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Crawler's  作者: 水川湖海
アイアンワンド編
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クロウラーズは電気柳の下で幽霊を見るか? 結〔解決編〕

 懐中電灯の光が、肉を切り分けるように闇を切り開いた。私は闇の内腑の中に、マリアの姿を探して突き進んでいった。走りながらデバイスで、マリアへとひっきりなしに連絡を入れている。しかし彼女が応答する気配はなかった。マリアったら……大方恐怖のあまりに、デバイスを放り投げたに違いない。


「あの子は子供みたいに単純だからね。考えることは手に取るようにわかるのよ!」


 きっと動物のように帰巣本能に従って、倉庫方面へとまっしぐらに逃げたのだろう。私はマリアの稚拙な行動に歯噛みする。ちょっと考えればそこに逃げる為に孤立するよりも、私たちといて守りあった方がはるかに安全だと分かりそうなものなのだ。毎日毎日お説教してあげてるのに、全くもって身についていないじゃない。私の時間を返してよ馬鹿ァ!


『私にしたらめんどくさいってだけなんだけど』


 ふとマリアがこぼした愚痴が、私の脳裏に甦った。走りながら舌打ちをしてしまう。何よ。半人前のくせに。あなたのためを思って言ってやってるんじゃない。


『自慢しているだけにしか思えないんだけど』



 そんな風に思われるのは心外よ。本当なら自分の仕事に集中して、あんたなんかほっといてやってもいいのよ。それをわざわざ……わざわざ見てやっているのに……。


 走り続ける内に、すっかり息が上がってしまった。気の迷いと、後ろめたさも手伝って、私は走りを鈍い歩みへと変えた。


「ちょっと……小馬鹿にしすぎたかしら……」


 たくさんの仕事に忙殺されて、正直マリアたちに八つ当たりをしていたかもしれない。一体幾度、『こんなこともできないの?』『いい加減覚えたらどう?』となじったことだろうか。


 優しくするやり方は知っている。でもそれができなかった。楽だから説教したのだ。ナガセも時々悔いておられる失敗だ。私も同じ過ちを犯すようでは、ナガセの隣に立つのは難しいのかもしれない。


「ちょっと……疲れちゃったかな……?」


 私は情けない溜息を吐いて、壁に手を当てて足を止めた。がむしゃらに走るのを止めた瞬間、どうしようもない現実が追いついてくる。幽霊のこと、アジリアのこと、AEUのこと、積み重なった問題が私を取り巻いて、筆舌にしがたいほど不安な気持ちにさせた。


 ナガセが早く帰ってきて下さらないかなぁ……ここにいらした時は屹然として、迷いなく決断し、私達を導いてくれた。今は私たちに多くの権限を委ねているから、揉め事が多発しているのだろう。やっぱり私達はあの人がいないと何もできないんだなァ。


 だから私は頑張って、ナガセを助けている。それでも仕事が減らないから、あの娘たちにいろいろ教えて――そう。立派になって、私を助けてほしかったのだ。



「ばぁか。マリアの言う通りじゃない」


 私は助けてもらう立場なのだ。それなのに頭ごなしに説教しても、助けてもらえるわけないじゃないの。目の前のことに没頭するあまり、ちょっと傲慢になり過ぎたようだ。


 自分の失態が分かると、もやっとする。棘を抱くような気持ちで受け入れると、心が痛いがやや気分が楽になった。平和に溺れるうちに、久しく忘れていた気持ちだ。


「フフフ。そうね。これからどうすべきかは私にも分かるわよ……マリアを助けなきゃ」


 私は再び足に、力を込めようとして――暗闇に目を凝らした。懐中電灯の光が、夜の帳の中から人の姿を切り取ったのだ。私は光の位置を上手く調節して、闇に潜む姿にスポットを当てた。


 滑らかな茶髪のミドルヘアに、神経質に尖ったブラウンの瞳。顔はヒステリックに引きつっており、怯えからか胸の前で両手を揃えて身体を縮こまらせていた。


 アイリスだ!



 私は彼女に駆け寄ると、その両肩を抱き寄せた。


「アイリス? アイリスじゃないの!? こんなところで何をしているのよ!」


 アイリスの顔を覗き込むと、負の感情でぐしゃぐしゃになっていた。可哀想に、恐怖の余り涙も出ないらしい。感情いっぱいに相貌を歪めているのに、アイリスの顔は恐ろしいまでに綺麗だった。


「ナニッテ!? ハグレタニキマッテンダローガクソガー! フザケンナヨアホガー! ユウレイミツケタカラテメーラサガシニイッタノニヨー! ダレモイネージャネーカー!」


 アイリスは私の肩を掴み返して、滅茶苦茶に喚き散らした。という事はアジリアの言う事は本当だったのか。だんだんと雌猫側の事情がつかめてくる。恐らくロータスがサボって離れてしまい、アジリアはアイリスと二人でパトロールを実行。そして幽霊を発見し、アイリスを連絡によこしたのか。それならそれで、別の疑念がわいてくるのだが。


「デバイスを使えばいいじゃない! あなた何のためにそれを持っているのよ!」


「ヤカマシィィィ! アジリアカラキーテネーノカー! ツウシンショウガイダヨボケガー!」


 それはおかしい。だって私はさっき、マリアに連絡を入れる事ができたんだもの。


「そんなはずはないわ。ちょっと待っていなさいね、今マリアに連絡を入れるから見ていなさい」


 私は胸元からデバイスを取り出し、マリアをコールした。急に背後から着信音が鳴り響き、私は口から心臓が飛び出しそうになった。恐怖が錆となって関節にまとわりつき、動きを鈍くぎこちないものにする。私は壊れた人形のようになりながら、恐る恐る背後を振り返った。そこには古びた金属のドアがあり、その向こうから着信音が聞こえていた。


 私はそっとドアに近づいて耳を当てる。頬に当たる冷たい感触は私の体温だけではなく、落ち着きすらも奪い取っていった。胸中がにわかに騒めくのを感じながら、私はドアに唇をそわせて囁いた。


「マリア……? いるの……?」


『誰……? 誰なの……?』


 鉄のドアに隔てられて、ややくぐもったマリアの声が中から聞こえた。私は冷や汗を流しながらも、ヘラリと笑ってしまった。密室に閉じこもっていたのか。それだけの理性は残っていたようで良かったわ。


「マリア。急に走り出したら駄目じゃない。孤立するのが一番危険だって、ナガセが訓練で口を酸っぱくして御教授して下さってるでしょ。何を学んでいるのよあなたは」


『その厭味ったらしい言い方。本物のサクラだね……アハハハハ……』


 室内から乾いた笑いが返って来た。しかし扉は依然、固く閉められたままである。朝が来るまでそうしているつもりなのかしら? そんなとこに閉じこもっていた所で、どうしようもないでしょう。私はドアノブを軽く回転させながら、優しくマリアに語りかけた。


「マリア。幽霊の件なら恐らくカタがついたわ。今頃アジリアが拘束をしているはずよ。ここから出て皆と合流しましょう」


『そ……そぉ? 分かった。今開けるから……』


 扉の向こう側で、ドアノブを弄る金属音がした。これで一件落着と、私が気を緩めた時だった。脇から伸びてきた手が、激しい音を立ててドアに叩き付けられた。そして決して開かせまいと、抑え始めたのだ。手の主はアイリスで、彼女は額に青筋を浮かべながら絶叫した。


「ソーユーオメーハホンモノナノカー! フザケンジャネーゾコラー! マッテロー! イマ麻酔ガスチュウニュウシテヤルカラナー!」


 アイリスはドアを抑えているのとは逆の手で、懐をまさぐり始める。あなたは麻酔を持ち歩いているのかと突っ込みたくなるが、確かにアイリスの疑念に一理ある。幽霊はあれだけ精巧にアジリアに化けて見せたのだ。マリアの声を真似るなんて朝飯前だろう。


 ドアノブに手をかけたまま、私の脳細胞が目まぐるしい活動を始める。マリアを識別できるような、共通の話題って何だっけ? 文字の間違えは数えきれないから無理。上がってない報告書についても、訓戒目的で周知したからダメでしょうね。そういえばあれだけ顔を突き合わせているのに、仕事以外でマリアのことをよく知らない。私とマリアで何かを交わし合ったことがないのに気付いた。


 私が一方的に説教しているだけだからしょうがないか。自らの失態に改めて気付き、にわかにこめかみを襲った頭痛に私は俯いた。


「ホンモノナラアイコトバイエヨオラー! オマエユウレイダロコラー! バイオプラントノパーツニツイテナニモイエネェーダロー!」


 私が沈んでいる間にも、アイリスは追及の口撃を強めていく。私は彼女の肩を抱いて、ドアから引き離した。


「アイリスやめなさいよ。そんな事したら出てくるものも出てこなく――」


『ケーブルが違ってたんでしょ!? 知ってる知ってる! でしょあってるよねぇ! だって私がやったんだもん!』


 ナヌ? 私の脳ミソに、雷が落ちたような衝撃が走った。それは聞き捨てならないわよ。私とアジリアがかなりの時間を費やして、原因を追究――もとい責任をなすりあったのよ。それがこんな解決を見るなんて、受け入れられないじゃないのよ。


 私は口から飛び出そうになる苛立ちや、悪態を何とかのど元で引き止める。そしてナガセを相手にするように、物腰の柔らかい声色で囁いた。


「本物なら、私達が調べた通り、事の顛末を知っているわよねぇ……?」


 マリアがその場しのぎの嘘をついて、たまたま当たったとも考えられる。ケーブルにしたって色々な種類があるし、最初から問題になっていたのは配線だから勘で何とも言えるのだ。


『アジリアがパーツ揃えた後で、私が面白半分弄ってたら壊れちゃったんだよぉ! だからよく似たパーツ探したんだけどなくて! それで末尾に変な文字付いてるけどこれでいいかってすり替えたんだ! ホラ! 私は本物! 分かってくれたよね!』


 完全なクロだ。どっと疲れが押し寄せてきて、両肩を見えない重しが圧し掛かった。さらに両手は行き場のない怒りと、やるせなさで小刻みに震えたのだった。


「てめぇ……コラ……よくも……」


 あんたのせいで、どれだけの無駄な時間を消費したと思っているのよ。私とアジリアが争ったせいで、クロウラーズの雰囲気もあんまりよくない。皆が互いに疑うから協力して仕事に当たれないし、こんなくっだらない幽霊騒ぎが起きたのよ。


 お仕置き部屋に直行よ。そこで朝日が昇るまで説教だ。私は思いっきりドアを殴りつけようとする。でもねぇ。


「もとを正せば……私が突っ走り過ぎたせいか……」


 私がアジリアのせいと決めつけず彼女の言い分を聞いていれば、また違う結果になっていたのかもしれない。それにアジリアのせいにしようと、私自身騒ぎを大きくしていた。ナガセが事を知ったら、きっと私を嗜めるだろう。


『ごめん……』


 私が黙りこくっていると、嫌に近くからマリアの声が聞こえた。出てきたのかと思って顔を上げると、ドアの覗き窓から恐怖に引きつったマリアの顔が見えた。どうやら私は、かなり凄絶な表情をしているようだった。私は慌てて表情に花を咲かせた。


「ごめんってあなた……謝る必要なんてないのよ。もう済んだ話だし。さ、みんなんで戻りましょう。さ、ここを開けて」


『やだ』


「は? しばくぞコラ」


 表情に修羅を宿し、マリアを睨み付ける。そこでマリアの視線が私の方ではなく、その後ろに向けられている事に気付いた。


『だってそいつ……アイリスじゃない……! うわぁぁぁあああ!』


 覗き窓からマリアの顔が離れて、彼女が床に倒れ込む音が聞こえた。私は腰の拳銃手を這わせながら、素早くアイリスを押し退けた背後に振り返った。


 アイリスは先程のヒステリーが嘘のように、全身から力を抜いて棒立ちとなっていた。虚ろな表情で私のことを見つめていて、顔面からは何かがぽろぽろと崩れ落ちていた。


 落ち着いて、目の前で起こる怪奇現象に立ち向かう。崩れているのはアイリスの皮膚らしく、落ちた欠片が空中で粉と散っていた。そして顔面の下にある髑髏が、徐々に露わになっているのだった。


「ハハーン……幽霊さんは一人じゃなかったって訳ね……」


 皮膚の下から現れた髑髏は、黒ずんで汚れていた。眼窩にはガラス細工の目玉がはめ込まれており、涙のようにどす黒い液体を流しているのだ。やがて唇がボロリと崩れて歯茎が剥き出しになると、偽アイリスは顎を震わせてカタカタと笑った。


 ハン? 私がその程度でビビると思ってるの? そういうのを怖がるのはパギのような子供か、ピオニーのようなノータリンだけよ。私をひれ伏せさせたければ、ここにナガセを連れてらっしゃい!


 握り拳を固めると、前後に構えて偽アイリスに肉薄する。触れることができたってことは、殴れるってことよ。至って普通。論理的。右手を大きく振りかぶり、渾身の力を込めて顔面を殴りつけようとした。


 唐突に偽アイリスが、大きく口をぱかりと開けた。口蓋の暗闇の中から、何かが蠢いている。毒でも吐きつけようと言うのかしら? フフッ、ジャパニーズコミックの読み過ぎかもね。私は一応警戒をして拳を下げると、口の中に注意を払った。


 偽アイリスの口蓋では、赤く輝く光が八つ見えた。それは生きているのか、のそのそと蠢いていて、やがて歯に毛むくじゃらの脚を引っ掛けた。そいつがゆっくりと、口の中から這い出てくる。


「ぎぇ!」


 私は肺を鷲掴みにされたかのように、呼吸が止まってしまった。赤い光点の正体は、爛々と輝く八つの眼だ。毛むくじゃらの脚も、眼と同じ数の八本あった。奴は動くたびにさわさわと、木の葉がすれるような音を立てた。


 何て言うこと。偽アイリスの口から出てきたのは、拳大ほどもある大きな蜘蛛だったのだ!


 私の理性は一瞬にして吹き飛んでしまった。ムリムリムリ! これだけは太刀打ちできない! 実体があるとか、殴れるとかそういう次元の問題じゃないの。ふざけないでやめてよ! ナガセはどこ!? ナガセはどこ!? ナガセはどこ!? またとってもらわないとぉ!



「じょわぁ! じゃじゃじゃじゃ! なんまいじゃああああ!」


 私は幽霊を押し退けてドアを離れると、脇目もふらずにその場から逃げ出してしまった。

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