3.
その夜は私たちの代わりに、そのひとが祖父に付く事になった。
ふたりだけにしておいてくれ、と筆談で祖父が告げたのだ。
そのひとは、祖父の古い知己であるのだという。
どう見ても二十の域を出ていないのに、と、手持ち無沙汰になった母と叔母は茶飲み話の傍ら、そのひとの正体に憶測を巡らせていた。
特に迫力があるでも威圧感があるでもないのだけれど、正対するとどうも気後れを覚えてしまう人物だったから、誰も彼女に祖父との関係を問えずにいた。
私は学校があるからと、早々と二階に上がった。
実際私が床に就いたのは午前になってからだったけれど、窓から見るとその時もまだ離れには晧晧と明かりが灯っていて──私の胸を、不意に嫉妬めいたものが過ぎる。
家族を差し置いてこんな夜更けまで、一体なんの密談なのか。彼女は祖父にとって、それほど大事な相手なのだろうか。
傷は今も心に刺のように残るけれど、それでもまだ私は祖父が好きなのだった。
けれど同時に私は、離れで祖父とふたりきりにならずに済んだ事に、少しの安堵も感じている。それを偽る事はできない。
だって。
離れには、嫌な思い出がある。
あれは弟の通夜だった。
もうすぐ小学校に上がろうという弟は、事故で本当に呆気なく死んでしまった。
弟はうちでは唯一の男の子だったから、ゆくゆくは跡取りにと期していたのだろう。弟の死に際した祖父の落胆ぶりはなんとも痛ましいものだった。
仕事で家を空ける事の多い父よりも、祖父にこそ私は懐いていたし、歳の離れた弟とよりも、祖父と過ごした時間の方が私には長かった。
だから突然の肉親の死を悲しみ泣きはしたけれど、それは祖父のものほどではない。幼さゆえの、死に対する鈍感さもあったのだろう。心を痛めたのは、むしろ祖父の哀叫にこそだった。
通夜は自宅の離れで営まれた。
夜も更け、弔問が途絶えても、まだ祖父は遺体の前に居た。
見るに見かねて、私は祖父のところへ行ったのだ。仲良しの私が行けば、きっと元気を出してくれると思って。
弟の納まった棺の前の祖父は、一回り萎んでしまったようにすら見えた。
おじいちゃん、と呼びかけると、祖父ははっとしたように振り向き、それから私を認め、
──なんだ、お前か。
深くため息を吐いた。
悪意など介在しない、殆ど無意識の嘆息だったろう。
でもそれは鋭く鋭い刺となって、私の心に突き刺さった。
──あの子ではなく、お前だったらよかったのに。
そう言われたも同然な気がした。
そうして思い込んだ。
私は一時の慰めの為だけの、愛玩動物のようなものであるのだと。私が祖父に無条件に可愛がられていたのは、この身に何の期待もされていなかったからであるのだと。
そんな事はありえないのは、今ならば分かる。祖父は誠実に私を愛してくれていたのだと、今はちゃんと分かっている。
けれど幼い日の私は、降って湧いたその考えを否定しえなかった。
刺はささくれだったまま心に居残り、その時から私と祖父との間に、一枚のよそよそしい壁が出来た。私はそれまでのように祖父と接する事ができなくなって、心の距離を置くようになった。
だから。
離れには──嫌な、思い出がある。