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Crawler's  作者: 水川湖海
アイアンワンド編
126/241

クロウラーズは電気柳の下で幽霊を見るか? 転

 ナガセがアカシアと訓練に出た翌日、ヘイヴン内にけたたましいアラート音が鳴り響いた。

 部屋でギターを奏でていたプロテアは、じゃらんと弦を鳴らして弾きおさめにした。そしてぼんやりと部屋のスピーカーを見上げた。

「んぉー? 珍しい。緊急招集だ」

 廊下をぶらぶらしていたマリアは、びくりと肩をすくませる。彼女は気だるそうに肩を落とすと、内腑まで吐き出せそうな重いため息をついた。

「うへぇ。フけたら罰を食らう仕事だ。勘弁してよぉ……」

 医務室でカルテを整理していたアイリスは、突然鼓膜を襲った騒音に動きを止めた。彼女は苛立ちに唇を噛みしめると、怒り任せに手元の紙を握りつぶした。

「何なんですか一体……人が忙しくしているっていうのに……」

 倉庫で戦歩ライフルの整備をしていたロータスは、にわかに鳴り出したやかましいアラートに身をすくめた。彼女は音に慣れると、手にしていたドライバーを地面に叩き付けた。舌打ちを放って感情任せに床を蹴りつけると、天を仰いで喚き散らした。

「クソッ! クソッ! クソッ! あのウンコタレマ○コめッ! このアタシを顎で使いやがって! 今に見てろヒス! ぶっ殺して便所に詰めてやる!」

 緊急招集。ドームポリス内外の監督者であるアジリアとサクラが、合意の上で出すことが許された命令オーダーである。早急に対処すべき非常事態に対して発令され、サクラが問題の対処要員を選任し、アジリアが指揮を執って解決に臨む手筈となっていた。

 招集は対象者付近のスピーカーがアラート音を発することで行われ、事前に定められた集合場所――7階のブリーフィングルームに集合することで行われた。

 四人はそれぞれの胸中を口から吐き出すと、その足をブリーフィングルームの方に向けたのだった。




 夏の夜というのは、どうも好きになれない。昼間はあれほど耳を賑やかした蝉の合唱や、草原を駆け巡る動物の地響きがプツリと途絶えてしまうからだ。まるで彼らが死に絶えてしまったかのような錯覚を感じ、また騒々しくなる翌朝まで落ち着けないのだ。

 ブリーフィングルームの演説台では、私とサクラが並んで仁王立ちになっている。私もサクラも作業着のズボンにタンクトップという、動きやすい恰好をしていた。まぁ、今から幽霊狩りを行うのだから、当然の出で立ちだがな。

 私はちらりと、横目にサクラを盗み見た。彼女は真っ直ぐにブリーフィングルームのドアを見つめて、招集をかけた人員が集まるのをじっと待っていた。傍目から見れば落ち着いているように見える。だが内心緊張しているのだろう。軽く空調の効いた涼しい室内で、サクラの肌にはじんわりと汗が浮き、シャツには斑点状の染みができていた。

 かくいう私だってそうだ。タンクトップが浮き出た汗を吸って、気色悪く肌にへばり付いていた。私はタンクトップの胸に指を入れて、肌から布地を引き剥がした。

 室内の演説台側にはホワイトボードが一つ置かれ、向かい合わせに聴衆席として長机と椅子が用意されていた。聴衆席では招集に応じた面々が、好き勝手にくつろいでいる。プロテアは自らの腕を枕にして、机に突っ伏して寝ていた。アイリスは真顔で正面を向いたまま、微動だにせず座り込んでいる。ロータスは火のついていない煙草を咥えて、機嫌が悪そうに揺らしていた。

 プロテアは疲れていて、アイリスはサクラとロータスが気に入らない様子だ。そしてロータスはそんなアイリスが気に入らないのだろう。場の空気は妙にピリピリしていた。

 ブリーフィングルームのドアレバーが、音を立てないようにゆっくり下がった。目ざとく気づいた私の視線が注がれる中、ドアがこっそりと開かれた。隙間から最後の一人であるマリアが中を覗き込んでいる。彼女は足りない人員がいないかを、確認しているようだった。大方一人でも欠けていれば、探しに行くとでもほざいて、そのままサボる気でいたのだろう。マリアは全員いるのに気が付くと、音を立てないようにドアを閉めて、ここから立ち去ろうとした。

 そうはさせん。お前もゴーストバスターズに編入だ。

「遅いぞマリア。お前をずっと待っていたんだ。これで全員集合だな」

 私が声をかけるとマリアは観念したようで、ドアを開け放って姿を見せた。そしてやる気がないと言いたげに、猫背になってブリーフィングルームに入って来た。

 マリアはロータスの隣の席を引き、腰を下ろそうとする。ロータスは待たされたことに腹が立ったのか、咥えた煙草を吐いて捨ててマリアを睨み付けた。

「おせーんだよバーカ。アソコの毛の毛繕いでもしてたのか?」

 マリアは対して気にした様子もなく、へらへらと笑い返して椅子に座った。

「あはは~……あんたと違ってノミもシラミも、ビョーキも持ってないから違うよ……」

 マリアらしからぬ攻撃的な返事だ。マリアもマリアで、苛立っているようだった。

 無理もないか。ナガセが帰って来てから訓練が再開されたし、ナガセ派と反ナガセ派の派閥に分かれての争いも増した。マリアは日和見主義でどこの派閥にも属していなかったから、居場所を見つけられなくなって気まずいのだろう。マリアはどっちにもつきたくないし、誰とも敵対したくないのだ。しかし周囲がそれを許さない状態になりつつある。

 我々の中で対立が深まってきているのだ。これは良い事だ。ナガセに対抗できている証拠だからだ。だからといって、平穏を望む彼女を傷つけるのは、同じ平穏を望む私としては難しい問題だった。

 全ては私が不甲斐ないせいだ。私が化け物と戦い、皆を守る力を持てないでいるからだ。辛い思いをさせて、本当に申し訳ないと思う。私は気落ちに少しの間、視線を俯かせてしまった。だからこそこの幽霊騒ぎは、何としても解決する必要がある。決意に顔を上げて、聴衆席を望んだ。ナガセの力を削ぎ、私の力を蓄えるためにも。

「ンだとコラァ!?」

 ロータスはマリアの返し文句にいきり立つと、その胸倉を掴んで彼女を無理やり立たせた。その際ロータスの膝が長机に当たり、玉突きの要領で向かいに座る、プロテアの腹に激しくぶつかった。

「うぉ! ビックリした……寝ちまってたみたいだ。悪ィ悪ィ……」

 居眠りをしていたプロテアは突然の衝撃に跳ね起きると、忙しなく首を巡らせて周囲を見渡した。そしてロータスがマリアの胸倉を掴んで、固めた拳を振り上げているのに目を留めた。彼女は眠気で細る目尻を擦りながら、柔らかい笑みを浮かべながら緩慢な動作で席を立った。仲裁に入るつもりなのだろう。

「全員揃ったようだけど、お前ら何で喧嘩してンだ? 仕事の後にとっとけよ。今やっても胸糞悪くなるだけだぜ」

「プロテア。いい。座っていてくれ」

 私はプロテアを押しとどめる手ぶりをすると、間をおかずにサクラが冷たい笑みをロータスに向けた。それは上品さの中に残虐さを感じさせる、鋭い目つきに口の端だけを吊り上げた笑みだった。

「ロータス。そのまま続けるなら特別の仕事をしてもらうわよ。囮とかどう? 今みたいに死ぬまで下品に喚いてくれると助かるわ」

「よせ……!」

 プロテアが引いてくれたのに、お前が喧嘩に加わるんじゃない。私はサクラが追い打ちをかけられなくするため、閂のように彼女の胸元に腕を出して抑えた。同時にロータスにも釘を刺すつもりでひと睨みを入れた。

「ロータス。お前もこんな安い挑発に乗るんじゃないぞ――」

 私はロータスが容易く煽られて、サクラに襲い掛かろうとしているものだと予想していた。しかし意外にも、ロータスは不愉快そうに口をへの字に歪めただけだった。それからマリアの胸元から手を離すと、サクラに突っかかろうともせず、大人しく席に座り直した。

 今度は私が口をいの字に広げる番だった。ここ最近よく見る光景だが、未だに物凄い違和感を感じる。強欲なロータスは、売られたのが喧嘩であれ挑発あれ、必ず買ってそれ以上の代償を払わせるような性格をしている。それがサクラを相手にすると、何の見返りもなく引き下がるのだ。

 サクラとロータスの間には、何か暗黙の了解があるらしい。剣呑な雰囲気にはなるのだが、必ずロータスが折れて喧嘩になることは一度もなかった。

 理由が気になるが、あいにく他人の問題だ。私が首を突っ込む筋合いはないし、サクラもロータスも口を出されるのを嫌がるだろう。

 私は皆が席に座り直すのを待ってから、軽く咳払いをして場の空気をとりなした。

「みんな揃ったようだな」

 ライフスキンの時計を覗き込むと、時刻は午後九時だった。夜も深くなり、節電のためヘイヴンの灯火が制限される時刻である。廊下に出れば施設を照らす光は、非常灯の仄かな燐光だけになっており、へイヴンはすっかり夜の闇に飲まれている事だろう。

 夜の静けさが持つ不気味な雰囲気に、夏の暑苦しさが妙な重みを帯びさせていた。こめかみを伝う汗は、暑さだけが原因ではないだろう。作戦前に似た淀んだ空気が、私の身体中を舐めまわして、嫌な汗をかかせていた。

「集まってもらったのは他でもない。本日より、不審者に対する自衛活動を行う事となった。これからそのブリーフィングを行うので、心して聞くように」

 それだけを言っただけで、面々が何の話しか察したらしい。プロテアは軽いため息をつき、ロータスは馬鹿らしそうに天井を見上げる。マリアはぶるりと身を震わせて、アイリスは鼻で笑った。露わにする感情が各々違うものの、一同が関わりたくなさそうに身体を引いた。

「まぁ……お前らが想像した通りだ。以前から我々のコミュニティに、何者かが介入している可能性があることは承知だと思う。噂話で幽霊と呼ばれている存在だ」

「放っておけばいいだろ」

 プロテアが長机を軽く叩きながら、私の言葉を遮った。その口調は会議そのものを止めさせたいのか、妙に重苦しくて強かった。プロテアは『幽霊』に余り悪い感情を持っていない。それどころか自分の他に、皆を助ける仲間ができて喜んでいるくらいだ。彼女が重要視しているのは幽霊の正体ではなく、幽霊が仲間を助けている事だった。

 私は首を振って、はっきりと否定した。正体不明の15人目の存在など、到底受け入れられない。

「そうもいかん。今のところ幽霊は、我々の手助けをしてくれているようだ。しかし情報伝達が上手くいかず、責任の所在を曖昧になってしまった。ある者の失敗を、幽霊の所為に出来てしまう現状は問題がある。誰も自分の仕事に責任を持たなくなってしまう」

 プロテアはここで眉間に皺を寄せると、声を潜めて唸った。

「俺ぁオメェーらが自分の行いに責任取ってるとは思えねぇけどな……ツマラン喧嘩で皆をギスギスさせやがって……」

 私は屹然と鼻を鳴らして、プロテアの文句を受け流した。それは必要な犠牲というものだ。我々がナガセに支配されるようになったら、それこそ全てが悪い方向に進んでいく。

 あいつは相も変わらず我々に戦いを強いて、傷ついてでも進むことを止めようとしない。子を成せないのが問題なら、好いている物好きと結婚すれば解決するだろうに、まるで逃げるように行進を続けているのだ。きっとあいつ自身、自分が何故進むのか分かっていないに違いない。恐らくあいつが元いた、戦いだけの世界に帰りたいから、敵のいる前に進むのだろう。

 そんな奴について言ったらどうなる? 待っているのは瓦礫の山と、腐った死体、虚しい勝利――破滅だ。

「問題が解決すれば、直に良くなるさ」

 私はプロテアへの口先半分、自分への戒め半分、そう楽観的な言葉を口にした。プロテアは今の所、私より頼りになるナガセを信頼している。しかし私がいずれ成長すれば、私と同じ考えを持ってくれるようになるだろう。

 自身の考えに耽りやや口数の減った私に代わり、サクラが後を続けた。

「責任の所在が曖昧になるのは、由々しき事態よ。それにここまで大事になる問題を起こしたのだから、幽霊には相応の罰を与えないといけないわ。ですからその正体を白日の下に晒して、二度とこのような事件が起こらないようにしないといけないわ」

 サクラはそこまで言うと、私の方に流し目を送ってきた。疑るような細目に、不満そうに尖った唇。いつ見ても腹が立つ。私にやましいことがあれば、白状しろと諭している顔だ。そうやって人の所為にすれば、自分が正当化されると思っているのか? ひとまず無視をして、私は長机に座す全員に向き直った。

「その前にだが……貴様らの中に幽霊について、何か知っている者はいるか? いたなら些細なことでもいい。教えて欲しい」

 プロテアたちは顔を上げて、向かい合う互いの顔を見つめ合う。彼女らの緊張感のない面持ちからは、重大な秘密を隠し持っているとは到底思えなかった。

 そのうちマリアがおずおずと手を上げて、伏目がちな視線で私のことを見上げてきた。彼女の黒檀の瞳は、恐れのせいか軽く潤み、蜃気楼のように揺らいでいた。私は少し驚いて目を丸めてしまった。マリアは噂好きだから何かは知っていると思った。しかしもめ事になると分かって、口にするとは考えられなかったのだ。

 これはひょっとするかもしれんぞ。私は先を促して頷いて見せた。マリアは躊躇いを見せるように周囲へ視線を配る。しかししびれを切らせたロータスに後頭部を叩かれると、ぼそぼそと語りはじめた。

「まぁさ……わたし時々思い出すんだよね……ナガセが来る前にゼロで死んじゃった子たちのこと。病気になったり、食べられたりしてさ、今の私たちみたいに楽しく生きられなかったと思うんだ。だから彼女たちなりに手助けしようとしたり、いたずらしちゃったりすると思うんだ……」

 私は頭の中が真っ白になってしまった。それは……その……幽霊を信じているという事か?私たちはパギとは違う。力も知恵もあり、それだけ分別を持たなければならないのだが……それが……パギを守るべき立場の大人が……何て言うことを……。

「本気で言っているのか……」

 呆然として声が震えてしまう。マリアは気恥ずかしげに頬を上気させたが、すぐに強気な目で私を睨み返してきた。そんな目で見られても、お前が良く分からない存在に対して、一番楽な答えに縋りついているのには変わりない。

 幽霊の話をナガセにした時も、外から見たら私はこんな感じだったのだろうか。忸怩たる思いで、耳が熱くなるのを感じた。

「お前馬鹿じゃねーの? ガキは寝る時間だから、くっせぇア○ニーして寝な」

 ロータスが嘲笑いながら、マリアの背中をバンバンと叩いた。ロータスは幽霊なんざ信じていないようである。当然と言えば当然か。幽霊を信じていたら呪われるのが怖くて、動物を虐め殺すことなんてできないはずだからな。最近は動物を虐めなくなったが、幽霊の存在を信じているからではないだろう。

「幽霊なんてばからしい。いるはずないじゃないですか。人を嬲るのが好きな誰かさんが、子供だましを仕掛けたに違いありません」

 アイリスが長机に頬杖をついて、珍しくロータスに同調した。アイリスはサクラ以上に論理的で、徹底した現実主義者だ。幽霊なんて科学的に説明できない代物を、認めるわけがない。それに『人を嬲るのが好きな誰かさん』か。アイリスも私と同じ人間に、犯人の目星をつけているようだった。

「それは誰のこと言ってんの? ヒステリー」

 サクラはじろりと、得意げに腕を組むアイリスを睨み付けた。

「あなたも賢いなら考えなさいな。すぐ分か――イマナンツッタオラー! ダレガヒステリーダコラー!」

 アイリスは顔を真っ赤にして、椅子を蹴って立ち上がった。彼女は両手の平をテーブルに叩き付けて、サクラを指さして怒鳴り散らした。それをヒステリックというんだ。

「二人とも喧嘩なら後でしてくれ。それにサクラ、調査の邪魔をするな」

 サクラは両の掌を上に向けて、やれやれと首を振った。アイリスも相手にされていないのに、食ってかかって無様を晒したくなかったのだろう。歯ぎしりをしながらも椅子に座り直した。私は清冽な溜息を一つつくと、背後にあるホワイトボードを人差し指で優しく叩いた。

「手がかりが皆無なら、出来ることを地道にしていくのだ。今日から私とサクラの二チームに分かれて、深夜のパトロールを開始する。チーム分けはサクラとプロテアとマリア、私とアイリスとロータスだ」

 私は準備したヘイヴンの地図を、ホワイトボードに貼りつけた。我々の主な活動の場である、七階の略図が記されている。中央に倉庫があり、それを囲んで居住区が、更にそれを包むようにして立ち入り禁止のパブリックエリアがあった。

 私は赤ペンで大雑把に、倉庫の中心から縦に割る線を引いた。そして西側に私の名前を、東側にサクラの名前を書いた。

「私のチームが西側、サクラのチームが東側担当だ。担当区域を一周したらパトロールは終了。各自シフトに戻ってくれ。何か質問は?」

 ブリーフィングルームの空気が一気に緩み、私とサクラを除くメンバーががっかりと項垂れた。面倒な仕事を嫌がっているわけではない。あまりにも杜撰な解決方法に、呆れかえっているのだ。そういう反応が帰って来ると思ったが、実際に見ると気が滅入るものだな。

 アイリスが悪い冗談だと言わんばかりに、苦虫を噛み潰したような顔になった。彼女はいらいらと長机を指で叩き、ヒステリックに叫ぶのを何とか我慢しているようだった。

「そんなの時間の無駄です。幽霊とやらは私たちが、独りの時を狙って出てくるのですから。派手にパトロールなんかしたら、警戒して出てこないに決まっているでしょう?」

 プロテアも馬鹿馬鹿しそうに柳眉を下げたが何も言わない。こんなやり方では幽霊の正体は暴けないのでどうでもいいのだろう。ロータスはもうどうでもよさそうに、作業着のズボンに手を突っ込んで股間を掻いていた。

「意外とそうではないかもしれんぞ? 永遠に隠し通せるものはない」

 今回の幽霊騒動だが、私はナガセが裏で糸を引いているのだと考えている。奴がヘイヴンを留守にする間、保険を残さずに出かけるとは考えにくい。再び反乱が起きようが、クロウラーズがナガセの帰りを拒もうが、対処できるように監視役を置いたに違いない。その監視役が幽霊の正体だ。

 私は立ち入り禁止区画を歩く黒い影と、幽霊の正体は同じ――監視役だと推理している。監視役は禁止区画の徘徊が明るみに出たため、幽霊という存在をでっちあげて、真実が明るみに出るのを避けたのだ。

「なぁ、サクラ。そろそろ幽霊とやらもボロを出す頃だと思わんか?」

 私は気さくに語りかけながら、横目でサクラを見た。そして殺したマシラを見下すような、凍える眼差しと視線が重なった。

「そうね……そろそろ調子に乗って、ミスをする頃合いね」

 隠そうともしない敵意に、押し殺した殺意が、彼女の静謐な漆黒の瞳から伝わって来る。貴様も私が勘づいている事を知っているようだな。私とサクラは無言のまま、互いの思惑を探るように見つめ合った。

 ここまで推理すると監視役の目的も、自ずと分かると言うもの。ナガセに何が起こっても再起できるよう、立ち入り禁止区域で物資を漁って、どこかに貯蓄しているのだ。ドームポリス内監督者という立場を利用すれば、帳簿の数を弄ったり、監視カメラに細工をするのも楽だろう。そして貯蓄場所の用意や隠匿も容易いものだ。

「サクラも出ると考えている。これから毎日パトロールを実施し、幽霊とやらの活動を暴き、いかなる不正が行われていたかをはっきりさせるぞ。奴は実在する。ならば拠点があるはずだ。そこに扱いが禁止されている薬品や武器があった場合、厳罰に処すつもりだ」

 私はぼんやりと、ナガセが『お前らで何とかしろ』と言ったのを思い返していた。もう二年近い付き合いで、その真意を私は汲み取っていた。

 ナガセは幽霊問題解決のチャンスを与えるために、この三日で何かを仕掛けてくる。そして私たちに暴いて見せろと、試しているのだ。それはサクラも例外ではないだろう。私に秘密を守り通せるか、試されているに違いない。

 そうして任務を達成した方を、取り立てるつもりでいるのかもな。

「二度とこんなふざけた真似ができないようにな……」

 私が含みを持たせていうと、胸の内に秘めた激情が、場の人間に伝わったらしい。サクラを除く彼女たちは、私に注目して生唾を嚥下した。

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