表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Crawler's  作者: 水川湖海
アイアンワンド編
128/241

クロウラーズは電気柳の下で幽霊を見るか? 結〔遭遇編〕

 洋式便器の蓋を開けて、個室の壁に寄りかかる。懐から煙草を取り出して一本咥えると、先端をライターで炙った。ライターの灯火が薄暗い個室の中を、うっすらと照らし出す。揺らめく炎は個室の壁によりかかる私と、ぴかぴかの洋式便器を暗闇から引き揚げた。煙草に火が点くと、その微かな光で空に溶ける煙を目で追えた。私はぼんやりと消えていく煙を眺めながら、煙草を灰にしていった。


 ヘイヴンには数え切れないほど便所があるが、皆が使う場所は決まっている。だからここのような外縁に近い便所は、女どもは滅多に近寄らない。フケてしけこむのに最適だった。


 煙草をゆったりと根元まで楽しみ、吸い殻を便器の中に投げ込んだ。チュン、っと燃えさしの断末魔が聞こえて、個室は再び闇の中に沈んだ。


「かったりーな。幽霊だのなんだのアホじゃねぇのか? いい年こいたメスブタ共がよぉ、頭のオシメが取れねぇなら、マ○毛全部ブッコ抜いて死ねッつーの」


 皆は幽霊だのなんだの言っているが、アタシにゃ正体がナガセだって分かっている。休暇中、黒いライフスキンを身に纏い、ずっとアタシらを監視していたからねん。


 あいつのことを思い出して、私の太腿がズクリと疼いた。怪我は治った。傷は消えない。ずっと私の身体に、負け犬の烙印として残るのだ。


「あのクソボケが……アタシを……アタシのを傷モノにしやがって……」


 ナガセのクソポ○チンは、いつか惨めったらしく、ゴミのように殺すと決めている。だが今はまだその時期じゃない。目を合わすたびに冷や汗が流れ、近づかれるだけで体が固まり、声をかけられるだけで敬礼する癖がなくなってからだ。それまでに上手いこと取り入って、あいつの弱点を掴んでやる。


 屈辱の虐待が脳裏に甦り、身体から汗が噴き出してくる。アタシはトラウマを煙に巻くように、焦りながら二本目に火を点けた。思いっきり吸って、深く吐き出す。気が静まって来ると、ゆったりと煙草を楽しんだ。


 フケて二十分は経ったかな? 外周をぐるりと回るだけだから、馬鹿なパトロールも終わっただろう。馬鹿共が引き上げたところ見計らって、部屋に戻ってさっさと寝よう。明日は朝一でポプリ(乳牛。ロータスが命名した)んとこ行かなくちゃいかないのよん。最近乳のでが悪いから、このままだと雌豚どもに処分されちまう。オメェ~はアタシのモンだから、勝手に死なれたら困るのよん。


 三本目を口に咥えたところで――ヒタリと太腿に冷たい何かが触れた。人の手っぽいそれは、そのまま感触を楽しむように、私の肌を撫でまわしてきた。


 そういやむかぁし、便所で黒い何かに襲われたことがあるような気がする。ガキの頃だったかな? 別に怖くはないんだわ。お金くれてそれで飯を食っていたからねん。いいお客様だったんだわ。


 でもそれは昔のアタシ。今のアタシとは違う。あの時はしょうがなかったって諦めた。でも今は嫌だって、選べるようになったんだ。おぼろげな記憶に意識を翻弄されながら、アタシは無意識のうちに太腿をなぶる手を払いのけていた。


「触んなボケ。アタシゃもうウリはやってねーんだ」


 それでも手はしつこく、アタシの太腿に手を這わせて来る。アタシは思わず鼻で笑ってしまった。たまにいるんだよね~。金がねーくせに愛してるだのなんだの言って、本番やらせろとかほざく奴。愛は金の代わりになんねーんだよ死ね。手に煙草の火を押し付けてやると、ゆっくりと離れていった。


 愛っていうのはな、何の見返りも求めずに、ただひたすらに――猛進するナガセが、チャンスを乞うたプロテアが、赦しをくれたリリィが脳裏にちらつく――ただひたすらに捧げて、何もかもを与えて、尽くし続けることなんだよ。


 アタシはここで何をしてるんだ……? 不意に虚しさが胸を突き抜け、アタシは吸いかけの三本目を便器に投げた。


 プロテアと喧嘩してからは、避けられることが少なくなった気がする。クソちびがちょっかい出す数も減ったし、リリィはアタシのご機嫌窺いに来てくれる。プロテアは狩りに行く時は、たいていアタシを誘うようになった。


 アタシは口の端を吊り上げて、照れ笑いを浮かべた。まぁ……さ。アタシは優秀で美人で、イイオンナだからさぁ、やらかした後でも皆に愛されているんだなァって、最近よく思うのよねん。やっとボケどももアタシの重要さを理解し出したか。


「ケッ。アタシがいないと何もできないんだから。いいでしょ。アホ共の内輪もめで、アタシの居場所がなくなると困るからねん……手を貸してやるわよん」


 となるとどっちに手を貸すかだけど、アジリアはナシ。ムカつくし臭いし、いまいち何がやりたいのかわかんね。傍から見てりゃナガセに駄々こねてるだけしか見えないのよ。そんな奴に尽くせるかってーの死ね。


 サクラもナシ。主体性のないノータリンがよ。ナガセの代理面してるけど、中身のないお前にあいつの気持ちが代弁できるわけねーだろーが。それに常時脅してくるしムカつくんだよ這いつくばって死ね。


 ……って、なるてーと、ナガセになるのかなぁ……?


 いつか殺すと決めている相手に手を貸すのか? 乾いた自嘲が顔に張り付く。もうアタシ自身、自分が何だかよく分かんなくなってきた。でもまぁいいか。海に行ったとき分かったんだ。


 過去は過去、今は今。今、アタシが正しいと思えることをするだけ。


 現場行ってアタシに何ができるか考えるか。アホなこと考えている内に、またもや太腿がまさぐられている。ふざけてんのかこのトンチキヤローは。こうなったら取れるだけ金をふんだくってやる。アタシは太腿の手首を、思いっきり掴んだ。


「触んなって――にょわ?」


 アタシはここで正気に戻った。


 ここは個室だ。中にはアタシしかいない。


 誰がアタシを触る? マ○カス共はもちろん、ナガセはそんな事しない。


 そしてこの手、どこから伸びている?


 ライターで周囲の闇を払い、恐る恐る視線を自分の太腿の方へと持っていく。そして私は凍り付いた。


 揺れる炎で照らされた便器は、影と光の境が怪しく蠢いている。新品のはずだが汚れて目に映り、汚らしく、悍ましく思えた。その便器の蓋が僅かに開いており、そこから生気の宿らない、白く、細い腕が伸びているのだ。腕は真っ直ぐと私にへと伸びており、太腿を鷲掴みにしてるのだった。


 声が聞こえる。便器からではなく、脳に直接響くように、頭上からだ。


『オマエモ……コイ……コッチニ……コイ……』


 鼓膜を抜けて腹の底へ落ちるような、低く唸るような声がした。背筋に氷が伝うような悪寒が走り、全身に鳥肌が立った。アタシの頭は真っ白になっちまった。とにかくこの気味悪い声を掻き消すため、威嚇のため、爆発した感情を吐き出すために、咽喉が潰れんばかりに絶叫した。


「にょわ~!!!!!!!」






「にょわ~!!!!!!!」


 ヘイヴンの闇を切り裂いて、廊下に悲鳴がこだました。私はパトロールを中断して、勢いよく声のした背後を振り返った。回廊の奥まで続く闇に、懐中電灯の光を向けた。


 深夜の廊下は緑の非常灯で、微かに照らされるだけだ。懐中電灯の光をそこに足しただけでは、濃霧のような闇を払うことはできない。私は柄にもなく、自分を飲み込もうとする闇に身震いしてしまった。


 今のはロータスの悲鳴だ。独りで行動していたから、狙われたようだな。


「ついに尻尾を出したか……」


 サクラが騒ぎを起こしたに違いない。その隙に乗じて、何か行動を起こすはずだ。しかし――私は不安で、悪寒が背筋を撫でるのを感じた。サクラにはアイリスが張りついている。不審な動きがあったり、見つけたりしたのならば、何かしらの連絡があるはずなのだ。しかしパトロールをはじめてから、デバイスはうんともすんとも言わない。


「嫌な予感がするな」


 サクラに追い払われたのか、先に『幽霊』に襲われたのか。いずれにしても良い状況ではない。見張りからの情報が得られないのなら、手掛かりは襲われたロータスのみだ。罠があるとしても、現場に行く他あるまい。


 緊張に生唾を嚥下すると、声の発生源を求めて薄暗い回廊を駆けだした。カツカツと硬いヒールが床を叩く音が、静けさの中にこだまする。それは一種のビートとなって、私の心臓に早鐘を打たせた。


 ロータスがサボる場所を考えると、通風孔の中か自分の部屋だとは思うのだが、いずれにしろあいつは今だにクロウラーズの監視下にある。私はデバイスを取り出すと、マップを表示してロータスの居場所を探した。


「何てところでサボっているんだあいつは……!」


 七階の外縁に近いトイレでロータスを表す光点が明滅している。恐らく煙草を吸っているのだろうが、そんなところで嗜んでも美味い訳ないだろうが。人の目が怖いなら、普段から煽るのを止めればいいだろうに。


 私はロータスのいるトイレを目指した。そのうち暗闇の向こうから、慌ただしい足音が近づいてきた。ナガセの訓練のおかげで、音だけで相手の様相がだいたいわかる。距離は五十メートルくらい、人数は二人だな。まとまって行動しているから幽霊ではない。


 私はトイレへと向かう足を、ひとまず足音のする脇道へと向けた。十数秒も経たないうちに回廊の向こうから、懐中電灯と思しき光が照らされる。やがて暗闇の中から、物凄い剣幕で突っ込んでくるサクラが現れた。


 あいつも私の足音を拾っていたのだろう。私たちはぶつかることなく、二人そろって手持ちの懐中電灯を投げ捨てた。床に転がった電灯が、くるくる回りながら辺りに光を撒き散らす中、私とサクラは互いの胸倉を掴み上げた。


「何があった!」


「知らないわよ私も今来たところよ!」


 私とサクラは鼻先がくっついたほど、顔面を近づけて吠え合った。互いに掴みあう手には渾身の力が込められており、このまま殴り合いに発展してもおかしくなかった。


 剣呑な私たちの間に、プロテアが素早く割って入る。そして私とサクラを引き離すと、深い溜息を吐いて頭をかいた。


「いや。俺らパトロールをボチボチ終えて、部屋に戻ろうとしてたんだ。そこでロータスの悲鳴が聞こえたから、こうして駆けつけたわけなんだが――」


 プロテアの視線が鋭くなり、彼女は私を厳しく一瞥した。


「俺らのこたぁいいんだよ。それよりロータスはお前ンとこのメンバーだろ? 何ではぐれてんだ? んで襲われてんだ? アイリスもいねえみたいだしよ。そこんとこきちんと説明してくれねぇと、俺怒るぜ?」


 しまった。私は自分の立場のまずさに、表情がおのずと引きつった。私は本来ならロータスとアイリスを連れて、パトロールをしているはずなのだ。それがロータスは襲われて、アイリスすらも行方不明だときている。そんななか襲撃現場の近くで、私が一人でぶらついていたら、犯人と間違われても仕方がないだろう。いや、私だったら犯人だと考えるだろう。


 この窮地を脱するには、アイリスの助けが必要だ。幽霊の正体がサクラなら、アイリスが何らかの怪しい行動を目撃しているはずだ。彼女と連絡がつかず、サクラがフリーでいることを考えると、既に『幽霊』に襲われた後だと考えた方が良い。


 ひとまずこちらで不審な点があったから、アイリスは確かめに行ったきり戻ってこなかった――としておこう。これならアイリスがどのような言い訳をしても、つじつまを合わせる事ができる。私が嫌だから嘘をついたともいえる。万一サクラの不正を目撃していれば、不審な音を辿って真実に行き着いたと、逆攻勢に出る事ができる。


「アイリスはどうした。不審な物音を確認しに行ってから、連絡が取れないんだ」


 私は落ち着いて聞いたが、プロテアは急に激高して地面を蹴りつけた。


「知るわきゃねぇだろうが!? オメェの管轄だろうがよ! くそったれめ!」


 プロテアの剣幕に私が黙り込むと、サクラが気勢良く私に詰め寄ってきた。サクラの奴め、勝利を確信しているのだろう。普段は能面のような無表情をしているあいつが、ここぞとばかりに満面の笑みを浮かべていた。


「そうよあなた! 監督責任を放り投げて、独りで何をしていたのよ! ハハーンそういう事ね、ついに暴いたわよ! 分かってはいた事だけど、あなたが幽霊の正体ね!」


 まるで死刑の宣告の如く、サクラは私に指を突きつけた。私は目障りな彼女の指を払いのける事ができず、ただ堪えて立ち尽くすしかできなかった。仕掛けたつもりでいたが、見事に嵌められてしまったのだ。


「アイリスはそっちに行っていないのか……」


 サクラに尋ねた声は、自ずと震えてしまった。サクラ私の問いかけに答える必要はないと、ぞんざいに鼻で一笑した。


「いるわけないでしょうが! あんたのチームなのよ!? 何で私が動向を把握していると思っているの!? 御託は後で仰い。お仕置き部屋でたっぷり聞いてあげるわ!」


 サクラは私の腕を掴むと、強引に引っ張っていこうとした。お仕置き部屋はクロウラーズが規律を破ったと『確定』した時、連れていかれる監房のような場所だ。私の犯行だと確定した訳ではないのだから、あまりにも不当な処置だと言わざるを得ない。しかし今の私には、それを拒む余裕などなかった。


「サクラもあまり責めんな。それにロータスの奴はどうすんだよ。ほっておくわけにもいかねぇだろ?」


 プロテアが再び私たちの間に割って入り、二人の身体を引き離す。サクラはあっさりと手を離したが、不満そうに唇を尖らせて腕を組んだ。彼女は先程まで私に向けていた責める眼つきを、そのままプロテアへと向けた。


「あなたも上品ぶらないで、さっきの怒りをぶちまけたらどう?」


「気安く話しかけんじゃねぇボケ。俺が怒っているのは、てめぇらの陰気臭ェやりあいに、嫌気がさしているからだよ。堂々と正面切って殴り合えばいいものを、稚拙な罠で身内も巻き込みやがって……だから今みたいなことになるんだよ!」


 プロテアは話し続ける内に、心の中に溜まっていた鬱憤を抑える事が出来なくなったのだろう。反吐をぶちまけるように語尾を荒げると、足で空を蹴飛ばした。


 私はその様子を見て罪悪感で胸が疼くのと同時に、口の中に苦々しい味が広がるのを感じた。プロテアの言う事は尤もではある。私が無力で無様なために姑息な手を使って、皆を巻き込んでいる自覚はある。だがこれは皆の問題であり、皆の未来を左右することだ。お前もサクラのようにナガセを妄信せずに、自分で考えて行動してほしいものだ。


 サクラはここで言い争うぐらいだったら、場所をお仕置き部屋に変えた方が何倍も有益だと考えたのだろう。彼女はプロテアをやんわりと押し退けると、私の肩に手を置いて目的地へと誘おうとした。傍目には優しい動作に見えるだろうが、私の肩には奴の爪が、鋭い痛みを訴えるほど食い込んでいた。サクラはロータスがいるであろう便所を一瞥すると、ロータスを見ながら顎でしゃくった。


「ロータスならマリアを回収に行かせましょう。マリア? さっきから黙っていて暇でしょう? ロータスの様子を見てきてくれるかしら?」


 その場にいる全員の視線が、プロテアの後ろに向けられる。そうしてブー垂れている、色黒で背の高いお調子者の姿を探したのだ。しかしプロテアの背後には、不気味な暗闇が広がっているだけだった。


「マリア……?」


 サクラが不安そうに、再び暗闇へと声をかけた。返事はない。プロテアが気を効かせて、暗闇を懐中電灯で照らす。映し出されたのはどこまでも続く、薄暗い回廊だけだった。


「いねぇぞ?」


「全くあの子は! 離れずについて来なさいと言ったのに!」


 サクラは歯ぎしりをすると、軽く地団太を踏む。彼女は胸ポケットから小型のデバイスを取り出すと、私の肩にかけた手を離さぬままプロテアへと投げ渡した。


「マリアに連絡してくれるかしら? スピーカーで流して」


 プロテアは少し頬を引くつかせてから笑うと、慣れた手つきでデバイスを操作した。数回のコール音の後、デバイスがマリアの声を発し始めた。


『はぁい、もしもし。どうしたの?』


 どこか楽し気なマリアの返事は、サクラの激情に油を注いだようだ。彼女はマリアの声を掻き消すほどの怒号を発した。


「どうしたもこうしたもないわよ! あれほどはぐれないでって言ったでしょ!」


『あ! あはははは~……ごめんね、ちょっと呼び止められちゃってさ。それでついつい話し込んじゃって。それで電話してくれたの?』


 プロテアはデバイスのマイクを手の平で覆い隠すと、呆れたように視線を伏せた。


「アイリスを発見。お前ンとこフケて、マリアとくっちゃべってたようだ。困るぞリーダーさんよ」


 プロテアの苦言を耳にして、サクラが嬉しそうに口に手を当てて笑った。笑いたければ笑え。ひとまずアイリスが見つかってよかった。孤立せずに、打開ができるというものだ。しかしこの状況だとアイリスが裏切ったのか、マリアの「お話に付き合わされた」のかがまだ分からん。慎重に事を運ばなければ、足元をすくわれるだろう。


「とにかく、幽霊を捕まえたわ。急いでこっちに来なさい」


『ほんとぉ!? よかったぁ! 今からアジリアとそっちに行くから待っててね』


 ブツリと通信が途切れた。


プロテアは私に聞かせるために、わざと大きなため息をついた。そしてサクラにデバイスを投げ返すと、複雑な視線を私に注いだのだった。サクラは上機嫌になって、滅多にしない鼻歌なぞを歌い出している。そして私をお仕置き部屋に連れて行こうとしたが、急にピタリと動きを止めた。


「アジリアって……ダレ?」


 そりゃあお前、私に決まっているだろう。何を今さら聞くと思ったら――あっ?


 一瞬にして、その場の空気が凍り付いた。じゃあ今マリアといる『アジリア』とは、一体何者なのだろうか。アイリスの工作? あいつはそんなに器用じゃない。ロータスが何か仕掛けたのか? あいつはもっと騒がしいのを好む。では誰が? まさか本当に幽霊がいると言うのか!?


 サクラが先程の見せかけの上品さをかなぐり捨てて、私の胸倉を乱暴に掴み激しく揺すってきた。その瞳には怒りや憎しみよりも、恐れが色濃く浮き出ていた。


「あなた何をしたの?」


「何もしていない。聞きちがいじゃないのか? アカシアとか……アイリスとか……アで始まる名前の……」


「正直に話しなさい! マリアの身に何かあったら! ただじゃおかないんだから!」


「何もしていない! 分からない!」


「揉めてる場合かよ! 俺が先導する! 行くぞ!」


 プロテアは言い合っている時間が惜しいと、唾を飛ばし合う私とサクラを一喝した。彼女はサクラが走ってきて回廊の方を向くと、その黒闇に懐中電灯の光を向けた。


「全速転進! マリアが危ないわ!」


 サクラの号令を受けて、私たちは一斉に走り出した。




 ちなみに私たちが便所で転がっているロータスを思い出したのは、ナガセが彼女を背負って医務室へとやって来たときだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>だがこれは皆の問題であり、皆の未来を左右することだ。 そういうとこやぞ。目的は手段を正当化しないことを理解するまでまとめ上げることは出来なさそうですね...。 成長に期待したい。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ