クロウラーズは電気柳の下で幽霊を見るか? 結〔遭遇編〕
洋式便器の蓋を開けて、個室の壁に寄りかかる。懐から煙草を取り出して一本咥えると、先端をライターで炙った。ライターの灯火が薄暗い個室の中を、うっすらと照らし出す。揺らめく炎は個室の壁によりかかる私と、ぴかぴかの洋式便器を暗闇から引き揚げた。煙草に火が点くと、その微かな光で空に溶ける煙を目で追えた。私はぼんやりと消えていく煙を眺めながら、煙草を灰にしていった。
ヘイヴンには数え切れないほど便所があるが、皆が使う場所は決まっている。だからここのような外縁に近い便所は、女どもは滅多に近寄らない。フケてしけこむのに最適だった。
煙草をゆったりと根元まで楽しみ、吸い殻を便器の中に投げ込んだ。チュン、っと燃えさしの断末魔が聞こえて、個室は再び闇の中に沈んだ。
「かったりーな。幽霊だのなんだのアホじゃねぇのか? いい年こいたメスブタ共がよぉ、頭のオシメが取れねぇなら、マ○毛全部ブッコ抜いて死ねッつーの」
皆は幽霊だのなんだの言っているが、アタシにゃ正体がナガセだって分かっている。休暇中、黒いライフスキンを身に纏い、ずっとアタシらを監視していたからねん。
あいつのことを思い出して、私の太腿がズクリと疼いた。怪我は治った。傷は消えない。ずっと私の身体に、負け犬の烙印として残るのだ。
「あのクソボケが……アタシを……アタシのを傷モノにしやがって……」
ナガセのクソポ○チンは、いつか惨めったらしく、ゴミのように殺すと決めている。だが今はまだその時期じゃない。目を合わすたびに冷や汗が流れ、近づかれるだけで体が固まり、声をかけられるだけで敬礼する癖がなくなってからだ。それまでに上手いこと取り入って、あいつの弱点を掴んでやる。
屈辱の虐待が脳裏に甦り、身体から汗が噴き出してくる。アタシはトラウマを煙に巻くように、焦りながら二本目に火を点けた。思いっきり吸って、深く吐き出す。気が静まって来ると、ゆったりと煙草を楽しんだ。
フケて二十分は経ったかな? 外周をぐるりと回るだけだから、馬鹿なパトロールも終わっただろう。馬鹿共が引き上げたところ見計らって、部屋に戻ってさっさと寝よう。明日は朝一でポプリ(乳牛。ロータスが命名した)んとこ行かなくちゃいかないのよん。最近乳のでが悪いから、このままだと雌豚どもに処分されちまう。オメェ~はアタシのモンだから、勝手に死なれたら困るのよん。
三本目を口に咥えたところで――ヒタリと太腿に冷たい何かが触れた。人の手っぽいそれは、そのまま感触を楽しむように、私の肌を撫でまわしてきた。
そういやむかぁし、便所で黒い何かに襲われたことがあるような気がする。ガキの頃だったかな? 別に怖くはないんだわ。お金くれてそれで飯を食っていたからねん。いいお客様だったんだわ。
でもそれは昔のアタシ。今のアタシとは違う。あの時はしょうがなかったって諦めた。でも今は嫌だって、選べるようになったんだ。おぼろげな記憶に意識を翻弄されながら、アタシは無意識のうちに太腿をなぶる手を払いのけていた。
「触んなボケ。アタシゃもうウリはやってねーんだ」
それでも手はしつこく、アタシの太腿に手を這わせて来る。アタシは思わず鼻で笑ってしまった。たまにいるんだよね~。金がねーくせに愛してるだのなんだの言って、本番やらせろとかほざく奴。愛は金の代わりになんねーんだよ死ね。手に煙草の火を押し付けてやると、ゆっくりと離れていった。
愛っていうのはな、何の見返りも求めずに、ただひたすらに――猛進するナガセが、チャンスを乞うたプロテアが、赦しをくれたリリィが脳裏にちらつく――ただひたすらに捧げて、何もかもを与えて、尽くし続けることなんだよ。
アタシはここで何をしてるんだ……? 不意に虚しさが胸を突き抜け、アタシは吸いかけの三本目を便器に投げた。
プロテアと喧嘩してからは、避けられることが少なくなった気がする。クソちびがちょっかい出す数も減ったし、リリィはアタシのご機嫌窺いに来てくれる。プロテアは狩りに行く時は、たいていアタシを誘うようになった。
アタシは口の端を吊り上げて、照れ笑いを浮かべた。まぁ……さ。アタシは優秀で美人で、イイオンナだからさぁ、やらかした後でも皆に愛されているんだなァって、最近よく思うのよねん。やっとボケどももアタシの重要さを理解し出したか。
「ケッ。アタシがいないと何もできないんだから。いいでしょ。アホ共の内輪もめで、アタシの居場所がなくなると困るからねん……手を貸してやるわよん」
となるとどっちに手を貸すかだけど、アジリアはナシ。ムカつくし臭いし、いまいち何がやりたいのかわかんね。傍から見てりゃナガセに駄々こねてるだけしか見えないのよ。そんな奴に尽くせるかってーの死ね。
サクラもナシ。主体性のないノータリンがよ。ナガセの代理面してるけど、中身のないお前にあいつの気持ちが代弁できるわけねーだろーが。それに常時脅してくるしムカつくんだよ這いつくばって死ね。
……って、なるてーと、ナガセになるのかなぁ……?
いつか殺すと決めている相手に手を貸すのか? 乾いた自嘲が顔に張り付く。もうアタシ自身、自分が何だかよく分かんなくなってきた。でもまぁいいか。海に行ったとき分かったんだ。
過去は過去、今は今。今、アタシが正しいと思えることをするだけ。
現場行ってアタシに何ができるか考えるか。アホなこと考えている内に、またもや太腿がまさぐられている。ふざけてんのかこのトンチキヤローは。こうなったら取れるだけ金をふんだくってやる。アタシは太腿の手首を、思いっきり掴んだ。
「触んなって――にょわ?」
アタシはここで正気に戻った。
ここは個室だ。中にはアタシしかいない。
誰がアタシを触る? マ○カス共はもちろん、ナガセはそんな事しない。
そしてこの手、どこから伸びている?
ライターで周囲の闇を払い、恐る恐る視線を自分の太腿の方へと持っていく。そして私は凍り付いた。
揺れる炎で照らされた便器は、影と光の境が怪しく蠢いている。新品のはずだが汚れて目に映り、汚らしく、悍ましく思えた。その便器の蓋が僅かに開いており、そこから生気の宿らない、白く、細い腕が伸びているのだ。腕は真っ直ぐと私にへと伸びており、太腿を鷲掴みにしてるのだった。
声が聞こえる。便器からではなく、脳に直接響くように、頭上からだ。
『オマエモ……コイ……コッチニ……コイ……』
鼓膜を抜けて腹の底へ落ちるような、低く唸るような声がした。背筋に氷が伝うような悪寒が走り、全身に鳥肌が立った。アタシの頭は真っ白になっちまった。とにかくこの気味悪い声を掻き消すため、威嚇のため、爆発した感情を吐き出すために、咽喉が潰れんばかりに絶叫した。
「にょわ~!!!!!!!」
*
「にょわ~!!!!!!!」
ヘイヴンの闇を切り裂いて、廊下に悲鳴がこだました。私はパトロールを中断して、勢いよく声のした背後を振り返った。回廊の奥まで続く闇に、懐中電灯の光を向けた。
深夜の廊下は緑の非常灯で、微かに照らされるだけだ。懐中電灯の光をそこに足しただけでは、濃霧のような闇を払うことはできない。私は柄にもなく、自分を飲み込もうとする闇に身震いしてしまった。
今のはロータスの悲鳴だ。独りで行動していたから、狙われたようだな。
「ついに尻尾を出したか……」
サクラが騒ぎを起こしたに違いない。その隙に乗じて、何か行動を起こすはずだ。しかし――私は不安で、悪寒が背筋を撫でるのを感じた。サクラにはアイリスが張りついている。不審な動きがあったり、見つけたりしたのならば、何かしらの連絡があるはずなのだ。しかしパトロールをはじめてから、デバイスはうんともすんとも言わない。
「嫌な予感がするな」
サクラに追い払われたのか、先に『幽霊』に襲われたのか。いずれにしても良い状況ではない。見張りからの情報が得られないのなら、手掛かりは襲われたロータスのみだ。罠があるとしても、現場に行く他あるまい。
緊張に生唾を嚥下すると、声の発生源を求めて薄暗い回廊を駆けだした。カツカツと硬いヒールが床を叩く音が、静けさの中にこだまする。それは一種のビートとなって、私の心臓に早鐘を打たせた。
ロータスがサボる場所を考えると、通風孔の中か自分の部屋だとは思うのだが、いずれにしろあいつは今だにクロウラーズの監視下にある。私はデバイスを取り出すと、マップを表示してロータスの居場所を探した。
「何てところでサボっているんだあいつは……!」
七階の外縁に近いトイレでロータスを表す光点が明滅している。恐らく煙草を吸っているのだろうが、そんなところで嗜んでも美味い訳ないだろうが。人の目が怖いなら、普段から煽るのを止めればいいだろうに。
私はロータスのいるトイレを目指した。そのうち暗闇の向こうから、慌ただしい足音が近づいてきた。ナガセの訓練のおかげで、音だけで相手の様相がだいたいわかる。距離は五十メートルくらい、人数は二人だな。まとまって行動しているから幽霊ではない。
私はトイレへと向かう足を、ひとまず足音のする脇道へと向けた。十数秒も経たないうちに回廊の向こうから、懐中電灯と思しき光が照らされる。やがて暗闇の中から、物凄い剣幕で突っ込んでくるサクラが現れた。
あいつも私の足音を拾っていたのだろう。私たちはぶつかることなく、二人そろって手持ちの懐中電灯を投げ捨てた。床に転がった電灯が、くるくる回りながら辺りに光を撒き散らす中、私とサクラは互いの胸倉を掴み上げた。
「何があった!」
「知らないわよ私も今来たところよ!」
私とサクラは鼻先がくっついたほど、顔面を近づけて吠え合った。互いに掴みあう手には渾身の力が込められており、このまま殴り合いに発展してもおかしくなかった。
剣呑な私たちの間に、プロテアが素早く割って入る。そして私とサクラを引き離すと、深い溜息を吐いて頭をかいた。
「いや。俺らパトロールをボチボチ終えて、部屋に戻ろうとしてたんだ。そこでロータスの悲鳴が聞こえたから、こうして駆けつけたわけなんだが――」
プロテアの視線が鋭くなり、彼女は私を厳しく一瞥した。
「俺らのこたぁいいんだよ。それよりロータスはお前ンとこのメンバーだろ? 何ではぐれてんだ? んで襲われてんだ? アイリスもいねえみたいだしよ。そこんとこきちんと説明してくれねぇと、俺怒るぜ?」
しまった。私は自分の立場のまずさに、表情がおのずと引きつった。私は本来ならロータスとアイリスを連れて、パトロールをしているはずなのだ。それがロータスは襲われて、アイリスすらも行方不明だときている。そんななか襲撃現場の近くで、私が一人でぶらついていたら、犯人と間違われても仕方がないだろう。いや、私だったら犯人だと考えるだろう。
この窮地を脱するには、アイリスの助けが必要だ。幽霊の正体がサクラなら、アイリスが何らかの怪しい行動を目撃しているはずだ。彼女と連絡がつかず、サクラがフリーでいることを考えると、既に『幽霊』に襲われた後だと考えた方が良い。
ひとまずこちらで不審な点があったから、アイリスは確かめに行ったきり戻ってこなかった――としておこう。これならアイリスがどのような言い訳をしても、つじつまを合わせる事ができる。私が嫌だから嘘をついたともいえる。万一サクラの不正を目撃していれば、不審な音を辿って真実に行き着いたと、逆攻勢に出る事ができる。
「アイリスはどうした。不審な物音を確認しに行ってから、連絡が取れないんだ」
私は落ち着いて聞いたが、プロテアは急に激高して地面を蹴りつけた。
「知るわきゃねぇだろうが!? オメェの管轄だろうがよ! くそったれめ!」
プロテアの剣幕に私が黙り込むと、サクラが気勢良く私に詰め寄ってきた。サクラの奴め、勝利を確信しているのだろう。普段は能面のような無表情をしているあいつが、ここぞとばかりに満面の笑みを浮かべていた。
「そうよあなた! 監督責任を放り投げて、独りで何をしていたのよ! ハハーンそういう事ね、ついに暴いたわよ! 分かってはいた事だけど、あなたが幽霊の正体ね!」
まるで死刑の宣告の如く、サクラは私に指を突きつけた。私は目障りな彼女の指を払いのける事ができず、ただ堪えて立ち尽くすしかできなかった。仕掛けたつもりでいたが、見事に嵌められてしまったのだ。
「アイリスはそっちに行っていないのか……」
サクラに尋ねた声は、自ずと震えてしまった。サクラ私の問いかけに答える必要はないと、ぞんざいに鼻で一笑した。
「いるわけないでしょうが! あんたのチームなのよ!? 何で私が動向を把握していると思っているの!? 御託は後で仰い。お仕置き部屋でたっぷり聞いてあげるわ!」
サクラは私の腕を掴むと、強引に引っ張っていこうとした。お仕置き部屋はクロウラーズが規律を破ったと『確定』した時、連れていかれる監房のような場所だ。私の犯行だと確定した訳ではないのだから、あまりにも不当な処置だと言わざるを得ない。しかし今の私には、それを拒む余裕などなかった。
「サクラもあまり責めんな。それにロータスの奴はどうすんだよ。ほっておくわけにもいかねぇだろ?」
プロテアが再び私たちの間に割って入り、二人の身体を引き離す。サクラはあっさりと手を離したが、不満そうに唇を尖らせて腕を組んだ。彼女は先程まで私に向けていた責める眼つきを、そのままプロテアへと向けた。
「あなたも上品ぶらないで、さっきの怒りをぶちまけたらどう?」
「気安く話しかけんじゃねぇボケ。俺が怒っているのは、てめぇらの陰気臭ェやりあいに、嫌気がさしているからだよ。堂々と正面切って殴り合えばいいものを、稚拙な罠で身内も巻き込みやがって……だから今みたいなことになるんだよ!」
プロテアは話し続ける内に、心の中に溜まっていた鬱憤を抑える事が出来なくなったのだろう。反吐をぶちまけるように語尾を荒げると、足で空を蹴飛ばした。
私はその様子を見て罪悪感で胸が疼くのと同時に、口の中に苦々しい味が広がるのを感じた。プロテアの言う事は尤もではある。私が無力で無様なために姑息な手を使って、皆を巻き込んでいる自覚はある。だがこれは皆の問題であり、皆の未来を左右することだ。お前もサクラのようにナガセを妄信せずに、自分で考えて行動してほしいものだ。
サクラはここで言い争うぐらいだったら、場所をお仕置き部屋に変えた方が何倍も有益だと考えたのだろう。彼女はプロテアをやんわりと押し退けると、私の肩に手を置いて目的地へと誘おうとした。傍目には優しい動作に見えるだろうが、私の肩には奴の爪が、鋭い痛みを訴えるほど食い込んでいた。サクラはロータスがいるであろう便所を一瞥すると、ロータスを見ながら顎でしゃくった。
「ロータスならマリアを回収に行かせましょう。マリア? さっきから黙っていて暇でしょう? ロータスの様子を見てきてくれるかしら?」
その場にいる全員の視線が、プロテアの後ろに向けられる。そうしてブー垂れている、色黒で背の高いお調子者の姿を探したのだ。しかしプロテアの背後には、不気味な暗闇が広がっているだけだった。
「マリア……?」
サクラが不安そうに、再び暗闇へと声をかけた。返事はない。プロテアが気を効かせて、暗闇を懐中電灯で照らす。映し出されたのはどこまでも続く、薄暗い回廊だけだった。
「いねぇぞ?」
「全くあの子は! 離れずについて来なさいと言ったのに!」
サクラは歯ぎしりをすると、軽く地団太を踏む。彼女は胸ポケットから小型のデバイスを取り出すと、私の肩にかけた手を離さぬままプロテアへと投げ渡した。
「マリアに連絡してくれるかしら? スピーカーで流して」
プロテアは少し頬を引くつかせてから笑うと、慣れた手つきでデバイスを操作した。数回のコール音の後、デバイスがマリアの声を発し始めた。
『はぁい、もしもし。どうしたの?』
どこか楽し気なマリアの返事は、サクラの激情に油を注いだようだ。彼女はマリアの声を掻き消すほどの怒号を発した。
「どうしたもこうしたもないわよ! あれほどはぐれないでって言ったでしょ!」
『あ! あはははは~……ごめんね、ちょっと呼び止められちゃってさ。それでついつい話し込んじゃって。それで電話してくれたの?』
プロテアはデバイスのマイクを手の平で覆い隠すと、呆れたように視線を伏せた。
「アイリスを発見。お前ンとこフケて、マリアとくっちゃべってたようだ。困るぞリーダーさんよ」
プロテアの苦言を耳にして、サクラが嬉しそうに口に手を当てて笑った。笑いたければ笑え。ひとまずアイリスが見つかってよかった。孤立せずに、打開ができるというものだ。しかしこの状況だとアイリスが裏切ったのか、マリアの「お話に付き合わされた」のかがまだ分からん。慎重に事を運ばなければ、足元をすくわれるだろう。
「とにかく、幽霊を捕まえたわ。急いでこっちに来なさい」
『ほんとぉ!? よかったぁ! 今からアジリアとそっちに行くから待っててね』
ブツリと通信が途切れた。
プロテアは私に聞かせるために、わざと大きなため息をついた。そしてサクラにデバイスを投げ返すと、複雑な視線を私に注いだのだった。サクラは上機嫌になって、滅多にしない鼻歌なぞを歌い出している。そして私をお仕置き部屋に連れて行こうとしたが、急にピタリと動きを止めた。
「アジリアって……ダレ?」
そりゃあお前、私に決まっているだろう。何を今さら聞くと思ったら――あっ?
一瞬にして、その場の空気が凍り付いた。じゃあ今マリアといる『アジリア』とは、一体何者なのだろうか。アイリスの工作? あいつはそんなに器用じゃない。ロータスが何か仕掛けたのか? あいつはもっと騒がしいのを好む。では誰が? まさか本当に幽霊がいると言うのか!?
サクラが先程の見せかけの上品さをかなぐり捨てて、私の胸倉を乱暴に掴み激しく揺すってきた。その瞳には怒りや憎しみよりも、恐れが色濃く浮き出ていた。
「あなた何をしたの?」
「何もしていない。聞きちがいじゃないのか? アカシアとか……アイリスとか……アで始まる名前の……」
「正直に話しなさい! マリアの身に何かあったら! ただじゃおかないんだから!」
「何もしていない! 分からない!」
「揉めてる場合かよ! 俺が先導する! 行くぞ!」
プロテアは言い合っている時間が惜しいと、唾を飛ばし合う私とサクラを一喝した。彼女はサクラが走ってきて回廊の方を向くと、その黒闇に懐中電灯の光を向けた。
「全速転進! マリアが危ないわ!」
サクラの号令を受けて、私たちは一斉に走り出した。
ちなみに私たちが便所で転がっているロータスを思い出したのは、ナガセが彼女を背負って医務室へとやって来たときだった。




