人功機には乗せない!
俺はリリィと、野次馬であるマリアとロータスを引き連れて、ヘイヴン9階の研究開発施設へとやってきた。
9階はヘイヴンを統制する管理区画に近く、食料保管庫やインフラ中枢など、様々な重要施設が密集している。ペンキでセッション名が書かれた廊下には、立ち入り禁止のテープで封のされたドアが目立った。
研究開発施設のドアにも、立ち入り禁止テープの痕跡があった。取ったのは俺だ。そして厳重にかけてあったドアの錠を、アイアンワンドに開けさせたのも俺だ。俺たちが前に進むには、どうしてもこの中にある物が必要だった。
コンソールを操作して、部屋の扉を開ける。中に足を踏み入れると、自動で室内に明かりが灯り、内部が照らし出された。
研究施設の広さはテニスコート4枚ほど。部屋の両サイドには人攻機の安置所が2つずつあり、開発中の躯体が骨格だけで寝かせてあった。安置所に寄り添うようにして、高価そうな機械が添えられていた。研究施設内の物は冬眠前に整頓をしてあり、床に汚れはおろか塵一つなかった。
部屋の中央には玉座のように、格子状の駐機所が置かれていた。駐機所の背後にはタワー型のコンピューターがそびえており、本体から伸ばしたたくさんのコードを、まるでツタの様に駐機所に絡ませていた。中には一躯の、燃えるように赤い人攻機が保管されていた。
俺は駐機所の前まで歩き、人攻機を見上げた。
ダガァに似た、鋭角の目立つ凛とした佇まい。しかし四肢は異様に太く、見るものに力強さを感じさせた。グラディウスと同じ関節部を覆う蛇腹状の装甲。カットラスの物を流用した、腰部の安定翼。
大戦末期、人類の最終作戦に向けて開発され、間に合わなかったアメリカの最新鋭機。
「うわぁぁぁ~! すっごぉぉぉい! 何これぇぇぇ!」
俺の後ろに続いていたリリィが、奇声をあげながら駐機所に駆け寄っていく。ロータスも興味津々といった様子でその後を追い、マリアは不安そうに眉根を寄せながら、リリィを見守っていた。
「D‐27。第六世代多任務人攻機、デュランダルだ」
ファイナルカウントダウンに実験機が、特殊部隊に少数配備されたのを、アメリカ大統領が直々に喧伝していた。初期作戦能力(人攻機が最低限の戦闘能力を有する状態の事)は獲得しているはずだ。
本来なら他国の機密として、扱ってはいけない代物だ。しかし今は非常事態だ。ブラックボックスだけは開けないように、釘を刺せば問題ないだろう。それにまともな人間なら、ここを居住区とした俺たちが、機密を侵していないと主張しても信用しない。黙っていても損をするなら、使って損をしてやる。
リリィは蝶のようにデュランダルの周りを飛び回り、鼻息荒く様々な角度から眺め出した。
俺は続けた。
「動かしたいのだが、あいにく俺はいじったことがない。そしてマニュアルを読む暇も、初期設定する余裕もない。どうだ? 触ってみるか?」
「触る触る触る~!」
リリィは即答すると駐機所の中に入り、まず脚部外装を引っぺがしにかかった。彼女はネジの溝を少しでも欠かすまいと、慎重にドライバーを回す。そして装甲を取り外し、内部の人工筋肉に視線を注いだ。
デュランダルの人工筋肉は、深海の様な深い青色をしていた。これは人工筋肉に、特殊なコーティングが施してあるからだ。
「うっひゃああ! 人工筋肉が他のと違う~!」
「マクスウェルシステムだ。他の電気駆動の人攻機とはわけが違う」
マクスウェルシステムとは人攻機の駆動に、カーボンナノチューブ筋肉だけではなく、磁力を併用するシステムである。元々カーボンナノチューブ筋肉は駆動の際、摩擦によって静電気が発生し、電流を乱す不具合があった。そこで人工筋肉に導体を血管のように這わせ、発生した静電気をコンデンサに蓄積することで解決している。しかしマクスウェルシステムは、静電気を即座に磁場に変換し、駆動の一役を担わせるのである。
磁場の変化は、人工筋の収縮と比べて圧倒的に早く、決して弱くはない。出力さえ確保できれば機動要塞のように、躯体を地磁気に反発させて、宙に浮かべることもできるのだ。弱い出力では、躯体の初動補助や緊急回避が。出力をあげれば駆動強化や、地面に対してスライド移動すら行える。まさに最強の駆動システムだった。
実はマクスウェルシステムは、大戦末期には失われた技術と化していた。長引く戦争による疲弊に、人攻機の質が下がり続けた結果だ。大戦がはじまる前は、マクスウェルシステムは標準搭載され、磁力で弾を反らしたり、地磁気に反発し100メートル以上跳躍していたそうだが、俺からしたら夢のような話だ。
アメリカはユートピアに向けて、このような隠し玉を準備していたという訳か。
「コクピットも見たらどうだ? 同田貫の様な全装対応型ではないから、色々と眼に新しいものもあるだろう」
「うひゃああああ! ふとっぱらァ~!」
リリィは元あった通りに――いや、以前よりもきれいに装甲をはめなおすと、次はデュランダルの股座にある、コクピットへと続くハッチを解放して搭乗口をよじ登っていった。
リリィがコクピットに入ってすぐ、OSの起動音と甲高い通電音がする。それからしばらくして、デュランダルの首の付け根までコクピットが押し上がって、ひょっこりとリリィが笑顔を覗かせた。
「駆動プログラムもオプションも全部そろってる! これもう動かせるよ!」
リリィの明るい声を余所に、俺はとある気掛かりに歪んだ笑みを浮かべた。
首の付け根から外界を覗けるということは、環境再生後の活動を想定しているのだ。おまけに動態で保管されていたことを考えると――デュランダルの開発はもう済んでいたのかもしれない。環境再生後の戦力温存を計っていたと疑ることもできる。だが俺は肩の力を抜いて、ふっと表情を和らげた。
「今となっては……心底どうでもいいことか……」
過去に囚われるな。もうその夢は叶わない。
「これなら乗れるの!?」
俺が黙り込んでいると、リリィは人攻機の外部スピーカーを通して語りかけてきた。
リリィ。お前もだ。もうその夢は叶わない。
「いや。お前は乗れない」
俺の言葉の意味が分からないように、リリィは目を白黒させた。彼女はデュランダルの首の付け根から身を乗り出して、眼下の俺に圧をかけてきた。
「え? 何? どういう事? これなら私にも乗れるから……ドア吹っ飛ばしてまで呼んでくれたんだよね……?」
俺は首を振ると、乗せることはないという固い決意を示すように、腕を組んで仁王立ちになった。
「その躯体は瞬発力、出力、旋回性能、どれもダガァとは比べ物にならない。これで転んだらお前は確実に死ぬ。それに壊されたくもない」
リリィの顔から感情がこそげ落ちていき、無表情に近い無垢になっていく。俺は緊張に唇を軽く食む。ローズはその無垢を、俺への憎しみで塗りつぶした。リリィに同じことがおきてはいけない。それにリリィの場合は、死を賭してなお愛してやまない人攻機の問題だ。好きなものを憎んで生きることほど、辛く悲しい人生はない。
「じゃあなんで」
リリィが震える声で聞いた。俺は何百回と自問自答し、誤魔化しでもなく、嘘でもない、自分自身が胸を張って出せる答えを、ゆっくりと紡ぎ出した。
「お前は人攻機が好きだし、その知識は生半なものではない。手先も器用で詰めもしっかりしている。人攻機の保守、点検、整備を安心して任せられるし、ゆくゆくは改造もできるようになるだろう」
身に滾る激情が、思わず溢れ出たのだろう。リリィはデュランダルの首の付け根の装甲に、握り拳を叩きつけた。
「私が聞いているのはそんなことじゃないよ……乗れるか乗れないかってことだよッ! 乗れなきゃ意味無いじゃん! 保守も点検も整備も改造もッ! 全部私が乗りたいからやってることじゃん! 意味無いじゃん! 私の今までの頑張りに意味無いじゃん!」
「そうだ。お前は乗れない。それでも――」
それでも――俺は戦った。俺自身のためではなく、いつか帰るべき場所のために。
「誰かを乗せる手伝いをすることができる。お前が注いできた全てを、誰かに預ける事ができる。それでは駄目か?」
俺はそう言うと、真摯な眼差しでリリィを見上げた。毒にも薬にもならない、クソの役にも立たない言葉ではない。人のもう一つの生き方だ。俺だってそれだけのために、銃を手に取ったのだ。
リリィはしばらく無表情のまま、俺のことをじっと見下ろしていた。その無垢が次第に、悲哀で塗りつぶされていき、くしゃくしゃに歪んでいく。彼女のつぶらな瞳からは涙が滲み、それは瞳の縁に収まり切らず、大粒の雫となってこぼれ落ちた。
「あんまりだ……」
リリィが頬を伝う涙を、乱暴に作業着の袖で拭った。
「あんまりだぁぁぁぁ!」
リリィは絶叫すると、デュランダルの首の付け根から頭を引っ込めた。そして滑り落ちるように股座の搭乗口から飛び出てくると、がむしゃらに研究開発室から飛び出ていった。マリアは言わんこっちゃないと俺をひと睨みすると、慌ててリリィの背中を追いかけていった。
後には悄然と肩を落とす俺と、デュランダルの傍で立ち尽くすロータスだけが残された。
呼び止めることはできなかった。彼女をここに留めて出来ることは、『兵士の自分に従わせる』他にない。俺にできることといえば、リリィが乗ること以外で人攻機との付き合い方を、見つける手伝いだけだ。これはその一つだったのだが――お気に召さなかったようだ。
親指の爪を噛み、次の手を考える。するとロータスが俺の隣に並び、拳を目の前で振り回した。
「いつも通り殴って言う事聞かせたらどうよん? あの馬鹿聞きやしないわよん」
ロータスの挑発的に吊り上がった眼、皮肉気に歪んだ口元、浅黒く汗の滴る肌が、誰かとダブった。瞬きをする刹那の瞬間に、目の前にいた女性は大きな変貌を遂げる。口元にはいやらしい笑みを浮かべ、肌は褐色から白へと染まり、セミロングだった黒髪はロングの眩い金糸となった。
『私たちにされたように。じゃないと報われないわ』
激しい運動したように心臓が早鐘を打つ。そして全身から冷や汗が溢れた。この二つの悪寒が引いていくと、後には静けさの中に負の感情だけが残った。
「あっ……ごめ――怒んないでよ! ジョーダンよジョーダン! ボーリョクはいけないことだからね!」
ロータスが上げた悲鳴に、俺は正気に戻った。
「怒ってない……怒ってないよ……」
「そぅ? 一応言っとくけどアタシマジで言った訳じゃないからね? ちょっとした場を和ますジョークよ? それだけは分かってねん?」
ロータスがほっと胸を撫で下ろし、念を押すように俺に媚びてくる。俺は適当に頷き返しながら、考えていた。
俺ももう一度。違うやり方で自分と。




