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バカ大学物語  作者:
8/8

おまけ 酔いどれの中の二人

感想、宣伝、口コミ……まってます。


「――――――」

 音にしたくない音が、ユニットバスのトイレの奥の方から聞こえる。

 食堂を逆流し、そのブツが落ちて水面に沈んでいく音だった。


「やれやれ……」

 勇大は自身の坊主頭を撫でながら、改めて部屋の惨状を理解した。



    ***



 追い出された直後、鉄二の勢いは止まることは無かった。

 きっと彼自身もうたった一日の事だがリミッターが壊れてしまったのだろう。その高く高揚した気分のまま全員を家に招き入れ、もう一杯やろうぜ! と叫んだ。

 そこからはトントン拍子に皆なだれ込み、コンビニで買い込んだ安酒をまだ二十歳になっていない周を除いて飲み始めたのだったが――。


 大地では白目で眠っている鉄二が。

 壁に寄りかかり天井を仰いだまま笑い上戸になっている太一。

 速攻で寝落ちした桃花に、今現在も千鳥足を隠すことなくフラフラとしているソフィを支えながら勇大は苦笑いを浮かべた周に笑って見せた。


「よっ……と、ソフィさん、飲み物いります?」

「うー、おえー、気持ち悪い……す、みません……おねがい、うっぷ」

 そっとソファに寝かすと水を取りに歩き始めた勇大に気を使って周は僕が取ってきます、というとすぐに席を立ちあがった。

「わるい、ありがと」

 コップを受け取ると、ソフィの背中を軽くさすりながら水を飲ませて行った。

「ゆっくり休んでてください。水欲しくなったら言ってください」

「ごめんなさい……もう寝ます――」

 という言葉を最後にソフィは糸の切れた人形の様にがっくりと体を倒した。


「お疲れ様です、勇大先輩――いや、マジで」

 周はこの部屋に転がる魑魅魍魎に対して勇大にそう言わざるを得なかった。

「ん、いや、面白いからいいけどね」

 肩をすくめながら勇大はまたちょびちょびと梅酒を飲み始めた。

「酒、強いんですね」

「まあ、法事の手伝いとか、そういうのでガキの時から飲んでからな――飲む?」

「あー、僕は、まだ二十歳じゃないんで」

「偉いなァ周君は、いいんじゃない。自分で自分を律するって一度崩れちゃうと大変だから」

「……あの、勇大先輩はその、どうしてここに?」

「あれ、言わなかったっけ?」

「あの、みなさんは泥酔中に半ば強引に教えてくださったんですが……」

 くすり、と勇大は周りに転がる『彼にとっての先輩方』に情けないやら面白い連中だという何とも言えない明るい笑みを浮かべるとのんびりと話し始めた。

「俺は暇潰しに開いてた講堂で本を読んでたんだよ。

そしたら、そこでぐったりして今船を漕いでる太一に誘われたんだ。

『面白い事すっから手伝って』

って。

なにいってんだこいつ、って素直に、単純にそう思ったけどさ」

「では何で……」


「まあ、面白いならいっか、って」


「んな……!」

「なんていうかね。下手に宗教観あるって言う話はしたでしょ」

「――ご家族の関係ですよね」

「うん。そうなんだけど、結構そのおかげで些細なこととかに面白さを感じることが出来る、っていうのが俺の根幹にあるわけよ。――コレ別に勧誘じゃないよ!?」

「分かってますよ」

「宗教的に、じゃなくて、たぶん親の温和さとかそういうのがメインであるんだと思うんだけど――っていう自分観察は別として、面白いことは正直世界に転がってるってことを俺は知ってる」

 はっきりと、彼は迷いなく言った。

 周にとってその彼の姿は、ウソ偽りなくその事実を淡々と述べたと良くわかる。

 だからこそ、彼がその考えを今もこのアホみたいにカオスな状況を楽しめているんだと思うと、尊敬の念を越えて、素直に驚いた。

「――すげー」

「すごくないよ。きっと誰にだってそう感じることはできる。周くんだってそうだ。ちょっと些細な事にへらへらできれば人生楽しいよ。どうせ死ぬのは決まってるんだから一分一秒楽しい事だけやって生きていたいじゃん? ここまで言えばわかるかな。俺は、」

「楽観主義なんですね」

「――意味分かった上で言ってるよね?」

「ええ、『のんびりと流れた事態に対して温和に構えられる』って方でなくて『楽をどの視点からも考えよう』って主義の」

「すごいな、周君……! 凄いなァ、最近の大学生。すげー」

「勇大先輩も大学生じゃないですか……」

「ま、『楽観主義』な俺としては日々に楽しさを感じて生きているわけだから『面白いことをしよう』と言われても「もう面白いからなァ」とも思えた。だけどさ、何つうんだろうね、目がさ、よかったわけよ」

「目?」

「うん。太一には今日話しかけられた初対面だったけどさ、同学年だったら必ず一度は廊下ですれ違ったり、トイレでかちあったりする。でも、今日はその太一の目がなんていうんだろうなァ、直感な話になって気持ち悪いけどいい?」

「どうぞ」

「やるぞ、って目をしてたわけよ」

「……?」

「わかるかな――面白いことをしようって目なんだけど、確かにそうなんだけど」

 何かはっきりと言いたいのだろうけれども言葉を迷っている、そんな態度で勇大がまた口にコップを運んだ時に周はぼそりと言った。

「なんとなくですけど、『向上心があった』って感じですか」

 周のその答えにすこし目を見開くと、コップを机の上に置き、勇大は満足そうに笑った。

「……うん。さすがだね周くんは。多分この中で一番人の事を良く見てる人だ」

「そんな」

「彼らには、向上心がある。『面白い事やるぞ!』っていうのが。太一の目が、昨日とはまるで違い輝いていることに俺は不思議だった。ただその好奇心を晴らすついでにその太一が変わったやつに会ってみよう。そう思った。

それで、ファミレスに連れていかれた時、鉄二に会ってすぐに思った。こいつは、すがすがしいほどバカで直線で道を進める人なんだなァって。だから見てみたいと思ったんだ。『こいつらと一緒に面白いことを突き詰めて行ったら楽しいだろうなァ』って」


 しん、と部屋の中が静まり返った。周は返事をしなかった。けれども二人の間には奇妙な連帯感と、共にわかる人に会えたことに、この静けさは気持ちが良かった。

 部屋にはいびきが聞こえる。

 周は何ともなしに言った。

「やっぱ、酒、いいすか」

「いいけど、一杯だけね。これ以上酔っ払いが増えたらさすがに俺もきつい――」

「ちょっとだけ大人を体験したくて」

「キミは十分大人だと思うけどなァ」

 紙コップに注がれていく酒。


「これから絶対大変ですね……鉄二さんは馬鹿だし」

「でも絶対面白い」

「……ま、そうですね。同学年でいきなりファミレスで叫んだバカやったのは僕だけでしょうけど!」


「じゃあ、俺と、周君の友情に」

「――照れくさいっすね」

「でも、このぐらいバカで居ないとついていけないと思うけど」

「ああ、それもそうですね」

「それにこういう恥ずかしさも、青春だ」


「では」

「おう」


「「乾杯」」


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