太一『人間関係は一息で一気に押し作れっ!』
一日の大学での授業はすでに終えた鉄二は携帯を眺めながら小さくため息をついた。
ソフィはまだ午後の授業が残っているらしく、今は独りだった。
中庭では何名かのカップルが其処かしら仲睦まじく歩いている。だからと言って「リア充死ね」などと思う程心は鉄二は荒んでいないつもりだ。それどころか一年と言う大学生生活はこんなにも多くの人々を恋の道に進ませたのかと感心するほどだ。
では何故ため息をついたかというと、しょっぱなの友達を本当にソフィでよかったのか、という点で彼はため息を漏らしていた。
「(悪いやつではないと思うんだよなァ……うん。それどころかかわいいし、吐かせたけど普通に許してくれるどころか寛容に許してもくれた。うん、問題は無いんだけど)」
鉄二は何とも言えない気分を堪えながら考えていた。
別に不満は無い。
まったくもってない。
ただ、青春らしいかというと、よくよく自身の行動を振り返ってみたらトリッキー過ぎたかと反省の念が出始めていた。
「(いきなり告白しといてその流れで友達作りって……、いやいいんだけど、いいんだけどなんかやり過ぎたか……? だっていきなり女子――それもあんな超絶に可愛い子に玉砕しかけるって――ああっ、もう考えんのダルいなァ! こうなったら逆にこの波に乗って大量に友達を作ってみっか!?)」
彼が勢い良く立ち上がると、その途端突然の痛みが頭の頂点に走った。
「っつぁ!」
「~~っ、てぇ~~っ」
頭をさすりながら改めてよろよろと立ち上がると、そこには鼻っ面を抑えながら涙目の男が一人立っていた。
髪型は今風と言ったストレートを流しながら軽く茶髪入った髪に、右耳にはシルバーのピアスがちらりとのぞいている。
「っ――ぅ、ん、何の様?」
第一印象で「(あーチャラいグループのリーダーか?)」と去年一年の生活の中で軽くだが覚えていた1人の様だった。だが、だからと言って今のこの状況で別段身構える気もさらさらない鉄二は投げやりに声を掛けると、その鼻っ面を抑えていたチャラグループのリーダーの男は嫌に爽やかに言った。
「ん~、あ、ああっ、俺か!?」
「いや、この状況でお前以外無えだろ」
「それもそかっ、俺は『平宮太一』っ、お前のあのはっちゃけっぷり見せてもらったぜ! ――びっくりしたし、驚いたぜ。いきなり二年初めての授業であの緑川に声をかけたかと思えば、今度は食堂でドッキリしかけて吐かせるとかどんな鬼畜だよお前っ」
「はあ」
確かにそのチャラいグループのリーダーであるためにか、非常に滑らかで快活な話しだしてつい話をぐいぐいと聞いてしまった。
だが、こういうノリに成れていない鉄二は話しながらも何度か執拗に肩を叩かれたりとボディタッチのウザさを覚えたがとりあえず静かに傍観することを選択してため息に似た困惑を漏らした。そんなことも気にする気配も無く、その男はまるで締めにかかったかのように爽快に言った。
「んで、まあその光景を見て俺はピンと来たわけよ。お前と一緒に居れば――」
「スッゲー面白そうなことがあるって!」
「……」
鉄二はちらりと背後を窺った。
何を言っているんだこいつは、とも思ったが、まずここまでこのチャラ夫に期待されることもしていない為に不信を覚えた。
それどころか逆に去年の自分としてはチャラいとはいえなんとなく「大学生らしい」という男女の割合のグループを形成して皆オシャレな格好で飲みに言っていると噂の彼らに少しばかりの憧れすら覚えていた。
だが、そのグループのリーダー的人物が何をもってして何故こうも絡んでくるかよくわからなくて、訳わかんなくなった結果。
背後を見て、別の誰かと勘違いしているのではないかと思った。
「お前だよお前ェ!」
「(あっ、この人すごく馴れ馴れしい、キモい)」
そう突然に確信犯的に思った。
そして、鉄二は別に今更ブレーキなどないのであっさりと言った。
「馴れ馴れしくてキメェなおめえ、あはは」
「……」
今までにこやかだった顔が一瞬真顔に戻った。
「(やっ……ばいか? 切れて殴られるか? 近頃の子はキレやすいのはマジか? おっしゃぁこうなったら殴り合いやったらァ!)」
勝手に脳内では熱血の血がたぎり始めた鉄二はここが大学の構内であるということも忘れ、拳を握り臨戦態勢に移ろうとすると、何故か、目の前の太一という男は、
「あっはっはっはっ! お前ってやつは、まったく予想以上だ! スゲー! 感動だ! なあ、頼むよ友達になってくれ! というか親友でもいい!――『でもいい』じゃねえや、『是非』親友になってくれ!」
「あ、あァ?」
「すっげー、スッゲーよマジ。俺の人生で初めて見た。ここまで馬鹿な奴!」
「おし、ケンカ買った。唸れこの拳ィィィィ」
迷いなく鉄二は拳を振りかぶり、鳩尾を思い切り勝ちあげる様に殴った。
その喧嘩など一度もしたことのない拳は空を切ることも無く、見事に太一の鳩尾を殴った。
体は少し宙に浮き、つま先が軽く大地から離れたのは確認できた。
だが、
「けほけほっ、っと、ってぇー、やるなァ! 喧嘩初めてっぽかったけどもしかして手慣れてる?」
「い、いや、初めて。(効いてない? 俺のパンチもしかして蚊が止まる様なパンチって奴なの? 嘘、いや、ちょっと不良漫画読んで蛍光灯の紐ボクシングをこなしたこの俺の鳩尾パンチが……)」
「うあー、すっげ、お前凄いなァ、初対面だぜ、俺? 不良でもない奴にいきなり容赦なく鳩尾選択するって、凄すぎ……」
太一は何故か目をキラキラと輝かせ、鉄二の手を握った。
「オシっ! お前、友達になってくれよ!」
じり、と鉄二は後ろ脚を引いた。
「マゾ……マゾなのかお前、い、い、いや……へ、ヘンタイ……変態だァァァ!!」
鉄二は、迷いなく手を振り払うと100メートル級の全力で、回りの目など糞喰らえとでもいうかのように走り出した。
「ちょ、ま、いきなり走り出すってお前!?」
「く、来るなヘンタイ! 誰か助けてヘンタイがいる! マゾがいるよ!」
「~~~~っ、予想以上過ぎてやばいなコイツ! まて、待てってば! 何もしないから!」
「変態はみんなそういうんだ! 来るなヘンタイっ!」
***
逃げ惑うこと10分後、彼らは学校裏の軽い庭園となっている広場にいた。
草木の擦れる音と、遠くで子供たちが学校終りで遊びに来ている音が聞こえるとともに、2人の台の男が息荒く膝に手をついてぐったりとしていた。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜえ」
「おまえっ、運動サークル入ってるわけでも無いのに、スゲーな、何だその体力」
「な、なんで、……ぜえ、俺のサークル、じ、事情を、知って、る?」
肩で息をしながらも少しでも距離を離そうとじりじりと逃げる鉄二の腕はガッツリと太一によって掴まれた。
「まてってば、害意も敵意もねえよ」
「嘘つけ、ヘンタイはみんなそういうんだ」
「だからヘンタイじゃねえってば……ったく、オーケー俺の事をちらっと話すからそれで納得してくれ。納得できなかったら、……ちゃんと引くから」
「……ん……つまんなかったら途中で帰る。俺は友達を今大量生産しなければならないからな」
「(だったら俺もその友達に入れてくれって言っても――その目じゃ、今はダメなんだろうなァ……)」
太一は肩をすくめて小さく笑った。
鉄二の目は明らかに敵対した生物を見る様に警戒心がビンビンと立ち、鋭く眼光が光り輝いていた。
「ちょっと飲み物買ってくる……お前―、って呼び方は悪いか、何て呼べばいい?」
「……天才」
「ぷっ……おーけー天才。ちょっとそこのベンチで休んでていいぜ。――何飲みたい?」
「コーラ、ペプシ買ってきたら即座に帰る」
「りょーかい」
「ほい、コレでいいか」
ぐったりと体を預けて空を仰いだ様子でへたれていた鉄二の首筋に冷たく冷えたコーラを当てると、びくりと生々しく動いたかと思うと、ごぞごそと自身のポケットを探り始めた。
「150円だよな?」
太一は隣のスペースに座りながら、「奢っちゃる。これから友達にしてもらうから少しでも有利な状況に持ち込みたいから賄賂だと思え」
「……そ、そんなことされたってうちは公正なジャッチが売りなんだからねー(棒)」
「ツンデレをやるなら、もうちょい声を張ってくれ――まあいいや」
ぷしゅり、という心地いい音を立てると2人は何ともなしに共に炭酸飲料で喉を潤していった。
一息つくと、太一は鉄二と同じように体をぐったりとベンチに預け、春の青が強くなってきた空を見た。
「正直、お前が警戒するのもよくわかるよ。俺、気遣い出来る人だから。人の気持ちガンガン理解できちゃうタイプのいい男だから」
「へえ、死ねばいいのに」
「流れる様に死ねとか言うな、すぐ死ねとかっていうのはガキの証拠だって親父が言ってたぜ」
「手前の親父事情とか知りたくもねェ……」
「んー、なんつうのかなァ、俺って昔からこうクラスの立ち位置として比較的上にいたわけよ。あ、上って言っても本当に見下す意味の上じゃなくて、なんとなくわかるだろ? 学園祭とかで仕切れたり、盛り上げがうまいグループとか、そういうこと」
「自慢乙」
「まあそう言われてもしゃーねーんだけど――正直さァ、そこにいる奴らもあんまり変わりねえんだよ。人としてさほど変化も特徴もねえんだよ。知ってたか? 大抵はそうだ。そのグループに所属している自分って奴を何とか保とうと空元気でみんな頑張って行くわけよ。盛り上げなきゃ、みんなと遊び行かなくちゃ、みたいに。気張っちゃってるわけよ」
「……」
鉄二はごくごくとコーラを飲み干すと空になったペットボトルを隣のゴミ入れに投げ捨てた。それに倣う様に太一も会話を一段落させる様に一気に飲み干すと、席を立って歩いてそのゴミ入れにそっと入れた。
「正直ねェー、ダレるわけっすよと、大学に来たら正直もっと酒とかのおかげでみんな距離感近いかなァと思ってたんだけど、大学に来たら来たらで『ん?』って思うことが多いわけよ」
「例えば?」
「カラオケ行くじゃん? そうすると今風の曲が多いわけよ。なんか牛丼屋の有線で聞いたことあるなァって曲ばっかり。攻めた曲とかアニメとか入れて来ないわけよ『コレださいっしょ?』みたいな確認の目でラインの伺いの連発、みたいな」
「そりゃ、気が合わねえだけじゃね」
ピタリと太一の動きが止まった。
「そりゃ、……そうかもなァ、そうかも」
「聞いてれば正直疎外感を感じてるのはお前だけじゃね? お前、人に期待しすぎなんだと思うよ? オモシロイ人なんてこの世にすっっっっくねえと思うし」
「……あー。そうかも」
にやりと口角が上がってしまった太一はそれを隠すように鉄二には背を向けた。
「俺はただ単に青春っぽいことを全力でしたいだけ。お前は俺にたぶんだけど、凄い人だって期待してるんだと思うけど――(まあいきなりソフィ吐かせたりとかしてるけど……)、そりゃ違うよ。勘違い。俺は本当にふっつーの人間だよ」
春の終りを告げる様な冷たい風が一つすぅ、と彼らの間を駆け抜けていった。
「俺は、正直あんた、平宮太一? さんに対して今でも若干ビビってるしね。こっちから見りゃーあんたはコミュニケーション能力のとんがったスゲー人にしか見えないわけよ。まさに雲の上、天上の人」
「んなことはねえだろ」茶化す様に太一が口をはさむ。
しかし鉄二はゆるゆると席を立ちあがりながら言った。
「いーや、そんなことあるね。俺は小市民だぜェー、スッゲー小市民だ。昨日まで地味夫だった男がいきなりこんなことをして何やってんだって背後から俯瞰で見れば死ぬほど不安になるし、ソフィに対して死ぬほど申し訳なくなってるし」
「勢い任せで今も頑張っちゃってるわけっすよ。『青春したいなァ』ってだけで」
太一は、言葉が出なかった。
「(いやいやおいおい、お前、それがどれだけ普通じゃねえか分かってる? 『後悔するけど結果としてそれをこなしちゃえる人間』がどれだけいると思ってんだよ……くはっ、こいつは、もう、やばいわ、気が付いてねえ。お前はすでにフツーじゃねえだろ)」
鉄二はそんな太一に向かってびしりと指を指した。
「んで、結論だけどこんな人間に友達になりたい?」
「ったりめーだろ」
太一はもう迷うまでも無かった。にやっと笑って右手を差し出した。
「……マジかァー俺モテモテだなァ、モテ期来てるよオイ……おっけ、もううだうだ言わねえ、むしろチャンスだと思うわ、リア充のコツでも教えてくれ」
「まかせろり」
「――じゃ、まあ青春するんで、全力で着いて来いって感じで。――んじゃ、よろしく『新山鉄二』、後にこの学校で伝説の青春男となる男だ」
そういうと、鉄二は力強くその手を握った。
二人は、共に大学に向かって歩き出すと、ふと鉄二が思い出したように言った。
「あ、そうだ。今日夜までにお前面白い友人一人連れてこい」
「は?」
「いやいや、友達にしてやったんだから友達の輪を増やさせろよ」
「え、あー、いや、ん、いいけど?」
「じゃあ、今いる友達はダメな。新しく友達捕まえてこい。男女は問わねえ」
「え? は?」
「だってお前の周りつまんねーんだろ、青春にならねえだろ。ってことですげー面白い友人よろしく」
「……え、嘘だろ?」
「なわけねえだろう! いつだって俺は本気だ! ってことでこれから俺は図書館でとんがった面白そうなやつを友達にしてくる! 夜7時までに、んーそうだな、あのこっから見えるファミレスに連れてこい!」
「は? は?」
「ではっ!」
鉄二はそういうと一陣の風の様に大学の方へと駆けて行った。
そして一人残された太一は、小さく呟いた。
「面白いやつなんだけど、面白いやつなんだけど――トリッキーすぎねえか?」
「さて、期待に添えるように、どんな奴友達にしてみっ、か……?」
頭を掻きながら太一はちらりと腕時計を見た。そして言葉を失った。
時刻は午後3時。
「残り時間4時間で友達って……難易度高すぎだろ……!」
「まあ、それが面白いのかもなァ……っと!」
平宮太一もこうしてこの大学生活の青春を全力で走り出した――。