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夕景肖像  作者: 鵜狩三善
3/5

3.

 その夜は私たちの代わりに、そのひとが祖父に付く事になった。

 ふたりだけにしておいてくれ、と筆談で祖父が告げたのだ。

 そのひとは、祖父の古い知己であるのだという。

 どう見ても二十の域を出ていないのに、と、手持ち無沙汰になった母と叔母は茶飲み話の(かたわ)ら、そのひとの正体に憶測を巡らせていた。

 特に迫力があるでも威圧感があるでもないのだけれど、正対するとどうも気後れを覚えてしまう人物だったから、誰も彼女に祖父との関係を問えずにいた。

 私は学校があるからと、早々と二階に上がった。

 実際私が床に就いたのは午前になってからだったけれど、窓から見るとその時もまだ離れには晧晧(こうこう)と明かりが灯っていて──私の胸を、不意に嫉妬めいたものが()ぎる。

 家族を差し置いてこんな夜更けまで、一体なんの密談なのか。彼女は祖父にとって、それほど大事な相手なのだろうか。

 傷は今も心に(とげ)のように残るけれど、それでもまだ私は祖父が好きなのだった。

 けれど同時に私は、離れで祖父とふたりきりにならずに済んだ事に、少しの安堵も感じている。それを偽る事はできない。

 だって。

 離れには、嫌な思い出がある。



 あれは弟の通夜だった。

 もうすぐ小学校に上がろうという弟は、事故で本当に呆気なく死んでしまった。

 弟はうちでは唯一の男の子だったから、ゆくゆくは跡取りにと期していたのだろう。弟の死に際した祖父の落胆ぶりはなんとも痛ましいものだった。

 仕事で家を空ける事の多い父よりも、祖父にこそ私は懐いていたし、歳の離れた弟とよりも、祖父と過ごした時間の方が私には長かった。

 だから突然の肉親の死を悲しみ泣きはしたけれど、それは祖父のものほどではない。幼さゆえの、死に対する鈍感さもあったのだろう。心を痛めたのは、むしろ祖父の哀叫(あいきょう)にこそだった。

 通夜は自宅の離れで営まれた。

 夜も更け、弔問が途絶えても、まだ祖父は遺体の前に居た。

 見るに見かねて、私は祖父のところへ行ったのだ。仲良しの私が行けば、きっと元気を出してくれると思って。

 弟の納まった棺の前の祖父は、一回り(しぼ)んでしまったようにすら見えた。

 おじいちゃん、と呼びかけると、祖父ははっとしたように振り向き、それから私を認め、


 ──なんだ、お前か。


 深くため息を吐いた。

 悪意など介在しない、殆ど無意識の嘆息だったろう。

 でもそれは鋭く鋭い刺となって、私の心に突き刺さった。


 ──あの子ではなく、お前だったらよかったのに。


 そう言われたも同然な気がした。

 そうして思い込んだ。

 私は一時の慰めの為だけの、愛玩動物のようなものであるのだと。私が祖父に無条件に可愛がられていたのは、この身に何の期待もされていなかったからであるのだと。

 そんな事はありえないのは、今ならば分かる。祖父は誠実に私を愛してくれていたのだと、今はちゃんと分かっている。

 けれど幼い日の私は、降って湧いたその考えを否定しえなかった。

 刺はささくれだったまま心に居残り、その時から私と祖父との間に、一枚のよそよそしい壁が出来た。私はそれまでのように祖父と接する事ができなくなって、心の距離を置くようになった。

 だから。

 離れには──嫌な、思い出がある。

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