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Crawler's  作者: 水川湖海
アイアンワンド編
125/241

クロウラーズは電気柳の下で幽霊を見るか? 承

「幽霊だァ?」

 俺は突拍子もない話を聞かされて、思わず呆れた声を出してしまった。アジリア自身、自分がどれだけ馬鹿げた事を言っているか、気付いてはいるのだろう。俺の声を聞いて、耳まで真っ赤になってしまった。それでも羞恥心に俯かずに真正面から見返してきたのは、幽霊の存在を確信しているからに違いない。彼女は太腿の隣に下げた手をきつく握りしめると、珍しく歯切れの悪い口調で言った。

「ぐ……そ、そうだ。そうとしか説明できんのだから、しょうがないだろう」

 アジリアの隣には、一緒に来たサクラが大人しく並んでいる。理性的な彼女なら、もっと要領を得た話をしてくれるだろう。俺はサクラに視線を移すが、彼女も浮かない顔をしていた。

 俺が話しを聞こうと顎でしゃくると、サクラは申し訳なさそうに視線を伏せた。

「そうなんです。説明しようにも、説明のしようがなくて。発生している事象はどれも、物理的に不可解なことばかりでして。ナガセがお留守の間、このドームポリスには十四人しかいないはずです。しかしどうやら十五人目が入り込み、悪さをしている様なのです」

 アジリアとサクラが何を言いたいのか、全く分からない。俺は深いため息をつくと、椅子に深く座り直した。そしてデスクを挟んで立つ、二人の顔をじっくりと覗き込んだ。

 アジリアとサクラの顔色は、困惑と歯がゆさで歪んでいた。何が起こっているかすら、よく分かっていないようだ。相手が分からないので、どうしたらいいのかも分からない。打つ手すら考え出せずに、縋っているのが手に取るようにわかった。

 となるとつまらないことをよく調べもせず、大げさにとらえて、幻の十五人目を勝手に想像している可能性もあるのだが――二人は真剣そのもので、その十五人目とやらの存在を確信しているようだった。

 俺は一旦アジリアとサクラから視線を切ると、デスクのコップに手を伸ばした。中に満たされている新メニューのコーヒーを、ゆっくりと口に含む。そして舌を刺激する上品な渋さと、鼻孔に満ちる香りを堪能してから、こくりと喉を鳴らして飲んだ。

 ここは倉庫にある俺の部屋だ。管制室を間借りしているため、室内は機械類が詰め込まれており、人が過ごすにはやや狭苦しかった。外壁側の壁はモニタになっていて、一つだけが稼働しており、ヘイヴンの運用情報が映し出されている。ヘイヴンへと続く内側の壁には、倉庫の設備を操作するコンソールがでんと置かれていた。その上には窓があり、はめ込まれたマジックミラーの向こうでは、倉庫で慌ただしく働くクロウラーズを監視する事ができた。

 一息ついて、デスクにコップを戻す。目の前に視線を戻すと、サクラとアジリアは解決策を期待して、身を乗り出しているところだった。

「十四人いる! ――という傑作古典漫画があってだな……一つ多く覚えてるぞ」

 ジャパニーズコミックは、チャイニーズアニメーション(この世界では日本のアニメは衰退し、その起源すら中国と認識されている。真実を知るのは一部のディープなオタクのみである)と双璧を成す、日本が世界に誇るサブカルチャーだ。ヘイヴン内にコミックが落ちていてもおかしくないし、良く分からない問題をコミックになぞらえて認識していても不思議じゃない。こいつらもまだまだ子供だからな。

 アジリアとサクラはしばらく唖然としていた。しかし俺が駄目押しの苦笑を漏らすと、アジリアが両の拳を机に叩き付けて声を荒げた。

「コミックの話ではない! 現実と空想の区別はついている! 私はマジで言っているんだ!」

 サクラも泣きそうになりながら、震える声で抗議してきた。

「ナガセ……私たちなりに懸命に対応し解決できなかったため、恥を忍んでお願いに参っているのです。お願いですから茶化さないで下さい」

 そんな風に言われたら、俺もふざけることはできないな。俺はデスクに肘をつくと、組み合わせた手で口を覆った。

「話がイマイチ分からん。一から順を追って聞かせろ」

 アジリアとサクラは同時に口を開こうとして、互いにそれに気付いて思い止まった。そしてお互いの顔を見つめ合い、どっちが先に説明するかを探り合っているようだった。その眼付きはナイフのように鋭く尖り、触れるだけで切れてしまいそうなほどだった。

 どっちが先に話すかなんて、心底どうでも良い事だろうに。そんな些細なことでピリピリするなんて、俺が出かける前よりも仲が悪くなっているようだった。

 アジリアもサクラも根は善良だし、互いの短所と長所が真逆なのだ。協力すればこれほど心強いパートナーはないというのに、もったいないことだ。留守の間に二人に何かあったようだが、原因に幽霊が絡んでいることを祈らずにはいられない。俺がいなくなれば二人が仲良くなれるという、俺の中の数少ない希望を失わずに済むからだ。

 俺は先を急かして、デスクをノックした。するとサクラがおずおずと挙手し口を開いた。

「まず最初の事件と思われますが……夜中に起きたパギが、私がトイレに付き添ってくれたと言っているんです。しかし私は就寝中で、現場には居なかったはずなのです――」

 そこまで言ったところで、アジリアがちょっと待ったと、サクラに手の平を向けた。

「いや。その前にお前の偽者が、私に地図を持ってきた事件があった」

 途端にサクラは火に油を注いだように、激しく激昂した。彼女はアジリアの手を払いのけると、その胸元に指を突きつけて怒鳴り声をあげた。

「あの地図はアンタが盗んだんでしょ!? 私のポストに報告書を入れた時、部屋を出た隙をついたって分かっているのよ!」

 アジリアも負けじと、サクラの手を払いのけた。返す手でサクラの胸倉を掴み上げると、鼻先がくっつかんばかりに顔を近づけて怒鳴り返した。

「だ~か~ら~! 私はやってない! 違うと言ってるだろ! それだとお前がやらかしたこれとつじつまが合わんだろうが!」

「はァン!? 私がやらかしたことって何よ!」

「お前が盗まれたとかほざいている地図を、気色の悪い敬語を使いながら私のとこまで持ったきたことだ! おまけにあんな良い服見せびらかして! お前があんな嫌がらせをしたから、その後の異変も嫌がらせだと思ってしまい、事態の発覚が遅れたんだぞ!?」

「それは一体何のことよ雌猫ォ!」

「自分の胸に聞いてみろ雌犬ゥ!」

 アジリアとサクラは俺に報告することはおろか、ここがどこかすらも忘れたらしい。そのまま言い争いをエスカレートさせていき、互いに顔を真っ赤にしながら罵詈雑言を浴びせ始めた。それは間をおかずに襟首を掴む、野蛮な取っ組み合いにまで発展した。

 俺は止める気すら起きず、デスクに膝をついたまま頭を抱えた。だいたいの事態が把握できた。どうやら二人は幽霊のやらかしたことを、相手がした嫌がらせだと互いに思い込んでいるようだ。それでもともと悪かった仲が、さらに悪化したのか。

 さて、二人の酷く曖昧な話をうのみにするのなら、サクラに資料を持っていきアジリアに地図を渡したのも、件の十五人目とやらの仕業だろう。本人は親切でやったのかもしれないが、関係がこじれる原因になっている。犯人にはきついお灸をすえてやらないといけない。

 俺がぼんやりスパイ狩りを考えていると、頭上のスピーカーから金切り声が上がった。

『マム・サクラ! マム・アジリア! おやめくださいませ! お互いに何かを間違ったり、忘れたりしたのかもしれません! そんな些細なことで、傷つけ合うのはおやめくださいませ!』

 アイアンワンドである。俺が出ていく前も十分気色が悪かったが、より磨きがかかったようである。声には排水溝のヌメリのに似た艶と、そこを流れる汚水のような滑らかがあった。まるで本物の人間が、語りかけているようだった。

 アイアンワンドの仲裁に、二人は稀に見る凄絶な形相で頭上を睨み上げた。

「はぁ!? やかましいわよオンボロ機械! 今白黒つけてんだから黙ってなさい!」

「そうだぞ! もとはと言えば貴様がアテにならないから、このような泥仕合になっているんだぞ! 分かっているのか!?」

 ウサギの糞みたいに情報を小出しにするんじゃない。まとめるのが面倒臭いんだよ。ええーと……幽霊の正体を暴こうとアイアンワンドの監視機能を使ったが、上手くいかなかったという事だな。詳細を知りたいが、頭に血が上った小娘に何を聞いても無駄だろう。それよりも身体の芯まで鋼鉄で出来た、クールな人工頭脳の方が良い。

「アイアンワンド? お前は何か知っているのか?」

 目の前で言い争いを再開する二人を置いておいて、俺は虚空に語り掛けた。

『ギクリ……はい。存じ上げております』

「今ギクリとかほざなかったか――ん? 知っていると?」

 俺はわざと、垂らされた餌のない釣り針に食いついてやった。アイアンワンドは悩まし気な唸り声を前置きにして、とうとうと語りはじめた。

『ええ……わたくしめは、このドームポリスの管理をしている人工知能ですもの。事の真実は把握しておりますわ……ですがこの真実は今現在において、お二人の関係を悪化させるだけにございまして……』

 だったら黙っていればいいものを――自分が知っていることを、俺に聞かせたいんだろ?

「御託はいい。さっさと言え」

『サー、イエッサー。先ほどお二人が言い争っていた、地図並びに資料の引き渡しの件でございますが、監視カメラに映像が残っております。デバイスに映像を送りますので、ご覧くださいませ』

 俺は胸のポケットからデバイスを取り出すと、公共通信のチャンネルを開いた。本来なら政府からの広報が表示されるものだが、無政府状態である今はアイアンワンドの監視の元、パギが放送業務をするのに使われている。

 チャンネルを表示すると、すぐに監視カメラの映像が映し出された。場所は倉庫の駐車場で、停車したキャリアの間を、アジリアが練り歩いているところだった。やがて彼女の背後から、サクラが駆け寄ってきた。

『あら、ちょうどよかったわ。探していたのよ』

 サクラの手には地図と思しき紙が握られており、彼女はまるで旧来の友のようにアジリアへ声をかけた。しかしアジリアの対応は刺々しかった。地団太を踏むように足を止めて、口元は暴言でも吐いたのかぶっきらぼうに動いた。

 だがサクラは激昂することなく、とても穏やかだった。まるで俺に相対しているように、敬意をもってアジリアに接し続けていた。やがてアジリアもサクラの雰囲気にほだされたのか、次第に態度を軟化させていった。結局何度か言葉を交わすと、アジリアはサクラに地図を返し、二人は何事もなく別れた。

 画面にノイズが走り映像がとまると、アイアンワンドは続けた。

『もう一つございますよ。マム・アジリアが、マム・サクラに資料を渡した映像です』

「いや、いい」

 見るだけ時間の無駄だ。映像のようにサクラが我慢強ければ、アジリアは喧嘩なんて売らない。そしてアジリアも映像のように謙虚だったら、サクラも突っかかったりしないのだ。画面に映っているのは彼女たちの偽物だろう。大方仲を取り持とうとしたが失敗したので、尻拭いに走ったようだ。余計に拗れる原因になってしまったがな。

 ここまで来ると犯人がわかるはずだ。二人は互いの疑いを拭いきれないがために、真実を見抜けないでいるに過ぎない。そして互いに相手を説教して欲しいがために、揃って俺に直談判に来たのだ。

 俺は相も変わらず取っ組み合いを続けて、相手をなじり続ける二人に視線を戻した。アジリアの頬が赤く腫れて、サクラの顔に引っかき傷ができている事から、一回は応酬があったようである。

「アジリアとサクラは暴徒だ。レベル1。やれ」

『サー、イエッサー』

 バシリと、空気を電撃が叩く音がし、アジリアとサクラの身体が軽く揺れた。さすが俺の元で二年しごかれただけはある。二人とも最低レベルの電撃に、膝を折るどころか苦痛の呻きすら漏らさなかった。

 アジリアとサクラは突き飛ばすように、互いの胸倉から手を離した。そしてデスクに手を突いて身を乗り出すと、俺に掴みかからんばかりに顔を近づけて抗議してきた。

「何を為さるんですか!? 私は悪くありませんよ!」

「痛いじゃないか貴様! 何で私も罰した!?」

 まぁ、乗り掛かった舟だ。幽霊さんとやら、お前のやり方で二人が仲直りできるか試してやろうではないか。俺は二人にデバイスを見るように、ディスプレイを指で叩いた。

「例の映像を見たぞ。お前達何か勘違いをしているんじゃないのか。サクラは地図を渡した。アジリアは報告書を持っていった。お互いがお互いの仕事をしていただけではないか。感謝し敬意を抱く事はあっても、そのように罵声を浴びせ拳を交わすことはないはずなのだが?」

 アジリアとサクラはそろってデバイスを覗き込み、そこに映し出されているものを確認した。彼女たちはすぐに目を剥いて、身振り手振りで否定してきた。

「それは私ではございません! ですから幽霊の……こいつの仕業だと――」

「こいつとは何だ!? 私もこんなものは知らんぞ! 第一服装が違う! 貴様はすごくいい格好をしていた! 第二に地図は返したんじゃない! とられたんだ! 第三にこんな穏やかな終わり方じゃなかったぞ畜生め! これはねつ造だ!」

「あん? すごくいい恰好とは――」

 俺の疑問を遮って、すかさずアイアンワンドが反論する。

『お二人ともサーがいない間、職務に励まれてお疲れの御様子でした。きっと記憶が曖昧になり、思い出を元に過去をねつ造してしまったのでしょう。お二方はサーのいない間、協力して職務に当たっていたではありませんか。その美しい邂逅を、くだらない過去をぶり返すことで台無しにするおつもりですか?』

 ブリキ野郎……いつもと違って強気に進言するじゃないか。しかも遠回しに俺も責めやがって。俺は口をへの字に曲げると、目の前で追憶に耽り、硬直する二人に視線を注いだ。

 アジリアとサクラは真顔になって、顎に手を当ててしばらくの間黙考した。そしてどこかふっきれた、柔らかいが狂気の潜む笑みを浮かべる。彼女たちは互いに指を差し合って、軽蔑に口の端を釣った。

「書類出さないし盗まれました」

「無意味な説教をされた」

 俺は鼻で笑った。まぁそうなるだろうな。

『チッ……最近、例の幽霊の騒ぎも治まってきているのでございましょう? サーが戻り、負担が減って、気をしっかり持てるようになったのでございます。マムたちはもう大人の女性です。マム・パギのように、憶測と偏見に振り回されるのは控えた方がようございます』

「今舌打ちしなかったか?」

『ノイズでございましょう』

 アイアンワンドはしれっと弁明すると、二人を見守るように沈黙した。

 アジリアとサクラの不和には、俺の存在という原因もある。俺がいない休暇中に、何らかの進展があるのではと期待していたのだが、余計なことをしてくれたな。俺は胸に沸いた苛立ちに促されて、頭上の監視カメラをちらと睨み上げた。

 アジリアとサクラは黙り込んだまま、自らの足先に視線を落としていた。俺がいなかった間忙しかったのは本当の様だ。アイアンワンドの意見に思い当たる節があるのか、真っ向から否定はしなかった。しかし喧嘩を重ねたのも事実の様で、時折二人は憎悪と疑いの眼差しで、盗み見合っているのだった。

「いずれにしても、クロウラーズを束ねる立場である貴様らが、そのような体たらくなのは頂けん」

 俺の厳しい言葉に、サクラは気落ちして悄然と頭を垂れた。しかしアジリアは視線を尖らせて、糾弾するように俺を突いてきた。

「だからリーダーである貴様がどうにかしろと言っている。貴様は私たちの上に立つものだろう? しっかり仕事をしてもらわないと困る」

「アジリアっ……おだまりなさいっ……」

 アジリアの物言いに、サクラは俯いたまま叱責した。

 アジリアは相変わらず幽霊騒動に、俺が一枚噛んでいると思っているようだ。俺をクロウラーズを化け物に変える、危険な存在だと考えているからな。その姿勢は正しいが、こだわり過ぎて視野が狭まっているのはよろしくない。犯人が誰か教えてやってもいいが、解決しても二人の間にはわだかまりが残るだろう。それにこれぐらいの障害は、自力で乗り越えてもらないと困る。

「二人で解明しろ。捜索隊に四名の人員もつけてやる。以上」

 俺の言葉にサクラは傷ついたように僅かに仰け反り、アジリアは俺が黒幕だと確信してかほくそ笑んだ。二人とももっとしっかりしてほしい。サクラは俺を頼りすぎるし、アジリアは逆に必要以上に囚われ過ぎている。この事件を契機に、もう少し視野を広く持ってくれると助かる。

「聞こえたか? 二人で解明しろ。俺はおとぎ話を聞いてやれるほど暇じゃない。何が何だか分からんが、怖いから何とかしろだ? 寝ぼけたまま喋るんじゃない。それが今そこにある脅威だと俺に証明しろ。話はそれからだ」

 俺が話し終えると、部屋のドアが遠慮がちに開けられた。そして僅かに開いた隙間から、アカシアがおどおどと中を覗き込んできた。彼女はライフスキン姿をしており、身体には衣装用の布ではなく、タクティカルベルトを巻いていた。背中には大きめのバックパックを背負っており、それは詰め込まれた荷物でパンパンに膨れ上がっていた。まるで遠足前夜の子供のような恰好だった。

 アカシアはアジリアとサクラに一旦視線を止めて、軽く頭を下げた。それから俺を見つめると、期待に弾んだ声で話しかけてきた。

「あの……その……ナガセ~。今日の午後から新しい訓練でしょ。僕に偵察教えてくれるんだよね」

「ああ、今出る」

「まってるね~」

 アカシアは嬉しそうに声を上ずらせると、揚々とドアを閉めた。俺はデスクに立てかけてある、ランドセルサイズのバックパックを肩に担ぐと席を立った。中に入っているのは三日分の食料と、サバイバルキットだ。

 訓練だけをしても何の意味もない。実戦では環境の整った訓練とは違い、予測できない極限の状況で能力を発揮しなければならないのだ。これからアカシアには異形生命体の危険に身を晒すことで、実戦のストレスに慣れてもらうつもりだ。その笑顔が訓練終了まで続くといいのだがな。

「三日留守にする。俺が帰るまでにカタを付けろ」

 俺が二人に背を向けて部屋を出ようとすると、食い下がるようにアジリアが声をかけてきた。

「だがな――」

 だがなもしかしも糞もあるか。お前らには他のクロウラーズと違って、多くの権利を与えている。当然それには多くの責任が付随しているのだ。俺はアジリアとサクラを振り返ると、ややきつめの口調で遮った。

「俺は威張るために、貴様らに役職を与えたわけではない。吠える暇があったら働け」

 言葉を失う二人を残して、ドアを開けて部屋を出た。廊下ではドア脇の壁に背中を預けて、アカシアが俺のことを待っていた。彼女は俺を見て花が咲いたように笑うと、閉じようとしたドアにそっと手を差し込んだ。そして隙間から中を覗き込むと、クスクスと悪戯っぽく笑った。

「あの……その……僕『ナガセ』と訓練行ってくるから。後はお願いね。にしししし」

 アカシアは上機嫌で、後ろ手にドアを閉める。ドアの締まる音に紛れて、中からサクラとアジリアのぼやく声が聞こえた。

「ムカつく……」「腹が立つ……」

 仲の良い事で。どっかのボケナスも見ているか? 二人は決して心から相手を憎んでいるわけではない。互いに認めあい、そして必要としている。だからこそ方向性の違いが受け入れられず、そのもどかしさが亀裂を生んでいるのだ。こういうのは時の経過を待つしかない。相手を許せるほど、己が強くなれるまで。

「さ! よろしくお願いしますサー!」

 アカシアは俺の手を握りしめると、意気揚々と倉庫へと引っ張っていく。俺は苦笑すると、されるがままに導かれていった。

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