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Crawler's  作者: 水川湖海
一年目
15/239

萌芽‐6

 プロテアの運転するドーザーが、土を掻く音が響き渡る。削られた土が堀となり、盛られた土が塀となる。助手席にはローズが座っている。彼女はデバイスを覗き込み、アイアンワンドの書いた指示書通りに、プロテアを案内している。彼女たちはドームポリスの周囲に作られた塀に、内側から土を盛って補強する仕事をしていた。

 俺は塀が囲う敷地の中央で、傍らに人攻機を置いて、その作業を見守っていた。

 サクラに車の運転を教えた日から一か月余りが経ち、ほぼ全ての女たちが運転技術を獲得した。二人が運転できないままでいるが、俺はそれでいいと思っている。

 一人目のパギは明らかに未成年で、俺がさせなかった。彼女は褐色黒髪のアジア系で、体躯はリリィと同じだ。人懐っこい性格で、好奇心旺盛な活発な子だった。俺はパギもリリィと同じで幼児体型だと思っていた。しかし最近胸が膨らみ始め、第二次性徴前の未成年だと分かったのだ。パギは泣いて駄々を捏ねたが、俺は個人用として作業用デバイスを与え宥めさせた。

 ドームポリスのスピーカーから、アイアンワンド以外の声がした。良く通る、耳に心地よい声だった。

『みんな~。そろそろお昼だよ~!』

 今ではうちのウグイス嬢だ。

「プロテア。ローズ。お疲れ。今朝はここまでにしよう」

 俺はドーザーに、作業用デバイスを使って無線を飛ばした。

『う~い』

 プロテアが荒っぽい返事を返す。そしてドーザーはバックし始めたが、ローズが慌てた声を出した。

『ちょっとプロテア。そこの土ちゃんと固めてから終わりなさいよ』

『うるせ~な。これくらい誤差の範囲内だよ。誤差の範囲内。これ位ヘーキヘーキ。ナガセにもばれないって』

『ナガセが聞いてるんデスケド……』

『今のは俺の言葉で頑張るって言ったんだよ』

 ドーザーは再び頭を土壁に突っ込ませた。

 運転禁止のもう一人はアイリスだ。茶髪で中肉中背、落ち着いたというより、冷徹といった表現が相応しい女性だが――この新世界で俺に恐怖を与えた最初の人間である。

 俺はドームポリスから少し離れた大地に視線をやる。そこには何かが横倒しになり、地面を大きく抉った痕跡が残っていた。俺は心にきつく誓った。アイリスには、キャリアはもちろん人攻機にすら乗せない。車体に触った瞬間にお仕置きだ。彼女は確かに優秀なドライバーだ。確実に天国まで送ってくれる。これ以上乗せてたまるか。

 だが彼女は別方向での才能を開花させた。

「アイリス。指を切ったんだけど……」

 畑にいたアカシアが、シャベルを片手にドームポリスへ駆け込んでいった。すぐに倉庫にある小部屋から、赤十字の帽子をかぶったアイリスが出て来る。その無表情から本心は分からないが、どこか嬉しそうである。

彼女はアカシアの指先から溢れる血を、冷静に観察する。そしてつまらなそうに、放り投げた。

「ただの切り傷。つまらないですね……唾液を塗りなさい。そのうち塞がるわ」

 彼女は貪るように医学書を読んでいるせいか、その口調も書物の文体に似て固くなってきた。まぁ個性は大事だ。

 アイリスはつまらない事で呼ぶなと言わんばかりにアカシアを睨み付けると、さっさと小部屋に戻ろうとする。アカシアは涙目になりながら、俺の元に走ってきた。

 俺は患部を確認すると、ドームポリスに向かって叫んだ。

「アイリス。結構深いから絆創膏をしてやれ」

 アイリスは小部屋から不貞腐れた顔をだすと、救急箱を片手に走り寄ってきた。

 彼女は事故後の俺の手当てを熱心に見ていた上に、俺の裂傷を見てもさほど嫌悪感を抱かなかった。そこで簡単な応急処置を教えたのだが、のめり込むようにして独学で勉強を始めたのだ。それ以降、倉庫内の小部屋を応急室に改造し、アイリスに簡単な治療を任せることにした。

 アイリスはアカシアの手当てをしながら呟く。

「骨……イってみませんか? 大丈夫、治療法はナガセが教えてくれますし、私も興味があります。こうしましょう。貴方は階段で足を滑らせるんです」

「や……やめてよ……怖いこと言わないでよ。ナガセにいい付けるよ」

 不安は残っているが。眼は離さないでおこう。

 運転できるようになった女たちは、ドームポリスの要塞化に尽力している。

 ドームポリスの周囲には畑が広がっている。その畑の付近には、いずれの訓練用敷地として百メートルほどの空間を空け、その周囲に土を盛って塀を築きあげた。塀の切れ目にはドームポリス天板の金属片を、塀の上にはセンサーポストを移動させた。

 そこからしばらくは迎撃地として棚を敷いた。その距離約二百メートル。そして堀は森とドームポリスの中間地に、階段状に掘った。二段で深さ三メートル、幅は十メートルだ。

 女たちは堀を、塀のすぐ下に掘ろうと言った。その方が塀は高くなって、より安全だと主張したのだ。しかし俺はあえて森の中間地に掘った。

 確かに塀のすぐ下に掘った方が防御力は増すし、敵を戦闘力の発揮できない堀の中で攻撃できる。だが塀は攻撃にさらされ、陣地の阻止力は低下していく。他方攻撃側は、塀で拘束したもの以外、戦力を維持できてしまう。それに死体は溜まるし、掃除も大変だ。

 だから迎撃地を設け、その障害として堀を作った。堀で戦力を分断することができるし、障害を越えても体勢の立て直しに時間がかかる。そして異形生命体はただ突進してくるだけだ。堀で遅延させ、集団で来られないようにすれば、後はただの的になる。女たちでも防衛できるようになるだろう。

「ナガセ。ここにいらしたんですか」

 酷く丁寧な言葉づかいで呼ばれ、俺は振り返った。サクラが作業用デバイスを片手に、ドームポリスから出てくる所だった。彼女も書物に影響されて、口調が変わった。最も彼女は俺には敬語、他には標準語と使い分けており、言葉の意味を把握していた。

「どうした?」

 俺が聞くと、サクラは恥ずかしそうに頬を掻いた。

「いえ……いつまでたってもお見えにならないので、マシラが来たのかと。それで心配で」

「今戻らせるところだ。今朝頼んだ食物の消費率と補給率を出せたか?」

「はい。アイアンワンドに提出済みです」

「優秀だな……」

「教師のおかげです。今晩も訓練を?」

「ああ。それと先に食事をとってくれ。俺は見張りを継続する。アジリア、お前も飯を食え!」

 俺はサクラから目を離し、塀の上の銃座にいるアジリアを呼んだ。彼女は読んでいた心理学の本を閉じると、塀の上から垂らしたロープを伝って降りてきた。そしてドーザーの駐車を終えた、プロテアとローズと共に、ドームポリスに歩いていった。

「サクラ。俺のことはいいから食事をとるんだ」

「では、ここにお持ちいたします」

 サクラは俺に一礼すると、アジリアたちに続いてドームポリスに戻っていく。俺はその後姿を見送っていた。ドームポリスの入り口では、小鹿が飛び跳ねている。その尻尾の動きからピコと名付けられ、すっかり人馴れして繋ぐ必要もなくなった。身体も一回りほど大きくなり、女たちが作った鹿小屋にはみ出すようになってきた。

 ピコは構って欲しそうに、アジリアたちにまとわりつく。アジリアは軽くその喉を撫でて、さっさとドームポリスに入って行った。明らかに情が移らないようにしていた。プロテアとローズ、サクラは腹を撫でたり、軽く抱きしめたり、愛情を注いで接していた。いい傾向だ。そして餌の柔らかい草をバケツに入れると、引き上げていった。

 俺は森へと視線を戻す。

 森の木々は全体が枯れ始めている。枝が萎れ、枯葉がつもり、冷たい風が木々の隙間を縫っている。あれから可食性テストをやり直してみたが、汚染物が含まれている気配はなかった。それどころか、枯葉が積もるようになってから、果実などの実りが一時期増し、その大きさも味も良くなっていた。

 だがその後がよくない。一切の食物が取れなくなり、新たに芽吹く気配もない。植物も枯れているため、山菜も取ることができない。ここ最近獲れたのは鹿と魚だけだ。

 ビニルハウスを立ててみたが、結果は失敗だった。設置場所がまずかったのか、温度調整がまずかったのかは分からないが、畑の野菜はほとんど枯れてしまった。今残っているのは果樹だけだった。

 俺は歯噛みした。

『サー。何か手助けが必要でしょうか?』

 手元の作業用デバイスから声がした。アイアンワンドだ。俺は森を見つめたまま聞き返す。

「なぜ手助けが必要だと?」

『サー。サーが森の方角を向き、停止する状態が五十時間を超えました。これは明らかに異常値です。何かお手伝いできることはありますか?』

「分からないのだ……何故森が枯れるのか……汚染空気の気配はなく、土壌汚染の痕跡もない。ただ枯れていき、温度が下がっていく。このままでは俺たちは飢えてしまう。仮に魚や動物を狩ることができても、栄養が偏る。壊血病は避けられん」

 俺は途方に暮れて、視線を落とした。

『サー。秋だと思われます』

 アイアンワンドはいきなりそんな事を言い出した。

「秋……? 秋か……秋は風が穏やかで、汚染空気が比較的安定する。空の作戦に適した時期だ。そのあと冬が来るが、この時期の空は荒れる。汚染雨が降り注ぐし、空気も安定しない」

『サー。それは汚染世界での四季です。環境崩壊前の四季では、秋は実りの時期です』

「そうなのか? では冬は」

『サー。冬は四季の中で最も冷えます。夜が長くなり、昼が短くなります。植物は枯れ、食物の採取が難しくなり、動物はその困難を乗り越えるため冬眠に入ります。厳しい季節です』

 俺はぼんやりとその説明を聞いていたが、次第に現実を把握して生唾を嚥下した。

「まさか……もうすぐ冬が来るのか……?」

『サー。もう一度環境が汚染されない限り、到来するものと思われます。しかし冬はいつか終り、春が訪れます。春は芽吹きの季節。新たな植物が生え、冬眠を終えた動物が顔を出し、繁殖を始めます』

 俺はその場に立ち尽くした。鳥の囀り、動物が走り枯葉の騒めく音が、俺の心を駆け抜けていく。これが消えるだと。

「アイアンワンド。俺達は冬を越せると思うか?」

『サー。入力されたデータを基に推測しますと、難しいものと思われます。我々は三十日で飢え、六十日で半数に減り、七十五日で全滅するものと思われます』

「アイアンワンド。冬には何が獲れる?」

『サー。魚肉と樹皮が候補にあげられます。冬眠中の動物を発見できれば、それも数えられます』

「もうドームポリスの周囲は狩り尽くした。動物は恐れてこの付近には近づかん」

『サー。今は秋。実りの時期です。今のうちに備蓄に励まれては?』

「今でさえ食い潰しそうなんだ。それは難しい」

 早急に対処する必要がある。だが我々だけで対処するのは無理だ。このドームポリスにはバイオプラントはないし、新しい狩場の目星もつかない。何より植物を採取できなければ、壊血病は必死だ。これはもう外部の力を頼る他はない。

 はやく他の人類を探し出さなければ。

「女たちは運転ができるようになった。キャリア一両に六人ずつで計一二人。人攻機の俺の膝の上に一人。アジリアが人攻機に搭乗し一人。合計一四人。行軍はできる。自衛さえできればな」

『サー。目的地は?』

「これから探しに行くつもりだ」

 サクラが食事の乗ったトレーを持って、ドームポリスから出て来る。俺は何も知らず、無邪気な笑みを浮かべるサクラを、見つめることしかできなかった。

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