Crawler‘s
カツン、カツンと、俺の軍靴が、保管庫の中二階の床を蹴って、虚しい音を響かせる。静寂にこだまする靴音は場の空気を鞭打ち、そこにいる者の気を引き締めさせた。
俺は保管庫の中央辺りで足を止めると、欄干に手をかけて眼下のフロアを見渡した。
天井を網羅する光ファイバーに照らされて、整然と並ぶ人攻機の駐機所が浮かびあがる。巨人を横たえるゆりかごに囲まれた、グランド・エレベーターの上で、彼女たちは横一列に整列していた。
その数、十四名。一人も欠けずに、怪我もさせることなく、ここまで進んでこられた。そうなるように努めていたが、振り返って考えると奇跡だ。俺はもう一度、この奇跡を起こさなければならない。しかも兵士の厳しさを用いずに、人間の優しさを以ってだ。
欄干に置かれた手は、予想される困難に、きつく手すりを握りしめた。
俺は兵士でなくなることを、弱くなる言い訳に使うつもりはない。人間としても、兵士を超越して強くなる事を誓うつもりだ。そしてそのために、彼女たちを犠牲にしないことを誓うつもりだ。
目標は機動要塞『天風』。その距離千キロ以上。間を隔てるは異形生命体とAEU。
俺たちはこいつらを乗り越えて進む。
気を静めるために大きく深呼吸をする。鼻孔に満ちたのは、エアコンの風に運ばれるオイルの臭い、僅かなカビ臭さ。そして彼女たちが放つ、麗しく、優しい花の香りだった。
「諸君!」
俺の轟雷に、彼女たちは反射的に気をつけの姿勢をとった。
「覚えているだろうか! 我々はかつて、この島の南端で死にかけていた!」
彼女たちは俺がいなければ死んでいた。
俺も彼女たちがいなければ死んでいた。
「食料不足! 減りゆく物資! そして異形生命体の襲撃! 我々は力を身につけ、それらを撃退し、生き延びるために内陸に進出した!」
冬眠を機に反発を受け、俺は自分の立ち位置に疑念をもった。
冬眠の孤独を経験して、俺は突き放し一人で生きることを決めた。
「皆の奮闘の末、我々はヘイヴンを異形生命体の手から奪還した! 生活は豊かになり、物資は潤った! もはや異形生命体は敵ではない! しかしそれでも、我々が幸せに生きるのには足りない! 足りないのだ! 我々は、我々だけでは生きていけないのだ! 我々には必要なのだ! 温かい仲間が! 聡明な法が! 自己を高める知識が! そしてそれらが形作る、帰るべき国が必要なのだ!」
ヘイヴンを留守にして、彼女たちに全てを任せた。俺がいなくとも歯車は回り、彼女たちは立って歩けると思った。実際、歯車は回った。しかし彼女たちは倒れ、血を流した。
俺は教育と称して彼女たちを傷つけた。俺がいる間はその存在で、彼女たちの傷は塞がっていた。しかし逃げたせいで、その傷が開いたのだ。
生きるとはそういうことだ。
俺たちは前に進むたびに失くす。だから仲間に補ってもらう。
俺たちは前に進むたびに忘れる。だから思い出を共にする。
俺たちは前に進むたび変わる。だから見失わないよう支え合う。
もう一度俺にチャンスをくれ。
「我々は来年の春、さらなる内陸へと足を伸ばす! 目指すのは最北端に位置する、機動要塞『天風』だ! ここには存在する! 明日を共にする仲間が! 公正な法が! 知るべき知識が! 人類の英知を以って集結し! 帰るべき楽園として!」
人類は一度、終末を経験した。反省し、焦土の中から生まれたのがこの世界だ。
ここには何もない。汚染も、争いも、憎しみすらも――全て過去として流れた。
今あるのは、平和を祈る我々だけだ!
「俺は必ず諸君らを連れて行く! 我々が笑顔で暮らせるユートピアへ!」
俺は十四名の女たちを見渡した。
凛と表情を引き締めて、一言一句聞き逃すまいとするサクラ。
敬愛の眼差しを投げかけつつも、猜疑心に瞳を曇らせるプロテア。
今までの不遜な態度が嘘のように、従順に耳を傾け不敵に笑うロータス。
場に立ち会っているが、別のことを考えて視線を余所にやるマリア。
相も変わらず笑顔を絶やさず、呑気に突っ立っているピオニー。
演説の意味を噛み砕くように、首肯を繰り返しながら空を仰ぐサン。
そんな彼女をしきりに気にして、俺の声を聴いていないデージー。
響き渡る言葉を音と聞き流し、軽蔑の眼差しを向けるパンジー。
辟易と肩を落とし、気だるげに口をいの字に広げるリリィ。
新たな戦いを予感してか、自らをきつく抱きしめるアイリス。
露骨に顔をしかめて、耳を塞ぐパギ。
四肢を強張らせて、震えながら俯くローズ。
憧れを頂くように、嬉々と俺を見上げるアカシア。
そして――
俺に立ちはだからんと肩を怒らせ、伏せがちの顔から睨み上げるアジリア。
多種多様の人種が返す、十人十色の反応は、我々に走る亀裂を感じさせた。
俺はそれでも根っこのところでは、一つに繋がって通じ合えると信じている。
「楽園に辿り着くその日まで! 我々はいっそう結束を強め! 互いを尊重し! 信頼を深めて! 行く手を塞ぐ困難に耐えなければならない! 我々は共に歩む仲間だ! 幸せも、苦しみも分け合って、共に進む仲間だ! その我々の象徴として、諸君らには掲げる旗を考えてもらった! この先、俯き、躓き、折れそうになる時もあるだろう! その時! 風に靡くこの旗を思い出して欲しい!」
人類を蝕む領土亡き国家。暴徒と化した人類。そして幻想かも知れないそれらの恐怖に、おびえる自分に、我々はこれから挑まなければならないのだ。
「俯いたとき思い出してくれ! 我々が俯いては! この旗を拝めないことを!
躓いたとき思い出してくれ! 誰かが躓いても! 必ず傍に皆がいることを!
折れそうなとき思い出してくれ! それでも仲間は! 折れまいと踏ん張っていることを!」
俺は右手を挙げて、合図をした。
「アイアンワンド!」
『イエッサー』
保管庫に合成音声が響き渡る。間を置かず、俺のやや後ろの天井から、緑の旗が垂れ下がった。
木漏れ日を表現する上半分の薄緑。大地を現す下半分の深緑。丘陵を描く中央の緑には、角の短い牡鹿が描かれている。
我々の旗だ。
「Crawler‘s。この旗が象徴する、我々の名だ」
彼女たちは進む。這って進む。拙い手足で大地を蹴り、赤ん坊のように。
無知ゆえに転び、柔肌を世界に傷つけられながらも。
俺は進む。這って進む。妖しく大地をうねり、蛇のように。
知識に惑いつつも、彼女たちを真の楽園に導くために。
全ては共に立って、歩く明日を迎えるため。
「俺たちは這う者たちだ!」




