ピオニーの惨憤窮Pクッキング 二品目
数分後、アタシとサクラはニューヌードルの処分を終えた。味はサイテーだが、胃もたれはしない。食い合わせ的には問題はないようね。量が少なめだったのが幸いしたのかもしれない。
ピオニーは空になったどんぶりをもって厨房に下がり、平らな皿を持って帰ってきた。
「二品目。ニューミートハンバーグでぇす」
アタシたちの前に皿が置かれる。そこには一口サイズのハンバーグが、12個円形に並べてあった。アタシは軽く瞠目し、喜びに両手をすり合わせた。
「おぉ! すっげぇ! ハンバーグじゃないのよ!」
ハンバーグもヌードルに並ぶ人気食なのよ。ミンチにした肉を、拳くらいの大きさにして焼く。それだけでこんなに美味くなるんだから世話がない。
本当は皆、ステーキの方が大好きだ。だけどあれは肉の部位によって味が変わるし、肉をそのまま豪快に使う。だから完全なお祝いのためのご馳走になっちゃった。それで疑似ステーキとしてハンバーグは生まれたのだ。ミンチにすればかさましできるし、様々な部位の肉、動物の肉を、ごっちゃに組み合わせる事ができる。大抵ピオニーは複数の動物のくず肉を組み合わせて、このハンバーグを作っていた。
「それで……このハンバーグの何がニューなの? 見たところ、色がちょっと違うようだけど、肉に何か混ぜたのかしら? それとも焼き加減の問題?」
サクラが一口ハンバーグを、フォークの先で突っつく。アタシも手元の皿を覗き込んだ。言われてみれば確かに、12個のハンバーグはそれぞれ色が違う。焦げて真っ黒のもの、生焼けみたいに赤いもの、果てには緑色のものまである。
ピオニーは「さっすがサクラぁ、お目が高~い」と前置きすると、誇らしげに胸を張った。
「焼き加減は変わりませんがぁ、今まで肉100パーセントだったのをぉ、穀物粉と卵を混ぜ合わせてかさまししたんでぇす。これならお肉の消費を押さえられますしぃ、何よりお腹が膨れまぁす」
いやな事聞いた。それでさっき、糞みたいなヌードルを腹に詰めたばっかりだ。もうアタシにとって手元の料理はハンバーグじゃない。得体の知れない、紛い物の、失敗作だった。
「どうせこれもクソなんだろ……」
こんなもん食べる気がしない。手付かずの皿を、ピオニーの方へ押し返す。
「黙って食べる……」
サクラの野郎、アタシの方も見もせず叱咤しやがる。そうして彼女は、一番ヤバそうな緑色のハンバーグを、フォークで突き刺した。彼女は目の高さまでハンバーグを持ち上げ、まじまじと見つめる。そして引きつった笑みを浮かべた。
「これ何? 何が入ってるの? ヘドロ?」
「うふふふふぅ~。それは食べるまでの秘密さんでぇす。でも私のことを信じてくださァい。食べられない物を入れたりしませんしぃ、私も試食さんしてますからぁ~……」
ピオニーは口元を手で覆って、忍び笑いを漏らしている。ブチ殺してやりたいが、それは叶わぬ夢だ。
いずれにしろサクラが食べるなら、その反応を待ってからこのクソ肉どうするか決めればいいか。アタシはサクラが毒見を済ませるのを待つことにした。
「先入観の排除。先入観の排除。先入観の排除。事実を調べるのが私の使命」
サクラは自己暗示をかけるように、小声で呪詛を繰り返している。やがて目をきつく閉じると、思い切ってハンバーグを口に入れた。
サクラは肉の抜けたフォークを口から離し、大げさに顎を動かして肉を噛みしめる。やがてこくりと喉を鳴らして飲み込むと、感嘆の息を吐いた。
「あら。おいしいじゃない」
すかさずアタシも例のハンバーグを口に放り込む。
美味い! 噛むと肉汁が染み出てして、舌の根が痛くなるほどのうま味が口の中で炸裂する。
肉に不純物混ぜたって聞いたから、どんなものかと身構えたが、これはこれで悪くない。
まず口当たりが良い。肉のみだとどうしても感触は悪くなる。ゴロっとした肉が、口の中でボロボロに崩れていく感覚は、とても良いとは言えない。だけどこいつは崩れるんじゃあない。ほぐれるといった表現がしっくりくる。しかも舌でほぐれてくれるほど柔らかいのだ。
アタシは肉を舌で、口の中を転がしてやる。するといい感じに解れながら、唾液と肉汁が混ざる。そして肉のうまみを助けるように、混ぜ物の風味が口いっぱいに広がった。この味には覚えがあるぞ。
「肉は牛ね。間違いないわ。混ぜたのは……野菜でしょ。ホウレン草とモヤシね」
アタシが呟くと、ピオニーがビシリとを突きつけてきた。
「大当たりです!」
「へっへ~。大当たりだってサ。良い働きだろ?」
「クイズやってるんじゃないの。食の良いところと悪いところを上げるの」
サクラは呆れたように額に手をやる。それからピオニーに、肉と野菜の配合や、料理にかかった手間などを聞き始めた。それで総合的な判断を下すのだろうね。
アタシは嫌になって、頭の後ろに両手をやった。アタシが何しようと、結局お前が同じことをやって、お前がどうするか決めるんじゃないか。アタシいらないじゃない。なぁにがアタシを許すための仕事よ。そうやって自分が偉いって、自慢したいだけなんじゃないの?
も~あほらし。こうなったらやけ食いするしかねぇべ。アタシは舌なめずりすると、残ったハンバーグに視線を向けた。
一番ヤバそうなのがこんなに美味いんだから、他のもきっと大丈夫だろ。アタシは迷いない動作で肉にフォークを突き立て、どんどん口に放り込んでいった。
焦げたやつは、小麦粉を多くした奴らしい。口の中がパサパサになり、口当たりは悪い。こいつはハズレだな。生焼けみたいな赤いやつは、赤の野菜が混ぜ込まれているようだ。こっちは緑の野菜と違って繊維質が少なく、崩れやすかった。だが肉汁に野菜の水が混じって、味が濃く感じられるのは良かった。
そうしてアタシとサクラは11個のハンバーグを食べ終え、残すは最後の一個となる。それは微かに焦げ目がついた、普通の茶色いハンバーグだった。
これは何の肉だろう? 豚肉か、鶏肉でも使っているのかね。でもそれだと白くなるはずだ。何か特別な混ぜ物がしてあるのかしら? だけどアタシが思いつく混ぜ物は、今まで全部出てしまった。魚、海藻、野菜、木の実、軟骨などなど。これ以外に何をぶち込むってのよ。
首をひねったが思い浮かばない。まぁ食えばわかるわよね。アタシは何も考えず、最後の一個を口に放り込んだ。
噛み締めた瞬間、口の中一杯に錆びた鉄のような味が広がる。そして鼻孔は耐えきれないほどの生臭さで満たされた。完全な不意打ちを食らったアタシは、思わず肉を吐き出した。
「何だコレ!?」
皿に吐き出した、噛み砕かれた肉塊を見る。見た目は普通のミンチと変わらない。だけど血とは違うきつい生臭さがする。それに金属みたいな味のする肉って何だよ!? ちゃんと獲物をぶっ殺した後、弾を抜いてるんだろうな!? 中毒になるから弾は抜けって、ナガセが言ってただろ!
アタシはぎろりとピオニーを睨み付ける。彼女は何事かとアタシに近寄ると、皿を覗き込んだ。そして納得したように、手の平を拳で打つ。
「ああ~。それぇ、純度100パーセントの新しいお肉ですぅ~。材料に使えないかちょ~っと試してみたんですけどぉ、あまりイケなかったみたいですねぇ~……」
アタシたちのやり取りを聞いて、今まさに例の肉を頬張っているサクラが顔色を青くした。彼女は肉を飲む込む事ができず、不安そうに口をもゅもにゅと動かしていた。
「これ何の肉だ?」
アタシが声を低くして聞く。ピオニーは真顔になると、こともなげに言った。
「ミミズです」
サクラの口から、ぐちゃぐちゃになった肉片が噴き出る。彼女はその反動で大きく仰け反り、椅子に座ったまま後ろ向きに倒れた。
アタシも目の前の皿を、横なぎに払いのける。皿は床の上に転がり、食堂にキモい肉片を撒き散らす。アタシはそれに目もくれず、ピオニーに詰め寄って胸倉を掴み上げた。
「バァカ! なんてもの食わせてくれんのよこのアホ! オマエも一発食らうかコラ!?」
アタシは固めた握り拳を、ピオニーの前で振り回した。
「はぇえ……プロテアがこれどうにかして食べれないかってぇ、持ってきたんですよぉ……なんでもテラスの放牧場でたくさんとれるみたいでぇ。だからこれが食べれるようになったらぁ、少しは足しになるかと思ったんです~」
ピオニーはおもむろに、エプロンのポケットに手を突っ込む。そして生きたミミズを束で取り出した。
アタシの視線はミミズに奪われた。いつ見てもキモい。太さは3センチ、長さは20センチを優に超えている。身体は気色の悪い赤がかった肌色で、空気を泳ぐように身体をうねらせていた。まさに地中に潜む異形生命体だ!
アタシは絶叫すると、ピオニーに背中を向けて遁走する。そしてテーブルを盾に屈みこむと、ピオニーを怒鳴りつけた。
「何でエプロンに入ってるのよ! どうしてエプロンに入れたのよ! キモいのよアホォ!」
「はえ? 可愛くないですかぁ? これもむしゃむしゃするんでぇ、ぐさってする前に良い子良い子さんしてるんですぅ~」
「するなするなするな! おいサクラ! こいつ今すぐクビにして! アタシらの食の安全がガンガンレイプされてるわふざけるなコラぁ!」
サクラは倒れた椅子の隣で四つん這いになり、口を手の甲で拭っている。吐き気を堪えているのか、吐こうとしているのかは分からない。だがいつまでもウジウジしてるんじゃないわよ。
「いつまでへばってんだビッチ! さっさと立てよおら! 仕事しろボケ!」
サクラはアタシの声が聞こえてないのか、マイペースに口に指を入れて、中に残ったミミズの肉片をかき出している。そしてゆっくりと立ち上がると、コップの水を、口を濯いでから飲み込んだ。
サクラはピオニーの前まで歩いて行くと、ちょっと恨みがましく彼女を睨む。そうだ頭にきただろビッチ。やっちまえ。
ピオニーは怒られるのにビビッて、項垂れて肩を落としている。サクラはその肩に手を置いて、ピオニーの顔を覗き込んだ。
「採用。だけど臭みをとって、味の改善を続けなさい」
「へぁ? いいんですかぁ~!」
ピオニーは顔を上げて、ぱっと明るい笑顔を見せる。
一体どういう事だ。どうしてそんな答えが出るんだよ。アタシはさっき床に薙ぎ払った皿を、思いっきり蹴飛ばした。
「はぁあああ!? 何でだよ! アタシはこんなもん毎日出されたら、もう一回反乱を起こすぞ!」
サクラはテーブルに引き返すと、ナプキンをとり唾を吐きつけた。口の中に生臭さと金属の味が残って、離れないのだろう。実質アタシだってそうだ。口内では不快感が、コサックダンスを踊ってやがる。はっきりしているのだ。これは食料にはならないことが。
サクラはきっぱりと言った。
「たしかにこんなの食えた物じゃあないわ。だけど――いえ、日常で消費されないからこそ、非常食になる」
この時、アタシはサクラの事を、ほんのちょっとだけ見直した。
こいつは仕事の鬼だった。




