表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Crawler's  作者: 水川湖海
二年目 休暇
107/241

釣果隊 東へ行く その2

 キャリアは荒野の砂を巻き上げながら、盆地を進んでいく。やがて丘陵を駆け上がり、草原に乗った。草原は軽く萎れており、タイヤに踏みしだかれただけで簡単に千切れ、冬前の風に乗って遠くへと運ばれていく。アタシはそれを視界の端にとらえながら、キャリアをひたすら東に走らせた。

 荷台からは、サンとデージーが楽しそうに言葉を交わすのが聞こえてくる。

「ひっさしぶりの釣りだね。今日の勝負は絶対に私が勝つかんね。へへへぇ! 釣るぞ釣るぞ釣るぞ! たくさん釣って私の勝ちだ!」

 と、やかましくデージーが喚く。うるせぇ。キャリアから突き落とすぞ。

「あのね~。釣る量じゃなくて、釣った獲物の大きさで勝負しようって、言っているじゃない。それだったら私も負けないんだから」

 サン。お前もうるせェ。轢き殺すぞ。くっちゃべっているがちゃんと見張りはしてるんだろうな。

 二人のおしゃべりは続く。

「それだと私勝てなくなるだろ! ずるいぞ。自分の得意なジャンルを選ぶなんて!」

「え? えぇ……どのツラさげてその台詞言っているの……? それ言ったら、たくさんの量を釣るのが、デージーの得意なジャンルでしょ? ていうかいままでそれで勝利宣言してきたけど、納得いかないよ。今日は大きい方釣ったのが勝ちね」

「嫌だ。今では滅多にできない釣りなんだから」

「え~……今まであなたのルールでやってきたんだから、今日は大物狙いで勝負しようよ」

「今までのルールはこれからのルールだろぉ! だから量、量、量! 量で勝負だ!」

「馬鹿言わないで。デージーただでさえアレなんだから、救いようがなくなるよ」

 荷台で小さな言い争が始まる。デージーはキツツキのように激しくまくし立て、その合間をぬってサンがなかなか毒のある言葉を吐く。

 背中でこのような言い争いをされると、背中にオイルを塗られるような嫌な気分になるものだ。アタシの経験上、後数分もすれば銃撃が始まる。ん? そんな経験あったっけ? まぁいいか。どっちにしろせっかく外に出られたのに、何で低脳どもの次元の低い争いを聞かねばならんのだ。まだナガセの説教の方が、命がかかっているぶん緊張感があるぞ。

 アタシはのんびりと煙草をふかしている、プロテアに声をかけた。

「隊長殿。アホ共が喧嘩しているでござる。早く黙らせろ」

「ほっとけ。喧嘩は我慢するとよくない。鬱憤が溜まるうえに、何で揉めてんのか良く分かんねぇだろ」

 お前やっぱりバカだな! 脳ミソをおっぱいに吸い取られてんじゃねぇのか!? アタシはハンドルを手の平で殴りつけた。

「揉めてる原因はハッキリしてるだろーが! くっだらねぇ勝負の判定方法で喧嘩してんだよ!」

「俺とあいつらが揉めてる訳じゃない。口出したら、支持されない片方が泣きを見るだろ。本人たちに任せて、殴り合ったら止めるだけでいいんだよ」

 プロテアはそう言って、窓の外に煙草の吸殻を投げた。

 傍目には、ナガセの真似事をして、公平に物事を進めようとしているように見える。だがアタシは知っているぞ。プロテアはサンを殴ってから、彼女に遠慮している。サンと対面する事で、昔の過ちを突きつけられるのが怖いんだ。ナガセのボケもこんな不良品に権限をやるんじゃねぇよ。もっとアタシみたいに図太くてはきはきした奴が適任にきまっているだろ。

 サンとデージーの喧嘩は続く。

「量だって言ってるだろ! 皆食べるしローズの非常食も蓄えないといけないんだ! それにサクラも言ってただろ! これは遊びじゃなくて仕事だって。だから量!」

「それで雑魚をいくら釣り上げても意味無いでしょ。内臓抜いて加工したら、大した肉残らないんだから。だから大きいのを釣るのが大事なの」

 クソッタレ。荷台に手榴弾を投げ込んで、全てを終わらせたい。それができないのが本当に悔やまれる。

 どうせこき使われるなら、アタシは楽しみたいんだ。せっかくのピクニックをアホ二人に邪魔されてたまるか。アタシはキャリアの荷台に続くドアを開けると、振り向きざまに大声で怒鳴った。

「サイズでも量でもなく、重さで勝負すればいいだろうが! つまんねぇことで喧嘩すんな!」

 サンとデージーの喧嘩がぴたりとやむ。

「あ!」「あぁ~……」

 二人は納得したような呻き声を上げると、それっきり静かになった。アタシはドアを叩きつけて閉めると、鼻息荒く運転に戻った。

 プロテアが感心したように口笛を鳴らす。

「そういうやり方もあるのな。勉強させてもらうよ」

「お? じゃあリーダー交代するぅん? 役立たずさん」

「ナガセが許したらな……」

 プロテアは苦笑いを浮かべると、ぼうっと代わり映えのしない草原の景色に視線をやった。

 しばらく場を、キャリアが草原を踏み荒らす音が支配する。

 静かできまずい。

 いつもだったらプロテアは喋りまくるんだけどな。以前森の探索に行った時みたいに、やれ派閥ができて腐るだの、先輩風吹かせてお前最近みんなと馴染んでいるかだの、いらん口を叩きまくる。アタシがちらと横目で見ると、彼女は物言わず外を見続けていた。

 こう変わると、なんか不安になるじゃない。

「アンタさ……随分静かになったわね……」

「ん~? そうか?」

 プロテアは何でもないようにいう。違うでしょ。普段だったら聞いてもいないのに、自分の想いをペラペラしゃべるでしょ。バカみたい――つーか馬鹿に相応しくサ。

「前だったらもっとオラオラうるさかったわよ。どうしたの?」

 プロテアは視線を景色から、アタシへと移した。改めてみると、彼女は昔のがむしゃらで猪突猛進の余裕のない相貌ではなく、妙に落ち着いて大人びた顔をしていた。肩からは力が抜けて、意気込みに角ばった雰囲気がない。懐が深くなったのかわずかに柔和になり、それでいて厳しさに引き締まった顔だ。

 プロテアは考えをまとめるように一声唸った後、とうとうと語り出した。

「考えたら、分かった事がある。ヘイヴン奪還作戦で、皆に迷惑かけただろ。めちゃくちゃに喚いて、足引っ張って、空回りして。ナガセを責めた」

「おー。お前が上に立つに相応しくないって、決定的な証拠な」

「それな」と、プロテアは意外にもあっさり認めた。昔だったら、あの時はあれがベストだったと、頑なに主張しただろう。

「俺は何もできてない。みんな俺が甲一号ぶっ殺したと思っているけど、あれ違うんだぜ。ナガセがぜ~んぶお膳立てして、俺は引き金を引いただけなんだ。なのにあいつは一言、『これで汚名返上』だってさ。あれだけの事して、全く誇ろうとしないで、人に手柄をやっちまうんだ。俺の事を信頼して上に立てるために、手柄をみんなくれたんだ」

「ホント見る目ないわね~あいつ」

 プロテアは笑った。誤魔化すためにではなく、本当におかしそうに朗らかに笑った。

「だよな。俺さ、あいつが俺たちのこと信頼していないといったけど、信頼してくれなきゃあ、俺にここまでしてくれない。俺とあいつの中で、何かがずれているんだ」

 プロテアは極端な性格をしているようね。できもしないくせに物事を難しく考えちゃってまぁ。あいつにそんな大層な理由はない。アタシと同じように、自分が支配しやすいようにしているだけだ。

「それは違うわよん。テキトーに使えるコマがあんたしかいなかったってだけ。自意識過剰」

「そうか? 俺よりアカシアの方が使えるコマだぜ? ベタ惚れだしな」

 アタシは成程と、唇を尖らせた。アカシアは今やサクラのクローンだ。ナガセの言いつけをきちんと守っているし、時々テラスから物憂げな表情で北を見ている。銃を持って自信をつけてからは、ウジウジしていても自分の意見は言うようになった。だからアカシアをいびるのをやめて、リリィにちょっかいをだしているんだけどね。

「だからさ、何がずれているのか分かれば……きっともっと良くなると俺は思うんだよ」

 プロテアはそう言って、自らの無力を悔しがるように唇を軽く噛んだ。

 別にあいつはアタシたちを信頼しているんじゃなくて、信頼に足るか閉鎖エリアで監視しているだけなんですけどね。教えてやろうかしら。だけど一生懸命隠れているところを教えたら、ナガセに逆ギレされそう。アタシはぶちまけたい衝動を抑え込み、キュッと口をつぐんだ。

 プロテアはそんなアタシに微塵も気付かず、希望を灯そうとせんばかりに明るい顔を向けてきた。

「お前はあいつと俺たちが、何がずれているか考えた事はあるか? 勉強させてくれよ」

 えぇ……そんなの考えなくても分かっているじゃない。何で分かんないのよ。あんた相当馬鹿なんじゃないの? アタシは軽蔑を鼻息に乗せて吐き出す。

「あんたこの前さ、今のアタシの方が好きといったよね? アタシは前のあんたの方が好きだったよ。あんたアホだけど、アホなりに自分で何とかしようとしてた。だけど今はナガセがタダでくれるものの味を知って、おこぼれに預かろうとしてる。豚だ」

 アタシはきっぱりと切り捨てた。そしてプロテアが、ナガセがアタシたちと何がずれているか分からない理由が何となくわかった。ナガセとプロテアはズレているんじゃない。似ているんだ。どっちも俺が助けてやると言って、頼んでもないのに骨を折る。そして自分がいいと思い込んでいるものを押し付けてくる。

「結局さ……押し付けているだけ。その信頼とやらはね。あんたは騙されている。アタシはそんなのいらない」

 プロテアはアタシのいっている意味が分からないように、眉根を寄せて顎に手を当てた。彼女は決して短くない間、アタシの言葉の意味を考えるように黙り込んでいた。やがて双眸を見開くと、「あっ! ああ! そういうことか!」と叫んだ。

 やったじゃん。これでまた一つ賢くなったね。

「やっぱり俺。今のあんたが好きだ」

「ん? じゃあ今度一緒にサンを殴る?」

「勘弁してくれよ……」

 プロテアは陰りがあるが、はっきりと笑って手で追い払う仕草をした。アタシもつられて笑った。何か知らないけど、アタシたちは過去が嘘のように打ち解けていた。

 こーいう雰囲気は嫌いじゃない。気軽に軽口が叩けあえるのはいい。借りにアタシが女王になったら、プロテアは筆頭奴隷にしてあげよう。

 アタシはこの雰囲気をゆったり味わいながら、まるでドライブを楽しむように車を転がしていた。

「♪~……♪、♪~♪~……」

 キャリアの駆動音に混じり、銃座の方から間抜けな鼻歌が聞こえてくる。パンジーが愚かにも鼻歌を奏でているのだ。咽喉が潰れてて碌に喋れもしねえダボハゼだから、鼻歌も咽喉に痰が詰まったままするうがいのように酷いものだった。

 今せっかくいい気分なのに、邪魔するんじゃないわよ。アタシは窓を開けると、そこから顔を出して叫んだ。

「うるせぇぞボケ! ブッサイクな鼻歌歌ってんじゃねぇ!」

「そよ風ていどじゃねぇか。好きにさせてやれ」

 プロテアがやんわりとたしなめてくる。まぁあんたがいうなら、少しは大目に見てあげるわよん。パンジーはというと、アタシの訴えなんか聞いていないようで、変わらず鳥の断末魔の様な鼻歌を続けていた。

「あ~、クソもういらいらする~」

 アタシはグローブボックスを開けて、中身を漁る。確か音楽が記録された、ソリッドメモリがあるはずだ。アタシの好きなノリノリでイケイケなギターとドラムの曲がたくさん入っている。プロテアのギターと違って、硬いエレキの耳にクルやつだ。

 グローブボックスを漁っていると、人差し指にねちゃつく何かが張り付いた。シールか何かか? 手をぶんぶん振り回すが、張り付いた何かは取れない。それどころか中指の先にも張り付いて、まとわりついてくる。ふと指先を見ると、紙に包まれた噛んだ後のガムが張り付いていた。

 キレた。

「うおぉぉぉあああああああ! 誰だ!? 誰だこのド腐れが! ゴミはゴミ箱に捨てとけよ! 前乗った奴誰だ!? 殺してやる!」

 アタシは指先のガムを振り落とそうと、腕をめちゃくちゃに振り回しながら、ダッシュボードの使用履歴メモを見た。犯人は意外な奴だった。

「アカシアぁぁぁあああ! 殺してやるぅぅぅうううう! 轢き殺してミンチにしてやルぁ!」

 アタシは急ハンドルを切ってUターンをすると、ヘイヴンに進路を変えた。

「ホイ」

 プロテアが煙草を一本、アタシに差しだす。アタシが咥えると、すかさずライターで火を点けてくれた。アタシは緩やかにキャリアの進路を海に戻すと、プカリと煙草をふかした。

 アタシは上機嫌に戻って、親し気にプロテアの肩を叩いた。

「あんがと」

「気楽にいこうぜ」

 プロテアが座席の下を漁って、ギターケースを取り出す。そして胸に抱えると、じゃらんとかき鳴らした。彼女はそれを皮切りに、皆が知っているあの歌を歌いだした。

「凪に揺蕩いて――」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ