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Crawler's  作者: 水川湖海
二年目 休暇
100/241

ピオニーの惨憤窮Pクッキング 一品目

「はいはぁ~い。皆さんよく来てくれましたぁ~。ピオニーの新メニュー試食会の始まりでぇ~す」

 ピオニーの陽気な声が食堂に響く。彼女は心底楽しそうにスキップで円を描きつつ、手拍子を加えて場を盛り立てようとしていやがる。

 ロータスことアタシは、親指を地面に突き付け、ブーイングをかましてやった。

 せっかくの休みだってのに、試食会の生贄にサクラに選ばれたのだ。これで成果を出せば、アタシのことを許してくれるらしい。サクラは重役についてるから無視できないし、ただ飯食って許されるなら安いものだ。アタシはその提案に乗る事にした。

 食堂の長机には試食者である、アタシとサクラが座らされているんだけど、雰囲気は最悪だ。アタシは机に頬杖をつき、早くこの地獄が終わるようにファッキンシットゴッドに祈りを捧げている。一方サクラは普段のエラソーな態度をかなぐり捨てて、死んだように机に突っ伏していた。今朝マリアから聞いたんだけど、バイオプラントを燃やしちゃったらしい。このヒス、自分の世界に閉じこもって、ぶつぶつと何かを呟いていた。

 食堂の空気は、ピコが死んだ時とよく似ていた。だけどピオニーは、いつもの細目を大きく見開いて、希望に輝く瞳でアタシたちを見つめた。

「いいですねぇ! いい雰囲気ですよぉ! この美味しい雰囲気のまま、お腹もいっぱいにしましょうねぇ~! お二人さん! 美味しいハグハグの準備はいいですかぁ~!?」

 ピオニーが返事を求めて、手を添えた耳をサクラに近づける。

「ほっといてよ! もういっそのこと殺して!」

 サクラが突っ伏したまま投げやりに叫ぶ。これだからヒスは。ま、いっか。どうせ帰ってきたらナガセが殺してくれるわん。それまで独りでオナってな。

 次にピオニーは、アタシにも同じように顔を近づけた。うっとおしいな。アタシは並べられたスプーンとフォークを両手に持つと、その柄でテーブルを叩いて鳴らした。

「元気いっぱいだよボケ。テメェの人体実験に付き合ってやるってんだから、さっさと飯持って来いブゥゥゥス」

「分かりましたぁ!」

 ピオニーは身を翻すと、厨房へと小走りでかけていく。そしてどんぶりを両手に戻ってくると、アタシたちの前に置いた。

「じゃあまず一品目ですぅ~! ピオニー特製ニューヌードルですぅ~」

 ピオニーが持ってきたどんぶりに、アタシは驚愕に目を見開いた。サクラまでも、今までの気落ちが嘘のように跳ね起きる。そして信じられないように、目の前に置かれたどんぶりに視線を注いだ。

 どんぶりには不揃いな麺が、並々と注がれたスープに浸っている。白くて太い麺は、麦粉をこねた物だろう。フォークに引っ掻けてスープから引き出すと、水面下に隠れていた長さが露わになった。すげぇなこれ。1メートルはあるんじゃないの? どうやったんだろう?

 スープは香りを嗅ぐ限り、鹿のブロス(出汁)をベースに、香辛料でアクセントをつけてあるみたいだ。ヌードルのトンコーツテイストによく似ている。アタシの好物だ。ヌードルは野菜が彩りよく添えられいて、見た目もおいしそうだった。

「すげぇ! カップヌードルじゃんかぁ!」

 アタシたちにとって、カップヌードルは高級食である。お湯を入れるだけで完成し、とってもボリューミー。そして一番大事なことだが、味気ない糞ビスケットと違ってクッソおいしいのよ。

 何故カップヌードルが高級食なのかといえば、備蓄が他と比べてかなり少ないからだ。だがピオニーがユートピアの材料で作れるなら、これからは際限なく食べる事ができる。やればできるじゃないのよイカレポンチ。アタシは先程までの不快感を忘れて、満面の笑みを浮かべた。

「さぁさぁ見ていないで、食べてみてくださァい!」

 ピオニーがしきりに食べるよう勧めてくる。アタシとサクラは促されるままに麺をすくい、口いっぱいに頬張った。

 むぐ。

 何だコレ。口の中に広がる違和感に、アタシの顔は曇った。

 麺は硬くボソボソしていて、歯触りと感触が最悪だ。さらに唇で軽く挟んだだけで、切れてしまうほど脆かった。

 味も悪い。麺を噛むと、泥を舐めたような味が舌にへばり付く。アタシの愛するカップヌードルとは程遠いゲテモノだ。

 口直しにスープを啜る。そこでアタシは堪え切れず、軽くむせてしまった。ピオニーの奴、ブロスの獣臭さを消す為だけに、香辛料をぶち込みやがったな? 口の中では様々な刺激が炸裂し、今感じているのが味なのか刺激なのか、よく分からなくなってしまった。

「ふぁにほへ……おひひくはい……」

 サクラもこれが残飯以下のクソだと分かったようね。泣き顔になりながら、噛むことのできない麺を、だらりと唇から垂らしていた。

「あちゃ~……やっぱり不評さんでしたかぁ……」

 ピオニーが肩を落とす。おい。やっぱりって何よ、やっぱりって。

「おいコラデブビッチ。テメェまずいと分かってアタシにこれ食わせたのかよ?」

 アタシはフォークの柄でテーブルをガンガン叩く。だがサクラがナプキンで口を拭いつつ制してきた。

「馬鹿みたいに喚かないで、何が駄目か考えなさい。そのための試食会よ。改善点を出せなかったら、私はあなたを許さない。そのうち適当な理由を見つけて、マシラのお尻の穴に特攻させるからね」

 お前はマンカスだから、そうやってアタシを殺そうとするのは分かってたよ。アタシはフォークをテーブルに叩きつける。そして横目で意見を述べるサクラを見た。

「そうね……コンセプトは悪くないわ。ヌードルは私たちのあこがれの料理よ。これが安定して供給できるなんて夢のようだわ。だけどこれは形だけ似せた紛い物よ。まず麺ね」

 サクラがフォークに麺を引っ掛けて、スープの中から出した。

「麺を長くできたのはいいわ。だけど太さがまちまちなのは頂けない。唇に引っかかって感触が悪いのよ。そして麺自体も駄目ね。硬いくせに、ちょっと力を入れるだけでボロボロに崩れるの。これどうやって作ったの?」

「パンを作る時の生地さんをぉ、焼くんじゃなくて茹でたんですぅ~」

 サクラが口の端を歪めて、しかめっ面になった。

「そのパン自体もあまり評判良くないわよ。今は代わりがないから主食にしているけど、硬くてまるでお皿みたいだわ。実際お皿みたいに使っているしね……缶詰のふっくらしたパンとは雲泥の差があるわ」

「そうだよ。まずパンをまともに作れよ」

 アタシはすかさず口を出した。

 アタシたちの朝食は、採った穀物を粉にした物を、水を混ぜて焼いたパンで賄われている。薄く板状をしていて、力を入れても千切れずに曲がってしまうような代物だ。だからアタシたちは、この上にサラダや炒め物をのせている。そしてサラダをフォークで食べながら、敷いたパンをちぎって食べるのだ。一口サイズに切り分けて、サンドイッチにすることもある。味は悪くないが、よく噛まないといけない。食べるのは一苦労だ。

 缶詰のパンはふっくらとしている。指で簡単に裂けるし、中はふわふわした白い生地がある。食べやすいし、口当たりもいい。アタシもこっちのほうが好きだった。

「でもぉ……作り方わかりませぇン。穀物粉の組み合わせをぉ、あれこれ試しているんですけどぉ、あんなにふっくらできるのはまだ見つからないんでぇす」

「それを何とかするのがお前の仕事だろうが役立たず!」

 アタシはここぞとばかりに仕事をする。こうやって相手を罵倒すりゃあ、後はピオニーの仕事だ。出来なけりゃあ、出来るまでブッ叩くだけでいい。

「はえええ……ですが変なパン出すと皆さん私に怒りますしぃ……使える食料の量も限られてますしぃ……」

 ピオニーが無様に言い訳を始める。アタシはテーブルに身を乗り出すと、張り切って追訴した。

「そんなのアタシらの知った事じゃないわよねぇ。ネ? サクラ。ちゃんとしてもらわなきゃあ困るわよね?」

 アタシはサクラに同意を求める。こうしておだてりゃあ、このヒスもアタシを許しやすくなるだろ。だがサクラは予想に反し、すまなさそうに眉根を寄せていた。

「そうね……新しい試みには、試行錯誤が必要だものね。朝食に試食枠を追加、そして食料消費をちょっと多めにとって、それで穀物粉配分の実験をしてちょうだい。増加分は後で追って知らせるわ」

 へ? 何なんですか、その面倒臭いやり取りは。アタシは肩透かしを食らって、二の句が継げなくなった。

「わぁ~! 助かりまぁ~す」

 ピオニーが両掌を軽く打ち合わせて、喜びを表現している。サクラは続ける。

「褒めるところもあるわ。ニューヌードルの具はとってもグーよ。(『具だけにですか?』と、ピオニーが口を挟んだ)調子に乗らないで黙ってお聞き。あなたの具の方がカップヌードルより遥かに豪勢よ。でも野菜だけじゃ受けが悪いし、配色もよくないわ。お肉も追加できないか検討してちょうだい」

「それだとぉ~、材料費が高くついちゃいますよぉ。中々お出しできるようになりません~」

 ピオニーが困ったように、眉間に皺を寄せる。だがサクラはあっけからんとして言った。

「それだけどね。これからご飯は献立方式にするから気にしなくていいわ。食生活は一応みんな気を付けてくれてるみたいだけど、食の向上を計るならみんな同じものを食べた方がコストが安くつくから」

 アタシはとんでもない話を聞いて、椅子を蹴って立ち上がった。

「はぁ!? 何でだよ! アタシらの唯一の楽しみを潰すつもりか!?」

 毎日毎日、糞みてえな仕事でくたくたになって帰ってくんのよ! 予定時間を越えて働かされることもある。時にはマシラ相手に命懸けの戦闘をすることもある。はっきり言って楽しい毎日じゃあない。そんなカスみたいな日常で、数少ない楽しみが食事なのだ。好きな時に好きな物ぐらい食わせろってんだ!

 サクラは冷たい目でアタシを一瞥する。そしてフォークでぴしりとアタシを指すと、先端を上下させて座るように示してきた。

「その分は質の向上で補うのよ。メニューの選択肢が増え、味が良くなる分、手間が増えるわ。そのしわ寄せはピオニーにいくの。その結果厨房が回らなくなったら、全てが御破算よ」

「それがどーしたのよ! それがこいつの仕事でしょーが! 出来ないなんて職務怠慢だろ!? こいつこそマシラのケツに突っ込むべきだろ!」

「サンがサンドイッチを頼み、パンを切り分ける。そうしたらお皿にするパンが足りなくなって、一から焼く。プロテアがシチューを頼みスープに手を加える。マリアがサラダスープを頼み、一からスープを作る。それでできるのがバリエーションの少ない飽きのくる、保存食より味の悪い料理よ。今までのメニュー選択方式は、全体的に効率が悪すぎるのよ。それをピオニーは、文句も言わず頑張ってくれたのよ」

 何かキモいこと言い出したぞ。第一ピオニーは好きで料理をやってるんだ。好きにしやらしておけばいいじゃない。アタシはピオニーをじろりと睨む。彼女は頬を紅潮させて、胸の高鳴りを押さえるように、顎の下で両手を合わせていた。

「こ……こんなに……優しくしてくれるなんて……。サクラ……ひょっとして私のこと……スキなんですかぁ……」

「お黙りアホ」

「はえ~……」

 アホの仕事が上手く回っていないのは分かった。だからどうした。アタシの楽しみを奪う権利はこのアホに無いはずだ。アタシはアホを指さしながら、サクラに迫る。

「このアホが黙っても、ナガセが黙っちゃいねぇぞ……だってメニューを選択できるようにしたのはあいつなんだからな。あいつが決めたこと勝手に変えていい訳ないだろ!? 帰ってきたらきっとこっぴどく怒られるぞ! それでもいいのか!?」

 サクラにはナガセの名前を出すのが一番よ。そうすればこのメスは何でもナガセの意に沿った事をする。アタシはにやりとほくそ笑む。これでこれからもアタシのステーキは守られるはずだ。

 サクラはナガセの名を耳にして、緊張に身体を強張らせる。彼女はフォークをテーブルに投げ捨てると、アタシに向き直って意味ありげな笑みを浮かべた。次の瞬間、何を思ったかサクラはアタシに飛び掛かり、胸倉を掴み上げてきた。

「ナガセが何! 何だって! そうよ私は地獄に堕ちるの! でもあの人の裁きで罪が浄化されるなら願ったり叶ったりよ!」

 サクラは唾を飛ばしながら吠え猛る。アタシはこの時ばかりはビビって、されるがままになってしまった。だって今のサクラ、アタシが一番偉かった時と全く一緒なんだもん。どんだけ電気を流しても怯まない、狂った怪物だったあの時と一緒だった。

 サクラは腕に力を込めて、一方的なダンスを踊るようにアタシを振り回した。

「それで何!? ナガセが何だって!? アァっ!? 私はナガセの信任を受けて、ナガセの意向に沿ったうえで、ナガセの権力を振るってるの! 私とナガセの間に割って入って、説教垂れるって何様!? 眼ン玉にフォーク突き刺すわよ! 次私に向かってナガセを語ってみろ! 私の権限にかけてお前を殺すわよ!」

 サクラは振り回すのをやめて、返事を求めるように顔を近づけてくる。ちらと様子を窺うと、彼女と目が合った。このヒス、もんのすごい目つきでアタシのことを睨んでいる。ここで茶化したら、眼ン玉にフォークをぶっ刺されそうだ。

「ご……ごめんちゃい……」

 アタシは視線をそらして、小声でぼそぼそと謝った。

 サクラは突き飛ばすようにしてアタシから手を離した。そして先程とは打って変わって、とぼとぼと席に戻る。彼女は燃え尽きたように椅子に腰を下ろした。

「帰られる前に……バイオプラント直さなきゃ……」

 消え入りそうな声が、静まり返った食堂に響き渡った。

「はえ~……お二人さんそういう関係だったんですかぁ……私はお遊びだったんですねぇ~」

 ピオニーがアタシらの修羅場を見て、何を勘違いしたのかそう口走った。

「黙れよ畜生め」

 アタシは乱れた胸元を整えながら、大人しく席に座り直す。なによ。いつもだったら、これでしょぼくれるくせに。権力もって調子こきやがって。つーかこいつはアレだな。アタシの言葉より、ナガセの言葉を信じているって奴よ。だから自分でナガセの言いつけ守ってると思っているなら、誰にも止めることはできないわね。今度からこいつを騙す時は、そのことに気を払わないと駄目ね。

 サクラはアタシのことを気にもかけず、どんぶりに口をつけてスープを啜った。

「このスープも問題ね。ピオニー。あなた獣の臭いを消すためだけに、香辛料入れたでしょ。香りと刺激でスープ本来の味が分からなくなっちゃってるし、麺にからんでないせいで、麺が酷く味気なくなってるわ」

「スープさんにとろみをつけますぅ? 麦粉を溶かし込めばできそうですけどぉ~」

「油を溶かし込んでもいいかもね。ニューラーメンについてはこんなものかしらね」

 サクラはふぅっ、と一息ついて、疲れをとるように背もたれに身体を預ける。それから厳しい顔だけをアタシに向けた。

「ロータス。まともに仕事しなさい。マシラのお尻の穴が、すぐそこまで迫ってるわよ」

 ちゃんとしただろうが。あれじゃあご不満だってか?

 アタシは不機嫌になって鼻を鳴らす。ぶっちゃけアホらしくてやってられない。だがこいつの許しだけは、アタシがここで生きていくために絶対に必要よ。今に見てろよヒスのマ○カスが。アタシの待遇が戻って自由に動けるようになったら、工作をしてナガセにお前を罵倒させてやる。

「この残飯下げろ、ノータリン。次もって来い」

 アタシはクソヌードルの残ったどんぶりを指でさす。

「は? 食料を無駄にしていいと思ってるの? 全部食べるわよ」

 サクラがきっぱりと言い放ち、自らのどんぶりにフォークをさしいれる。彼女は豪快に麺を引っ掛けると、大きく口を開けてぱくついた。どうやらかきこんで、さっさと悪夢を終わらせる腹積もりのようだ。

 アタシは手前のどんぶりを一瞥する。中には手付かずのヌードルが残っていた。

BULLSHITクソッタレ!」

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