級を聞いて、指揮官の到着を待つように提言。受け入れられないなら時間稼ぎだろ? だけど万が一……万が一のことがあったらよ――」

 プロテアは眼つきを厳しくすると、凄みのある声を出した。

「俺はクソッタレのジンルイより、仲間のクロウラーズを優先するぜ」

 同調するように、ロータスが欠伸をしながら気だるげに手をあげた。

「ぶっ殺しちゃ駄目なのぉん? テーサツエーセイ壊しやがったし、どーせ碌な奴じゃねーでしょォん? パパッとやっちまって、残った大人しい奴と仲良くすればいいじゃん」

 報復の連鎖を生む原罪を生み出したいのか。俺は暗い過去に思いを馳せながら、脅すように低く唸った。

「物量、練度、技術、どれをとっても俺たちが劣っている。主導権を得られるのは最初だけで、後は後手後手に回り、全てを失うことになる。そんなことをしてみろ。生き地獄を味わうぞ……」

 俺の声を合図にして、彼女たち全員が冷たい目で一斉にロータスを見据えた。ロータスは大きなため息を吐くと、背もたれに寄りかかって不貞腐れた。

「すみまそん。号令するまで撃たないから銃だけは取り上げないでくだしゃい……クソが」

 そうしてくれないと困る。戦乱に身を投じるのは、俺の世代で最後にしたいのだ。

「攻撃するなとは言わん。だが奪うのは行動の自由だけにしろ」

 ブリーフィングは遅滞なく進み、作戦開始の時刻である五時が近づいてくる。俺は最後に作戦に関する質問を受け付けた。サクラが道中の詳しい地理情報について尋ね、アジリアとプロテアが人類の敵味方識別法について確認してくる。それらに全て答え、俺の指示を理解しているか確認した後、他に手が上がることはなくなった。

 俺は椅子から腰を上げると、一同を見渡した。

「では状況を開始する」

 彼女たちも総じて席を立った。そして俺の号令を待って姿勢を正した。

 俺は号令を下さない。その役目を果たすべき人間が、威厳を振るうのを待った。時計の針が刻々と進む中、彼女たちが固唾を飲んで俺を見つめてくる。やがて時計の分針が5の文字を指したところで、急かすようにアジリアが呟いた。

「早くしろ。作戦開始の時間だぞ? それとも躊躇しているのか?」

 俺は首を振ると、気を付けを続けるプロテアに視線をやった。

「プロテア。今回の指揮官はお前だ。お前が号令を下せ」

 プロテアは直立不動のまま、しばらく固まっていた。やがて俺の言葉の意味を理解すると、苦笑いを浮かべて身振り手振りで必死に否定してきた。

「えっ? あっ? 俺ェ!? なんでぇ!」

「最初からそう言う訓練をしていただろう。早くしろ。もう五分も無駄にした」

「でもナガセがいるのに、俺が指揮を取る意味がないだろ?」

 プロテアは逃げるように、俺から視線をそらした。顔は気弱に柳眉を下げているが、足元は苛立ちで地面を軽く蹴っている。自信がないのが半分、言うことを聞かない部下に腹を立てているのが半分といったところだろう。クロウラーズの面々が、プロテアの指揮を真に受けず、俺の指示を仰いでいることを知っているのだ。更に彼女は優秀なので、このようなデリケートな作戦で、指揮系統の乱れが如何に危険か理解している。指揮官という役職は、名目だけに留めようと思っていたのだろう。

「訓練通りにやれば問題ない。ヘイヴンを留守にしている間、探索や防衛の指揮はお前が執っていたのだろう?」

「いや……でもな。今までナガセが号令だしてきたし、それでいいじゃないかよ。それ変える必要あんのか? ないよな。これからもずっとよ、ナガセが立案して、俺らがその通りに動かす訳だし。混乱するだけで必要ないって」

 歯切れの悪い言葉で、言い訳を重ねてくる。俺は思わず、その初々しい所作に笑ってしまった。それなりの死線を潜ってきたプロテアがするには、あまりにもぶりっ子過ぎるからだ。

 お前は十分育った。良識と良心が許すまま、存分に振るうがいい。

「任せる。頼んだぞ」

 プロテアが俺のことをじっと見つめてくる。その真っ直ぐな視線からは、不安と憤り、そしてそれらの根源である責任感か感じられた。やがて大きな深呼吸を何度か繰り返して、自らの頬を何度か平手打ちした。彼女は肩から力を抜くと、口をめい一杯開いて叫んだ。

「総員! 作戦開始」

『マム・イエスマム!』

 プロテアの号令に、メンバーが答える。締まりにかけるが、揃った良い返事だ。問題は現場で、この態度がどれだけ続くかだ。

 俺たちは一斉に会議室を出ると、足並みをそろえて倉庫へと向かっていった。倉庫内に入ると、各部隊ごとに用意した装備の元へ集合する。俺とアカシアは中央グランドエレベーター脇のオストリッチの元へ。プロテアたちは使用する人攻機を収容した駐機所の元へ。サクラたちはキャリアを停めてある、倉庫脇の駐車場へと駆けていった。各部隊のリーダーは現場につくと、出撃準備をいそいそと始めた。

 俺はアカシアと共に、オストリッチの翼下にアサルトライフルを取り付ける。作業の合間を縫って、アカシアに語り掛けた。

「分かっているな。先行して状況を確認。発見した敵への対処はプロテアが下す。勝手な真似は慎めよ。定期連絡は10分ごと。仮に異形生命体と会敵した場合、本隊の前に出ないように誘引しろ。だが、身の危険を感じた場合は――」

 俺の言葉を、アサルトライフルに弾倉を差し込む機械音が遮った。視線を向けると、アカシアがオストリッチにアサルトライフルを取り付け終えて、自信ありげにウィンクをしたところだった。

「分かってるよ。状況を報告後、本隊の側面に出て火力支援を請う。それから殲滅は任せて前線に復帰――でしょ? 心配しないで」

 彼女はすぐに真剣な表情に戻り、オストリッチに予備の弾倉を積み始めた。ヘイヴン奪還の時と違って、手際は良く恐れで動作も鈍くなっていない。経験が活きている。

 俺は改めて、倉庫内で出発の準備を整えるクロウラーズを見渡した。プロテアのアルファチームの動きは、俺たちよりきびきびしていた。駐機所の足元でプロテアとアジリアが話し合っており、サンとデージーが躯体の防塵措置が完璧か確認をしている。

 サクラのシエラチームはやや騒がしい。今回扱う指揮車の横で、サクラがデバイスを片手に弁舌を振るっていた。どうやら機械の扱いに長ける彼女は、メンバーのライフスキンに直接作戦情報を送っているようだ。マリアは胸元の布をまくり上げ、そこに映し出される情報に目を通していた。ただロータスは気だるげに耳の穴をかっぽじっており、サクラが怒鳴りつけていた。

 とはいっても、サクラもロータスも、お互いのことは理解しているらしい。サクラがアイアンワンドの使用を臭わせるように視線を上向かせると、ロータスはある程度真面目になる。二人は最後の一線を越えないギリギリのところで、これを繰り返しているのだった。つまるところ、上手くやっているのだ。

 士気の心配をしていたが、なかなか上手くまとまっているな。ほぼ進むことに賛成のメンバーで固めて正解だったな。無論反対のメンバーもいるが、アジリアとマリアは協調性があるので騒がない。デージーはサンが良い歯止めになっているようだ。サンが進む限り、親友のデージーも渋々付き従ってくれる。

 俺は手元のオストリッチに視線を戻し、自分の作業に戻った。妙にまとまり過ぎている感があって少々不安だ。進むことに賛成でも、その先にいる人類との対応で、またもや意見が割れるはずだ。何らかの形で衝突があってもおかしくないのだが――。

「ンだとコラァ! 汚ぇケツで便座温めるしか能のない肉便器がほざくんじゃないわよん!」

 突然、ロータスの怒声が上がった。俺は驚いて、サクラたちの居る指揮車を振り返った。そこではロータスが今にも掴みかからんとしており、サクラとマリアが二人がかりで引き止めている。ロータスが伸ばした手の先には医務室があり、その入り口にアイリスが佇んでいた。

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