萌芽‐4
アジリアとの訓練を終えると、俺は機関銃を担いで倉庫に戻った。
アジリアはもう少しすれば、銃器の扱いを教えることが出来るようになるだろう。だが問題はそこではない。くどいが使う方にある。彼女たちに道徳的な判断ができるようになるまで、俺は銃器を持たせるつもりは毛頭ない。
だがあまりゆっくりもしていられない。命の大切さを説く、きっかけとなるような出来事を用意することが出来ればいいが、難しい。
文字通り命がかかっているからだ。
倉庫では手の空いた女たちが、体力をつけるために運動をしていた。倉庫の内壁沿いを、回るように走っている。それを監督しているのはサクラで、彼女を先頭に四人が走っていた。
サクラは規律や統制にうるさいタイプのようだ。サクラの後ろに続いて、四人が一糸乱れず走っている。列から外れるものがあれば、前後にいる人間が即座に注意を入れる。そうサクラが言ったのだろう。
アジリアのやり方とは対照的だ。アジリアは勝手に走らせる。そして自分が一周遅れの者に追いつくと、無言でその尻を引っ叩いていた。
サクラはきっちりした性格らしい。融通が利かないという悪い点もあるが、管理や統制の仕事に向いている。そこに自発的な意志があればもっと良いのだがな。
俺はサクラを手招きした。
「プロテア。監督を代われ。サクラ。ついて来い」
サクラは俺に呼ばれると、ぱぁと顔を輝かせた。そして全速力で俺の元に来ると、直立不動の姿勢を取った。
「キャリアの運転の仕方を教える。シャワーを浴びて、着替えてから戻ってこい」
サクラは頷くと、ドームポリスの中に戻る。俺はコンテナへと向かい、中のキャリアを改めて見直した。
十輪機動で、台形をひっくり返したような車体をしていて、大きさはトラックぐらいだ。前方には運転席があり、その少し後ろの屋根には銃座がついている。後方は荷台で、初期状態で人攻機運搬用の装備が取り付けてあった。人攻機は縦列で二躯搭載可能だ。電動式で人攻機のバッテリーを流用可能。通信機器が備えてあり、指揮車としても使えた。
俺は担いでいた機関銃を、屋根の銃座に取りつけた。そして念には念を入れて、使い捨てのロケットランチャーを四本、銃座の近くに置いた。棒の先端に、卵型の飛翔体がついたものだ。はっきり言って、ロケットランチャーは貴重品だ。一六本しかない。だがけちけちしてられない。サクラが運転を覚えれば、今度はサクラが教える。その時は俺が人攻機で補佐に回れる。
俺は人攻機のバッテリーを、キャリアの給電部にはめ込む。そして運転席に乗り込むと、駆動用のカードキーを差し込んだ。
ダッシュボードのモニタが点灯し、各情報を映し出す。その頃サクラが、コンテナの中に入ってきた。支給した白の上下姿だ。だが他の女たちとは違い、ボタンを全て止めて、裾をズボンの中に入れている。几帳面な奴だ。
「きたよ」
サクラは少し悄然としながら俺の所に来た。やはりキャリアよりも、銃の方を教えて欲しいようだ。俺はわざとそれに気付かないふりをして話を進めた。
「そうだな……習うより慣れろだ。運転席に乗れ」
俺は運転席のドアを開けると、サクラを中に入れた。そして自分は助手席に腰を下ろした。
アクセル。ブレーキ。クラッチ。ギヤ。一通り教えた後、通信機器を除く計器の見方を教える。後は簡単。適当に走らせるだけだ。
俺は一度キャリアを降り、コンテナと倉庫の入り口を開けて、倉庫内を走る女たちを脇に除けさせる。そしてキャリアに戻ると、サクラの肩を励ますように叩いた。
「いいかサクラ。失敗してもいい。クラッチを奥まで入れた後、アクセルを少し踏め。そしてゆっくりとクラッチを浮かせていくんだ。いいかアクセルを入れ過ぎるなよ」
サクラは浅く頷くと、作業を始める。やがてキャリアはゆっくりと動き出し、コンテナから出た。
「すご~い!」「いいなぁ~」「あれ動くんだぁ!」
倉庫内の女たちが、足を止めて感嘆の息を吐く。サクラはその歓声を受けて、いくらか機嫌が直ったのか、表情が明るくなっていた。
「ナガセ。私にも教えてよ」
ローズがキャリアに並んで歩きながら、俺にそう言った。
「お前たちも、戻ってきたらサクラに教えてもらえ。それ以降は俺の許可が無ければ乗ってはいかんが、必要があれば運転はさせてやる」
「本当!?」
ローズは嬉々として飛び上がった。そして他の女たちと手を取り合って喜んだ。
「サクラ。今いった通りだ。頼んだぞ――どうした?」
俺がサクラを見ると、彼女は先程の悄然とした雰囲気に戻っていた。サクラは口元を引き締めながら、首を左右に振った。
「なんでもない」
やがてキャリアはドームポリスのスロープを下り、草原に車輪を降ろした。すると外で作業をしていた女たちが、わらわらと集まってきた。俺はサクラにキャリアを停めさせた。
「ナガセ……それなぁに?」
アカシアがジョウロを抱えながら俺に聞く。アカシアは褐色肌に金髪の珍しい女性だった。中肉中背で少し気が弱く、普段は他の女性たちに埋もれて、あまり目立たなかった。
「キャリアだ。お前たちにも乗り方を教える」
俺は受け答えをしながら、アカシアたちが作業していた畑をちらと見た。
畑には畝が作られ、そこには手あたり次第に植物を埋めた。一部は芽吹き根を降ろしたが、残りは腐ってしまった。まぁ前進したと言えるだろう。畑の近くには肥溜めがあり、ドームポリスから取り出した排泄物を入れてある。海側には燻製小屋が立ててある。これは今使っていない。前に魚を燻したら、猿が押し寄せてきたからだ。
「そっちはどうだ?」
俺が聞くと、アカシアは畑の方を指さした。
「リンゴと、レモンの種は芽吹いた。けど遅いね。野菜はすごく遅いし、小さい。どんなに水を上げても、肥料をあげても、元気にならなかった」
果樹類は育っているようだが、野菜の方は芳しくないようだ。俺は畝から萎びた芽を出す野菜類を見て、ため息をついた。
そういえばバイオプラントの連中が、温度調整が大変とか話していたな。
「そうだな……植物が育ちやすい温度にする必要があるみたいだ」
「寒くなってきてるね……最近」
アカシアは不安そうに顔を伏せる。
「ああ。戻ったらビニルハウスを作ってみる」
俺は不安を切るように、それで会話を切った。そして集まってきた女たちを離れさせると、サクラに出発するように指示した。
「あまり森に近寄り過ぎるな。ドームポリスに帰るように、ぐるりと円を描くんだ。そして少しずつ円を大きくしていけ」
サクラは俺の指示通りに、車を走らせる。二週、三周するうちに、次第にキャリアは森に近づいていく。俺はキャリアの屋根を開けると、銃座に腰を下ろした。
「よし。森に近寄り過ぎなければ、好きに走っていいぞ。だが俺の合図で、速度を上げ下げするんだ。そうしてギヤチェンジに慣れろ」
サクラは頷き、キャリアを運転し始めた。俺は機関銃に手を置くと、森の方に注意を払った。
数日前俺が抱いていた懸念は、現実のものとなりつつあった。森全体が萎れ、あれだけ茂っていた葉が、枯れて地面に積もりつつある。森全体も変色し、赤みを帯び始めている。
「森。萎れてきたね」
「ああ……」
俺は合図を送りながら、浮かない声で頷き返した。ひょっとしたら、この世界のどこかに汚染空気が残っているのかもしれない。それが風に乗りこの地域に流れてきて、森を枯れさせた可能性がある。
俺は唇を軽くはんだ。所詮人間の立てた計画だ。全てが上手くいくとは限らない。新しく採取された果物は、もう一度可食性テストをやり直した方がいい。汚染物を含んでいるかもしれない。
不意にキャリアが揺れた。エンストらしい。エンストの対処法は既に教えてある。俺はキャリアが再び走り出すのを待っていたが、いつまでたっても動き出さない。心配になりキャリアの中を覗き込むと、サクラがハンドルを見つめて固まっていた。彼女はきつく口を結んで、何かを必死で堪えているようだった。
「どうした。体調が悪いのか?」
彼女は迷ったように、俺と正面を交互に見た。そして視線を膝元に落とすと、震える声で聴いてきた。
「アジリアと何してたの?」
まだ不公平に思っているのか。俺はいい加減うんざりして、少し声を荒げた。
「銃の撃ち方を教えていた。お前にもいずれ教えるが――」
「嘘だ!」
サクラは俺の言葉を遮った。いつもは最後まで俺の話を聞くのに珍しい。思わず俺は口をつぐんだ。サクラも自分の大声に驚いて、しばらく黙り込んだ。
森から鳥の囀りが聞こえてくる。俺はそれをぼんやりと聞きながら、サクラが口を開くのを待った。サクラは親指の爪を噛み、俺をちらちら見ながら言った。
「ナガセ。後ろから抱き付いていた」
そっちか。俺は息を吐くと、サクラとは反対に空を仰いだ。
「銃は跳ねる。最初撃つときはそうやって抑えるのを手伝う」
「え? あ……うん。そうだね……そうだけど……すごい、いらいらする。ナガセわたしの事信じてくれるっていったのに……アジリアとばかりいる」
「仕方ない事だ。俺はそういう仕事をしている。それに、お前の言っていることは信頼とは異なるものだぞ。信頼はその性質ゆえに相手を自由にするが、お前はその逆だ。俺を制限しようとしている」
「わ……わたし! ご……ごめんなさい。でも……口で上手く言えないけど……つらいよ」
サクラはそう言ってさめざめと泣きだした。別にお前と付きあった覚えはないんだが……子供は友情と愛情を区別できないらしいからな。先生が子供と仲良くしていると、その子の友達が、やきもちを妬くのはよくある事だ。
サクラは俺に求めようとしている、関係性の特殊さを教える必要があるようだ。ちょうどドームポリスの管理職に向いていると思ったところだ。
「夜に特別訓練を設ける。作業用デバイスの使用法と、事務のやり方だ。お前だけ特別だが、その分責任も重い。成功して当たり前だが、失敗すると罰が下される。言っておくが辛いぞ。それでもいいのか?」
サクラは嬉しそうに俺を見上げた。
「ナガセと二人で? それに特別な仕事貰えるの?」
「そこはほぼどうでもいい。辛いけどいいのかと聞いている」
「うん!」
サクラは満面の笑みを浮かべる。俺は彼女の座席を踵で叩いた。
「とにかく今やっている事に集中しろ」
キャリアは再び動き出す。だが浮かれたサクラの運転が荒く、乗り心地は最悪だった。
重症だ。かといって突っぱねるのも止めた方がいい。彼女がぐれたらアジリアよりタチが悪い。速い所他の人類を探さないとな。俺もこんなクソみたいなことしたくない。言葉が腐ってしまう。
それにだ――
つんと、鼻が安物の煙草の匂いを嗅いだ。サクラも俺も煙草は吸っていない。分かっている。幻覚だ。俺の息が不意に上がる。生唾が喉を滑り、思わず腰が浮いた。
――俺も持たない。
俺は暗い記憶に、目を手の平で覆い、深呼吸をして気持ちを静めた。
そして何気なく森の方を見る。すると、木の隙間からこちらを窺う動物が目に入った。かなりの巨躯で、体長は二メートルほど。茶色の毛波で、枝分かれした角が天を突いている。
「鹿だ……」
俺は機関銃から手を離し、別に用意した猟銃を取り出した。ボルトアクションの大口径の銃だ。
「サクラ。そのまま一定速度で走れ。今鹿を狩る」
俺の指示にサクラは返事をすると、なるべく車体を揺らさないように丁寧に運転し始める。俺は猟銃を構えると、しっかりと狙いを定めた。これで数日分の食糧を確保できる。
家畜を飼えるようになれば、生産力がぐっと増す。しかし奴らは人間以上に食う。そのぶんの食糧確保は今の所できない。もっと余裕ができ、飼葉となるような植物が確保できるまでは、狩猟を続けるしかない。
俺は引き金を絞った。鹿が血を吹いて倒れる。俺は喜びに笑みを浮かべた。
「よし。サクラ。森にキャリアを寄せてくれ」
「待ってナガセ! 二匹目!」
サクラの声に俺は目を凝らす。すると、木々の隙間から小鹿が現れ、倒れ伏す鹿にすり寄った。俺は衝撃を受けた。
「しまった! ガキがいたのか!」
ショックのあまり、それ以降の言葉を失う俺に反し、サクラが無邪気に言う。
「早くころそ!」
俺は思わずサクラの頭に拳骨を落とした。 サクラが短く悲鳴を上げて、頭を抱えて蹲る。
反省しなければ。食料の確保に夢中になるあまり、狙うべき獲物の配慮を怠った。俺はサクラやアジリアが規範になるように仕向けてはいるが、そのサクラやアジリアが手本にしているのは俺なのだ。
「ごめんなさい~」
サクラが謝るが、俺の耳には入らない。どうせ俺が怒ったから謝っているだけだ。何故俺が怒ったか分かっていない。
俺はしばらく逡巡した。一応逃がした方がいいだろう。サクラに小鹿を殺すところなんて見せられない。俺は小鹿の足元に狙いを定めて、猟銃の引き金を絞ろうとした。
そこである考えが思いついた。
「まてよ……これは使えるな……」
俺はライフルの弾倉を外すと、麻酔弾を装填した。そして小鹿を撃った。大型獣用の麻酔弾だ。おまけに即効性。小鹿は撃たれると、一瞬全身を硬直させた後、その場に脱力して倒れこんだ。
「サクラ。鹿にキャリアを寄せてくれ」
サクラは涙目になりながら、キャリアを鹿に横付けする。俺は親鹿の死体と眠りこけた小鹿を荷台に積みこんだ。
「何でころすのになぐったの~」
俺が助手席に戻ると、サクラは少し恨めしそうに俺を睨んでくる。
「殺していない。眠らせただけだ。今日の所はこれまでにする。戻れ」
サクラは納得いかないように軽く咽喉を唸らせると、ドームポリスに向けてハンドルを切った。