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Crawler's  作者: 水川湖海
リリィ編
140/241

人功機に乗せたい!

「リリィ~……そろそろ出ておいでよ~……乗れない物はしゃあないじゃんよ~」

 マリアが固く閉ざされたドアに額を当てて、ぼそぼそと呟いた。彼女の前にはリリィの部屋があり、中は静寂で満たされてこちらには何も伝わってこなかった。だが人がいる証拠に、ドアの前には食いカスの乗ったトレイが、放り出されていた。

 俺はそれを視界の端に収めながら廊下に座り込み、鉄板にデトコードを貼り付ける自らの作業に集中した。

 マリアはまるでノックするように、ドアに額を何度も打ち付けた。

「あのさぁ……そんなところに籠ったところで、人攻機に乗れるようになれると思ってる? いい加減つまらない意地張るのやめて出てきなよ……ねぇってば」

 リリィの部屋からは、何の反応も返ってこない。マリアはドアから体を離すと、虚しい嘆息を吐いた。

 廊下の向こうから、褐色肌の女が走ってくる。ロータスだ。彼女は見るからに不機嫌そうで、鼻息荒く猛牛のように突進してきた。ロータスはドアの前からマリアを突き飛ばすと、がむしゃらに戸板を殴りつけた。

「おいクォラちんちくりん。テメー仕事サボるなんて、いいご身分じゃねーか。とっとと出てきて働けやオラ。テメェにお似合いなマ○カス混じりの排水が溜まってんのよ」

「お前がやれよアホ」

 無視を決め込んでいたリリィも、ロータスにやかましくされるのは敵わなかったのか――室内から罵声が返ってきた。ロータスはそれを聞いて怒りに逆上することはなかった。ただ少しほっとしたように、剣幕を柔らかくした。

「あはん? あんた部屋に籠って脳ミソ腐り落ちた? 上級選民のアタシがンな事するわけないでしょ、このゲスチンビッチ! とっとと出てこいや! この部屋下水で満たすぞ役立たずのゴクツブシが!」

「うるさいぞアホ。ほっといてよ!」

「じゃかましー! 籠るなら下水に籠れ! アンタが掃除してると思わないと、アタシの下痢糞の出が悪くなるのよん! おいコラ聞いてんのかスカトロ奴隷! さっさと仕事しろ!」

 どうもロータスが出ると、会話の内容が汚くなるな。パギに悪影響を与えるし、そのうちマナーでも覚えさせた方が良さそうだ。

 千客万来。今度は廊下の向こうから、ピオニーが駆けてきた。彼女は袖を切り落とした作業着に、ローズの縫った白い割烹着を重ねていた。手には新しい料理の載った、トレイを抱えている。

 ピオニーはロータスを押し退けてドアの前に立つと、遠慮がちにノックをした。

「リリィ~……? ご飯さん持ってきましたけどぉ~……」

 がばっと、部屋の中で毛布を跳ね除ける音がした。慌ただしい足音がその後に続き、ドアの腹の部分にある、横長の差し入れ口の錠が外される。ピオニーは満面の笑みを浮かべると、差し入れ口にトレイを押し込んだ。

 ロータスは口をへの字に曲げて、忌々しそうにピオニーを見ていた。しかし差し入れ口にトレイが入れられると、血相を変えてピオニーの手を叩いた。

「バッ――テメェ! アホかこのグズ!」

 ピオニーが叩かれた手を抑えながら、涙目でロータスを睨み付ける。決して弱くはなかったのだろう。ちらりと横目に見ると、ピオニーの手は赤く腫れていた。

「何するんですかぁ~! お料理さんこぼれたらどうするんですかぁ~!」

「おいノータリン! なんで素直に入れちゃうのよ! 外に出しときゃいいじゃないのよん! 出てきた所をふんじばればそれで済むんだからよ!」

「私は絶対出ないぞ!」

 間髪入れず、リリィの駄々がドア越しに聞こえた。ロータスはイライラをぶちまけるように、ドアを思いっきり蹴飛ばした。ドアは釘か何かで固定されているのか、激しい衝撃を受けたにもかかわらず、表面が細かく震えるだけだった。その隙に足音がドアから遠ざかっていった。

 ロータスは構わずドアの下を蹴り続ける。激しい打撃音が続くが、敷居に引っかかってびくともしない。彼女は拳で、殴る様なノックを再開した。

「ウンコタレ腐れマ○コが! 言ったな!? 出ないって言ったな!? 飯はもう中に入れないわよん! テメェが出てきて取りに来いこのへそ曲がりドチビ! 食い物を粗末にしたら承知しないわよん! 腐った残飯テメェの口に押し込んでやるわ!」

 返事はない。ただやけ食いをするがごとく、料理を貪り水を啜る汚い音がしはじめた。

「何とか言えよ『リリィ』!」

 ロータスはハッキリと、リリィの名前を叫んだ。ロータスの奴、飯をやるなとは言わないんだな。飢えの苦しみを一番知っているし、そこから救い出してくれた存在を忘れていないのだろう。俺は感動に、ちょっとだけ胸がジンとした。

「ロータス。手を痛めるぞ。やめておけ」

 俺が呟くと、ロータスはノックをピタリと止める。そして地面を踏みにじるようにして、俺の傍まで歩み寄ってきた。彼女は腰をかがめると、作業をする俺の手元を覗き込んできた。

 俺の手元では、工作ができつつあった。用意した分厚い鉄板には、渦巻き状にデトコードが貼り付けられ、端には受信機付きの雷管が装着してある。ドアを強行突破する際に使う、特殊部隊の必需品だ。

「アンタそれ何作ってるか知らないけど、さっさとやりなさいよ」

「もうできた。『ハンバーガー』だ」

 ロータスが眉根を寄せて、呆れたように口をあんぐりと開けた。

「食いもんには見えないけど……?」

「人が喰うもんじゃないからな。よく見てろ。これから使い方を教えてやる」

「マジ? やりぃ」

 ロータスはにやりと笑うと、指を鳴らして立ち上がる。俺も鉄板を手に腰を上げると、リリィの部屋の前まで歩いた。

 ドアの前ではマリアが一生懸命、ノックと呼びかけを繰り返している。ロータスはマリアの尻を蹴飛ばして、ドアの前からどかした。

「は~い。無能ちゃんはとっとと消えな~。クセェだけでろくすっぽ何もできないダメ人間がよ」

「おい。口で言えばわかる。いちいち蹴るな」

「えぁ!? わ……悪かったわよん」

 嗜めると、ロータスは少し怯んで俺に軽く頭を下げた。しかし意外にもマリアが、俺のことを睨み付けてきた。

「旦那さ……ロータスはこれが普通でしょうが。そうやって抑えつけるのやめなよ。その結果がこれでしょうが」

「黙れボケ! アホが口出ししてんじゃないわよ!」

 すかさずロータスが、マリアの尻にもう一発蹴りを入れる。今度は最初よりも強かったらしい。マリアは軽い悲鳴を上げると、身体をのけぞらせた。

「蹴るな……」

 俺は強く言えずに小声で呟くと、ドアに鉄板をガムテープで貼り付けた。端の雷管が起爆信号を受け入れられるよう電源を入れて、俺はさっさと廊下の曲がり角に身を隠した。

「そこは危ないぞ。お前らも早く来い」

 ロータスはまじまじと、俺が貼り付けたハンバーガーを見つめている。どうやら構成物と仕組みを勉強しているようだ。彼女は一通り眺めた後、曲がり角の俺の隣に並んだ。マリアもじっとハンバーガーに視線を注いでいる。彼女は即座に顔を青くし、悲鳴を上げた。

「旦那ァ……これデトコードじゃん……リリィごと吹っ飛ばすつもりかぁ!?」

「ガラスならともかく、デトコードで鉄のドアが吹き飛ばせるか。黙って見てろ」

 俺は胸元に差し込まれたデバイスを取り出して、マップを起動した。

「アイアンワンド? リリィはどの位置にいる? 情報を送れ」

『ベッドの上にいます。位置情報を付随したマップを転送しますわ』

 デバイスにロード画面が表示され、すぐに室内の見取り図が表示される。部屋は正方形。中央で壁によって、大きく二つに区切られている。手前がリビング、奥が寝室になっているようだ。ベッドの上ということは、一応壁に守られてはいる。

 俺はマリアが曲がり角に来るまで待ってから、起爆装置を押し込もうとした。

「皆さん何してるんですかぁ~?」

 リリィの部屋の前から、呑気な声が上がった。

 こいつを忘れていた。俺は無言でピオニーの首根っこを引っ掴むと、ずるずると曲がり角まで引っ張っていった。彼女たち三人を、壁の脇で屈ませる。俺は安全を確認してから、起爆装置を押し込んだ。

 爆音とともに、金属がひしゃげる甲高い音が続く。最後に尾を引いたのは、ビスが吹き飛んだであろう、金属の鳥がさえずるような音だった。

 俺は三人娘を引き連れて、ドアの前へと戻った。貼り付けたハンバーガーはその役目を果たして、まるで隕石の直撃を受けた大地のように、ドアの中央を大きくへこませていた。

 どうやらドアは、錠と釘で封がしてあったらしい。ドアは錠がおりたまま、衝撃の余震で軋んだ音を立てて揺れていた。ドア枠の方にはいばらのようにネジが打ち込んであり、無理やりこじ開けた事でめくれ上がり、鉄の部品が竹を折ったようにささくれ立っていた。

 ドアというのは当たり前だが、枠にぴったりとはまり、廊下と部屋を隔てるものだ。ドアが中央にへこんで歪めば、その分隙間ができる。そしてその隙間が大きければ、ドアと枠を固定する錠も抜けてしまう。

 俺はドアから鉄板を引っぺがすと、傍らで目を輝かせるロータスに押し付けた。

「デトコードを渦巻き状に巻いて点火すると、爆圧が集中する。それで扉を歪めてやれば、開閉式のドアは大抵開く。間違ってもスライド式のドアでやるなよ。歪みで逆に開かなくなるからな」

 俺は注意深く、リリィの部屋の中に踏み入った。電気はついておらず、室内の様子は分からない。ただ掃除を全くしていないに違いない。デトコードの爆風の名残として、空気中を埃が漂っており、湿気の多い空気は据えた悪臭がした。

 入口脇の壁に手を這わせ、照明のスイッチを探る。指先に触れたスイッチを入れると、暗闇は照明の白で払われた。

「うげ」

 リリィの部屋は、何というか――壮絶だった。床には物が散らかり放題で、足の踏み場もなかった。脱ぎ捨てられた作業着に混じって、使い古しの雑巾や、壊れたパーツ、人攻機のマニュアルなどが、ぞんざいに投げ捨てられている。作業着は洗濯すらしていないようで、こびり付いたオイルと吸った汗が、悪臭の原因となっているようだった。

 俺は床の上の物を足で押し退けると、奥の寝室へと足を進める。俺の背後ではロータスが、「臭い汚い死ね!」と絶叫して部屋から逃げ出す気配がする。そしてピオニーがマイペースに「お洗濯ぅ~、お洗濯ぅ~」と歌う声が聞こえた。ただ一人、マリアがおずおずと俺の後についてきた。

 リビングと寝室を隔てる壁には、ドアが取り付けられておらず、薄いカーテンが駆けてあるだけだった。俺はカーテンを潜ろうとして、ふと壁に寄せてある棚に視線が吸い寄せられた。

 棚も床と同じように散らかり放題だ。俺が渡した修理要請書や、パーツの申請書、そして機械工学などの本が雑多に詰め込まれている。その中で一つだけ良く整理されている段があり、人攻機のプラモデルが並べられていた。

 俺たちが使ったダガァ、五月雨、シャスクはもちろんのこと、備蓄のあるレイピア、そして見たこともないはずのグラディウスまでもが飾られていた。俺は爆風によって倒れたと思われる、ダガァのプラモデルをそっと立てなおした。

 本当に、好きなんだな。

 俺はこれから彼女に伝える言葉を、頭の中で反芻しながら、身体をカーテンの奥へと捻じ込んだ。

 リリィの寝室も酷い有様だ。リビングと同じように、無造作に衣服が脱ぎ捨てられている。ただこちらにはひらひらした、私服と下着が多かった。洗濯済みの物と汚れた物がごちゃ混ぜになっていて、リリィはこの中から適当に服を選んでいるに違いない。全てがしわくちゃになっていた。

 入り口と対面にある部屋の窓際には、シングルのベッドが置かれている。長年変えていないであろうシーツは寝汗で黄ばみ、食べ物の食いカスが飛び散り、オイルで黒ずんでいた。その汚れたシーツの上で、リリィは頭から毛布にくるまり、あぐらをかいていた。彼女は毛布の隙間から顔だけを覗かせて、料理を食い散らかしたトレイに視線を落としていた。

 まぁ当然だが、歓迎されている雰囲気ではない。とりあえず世間話をふろう。

「ドアは近日修理する」

「イカレてる私を笑いに来たのか」

 リリィは今にもかみつきそうな勢いで歯を食いしばらせる。俺は大きな溜息をついて、首を横に振った。

「お前はイカれてなんていない」

「嘘だ! じゃなきゃできないなんておかしい! おかしいんだよ! 人攻機がイカれていないなら私がイカレてるに決まってんだろ!? 出ていけよバァカ!」

 リリィは毛布から手を出すと、近くにあった枕を引っ掴み俺に投げつけてきた。俺はあっさりとキャッチすると、枕を盾に取って次々にリリィが投げつけてくる、ゴミや料理、衣服などの小物を弾いた。

「なぁ。もうちょっと俺に付き合ってくれないか?」

 俺が呟くと、リリィはパンツを握りしめて振りかぶっていた手をピタリと止める。そして目を輝かせると、毛布を跳ね除けて立ち上がった。

 リリィはかなりズボラな性格らしい。毛布の下には衣服を纏っておらず、彼女は下着姿だった。しかも必要ないのに、サイズの大きなブラをつけており、肩から刺繍のされた布きれをぶらぶらさせていた。

 こいつはほんっとーに……見栄っ張りの……アホか……。俺は羞恥に悩むというより、頭痛に顔を俯かせた。

「乗せてくれるの!?」

 あれだけ落ち込んでいたのが嘘のように、彼女は威勢よく叫ぶ。現金な奴だな。もちろんリリィを人攻機に乗せるつもりは毛頭ない。それでも――違う在り方はできる。

「まぁ……それは来てからのお楽しみだな」

「ン……? まぁいいや。行くよ!」

 珍しく言葉を濁す俺に、リリィは不思議そうに小首を傾げた。だがそれも束の間――彼女は近くにあった作業着にいそいそと袖を通すと、床の洗濯物の山の中からピンク色の工具箱を取り出した。そして見た目も振る舞いも、いつものリリィに戻ると、俺の背中を押して急かしてきた。

 俺は踏ん張ってリリィに逆らうと、かなり手加減をしてリリィの頭に振り下ろした。手加減はしたが、俺の手は歴戦を経てかなり硬い。リリィは頭を抱えて蹲った。

「まずみんなに謝ってからだ」

 リリィは涙目で俺を睨み上げる。俺はその顎を指でつまむと、リビングの方へ無理やり向けさせた。そこでは心配そうに佇むマリアと、部屋中の洗濯物を綺麗にまとめたピオニー、そしてリリィを手招きして「殴らせろ」と喚くロータスがいた。

「心配していたんだからな」

 リリィは悄然と肩を落として、こくりと頷いた。

 自分勝手で頑固。そして人の話を聞かない困った奴だ。

 だが正直で宜しい。

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