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Crawler's  作者: 水川湖海
三年目前半【ECO編】
146/241

行進-2

 春がもたらす暖かい風が、大地から雪のヴェールをひき剥がしていく。一面に広がっていた銀世界は幻のように消え、包み隠していた豊かな恵みを露わにしていった。

 丘を埋め尽くす草原、森に生い茂る木々、そして盆地で剥き出しになる土。雪解け水は大地に染み込んでいくが、それは春の懐には収まり切らず、名残としてぬかるみを残した。中でも盆地は特に水はけが悪く、ヘイヴン周辺は湿地帯へと変貌していた。

「前進!」

 盆地で、拡声された俺の怒号が響く。それを掻き消さんばかりに巻き起こる人攻機の駆動音、後に尾を引くキャリアが土をえぐる地響き。

 部隊編成は人攻機三躯と、指揮車、そして前線基地設営のための輸送車が一両だ。それが綺麗な縦列陣形を組み、湿地帯を黙々と前進していた。

 プロテアの駆るミスリルダガァを先頭に、サンの駆るレイピアが後を詰め、マリアの乗る指揮車が続き、リリィの乗る輸送車がそれに従い、しんがりにパンジーのレイピアが歩を進めていた。

 バイオプラントは森の中にあり、見通しの悪い木々の合間を行軍することになる。今は訓練なので省いているが、実際の行軍では俺とアジリアがオストリッチで斥候を行い、進行先の安全を確認することになるだろう。

 俺はプロテア躯をちらりと見た。ミスリルダガァは、ダガァにアップグレードを施したものだ。情報処理能力と駆動能力が向上したため、見通しの悪い森林でも、脅威を真っ先に探知できる。プロテアが先導しつつ、立ち塞がる障害を排除する。

 そして新たに習熟訓練をしているレイピアだが――、レイピアは完全飛翔能力を有した、AEUの空地両用機である。背中と四肢にノズルが取り付けられ、驚異的な瞬発力を有している。空気の組成が汚染世界とは違うため、空を飛ぶことはできないが、急速な駆動は実行できる。強襲を受けた時、その瞬発力で隊の補佐をし、自らも脅威に対抗できるだろう。そうやって指揮者と輸送車が逃げる時間を稼げるという訳だ。

 俺はヘイヴンの倉庫入り口で仁王立ちになり、一糸乱れず前進するプロテアたちに視線を注ぐ。そして頃合いを見計らって、デバイスで模擬の偵察結果を送った。

「11時の方角からアンノウン! 対応せよ!」

 プロテアのミスリルダガァが素早く反応する。彼女は前方への警戒を緩めぬまま、虚偽標的を避けるように、やや進路をずらす。そして人攻機の腕を使って、背後へとハンドサインを送った。ミスリルダガァを盾にするよう、その背後に回れという意味だ。後続の部隊は彼女の進路修正に合わせ、ミスリルダガァを盾にするように隊列を彼女の背後に移した。同時にサンとパンジーのレイピアも、プロテアが注意を払う空間に躯体の正面を向けた。

 それは命取りになるぞ。俺はデバイスを操作し、最後列のパンジーの背後に、虚偽標的の情報を送った。

 素早くパンジーが反応する。彼女は四肢のロケットを吹かして急旋回をすると、背後目がけてデタラメにMA22を撃った。模擬戦用のデータの弾丸が、虚空を切り裂くのを俺は勘で感じ取った。するとサンが、パンジーとプロテアの敵、どちらの対処を優先すべきか迷い、躯体をふら付かせた。俺はすかさず、プロテアに提示した虚偽標的を、サンに襲い掛からせる。サンはいきなり姿を現したジンチクに対応できず、攻撃判定を受けた。

 こうなるともう勝負は決まったようなものだ。パニック状態に陥り、まともな連携をとれない。そして懐で暴れ回る異形生命体を仕留める頃には、部隊は撤退を余儀なくされるほど損耗しているだろう。

 壊滅だ。

 俺は頭を振ると、訓練終了の通信を全機に送った。


 三度目の迎春。彼女たちと生きる三年目。俺たちは行軍訓練に明け暮れていた。


 俺は集合の通信を全機に送り、部隊が倉庫前に集合するのを待った。

 行軍の不安要素は大きく三つ。異形生命体との遭遇、AEUとの遭遇、そして万一AEUと遭遇した際の対処である。異形生命体なら会敵次第攻撃すればいい。しかしAEUは未だ敵味方不明であるため、攻撃してはいけない。人間はたった一発の銃弾を、数万人を殺す大戦に発展させるのが得意なのだ。

 AEUと遭遇した場合、交渉は俺がする。しかし交渉に至るまでの膠着状態を、彼女たちに維持してもらわなければならない。挑発せず、付け入る隙を見せず。しかし敵となるその時まで、彼女たちに信じる心を失わせないように配慮しながら。

 俺が考えこんでいる内に、目の前に部隊が集合した。人攻機は整然と横一列に駐機し、その前方にキャリアが綺麗に並んで停車している。操縦の練度は、去年から比べ物にならないほど向上していた。

 彼女たちはぞろぞろと、各々の躯体や車両から降りる。そして俺の前に、プロテア、マリア、サン、パンジーが整列した。

 素早く無駄のない、洗練された動作だ。しかし彼女たち自身の態度は、去年とは比べ物にならないほど悪化していた。

 マリアとパンジーは、指揮官の俺を前にして気を付けをせず、両手足をぷらぷらさせてそっぽをツンと向いていた。まともなのは隊長格のプロテアと、俺に賛同するサンぐらいなものだ。彼女らは直立不動の姿勢を保ち、俺への敬意を視線に乗せて顔をこちらに向けていた。

 プロテアが態度の悪いマリアとパンジーを横目に見ると、ドスの効いた声で低く唸った。

「オメェらしゃんとしろ。下手こいてみんなに迷惑かけた奴は特にな」

「好きで。やってる。ワケ。違う」

「わたしさー……あんたや旦那と違ってか弱いのよ……訓練中はしゃきっとしてるから勘弁してよぉ~」

 パンジーとマリアが言い訳を口にする。非常に良くない。我々は集団で、全体のために己を犠牲にしなければならないのだから。本来ならば、何らかの処罰を下すべきだ。しかし俺は何もせず、場の成り行きに任せた。

 沈黙を守る俺に、プロテアは何かを期待するように一瞥をくれる。しかし俺が二人に注意も罰もくれず、ただプロテアを見返していると、諦めたように軽い嘆息をついた。彼女は身体を俺からパンジーの方に向け直すと、両手を腰に当てて威嚇するように身体を前へ乗り出した。

「おいパンジー、マリア。ドームポリスん中じゃ、俺とお前はダチだ。だけどここでは俺が上官でオメェは部下だ。俺にはお前らを生きて返す責任がある。シャキッとしろ。じゃねぇと電気流すぞ」

 プロテアもアイアンワンドの暴徒鎮圧機能を使えるようになっている。信頼に足る人物の、当然の権利だ。マリアは即座にシャンと背筋を伸ばし、気を付けの姿勢をとった。しかしパンジーは態度を改めようとしない。それどころか暗幕のように垂れた前髪の隙間から、敵意に尖った眼でプロテアを睨み返した。

「お前。友達だったか? サン殴るような奴。お断り」

 パンジーの台詞に、プロテアの揺るぎない態度に亀裂が走る。彼女はにわかに狼狽え、まるで怯えるように腰を引いた。パンジーは嘲笑う様に鼻を鳴らし、次はお前だと言わんばかりに俺へと視線を移した。

 揚げ足取りと陰口で俺を倒せると思ってるのか。ナメられたものだな。それにリーダー格のプロテアの威厳が、損なわれるのは好ましくない。俺はパンジーを叱咤しようとした。

 だが助け船は、意外な所から出た。パンジーの言葉を耳にして、サンが気を付けの姿勢を崩す。そしてプロテアに並んで、パンジーに詰め寄った。

「人をダシにしないでくれるかな? 何で他人のあなたに言われないといけないのよ」

「べつに。分かりやすい。事実。述べた。だけ」

「あっそ。私を引き合いに出さなきゃ悪口も言えないんだ。私はお前らのそういう所が嫌いだ!」

 落ち着いたサンにしては珍しい、金切り声だった。パンジーは一瞬驚きに目を丸めたが、すぐに苛立ちに目を細める。サンとパンジーの視線は妖しく絡まり、お互いの弱点を探るようないやらしさをもって、相手の身体を舐めまわした。

 プロテアはサンとパンジーが、沈黙のうちに視線で、火花を散らしているのを大人しく見守っていた。やがて場を紛らわすのと、けじめをつける二つの意味を込めてだろう。サンの肩を掴んで自らに向き合わせた。プロテアはきまりが悪そうに、視線を右往左往させて、ぼそぼそと口先で呟いた。

「サン……俺ァ……あん時よ……」

 パシリと、軽く頬を打つ音が辺りに響いた。サンがプロテアの頬を、まるで気付けをするように、軽く張ったのが原因だ。

 プロテアは瞠目して、じっとサンを見つめる。しかしサンは構わずに苦笑いを浮かべた。

「あなたこそシャキッとしてよプロテア。隊長なんだからさ。ナガセもずっと待ってるよ」

 サンはそれで会話を終えると、俺の方へと向き直り、しまった気を付けをした。プロテアはしばらく呆然としていたが、サンに倣って気を付けをする。パンジーも今のやり取りのせいで、自分の立場が悪くなったのを理解したのだろう。たるんではいるが、気を付けをした。

 ようやく乳繰り合うのを止めたか。無為にされた時間を想って、俺は深いため息をついた。

「済んだか? ではデブリーフィングを開始するぞ」

 俺のあきれ果てた口調に、パンジーがやや表情を硬くするが、さすがにそこまで面倒は見切れない。俺は無視して一同を見渡した。

「プロテア、サン、キャリア隊の面々は良くやった。その調子で励んでほしい。パンジー。敵を確認したら、まず隊全体に情報伝達しろ。サンがお前のカバーに回った結果、部隊が壊滅した。さらに貴様は自分の敵を倒すだけで、サンのフォローすらしなかった。おかげでサンは敵の攻撃を受けた。反省しろ」

 一人だけ説教を食らった事で、パンジーが不機嫌そうに唇をゆがめた。

「こんな。急に。敵でる。対応。出来る。はずない」

 それは急に出てきてもいいように、お前が準備していなかったからだ。

「いや出来る。実際プロテアができているのだからな。きちんと仲間を信じ、自分の役目を果たせ。ポジションが後詰めだということを忘れるな」

 パンジーは反論できずに、グッとのどを詰まらせる。やがて腹立たし気にヘルメットを脱ぎすてて、地面に叩き付けた。彼女はそれでも足りないと言いたげに、地面を転がるヘルメットを遠くに蹴り飛ばした。ざわりと、俺の胸で何かが疼く。俺は必死でそれを抑えつけると、平静を装った。

 俺の代わりにプロテアが非難の怒声をあげる。だがパンジーは彼女を無視して、吐き捨てるように言った。

「他の奴。やらせろ。私。もういや」

 またか。ボイコットならロータスみたいにサボればいいのに、変に律義な所があるから困る。おかげで悪い見本として他の女たちに、問題児としてプロテアたちに、悪影響が及んでいるんだ。だが言ったところで聞かないし、暴力は振るわないと決めた。俺に出来るのは優しく言い聞かせることだけだった。

「俺に言うな。アジリアに言え。ドームポリス外活動はあいつの管轄だ」

「だめ。聞きいれて。貰えない」

「しかし進むことは皆の同意で決まった事だ。このままここに留まっても、いずれ我々では限界が来る。老い、資源の枯渇並びに劣化、そしてAEUとの膠着状態。どれもそのままにしてはいけない問題だ。」

「行きたい奴。行け。私はもう。嫌だ。私を内勤。しろ」

 パンジーはガラガラ声で唸った。

 パンジーは普段、自分の意見を表に出さないタイプだが、このごろ反抗的な態度が目立つようになってきた。いや、今まででは黙っていただけで、ずっと前から不満を抱いていたのかもしれない。ローズの悪化とロータスの反逆を経験し、ナイーヴになっているのだろう。

 俺としても非協力的なパンジーには外れて欲しいのだが、アジリアがそう命令しているのなら何か考えがあってのことだ。クロウラーズの安全を切に願う彼女に、俺を妨害する気がないのは明らかだった。

「それを俺に言われてもどうにもできんぞ? アジリアの管轄だ。今日の訓練はこれで終わりとする。パンジー。先ほどの状況をシミュレーターで再現する。壊滅をまぬがれるまで繰り返せ」

 パンジーは大地に唾を吐き捨てると、酷く緩慢な足取りで自らが蹴り飛ばしたヘルメットへと向かう。彼女はヘルメットをその手に抱えると、物思いに沈むようにじっと見つめていた。正確にはヘルメットを見つめているのではないのだろう。きっとガラス面に映る、自分の顔を見つめているに違いない。自分が変わらず自分のままでいられているのか、心配でたまらないのだ。

 俺はその背中に悲哀の視線を注ぎながら、アイアンワンドに通信を送った。

「アイアンワンド。パンジーのレイピアをグラウンドに誘導しろ。そこでシミュレーションをみっちり行え」

『承知しましたわ』

 アイアンワンドの了解を聞いて、俺は整列する部隊を顎でしゃくった。

「訓練は終了だ。デブリーフィングを終えて整備点検後、日常業務に戻れ。ご苦労だった」

 マリアとリリィは「やったぁ終わったァ~」と気の抜けた声を出すと、そそくさと各々のキャリアに戻り、倉庫に戻ろうとした。

 サンは困ったように眉根を寄せてその二人を見送る。それからきつい目つきでレイピアに搭乗するパンジーを睨み付けていた。

 プロテアは頭を掻きむしりながら、まとまらない部隊全体を見渡していた。やがて彼女は焦りを滲ませながら、俺とサンを交互に見やる。そして意を決したように唇を噛むと、サンに駆け寄ってその肩を叩いた。

「サン、スマネェけど、デブリ待っててくれねぇか? チョットすることがあるんだよ」

 デブリーフィングを終えるまでが訓練だ。その事を肝に銘じているプロテアが、途中で抜けると聞いて、サンはぎくりと身を強張らせた。

「別にいいけど……どうしても外せない用なの? 皆に続いてあなたにまでタルまれたら……私たまったものじゃないよ!」

「後で話すよ。今は俺の代わりに部隊を頼む!」

 プロテアはそれだけ言い残すと、鼻息を荒くしながら俺へと詰め寄ってきた。

 サンはプロテアが何をしようとしたか察したらしく、ほっと胸を撫で下ろす。そしてやや非難じみた視線を俺に向けてくる。尖った眼付きは、現状を招いたのは俺のせいだと、雄弁に物語っていた。俺はサンの視線を無視すると、目の前で膝に手を突き、呼吸を整えるプロテアを見下ろした。

「どうした」

「ちょっと時間いいか?」

 プロテアは親指と人差し指の間に作った僅かな隙間を時間に例え、俺に見せつけてくる。

「構わんが、お前はリーダーだ。部下をほっぽって俺の所に来るのはあまり感心できんぞ」

「お前がいえた義理かァっ!? お前ッ! お前が俺たちをほっぽるから――」

 プロテアが悲鳴のような声をあげる。そのあまりの激しさに、周囲にいるクロウラーズ――果てにはキャリアに乗っているマリアとリリィすらも、ウィンドウから顔を出して、俺たちに注目した。

 プロテアはしまったと、口に手を当てて硬直してしまう。やがて俺の腕を乱暴に取ると、人気のないヘイヴンの外壁沿いへと引っ張っていった。

「ここじゃなんだからよ……人目のつかないところ行くぞ……」

「人に聞かれたくない話はだな、最初に場を設定した上で相手を誘え。じゃないと隠すぶん部下に不安を与えるぞ」

 プロテアに引きずられつつ諭してやる。彼女はうるさいと言いたげに、空いた腕をぶんぶん振り回した。

「わーった! わーったよ! 次からそうするよ! ひとまず今は大事な話があるんだ!」

 プロテアは俺の身体を外壁の影に押し込める。そして忙しなく周囲を見渡して、盗み聞く影がないか確認した。彼女はひとまずの安全を確認すると、じっと俺を見つめてきた。

 怒りはない。悲しみもない。ただやや熱に浮いた眼で、自分より身長の低い俺を、上目遣いで器用に見つめてくる。そこには俺が去年の暴虐で壊したはずの、尊敬と敬愛の念が溢れんばかりに込められていた。

 プロテアはここに俺を連れてきたものの、大事な話とやらを言うべきか言わぬべきか迷っているようだ。もごもごと動く唇は、言葉にならない吐息をしばらく吐き出し続けた。やがて彼女は俺の両肩に手を置くと、グイッと引きつけて目線を合わせてきた。

「困るよ! 俺今のお前大好きだぜ! ずっとそのままでいて欲しい! だけど困るよ!」

 言いたいことが分からん。俺は溜息を吐くと、やんわりと肩に置かれた手を振り払った。

「一から話してくれ。分かるまで付き合うから」

 プロテアは考えをまとめるように、少しの間視線を上向かせて沈黙した。そして親指の爪をぼそぼそと噛みながら呟いた。

「厳しいお前にブー垂れてよ……間違ってるって非難しといてさ……ホントーに俺のワガママで悪いんだけどよ……もう少し昔みたいに叱ってくれねーか?」

「お前が隊長だ。皆の気を引き締めるのもお前の仕事だ」

「それは分かるけどさ……今まではお前がいない所でもあいつらはシャキっとしていた。でも今は違う。お前のいない所では――いやお前のいるところでも、あんなふざけた態度をとるようになってるんだぜ! これは問題だろうがよ!」

「俺をアテにされても困るぞ。俺がいなくなったとき、皆に舐められたらどうする? 俺の名前を叫ぶのか? 自分で何とかしろ」

 プロテアは激しく首を振った。

「俺がいいたいのはそういうことじゃねぇ。皆がお前をナメるようになってきてんだぞ……それが問題なんだよ!」

「好きにさせとけ。仕事をこなしているなら文句はない。それに権限を持っているのはお前だ。お前が舐められなきゃそれでいい」

 プロテアは力任せにヘイヴンの外壁を殴りつけた。その一撃はすさまじく、外壁のへりに引っかかっていた、残雪がこぼれ落ちてくるほどだった。

「俺は嫌だ! 俺はお前が馬鹿にされているのを見てるとものすんげぇムカつく! やり方に問題はあったけどよ! ここまで連れてきてくれた恩義と礼儀ってもんがあんだろ! いい年こいたネーちゃん共がパギみたいに喚きやがって!」

「プロテア。だがそれが当たり前なんだよ。世界は自由なんだ。感じたことをあるがままに発するのが良い事なんだ。今までは俺が甲高く叫び、お前らにも同じ意見を言うよう、痛めつけていたに過ぎない」

「私生活と戦闘は別だろ!? 何のために階級があると思ってんだ!? お前教えたよな! 命令は絶対だって! お前が一番上なんだ! 一番! 一番なんだよ……だから……」

 プロテアの怒声が、抜けてゆく力に次第にか細くなっていく。そして頭を垂れて俯いた。俺は何気なく彼女の顔を覗き込んで、驚きに息を詰まらせた。気丈で芯の強い彼女が、涙を堪えて眦を塗らしていたのだ。

 プロテアは肩を小刻みに振るわせて続けた。

「こんな事頼みたくねぇんだけどよ……メチャクチャなんだよ……喧嘩するし……対立するし……俺いつ殴り合いが始まるかと思うと……でも俺は殴りたくねぇんだよ……誰も殴りたくねぇんだよ……」

 俺はプロテアの肩に手を置くと、彼女の震えが止まるまで、まるで体温を分け与えるようにさすってやった。

「物事には限度がある。俺が今までしてきたような、行き過ぎた行為があった場合は、ちゃんと対応する。阿呆が唾と一緒に汚い言葉を撒き散らしただけだ。いちいち真に受けるな」

「真に受けるなって言ったって無理だろぉ……どうしてもいやな気分にはなる……そしてあいつはそれを分かっててやってやがる……」

 悄然と小さくなる声に、震えで発音の怪しい語尾だった。プロテアが弱気になってべそをかいているのだ。俺が思っていたよりも、プロテアは脆いようだ。だが戦闘での隊長の経験はあっても、管理での隊長の経験はまだ浅い。人間は戦時よりも平時の方が、余裕があるぶん制御が難しいものだ。これから学んでいけばいい。それまで俺が支えればいいのだ。

 俺は励ますように、プロテアの肩を叩いた。

「分かった。今日中に俺がアジリアと話をする」

「話をしたところであいつら聞かないだろ……」

「俺もお前と同じだ。できれば殴りたくはない。そしてやり方はいくらでもある。任せておけ。それで……話しはそれだけか?」

 プロテアは軽くしゃくりあげると、浅くだが頷いて見せる。彼女は鼻をすすりあげて、呼吸を整えると、いつもの気丈で芯の通った精悍な顔つきに戻った。

「悪かった。仕事増やしちまったな」

「元を辿れば俺が不甲斐ないからだ。むしろ俺の方こそすまん。気苦労をかける。ほれ、サンが待っているぞ。デブリーフィングを終わらせて来い」

 プロテアは任せろと言いたげに、力こぶを作って手の平で叩いて見せた。そして俺に背中を向けると、しっかりとした足取りで部隊の元へ戻ろうとする。だが二、三歩歩いたところで彼女は足踏みをし、肩越しに俺を振り返った。微かに見える表情は引き締まっていたが、俺へと向けられた視線は、消える直前の灯火のように揺らいでいた。

「なぁ……こんなんでバイオプラントの占領は上手くいくのか……?」

「占領自体は容易い。持っていった物資を内部に運び込むだけだからな。それより前進基地の設営と、AEUとの接触が問題だな」

「中で戦闘はないのか?」

「あるのは機械類と動植物だけだ。問題ない」

 プロテアはふと、悩みを打ち上げるように、大きく空を仰いだ。

「じゃあ……戦うとしたら――」

「そうならないように全力を尽くす」

 例え嘘でも、そうはならないといえない自分が情けなかった。

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