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Crawler's  作者: 水川湖海
アイアンワンド編
132/241

ナガセは電気柳の下で幽霊を見たか?

 チン――という澄んだベルの音と共に、一階の倉庫へとエレベーターが降りてきた。一人分が乗り込む足音に対して、二人分の体重にボックスが揺れた。


 俺はアカシアをおんぶする手を片方離すと、上昇ボタンをプッシュした。目の前で金格子の扉が閉まり、エレベーターはゆっくりと保管庫へと上がっていった。


 エレベーターのライトに照らされて、眠りが浅くなったのだろうか。背中でアカシアが軽く身じろぎをした。そのまま起きてしまうかと緊張に身を固くしたが、すぐに柔らかい寝息が耳をくすぐる。俺は安堵の溜息を吐くと、彼女を起こさぬように優しく背負い直した。


「少し厳しすぎたか……」


 日中偵察の訓練を行い、休憩もなく日暮れ後は夜警に突入。野生生物と異形生命体が入り乱れる森の中を、神経を尖らせたまま歩き回った。アカシアの神経は日をまたぐ頃にはすり減ってしまい、彼女は気を失ってしまったのだった。


 おかげで初日で訓練は中断となり、こうしてヘイヴンに帰還する羽目になったのだが――気軽な野宿でならしたほうが良かったかもしれない。


「加減が分からんな……」


 ライフスキンに取り付けられた、胸の時計をちらと見る。時刻は午前四時を過ぎたところだ。今頃ほとんどのクロウラーズが床に就き、翌朝の訓練に備えているはずだ。あいつらの手を煩わせるのも悪いし、こっそりとアカシアを部屋まで運んで寝かせるか。


 エレベーターが軽い振動と共に停止し、金格子越しに保管庫の鉄扉が見えた。やがて澄んだベルの音と共に、格子戸と鉄扉がスライドして開いた。


 今は深夜。節電のため灯火が制限される時分である。俺は保管庫で薄暗闇が出迎えると思っていた。しかし予想に反して目を焼いた光に、軽い呻き声と共に手で顔を覆った。


「どーすんの! 残っているの戦闘力が低いメンバーしかいないのに!」


 保管庫の中から、リリィの金切り声が聞こえてくる。


「どうする。言っても。戦う。しかない。じゃないと。やられる。私達」


 リリィの絶叫に応えたのは、冷静なパンジーの声だった。表面は落ち着いているように聞こえるが、言葉尻が微妙に擦れている。気丈に振る舞ってはいるが、パンジーも怯えているようだった。


 俺は光に目が慣れるまでの間、彼女たちの喚きあいを聞くことにした。


「朝が来るまで待てばいいでしょ! お日様が出て、幽霊が消えてから、アジリアとサクラ、ロータスを探しに行けばいいじゃない!」


「ナガセ。帰る。二日後。それまで。私達だけで。何とかしなきゃ。マリアが。皆死んだ。言ったけど。まだ生きてる。しれない。なら。助けに。行くべき」


「そう言ってあんたまで帰って来なかったらどうするんだよ! ナガセが帰って来るまで動くな! これ以上犠牲を増やすなよ!」


 リリィとパンジーの金切り声が耳に馴染むと同時に、俺の眼も保管庫の眩しさに慣れてきた。俺はうっすらと目を開くと、アカシアの部屋は後回しにして、声のする方へと足を向けた。


 現場は倉庫からヘイヴン内へと続く扉の前だった。そこでは数人のクロウラーズがたむろしており、まるでお祭りのように騒いでいるのだった。


 扉の前ではリリィが仁王立ちになり、小さい体をめいいっぱい使って通せんぼをしていた。彼女は頭の両側に点灯した懐中電灯を括りつけており、作業着のいたるところに光るケミカルライトを巻きつけていた。おかげでリリィは明るい保管庫で、いっそうに光り輝いていた。


 俺は呆れて怒鳴る気にもなれなかった。一体何がしたいのか分からんがこの馬鹿娘が。


「貴重なケミカルライトで遊び腐りやがって。後で電撃をお見舞いしてやる」


 リリィと相対するパンジーはライフスキン姿で、その上から弾倉で盛りだくさんのタクティカルベストを纏っていた。彼女は切羽詰まった様子で、ショットガンを抱きしめている。そして立ちはだかるリリィを、なんとかどかそうとしていた。


「犠牲。増やさない。ため。生きてるうち。探す。邪魔。しないで。お前たち。も。こい!」


 パンジーはショットガンを指揮棒のように振り回して、近場の銃器保管所の方を向いた。ガンキャビネットが整然と立ち並ぶ物陰から、デージーの絶叫が返って来た。


「私は嫌だぞ! あのプロテアですら失神しちゃったんだからな! 勝てるわけがないだろ! 言い出しっぺはお前だからな。お前一人で行けよ行けよ行けよ!」


 俺がガンキャビネットへ目を凝らすと、物陰からライフスキンの足が放り出されていた。筋肉のつき方と強張りを見るに、足はプロテアのもので気を失っている様子だった。


 胃の中を吐き出すような、重いため息が漏れる。俺は騒ぎを治めろと言ったはずだが、どうして大事になっているのか。無駄だと思うが話を聞いてみるか。


「帰ったぞ」


 俺が声をかけるとクロウラーズは、断末魔の似た悲鳴を上げて飛び上がった。そして俺を振り返ると、凍り固まってしまった。しばらくクロウラーズ達と見つめ合ったが、彼女たちの時間は止まったままだ。俺は少しの間をおいて、とりあえず質問することにした。


「何の騒ぎだ?」


 突然ガンキャビネットの影から、一人の女が飛び出してきた。女はパンジーに飛びついて、彼女の持つショットガンを奪い取った。そして俺の正面に立つと、銃口を突きつけてきた。


「へへーんもう騙されると思うなよこのたわけが! お前が偽物の幽霊だっていうのは分かってるんだ! 殺された皆のカタキだ! 覚悟しろ!」


 マリアだ。どうやらパンジーとリリィが言い争っている間、銃器保管所でぐずっていたらしい。泣きはらした赤い目で、俺のことを睨み付けてきた。


 俺はマリアが構えたショットガンを冷静に観察した。セーフティはかかったままだ。ショットガンが暴発する恐れがないので、こっちも強気に出られる。俺はアカシアを支える腕を一本減らす。そして突きつけられたショットガンの銃身を掴み、もぎ取るように捻り上げた。体格差に加えて、地力が圧倒的に違うのだ。ショットガンはあっさりとマリアの手を離れて、俺の手の中に納まった。


 暴力は振るいたくないが、人に銃口を突きつけてお咎めなしでは済まされない。銃身を握りしめたまま、グリップをマリアの頭めがけて振り下ろした。マリアは脳天を突き抜けたであろう衝撃に、頭を抱えて蹲った。


 俺はショットガンを肩にかけると、アカシアを支え直す。そしてマリアの頭上から底冷えする声をかけた。


「もう一回だけ聞いてやる。何の騒ぎだ?」


 俺の言葉に周囲から、「本物だ」「うん。本物」「おかえりなさぁい……」と、気の抜けた声がぽつぽつと巻き起こった。これで本物と認定されるのは、我ながら恥ずかしい事である。俺は忸怩たる思いで、頬がやや上気するのを感じた。


「本物の旦那は、アカシアと訓練に出たはずではないでしょうか……」


 マリアが痛みに悶えながら唸る。俺は背中をゆりかごにして、背負ったアカシアを優しく揺らした。


「アカシアがへばってな。訓練の継続が難しくなったため、今日の所は引き上げてきた。質問にさっさと答えろ」


 マリアは震えながら立ち上がり、胸に手を当てて浅い深呼吸を繰り返した。震えが治まった頃、彼女はやや内股気味の気を付けをする。そしておずおずと語りはじめた。


「それは……その……捜索隊が幽霊にやられて……このままだと私たちも殺されちゃうから……皆で集まって身を守ってました……」


 じゃああいつはただ眩しいだけのアホという事だな。俺はマリアの肩越しに、光り輝くリリィを一瞥した。


「リリィ。貴重な備品を無駄に使った罰だ。明日から懲罰の仕事を増やすぞ」


「ええええッ! 何でだよクソッタレェ!」リリィが喚き、憤慨して地団太を踏む。その拍子に身体中に取り付けたケミカルライトが、ぼろぼろと床にこぼれ落ちた。


 マリアは俺の尻馬に乗って、リリィを責めようとしたに違いない。彼女はリリィに迫り寄ろうとしたが、俺はすかさずマリアの膝裏を蹴った。マリアはバランスを崩して、その場に膝をついた。


「ケミカルライトで遊んでるからだ。おいマリア。リリィのこと気にしている場合ではないぞ。やられたとはどういうことだ?」


 マリアは未練がましくリリィを一瞥したが、嫌々俺の方に向き直った。やがて恐怖に顔を歪めながら、口やかましくがなりはじめた。


「全滅したんだよ! みんな死んじゃった! 死んじゃったよッ!」


「それで幽霊はどんな奴だった?」


 俺は気のない様子で、爪の間に溜まった垢などを見ながら聞いた。


「化け物! 物凄い化け物! 身体がバラバラになって爪がすごいんだまるでムカデの足みたい! そしてショウジョウよりでっかくて、ジンチクみたいに早くて、マシラみたいにムキムキなんだ! あんなの無理だよ勝てないよ!」


 はいはいそうですか。こいつに聞いた俺が馬鹿だった。指先を擦り合わせて、爪の隙間から垢をほじくり出した。指先にのった垢に吐息をかけて、宙に塵と飛ばす。それから俺は背中のアカシアを、マリアへと押し付けた。


「あ~……行って良し。アカシアを頼む。寝室で寝かせてやってくれ」


 マリアはぐったりとして動かないアカシアに驚き、悲鳴を上げてその身体を激しく揺すった。だがアカシアが涎を垂らしながら、寝息を立てているのに気が付くと、軽い悪態を吐きながら抱きかかえる。とりあえずマリアはアカシアを、ガンキャビネットの方へと引きずっていった。


 俺は棒立ちになるパンジーを押し退けて、ドアで通せんぼを続けるリリィの前に進む。リリィは俺が正面まで来ると、何も言わずに道を譲った。


「リリィ」


 スライドドアにカードキーを差し込みながら語りかけた。リリィはびくりと肩を震わすと、身体に残っているケミカルライトをむしり取りながら叫んだ。


「なにィ! 何で私の名前を呼ぶの!? 私が何かしたか!? そうか懲罰の仕事だなこのスットコドッコイ! 私を餌にしようって魂胆か!」


「換気システムを全力でぶん回せ。俺がいいというまで止めるな。アイアンワンドは無視しろ」


「それだけでいいの!? だったら喜んで!」


「懲罰の仕事は別に用意してある」


「チクショーッッッ!」


 小さな電子音がして、ドアがスライドする。俺は保管庫から出ると、室内を振り返った。


「騒いでないで寝ろ。明日も早い」


 クロウラーズの返事を待たずに、スライドドアが閉じられた。ドアに背中を預けて、リリィがヘイヴンに深呼吸をさせるのをじっと待った。程なくして、ヘイヴン中にファンの回転する風切り音が聞こえ始める。機械の息吹が次第に強まり、廊下では埃が空に遊び、俺の短髪をはためかせるようになった。


 俺は満を持してヘイヴン内の徘徊を始めた。

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