釣果隊 東へ行く その1
はァい。アタシロータス。このドームポリス最強の、超イケイケのボインガールよ。
ホラ。私って優秀だからさ。ここんところ出ずっぱりで、知恵遅れのアホどものお手伝いをしているの。
今日も今日とて肉体労働に勤しんでいるわ。大忙し。あいつらいつか絶対ぶっ殺してやる。
「ファ○キュー、ファ○キュー、ファッキ○メーン。お前らみんな、死んじまえ~」
日が昇る前の一階倉庫は、しんと静まり返っていた。冬の近い肌寒い空気に、アタシの美声がこだまする。アタシは白く濁る吐息をぼんやりと見ながら、キャリアに釣り用具を積み込んでいた。
釣果隊は朝6時に出立。東50キロ地点にある海で釣りを満喫し、日が暮れる前に帰還するというものだ。平地での任務だし、マシラに襲われてもすぐ対応ができる。それにナガセが殺しまくったおかげで、付近の異形生命体はめっきり減った。楽な仕事よね~ホント。
ちなみに少し日をおいて山索隊が予定されている。皆が嫌がって山に薪を取りに行く人員が確保できなかったので、サクラが休暇というご褒美をつけたのだ。山は相も変わらず異形生命体が闊歩しているし、そのほかの猛獣――デカい猫と、狼の群れなんかだ――がいるので危険極まりない。嫌だがアタシはこれにも、こき使われることが決まっていた。
「ファ○キュー、ファ○キュー、ファッキ○メーン。死ね死ねくたばれいっちまえ~」
不満を歌にして吐き出す。アタシはキャリアの荷台に回ると、担いでいるクーラーボックスを乱暴に投げ込んだ。激しい金属音がして、クーラーボックスの被膜のプラスチックが、割れる音がした。何だ? 壊れたのか? 安物ね。
アタシが立てた物音に反応したのだろう。車の下に潜って整備をしていたリリィが、のそのそと這い出た。彼女は顔だけ車の下から出すと、ジト目でアタシのことを睨み上げてくる。作業着姿で、顔やら服やらに黒いオイルの染みがベッタリついていた。
「ちょっと。丁寧に載せてよね。変な音したけど、何壊したの?」
面倒臭い奴だな。
「ああ。アンタには関係ないことよクソ奴隷。さっさと戻りな」
アタシは足の爪先でリリィの頭を軽く蹴り、車の下に押し戻そうとする。リリィはしかめっ面になって、アタシの足を振り払った。
「車壊れたら私が直さないとダメなんだよ。何を壊したの?」
サクラにチクられたら面倒だ。ただでさえあのヒス、アタシに対する敵意を隠そうとしなくなったんだからな。アタシは話をそらすことにした。
「何でもないって。それよりおいコラチビ。ちゃんと車の整備は済んでいるんだろうな? これ転がすのアタシなんだから、なんかあったら腹にもう一発ぶち込むぞ」
リリィが「腹に一発ぶち込む」と聞いて、表情を青ざめさせる。恐怖に身体を震わせつつ、そして怒りに毛を逆立てた。
おー、おー、やっぱ死にかけたのは相当怖い記憶のようね。だけどアタシは知ってる。お前はヘタレの脳ナシだから、アタシに何もできない。
リリィは文句を堪えるように、きつく唇を結ぶ。そして自分を落ち着かせるように大きく息を吐くと、のそのそと車の下に戻っていった。
「ちゃんとするよ」
アタシはリリィの従順な様子に満足した。
チビはようやく自分がクソ奴隷だと理解したようだ。私が奴隷と呼んでも怒らなくなったし、冷たくあしらっても何も言わない。それどころか、アタシが一人で暇を持て余していると、気を使って話しかけてくれる。人を支配するにはやっぱり恐怖が一番ということだ。ねぇ……ナガセ? アンタがビーンバッグでアタシを撃ったように。
殺されかけた記憶を思い出し、アタシの両の太ももがずきりと痛む。結局、太腿の痣は消えなかった。今でもアタシの麗しい肌には、黒い染みが残っている。正直ナガセを今すぐにでもぶっ殺してやりたい。だがあいつに殺意を抱くたび、警告するように両太ももの古傷が疼くのだ。アタシが女どもの命令を従順に聞いているのは、ナガセに恐怖で支配されているからに過ぎない。これを狙ってやったというのなら大したものだ。
アタシは昨日聞いた、パギの放送をぼんやり思い出していた。
「閉鎖エリアでうろついている黒い影って……きっとナガセなんだろうな……おー怖ェ」
そうやってアタシらを監視して、気に食わない奴を探し出しているに違いない。目をつけられないように、キリキリ働きますか。これで満足かチ○ポ野郎め。
アタシは込み上げたあくびを噛み殺すと、別のクーラーボックスを取りに倉庫へと歩いた。
*
午前5時50分。
釣果隊の面々が、倉庫に集合した。アタシを除く全員が緑の作業着を着て、銃火器を装備している。アタシはというと、相も変わらずライフスキン姿で丸腰だ。これだけ働いているにもかかわらず、女どもの信頼は回復していないらしい。
ライフスキンは肌に密着するから窮屈だし、そろそろ休日に私服を着てオシャレしたいっつーの。それに四六時中監視されるのは嫌だ。アタシにもプライバシーがあるのよ。そろそろ待遇を改善してもらえないと、さすがのアタシでもキレるわよ。
釣果隊のリーダーであるプロテアは、アタシたちをキャリアの前に並ばせる。そして背筋をピンと伸ばして、良く通る声で叫んだ。
「点呼!」
サンとデージーが寝ぼけ眼を擦りながら返事する。パンジーはあくびを噛み殺しながら返事をした。アタシはすっかり不貞腐れて、「へいへい」と気のない返事をした。
「よし。全員そろったな。各自サクラから支給された、武器と銃弾はちゃんと持ってるか?」
プロテアが言うと、サンとデージーは肩にかけたアサルトライフルを軽く揺すり、作業着のポケットに入っている弾倉を確認した。パンジーは床に置いてある、軽機関銃と弾薬ボックスに視線を落とし、こくりと頷いた。
ここでアタシは異変に気付く。
一人足りない。
ナガセを殺そうとしたのに、アタシみたいにお仕置きを受けていない、えこひいきポエム野郎だ。
「ローズはどうしたのよ。サボり?」
アタシは非難が伝わるように、声に不快感を込める。するとプロテアは、困ったように頬を掻いた。頬にはプロテアが触れる前から、引っかき傷が赤い筋として残っている。きっと昨日のパギの放送で、ローズと喧嘩した時に付いたものだろう。結局ローズがプロテアに勝てるわけもなく、あっさりと抑え込まれて喧嘩は終わったが、ローズは部屋に引きこもるようになってしまった。
「良く分からんが、カリカリしていてな。調子よくなさそうだから休ませた」
プロテアの甘い判断に、アタシは苛立ちを覚えた。
「え~そんなのずるいじゃない。あいつのヒスに磨きがかかっているのは、あいつがワガママで肉食わなくて弱ってるからじゃん。ケツに鎮静剤ぶち込んで、首に縄括って、キャリアで引きずっていきゃあいいじゃん」
プロテアは首を緩く振る。そして軽いため息をついた。
「あいつは肉を食わない。それを知っていて、今まで行動をとらなかった俺たちにも問題があるんだよ」プロテアは声のトーンを落とし、小声で「サクラは分かっていて、魚を取りに行かなかったみたいだがな……いやな喧嘩の仕方だよ」と付け加えた。
プロテアは自分の無力を嘆くように、悄然と肩を落とす。だが釣果隊の面々が不安そうに見ている事に気付くと、暗い雰囲気を撥ね飛ばすように胸を張った。
「俺にはお前らの命を預かっている責任がある。ローズが来てくれた方が、仲良くするのにはいいが、理想じゃなく現実的に考えた。ローズが指揮を乱したら、俺には抑えられない。だから休みだ」
へぇ~。そんなワガママがまかり通るんだ。じゃあこれも許されるよねん。
アタシはこめかみに手を当てて、足から力を抜く。そして危うげにふらついて、その場に膝をついた。
「あ~……実はアタシも調子悪いの。朝から心臓バックバクで、眩暈がして今にも死にそう。みんなに迷惑かけるカモだし、今日休むわ……」
「じゃあみんな、キャリアに乗ってくれ。行くぞ」
プロテアはアタシの訴えを取りあわず、アタシの目の前の床に、キャリアのカードキーを投げてよこした。アタシは引きつった笑みを浮かべながら、キーを拾い上げる。そしていきり立って、怒り任せに運転席に足を向けた。
ドアを引き千切るように開けて、乱暴に閉める。荷台の方ではサンとデージーが談笑しながら、のろのろと乗りこむ気配がする。頭上からは、パンジーがリングマウントに機関銃を乗せる物音がした。
んで肝心の隊長サマはどこ行った。この様子だと助手席に乗るのはお前だろ。馬鹿なりにアタシのことちゃんと補佐しろよ。バックミラーを覗き込んで、プロテアの姿を探す。
プロテアはキャリアの後ろで、リリィと何かを話し合っていた。何ぐずぐずしているんだ。轢き殺してやろうかしら。アタシはハンドルを指で叩きながら、何気なく二人の会話を見守っていた。
リリィは溜まっている鬱憤を表現するように、作業着の裾をきつく握りしめ、眉間に皺を寄せている。そしてプロテアに詰め寄ると、あいつにしては珍しく強い口調で念を押していた。
「プロテア。約束守ってよね」
プロテアは懐から煙草を取り出して火を点ける。大きく吸って紫煙を撒き散らすと、キャリアに視線を投げて頷いた。
「ああ。しっかりやっといてやる」
ほー。リリィに整備をやらせるために、何か見返りでも約束したのかね。まぁアタシにはどうでもいいか。奴隷と奴隷の約束なんて。
その時、キャリアを見るプロテアの視線が、バックミラーを覗くアタシの視線と重なった。アタシは何気なく視線を逸らすが、プロテアが口の端を歪めて嫌な笑みを浮かべたのを、アタシは見逃さなかった。
なんか厄介ごとを頼む気でいるな。用心しとこ。
プロテアが助手席に乗り込むと、アタシはキャリアを発進させた。倉庫のシャッター前まで移動させ、クソ奴隷が入り口を開けるのをじっと待つ。シャッターは重い金属音を上げながら、少しずつ巻き上げられて、その向こうの仄かに白みつつある外の景色を見せた。
イライラしながらシャッターが上がり切るのを待つ。シャッターは厚さ5センチもある合金の板を、履帯のように鋲で固定して造られている。マシラやショウジョウをものともしないほど頑丈なのはいいが、上がり切るのに数分かかるのがネックだ。アタシはこういう無駄な待ち時間が嫌いなんだよ。
暇潰しにリリィのアホを怒鳴ろうとしたとき、横からにゅっと、煙草の箱が差し出された。
「吸うか?」
プロテアが呟く。アタシが一本口に咥えると、すかさずライターで火を点けてくれる。
「気が利くじゃな~い」
「任されたからな。隊長を」
プロテアは呟くと、何を見るという訳でもなく、北の方へと視線を向けた。




