鉄二『人が変わるのは切っ掛けではなく、勢いだッ!』
物語を語って行くにはやはり物語の根幹となる、主人公という物をしばしば紹介しなければならない。
綿あめの様な天然パーマをもこもこと風に流されながら、桜の波と新入生の人混みを縫うようにテクテクと滑りぬけていくその一人の青年、「新山哲司」。彼こそがこの物語の主人公である。
新山哲司。性別、男。年齢20。
大学二年、「文学科」所属。一浪の末、一昨年、上の下とも言えるこの学科に入学してきた。
別段ひねりのない人物に見える彼は、故郷は海山どちらもある様なのどかで、『のどか過ぎる』程何もない田舎からこちらに単身一人上京してきていたのだった。
家族構成は普通に何のひねりも無く核家族で、田舎の両親は姦しい両親で良く喋ることを生かして二人ともどこかの営業の仕事についている。
特段ドラマも無く。
特出したエピソードも無く。
特別な特技などもなにも無く。
何かアニメの主人公の様に『平凡』というステータスがあるほどに平凡でもなく、微妙に個性があり、些細に雪かきがすごくうまいという都会では使いどころの分からない裏芸があったり、雨の降る時にはその天パの縮小具合で予知出来たりと、平凡という一種の個性すら確立できず、ちょっと面白いただの一般人でしか無い。
彼は本来、ただひっそりとイチ地味な大学生として浦風すら何も起こせないまま静かに卒業し、淡々と恋人がいない事を倦みに持ちながら、ずるずると独身で人生が終わるという生き方をするような人物の典型的な人格であった。
だが。
彼は、今、現状、この時期に、この大学二年というある程度大学でのその人が持つ立ち位置と言うものが決まり、オシャレなグループはグループで、便所飯の連中は便所で飯を食うという暗黙の決まりごとができ、強固な骨となった時期に。
彼は不意にある企みを持った。
それがこの物語のすべての始まりであり、バカ大学の伝説に残る出来事の最初のきっかけになるとは彼も、彼の周りも、誰も知らない――。
***
企み。
そういうと何か危険思考や、大掛かりな事件などを連想するケースがあるが、鉄二の考えていたことは一言言ってしまえば、思春期一度は考えることとあまり変わりがなかった。
きっかけはとても単純だった。
家に誘うようなほど親しい友人もいない鉄二は、春休みを去年の夏休み、冬休み同様に退屈に過ごしていた。だから彼は惰性で流れる様に暇つぶしの欄を逐条していくかのように流れ作業で小説だったが、アニメだったか、映画をたくさん見た。
たくさん、たくさんみた。
春休み中ごろまでは暫らくそんな暮らしをずっと続けていた。
そんな時、何の区切りも無く彼は6畳の部屋を不意にちらりと見た。
そしてふと思った。
「(これで、死んで行くのか? 俺は?)」
彼は、何かに膺懲去れたかのように動きが固まった。20分ほど考え事がまとまらず指一本動かせなかった。漸く彼がビデオの再生を止めて立ち上がった時には彼の頭にある言葉がしっかりとできていた。
こんな主人公になりたい、こんなふうにかっこよくなりたい、こんなふうにかわいい女の子と付き合いたい、こんなふうにこんなふうに……。
と、漫画や、アニメ、小説を読むとその主人公や他の登場人物の様になりたいと思うことは誰だって一度はある筈。
鉄二がこの時考えたのは、
超、青春したい!
それだけだった。
ヤンキーマンガみたいになぐり合って夕日を見たい。
少年マンガみたいに熱血になりたい。
少女マンガみたいに想い思われる恋をしたい。
バカみたいな、そんなことをたくさんしたい。
文字にすると死ぬほどバカらしくて、それでいて彼の様な人間には死ぬほどハードルが高い事だと気が付いたのはすぐだった。
彼は今まで一度も親に迷惑をかける様な悪戯をしたことも無ければ、涙が出る程に何かを頑張ったことも無い。熱くなる、と一言で言ってもそれに成れた思い出がない。
いつも、小学校も中学校も、高校も。
どこか自分がその輪にうまく入れなくて、いつも力を持て余して、けれどもそれも仕方がないと心の中でガキのくせに大人の様に折り合いを着けて容認して、無かったことにし続けていた彼には、それがどれだけ難しいかよくわかっていた。
けれども。
どうだ?
彼は立ったままもう一度自問自答した。
部屋の中は実家に帰る度に適当に買いだめた服が散らばり、料理はコンビニ飯のオンパレード、男の部屋と言い張れば良いのかも知れないが、それでも彼は思わずにはいられなかった。
いいのか、と。
新山鉄二と言う男は、こんな感じで人生が終わっていいのか! と。
「……い」
気が付けば彼は、
「いい、わけ、ない……だろうが」
固く拳を握っていた。
「俺の人生は、もっと、バカらしくはしゃぎまわってやんよォ――――――――‼」
彼は叫ぶ。
何度も叫ぶ。
自分の人生、つまんなくするのは自分だから。
自分が一番楽しんでやる!
きっとこれをビデオにとられたら黒歴史だろう。
だが、彼は今この瞬間、彼は確かに人生で初めて自分が自分らしく、バカらしくて誇らしく思ったのは間違いじゃなかった。
***
そして事態は新入生入学式にもどる。
鉄二は今まで一度もしたことがなかった腕時計を着けて、生まれて初めてファッション雑誌を買ってオシャレと言うものを考えて服を買ってみた。
以前は機能重視、値段特化で買い物をしていたが、今回は色合い重視、値段は組合せによって用立てると言う考えで挑んでみることにした。
幸い彼はトリッキーなファッションセンスも無いために、ピンクのワイシャツに紺白のチェックのネクタイを滑り込ませるという攻めつつも無難なファッションをチョイスした為に垢抜けた今風のオシャレに見えていた。
入学式とは言え、2~4年生は普通に授業がある。
鉄二は時計を確認し、小さく息を吐き出すと、彼は日本文学の授業に出るために500人ばかしが優に入る講堂のドアを開けた。
中は黒板を要に扇状で、前方に進むほど緩やかに下っているその作りの教室の中にはすでに新学期一発目の授業と言うことで多くの生徒が集まっていた。
しかし忘れないでほしい。
今はすでに大学内カーストが出来上がっている状況であるということを。
傍から見れば新学期気合が入ってファッション気張ってきたなァと言う印象を同学年からもらうだけである。それは、『頑張っちゃってるよ』と言う空気になる一歩手前でもある。
ここが境界線、つまり際だったのだろう。
周りからの目線、周りからの声、それらがまるで自分に掛けられている様な錯覚から来る心の折れ時。
通常の人物であったら「うわ、俺なにちょっと気合い入れちゃってんだろ、かっこわる」なんてことを言いながらしきりにネクタイを気にしたりして、次の日から何事も無かったようなファッションで来てしまうライン。
だが、彼は、やはりこの物語にあうバカでもあった。
……だからこそ主人公で居られるのだが。
きっとここが、分岐点だったのだ。
鉄二は、それをいい意味でも、悪い意味でも、楽々超えてしまった。
今までの思春期のうっ憤を晴らすような反動、どっか吹っ切れてしまった彼は。
彼はテクテクと迷いなく、ゆるぎなく教室の前の方に歩く。
バカ大学の講義に置いて一番前の席はかなりの確率で授業を本気で聞きに来ている場合か――ぼっちがいる。
オンリーのロンリーなぼっちがいる。
そこに向かって彼は爆進していた。
周りの生徒は、一年の頃は地味でいつも黒い服ばかり来ていた鉄二がいつになく明るい服を着て、猫背もやめ、脇腹までぴんと伸びた姿で堂々と歩いているのに目が思わず追ってしまったことにも彼は気が付かない。
一年と言う月日は同学年といえど話しかけ辛く、例えばそこに可愛い目の女子がいたとしてもグループから出たくないという一心から話しかける人物はより低下する。
そしてさらに、日本人特有のある事実。
『外国人苦手意識』
それがそこで猛威を振るう。
日本人で、英語履修は大学まで行けば最低でも中高で6年。だがそれで実際に外国人と話せる人物などまず居ない。
そんな状況下から大学進学したてにもし自己紹介でいかにもハーフっぽい日本人離れした金髪に青い眼の人形の様な少女が、
「hello」
と、ガチ英語発音で言ったとしたら。誰が話しかけるだろうか。その後何度も日本語で喋っていたとしても英語部分が妙にアクセントが良かったらなおさら話しかけ辛い。
所詮大学一年はたかだが高校4年生と何も変わらないのだ。
鉄二はその足で、先頭までたどり着いた。鉄二の目線にはっきりと正面に捕える様に写りこんでいたのは、窈窕で妖艶で、日本人にはない綺麗さと、整った横顔。
青い瞳は光も無くすでに広げ終わった教科書を見つめながらぼうと、遠くを見ていた。
鉄二は隣にすっと腰かけると、迷いなく、淀みなく、要領よく。
「ハロー。俺と友達になって!」
「……」
金髪はピクリと動いた後、ぎぎぎ、と壊れた人形の様にゆっくりと鉄二を見つめた。
「あ、間違えた」
「…………っ」
「嫁になってください」
「…………………………………………………はっ?」
青春したかった新山鉄二と言う男は、この日、二年生の始まりの日。
バカ大、伝説級のキングofバカの道という修羅の道を、バカみたいに大きく、阿呆の様に最高の笑顔で歩み出した。
感想……くれたら嬉しいでゲス……。