私とボクの目指すもの
枯れて、命を失った木。
仄かに恐怖を伝えてくる冷たい風。
僅かに残り、飢え死んだ魚の浮かぶ池。
そして一面に広がる不気味な灰色の空の下で。
少年は尻餅をつき、恐怖に駆られていた。目の前に立ちはだかる、荒々しさを抑え切ることのできていない黒い狼に。
狼はグルルル…と唸り声を潜めながら紅く輝く眼光で怯える少年を睨みつける。
「う……う……うぁ…やめ…」
涙ながらに伝わらない虚しい言葉を口から出し切らずに少年は目を閉じた。狼が飛び掛かったのだ。
ーーもう一度だけ青い空を見たかったなあ。
幼いながらも死を覚悟した少年は頭を抱え、そう強く願った。
直後、ズガン!という激しい音が辺りに響いた。硝煙の匂いが鼻につき、そして同時に狼の腹部から赤い血が飛び出している。狼は紅い眼光を黒く消し去り目を閉じた。
ーー何があったの?
そう疑問を抱いた少年は狼が倒れたのとは逆の方向を向く。
その先には一人の背が高く、身の丈よりも長く巨大な鎌を持つ人間がいた。その人間の持つ鎌の棒の先端からは煙が立ち上っている。人間は茶色の汚れた布地を身体全体に纏うように覆い、顔の部分も目元だけ開けられた穴で僅かに見える程度だ。
「え……あ……」
少年は第一にお礼を言おうとしたが未だに恐怖が全身を支配しているためか口が満足に動かなかった。ツカツカと乾いた土の音を立てつつ、人間は鎌の刃を畳み、背中で担ぎながら少年に歩み寄った。
「あ、あり…」
「礼はいい。それよりここを離れよう。さっきの音と、狼の血の匂いで奴らが集まってくる。」
人間の声はクールで落ち着いた女性の声だった。少年を右腕一人で担ぎながら女性は走り、東を目指した。
◇
女性が走り始めて約15分。目的地であろう水辺に辿り着いたため、少年は女性の腕から降ろしてもらった。
ふぅと息を吐き、顔を覆っていた布地を取る。女性は肩ほどまでの女性としては短く、ボサボサとした髪型。目つきも鋭いが、女性としての優しさも思わせる一面を持つように見えて、かなりの美人。年端は17といったところか。先ほどの折りたたみ式の身の丈程もある鎌を木に立て掛け、その木に寄り掛かった。
その頃には少年も落ち着きを取り戻していたようで、立ち上がり思い切り頭を降ろして大声で叫んだ。
「た、助けてくれてありがとうございます!」
少年の決死の礼に女性はクスり、と笑みを浮かべた。その後、「座りな」と休息を促す。
「私の名前はリアだ。君は?」
「ぼ、ボクはクロ…。」
「クロ…か。いい名だな。」
女性もといリアはクロの名前を聞きなぜか安堵した。
20××年。突如かつての米国に墜ちてきた隕石と、その勢いの弊害により米国の地に佇む命は全て消え去り、空もずっと暗いままだ。隕石が墜ちたことによる影響はそれだけでなく、大まかに分けて二つあった。
一つは謎の生命体の誕生だ。例えば先ほどの黒い狼。今現在、地上にはあのような獣が数えるのが嫌になるほどいる。そしてその獣は人間を喰らって生きているのだ。
もう一つは既存の生命体への影響だ。隕石の性質か、はたまた別の何かか。空気汚染により生命体は僅かな数を残してその命を散らしていった。人間や動物は殆ど死に、木々は殆ど枯れ、水も僅かな透明なものしか飲めない。リアとクロはその数少ない生き残りなのだ。
「ボクは食べるものがなくて彷徨ってたんだけどリアさんは?」
「3年前の隕石墜落以来、ずっと旅をしてるんだ。隕石を目指してる…。」
隕石。その言葉が指すものは一つだけであろう。だがクロはリアに問うた。隕石の周りには…
「隕石…それって…。」
「あぁ。獣がわんさかいる。けど私は鎌さえあれば…死んでも構わないんだ。」
「ど、どうして?」
「この鎌は、死んだ私の友人達の骨でできてるんだ。だから仲間と共に戦って死ねるなら何も思うことはない。」
そうなんだ…。という言葉を何故かクロは飲み込んだ。クロは自分の家族を隕石墜落にて亡くしたから淋しさを思い出したのだろう。
クロは魚や、未だに命を亡くしていない木の実などで食いつないで来た。狼などの獣の肉も食べることはできるのだが、クロがそんな狼を倒せるかと問われたらそれは無論Noである。
だが、そんな彼の目の前に…
「食うか?」
「!!!!」
リアが狼の肉を差し出した。
◇
リアが取り出した火種で焼いた肉を二人で頬張る。クロは単純計算で3年、肉を食べていなかったのだ。勿論、人間と出会うこともあったが皆、自分のことで精一杯だったため力を借りることも叶わなかったのだ。
そんな彼は今、口の中に溢れんばかりの肉を一口、二口と噛み締める。噛めば噛む程、身体に悪いんじゃないかと心配するほどの美味な肉汁が染み出てくる。
「私も戦うためにあいつらを狩らなきゃいけないからな。肉ならいくらでも余ってる。腐らせるのも勿体無いから好きなだけ食べてくれ。」
返事をするのも忘れ、若干7歳の少年は目を輝かせながら肉と、水辺に無限にある水を味わった。
◇
「生き返った気分がするよ…」
「そいつは良かった。」
リアは呟きながら鎌をとり、刃の部分を砥石で磨き始めた。そうするとクロが一つ、疑問を投げ掛けた。
「そういえば、さっきリア……さんが言ってた戦うために狩るってどういうこと?」
「ははは。リアでいいよ。」
呼称を確かにさせてからリアは自分の茶色いマントとして扱っている布地をの裏から一つ、小包を取り出した。そしてその口を開き先端が尖った円錐型の汚れた白いものを見せる。
「これ、何だと思う?」
「んー。動物の牙?」
「まぁ正解だ。正しくは奴らのな。奴らの牙は牙同士で勢いよく当てると発炎作用があるんだ。」
「は、はつえん…さよう?」
やはり幼くてわからなかったか。とリアは反省し実際にやって見せる。
「ここに牙と牙があるだろ?この二つを勢いよく当てると…」
「うわっ!」
右と左、両の手に持った牙同士をぶつける。そうするとバチン!と大きな火花が散った。
「分かったか?」
コクっとクロは頷く。それを確認したリアは座って火花が飛び散ったために火がついた布地を千切って水辺に投げる。そして鎌を持ち出し、展開させた。実践に移りながら次の説明に移る。
「そしてこの鎌の柄の…棒の部分の中には獣の骨が入ってる。この鎌の刃の下にある小さい穴。ここな?ここに牙を入れて、トリガーを引くと…」
ゴクン。と唾を飲み込むクロの様子をみてリアは柄の上部の先端をクロに向け…
「バーン!」
「うわ!」
とはったりで脅かした。「悪い悪い」と言いながらしっかりと謝り、水辺の反対側にある木にしっかりと牙の弾を撃った。
「これが私の武器だ。」
「すごい!すごいよリアさ…。リア!」
フフン。と鼻の下を伸ばしながら誇らしくリアは笑った。
「でもどうして、そんなに強いの?もしかして…隕石に行って…」
「私は隕石に行って何が何なのかを知りたいんだ。」
リアの真っ直ぐな目。それをみたクロは3年ぶりに心が踊った。
「ボクもリアに着いてく!戦えないけど、リアと旅したい!」
クロのその意気込みを聞いたリアは声を出し、笑いながら答えた。
「何がおかしいの?」
「いやね、可笑しいというより、私の旅はもう殆ど終わってるんだよ。」
「え?」
どういうこと?そう聞こうとしたクロが口を開く前にリアが説明を施した。
「あそこにさ、大きな岩が見えるだろ?」
コクっとまたクロが頷く。対しリアはニヤニヤとしながら次の言葉を放った。
「あれが隕石。そして、この世界の中心だ。」
「え、う、嘘…。」
大声を気づかれたくないため出さないようにと、それでもクロは驚きを隠せなかった。
◇
隕石には穴が空いていた。いや、穴と言うには大きすぎる。恐らく入り口だろう。
「本当に行くの?リア。」
「ここまで何のために来たと思ってるんだ?お前は着いてくるんだろ?というよりここで別れる方が危険だ。」
「い、行く!」
二人は入り口に踏み込むと狂気の沙汰じゃねぇ!と叫びたくなるような空気を肌で感じ取った。数々の死線を潜り抜けて来たリアだけでなくクロもだ。
「……ここで引いたら、仲間に顔向けできないんでね。」
進み、約1分ほどで広い部屋に出た。大体20m×20mほどの部屋だ。だがそこは部屋…というより檻に近い。何故なら。優に10という数を越える狼たちもいたからだ。
「り、リア!」
「面白いね…。私から離れるなよ!」
そう叫んだリアの目はギラギラと好戦的に輝いていた。
瞬間。ダッとリアは飛び出した。部屋の中心にて鎌を展開する。ちなみに肩にしがみついてるクロはかなり顔を青ざめさせている。
ただならぬ気配、殺気を感じ取った狼たちは部屋の中心にいるリアへと視線を向けた。だが3匹の狼は視線を向けた瞬間。リアを中心に360°全方向に円を描くように振り回された鎌により首や前足、顔を真っ二つにされた。
「一、二、三…」
四匹目が飛びかかって来た。鋭い眼光を向け、リアは真上から鎌を振り下ろした。狼は僅かに右にずれ鎌の先端は床石に突き刺さり、鎌の先端と棒の間の空間に収まった。瞬間、狼は鋭利な歯をガキン!と何回も噛む。
「!!!」
彼らの骨や牙の性質である発炎作用だ。それを恐れたリアは左の拳を握って狼の口元へ強烈な拳を叩き込む。血が舞い、一旦動きが緩んだのを起点に鎌を躊躇いなく引いた。首元が引き裂かれ、狼は命を消し去られる。
「四…」
次に背後から来た二匹。再び殺意の対象を変える。鎌に力を込め、跳んで相手の攻撃を回避。空かされた狼の一匹は重心をずらし転倒。向かって来た二匹目の腹部を左、右。と連続で蹴りをいれる。隙ができたためガチャリと。牙を二本装填。引き金を二回引いて二匹共殺す。
「五、六…」
固まっていた三匹と背後の一匹が向かってくるまでの時間で再び最高装填数の2本を装填。先頭を走る狼に銃口を向け、軽くジャンプ。唸り声を上げながら鋭い爪を振るおうと近づいて、距離がゼロにも等しくなった瞬間。引き金を引いた。反動は凄まじく後ろへと身体が引っ張られるように動いた。鎌の先端を地面に突き刺し、その反動をできるだけ早く消し、一本装填。それに追いつく勢いで近づいてきた二匹目、三匹目へも再び引き金をを引く。
またも反動で後ろへと飛ばされた。が今度は好都合。反動を利用し、勢いを増した鎌が最後の一匹の命を刈り取った。
「七、八、九……十」
ポッかーん。とクロは口を開いたまま驚きをまた隠せないでいた。ここまで強いなんて…。いや、強い人というのを目の当たりにしたことがなかったからかもしれない。が、あんなに笑いあったリアという年上の女性がここまですごいと、別人に感じてしまうのも無理はないだろう…。
「大丈夫か?クロ」
「う、うん。」
そういって彼女らは階段の下へと足を運んで行った。
◇
階段は予想よりも長くただ疲れるだけという地味な苦戦を強いられた。しかし、部屋に入った瞬間、その理由がわかった。部屋に待機していたのは多数の鳥だったからだ。
つまり高さで侵入者を狩るシステムだった。のだが、弾丸を扱える上に、反則級の反射神経を持つリアの敵ではなかった。
そして更に階段を降りた先にいたのは謎の人型の生命体だった。しかし人型、というだけで顔や手などのパーツは全て人間とは異なる。
だが、何よりも目を引くものがあった。それはその人型生命体がコンピューターのようなものを扱い、その液晶に映っていたのは恐らく地球。隣には読めない文字列が沢山並んでいる。
が、それだけでリアが己の鎌を向ける理由となるには充分だ。
「クロ。下がってな。」
何も言わずにクロは部屋の端っこに自分から除けていった。
「お前が全ての元凶か!私の仲間たちの仇、打たせてもらう!」
「………」
完全に反応されない。仇の前で熱くなったリアは歯を強く食いしばり、心の底から叫んだ。
「聞けぇッッ!!!」
引き金を引きコンピューターを破壊。すると不気味にも人型は首だけを振り向かせて来た。
「やる気になってくれたようで何よりだよ…。さぁやろうか!」
「أنا كان بطيئا. كان دوري قد انتهى.」
瞬間、リアは鎌を振るい、首を真横に斬り裂いた。
「!!」
そしてリアは首から下。人間で言うところの心臓へと弾丸を放つ。
直後、ただの血肉の塊となった生命体は白い煙を立ち上げながら消え去って行ったのだった。
◇
「なんか、すぐ消えちゃったね。」
「だけど、良かったんじゃないか?これでじきに獣も消える。」
「あ!そっか!てことは!」
クロが満面の笑みを浮かべる。そう、もうこの世界に危機はないのだ。全てリアが片付けたために。
「ボクさ。マ…お母さんとお父…」
ママ、と言いかけたクロの頭に微笑みかけながらリアは手を置いた。その手がなぜかクロには懐かしいものに感じた。両親のものと似ていたからであろうか、それともママと久々に口に出したからか。
そう思ったクロは涙を浮かべ始めた。
「うぅ…リア…。ボクね…ママとパパの分まで生きる…生きて、楽しんで!天国でまた会うんだ!」
「あぁそうしてやれ。お前のママもパパも喜ぶからさ。それを目指してさ。」
抱きついて来たクロを抱きかかえ後頭部を優しく撫でる。
そうしてリアは呟いた。
「私は…仲間の仇は取れたわけだから…何も目指そうかな…。」
「リアは…」
「私も…お前と一緒に仲間の分まで生きることを目指すよ。」
リアと会って、否。今までで最高の笑顔で最高に幸せな声でクロは笑って見せた。
そしてこの2人は崩壊した世界を、生き残っている人間達を励まし、共に立て直す為の旅に出た。
いつか、また、人間がかつてのような生活を取り戻せたのかどうか……。
それはまた別の話である。
野上 隣です。
初めての単発小説ですが楽しめて頂けたでしょうか。
自己紹介とかするべきなのかわからないので連載作品を持っていると言うことだけ言っておきます。
この作品は案を出してから4時間ほどで完成したので作り込みが甘いかもしれませんが楽しんでいただけならそれだけで僕は幸せです。
アラビア語の部分はおふざけ、と言うのもありますがちゃんと意味があります。お時間がある方は「Googleで」翻訳なさってみてください。
とりあえずご一読ありがとうございました。今度は是非、僕の連載作品である「Time Wizard」「Navy Blue Crane」の方も読んでいただけると幸いです。
ではまだ。別の機会にお会いしましょう。
じゃーねー!