哀哭〜sister side〜
『哀哭』の姉視点です。
哀哭を読んでいなくても平気です。
その日は月が綺麗な夜だった。
残業をしていた雅美は、家に帰るのがいつもより遅くなってしまった。
別に家に帰っても雅美を待ってくれている人などいないのだが、弟の尚人のことが気がかりで早足で家に向かった。
家には、雅美、父、尚人の3人で住んでいて、母は居ない。
理由は知らないのだが、弟の尚人を産んですぐに父が家から追い出してしまったのだ。
当時、雅美は10歳。
そのときから、雅美は父を憎み始めた。
家に着いたのは11時で、なるべく音を立てないように、雅美はドアを開け家に入った。
シャワーを浴び、尚人のいる部屋に入り、尚人の傷が増えてないか確認すると雅美は驚いた。
腕と、お腹には殴られたような跡が増えていて、お腹のほうの傷は、とてもみていられるものじゃなかった。
尚人は父から虐待を受けているのだ。
雅美は怒りに震え、父を探したのだが見つからず、その日はそのまま寝ることにした。
朝6時半。雅美はいつものように会社へ行く支度済ませていた。
昨日髪を乾かさないまま寝てしまったのでいつもより時間がかかっていると
「何だ おめぇ まだいたのか。」
帰って来た父が雅美に向かって言った。
雅美は昨日の尚人の傷のことを思い出し
「もう、尚人を傷つけるのはやめてって言ったでしょ!?」
雅美は父を睨み付けながら言った。
「うるせぇなぁ 別にいいだろ。俺の子供なんだから。」
父が手に持っていた煙草に火をつけながら答えると
「いいわけないでしょ
何度言ったらわかるのよ!?」
ついに雅美がキレて、雅美の怒鳴り声が家中に響いた。
「うるせぇ!てめぇには関係ねぇだろ!
さっさと出てけ!てめぇもアイツも邪魔なんだよ!」
父も雅美に負けじと怒鳴り返すが、酒を飲んでいたのか、呂律が回ってない。
そんな調子で雅美と父が言い合っていると、尚人が早足に家から飛び出していった。
雅美は大きくため息をつき
「もう、尚人を傷つけるようなことしないでね!」
と父に言い、雅美も会社へ向かった。
会社に行く途中、雅美はある所へ電話をした。
高校からの親友
如月 咲子。
咲子に会ったのは、高校1年生のときで、3年間ずっと同じクラスだった。
唯一心を許せる存在で、雅美の家庭環境も知っている。
咲子は有名な神社の一人娘で、どういう訳かは知らないが、尚人は咲子と知り合いらしく、怪我が酷いときは、咲子の家の神社に行っているらしい。
だから、尚人が来たときは追い返さずに傷の手当をして欲しい、と頼んでいたのだ。
雅美は携帯電話を手に取り、咲子に電話をした。
『もしもし、如月です。』
咲子はいつものようにふわりとした優しい声で電話に出た。
「もしもし 雅美だけど。
実は、そのー 尚人がね、またそっちに行くかもしれないから、そのときはお願いしたいんだけど。」
『うん、わかった。傷の手当、すればいいんだよね?』
「うん いつもありがとう。」
『大切な親友の弟だもん。当然だよ!気にしないで。』
「ありがとう それじゃあこれから仕事だから」
『うん。あんまり、無理しないでね。』
「わかってる!それじゃあね。」
と言って、電話を切った。
咲子が居てくれてよかった。
雅美は心底そう思った。
会社に行き、仕事をしていると、時計はもう12時を指していた。
お昼をとろうと思い、会社を出て行きつけのレストランに向かうと、運良く並んでいる人はいなく、すぐに店の中へと入れた。
雅美は、注文をし、運ばれてきた水を飲んでいると、なんと店の中に父が入って来たのだ。
しかも女連れで、女の肩には手を回していてにやけ顔だった。
父は雅美の近くの席に座ったのだが、雅美には気付いていない様子だ。
雅美は、気分が悪くなり店を出ようとするのだが、頼んだ料理が運ばれてきてしまい、父のことなど見なかったことにし、料理を食べていると
「正信さん さっきの話の続き、聞かせてくださいよぉ。」
女のかわいこぶったような、甘ったるい声が聞こえてきた。
正信というのは、父の名前で、雅美はもう何年も父の名前なんて聞いていなかったので忘れかけていた。
「あぁ、いいぜ。俺は結婚してて、子供が2人いてな、妻もいたんだ。息子を産んで、すぐに俺が追い出したんだがな。」
父は、雅美がいることなど気付かずに話し始めた。
「なんで追い出したりなんかしたんですかぁ?」
女はさっきと同じ調子で父に質問した。
雅美が何度も聞いても答えなかったことを、隣に居る女が聞いたら、いとも簡単に話し始めた。
「そんなん決まってんだろぉ 邪魔だったからだよ!アイツがいたんじゃ女遊びができないからなぁ
それに、俺に内緒で俺の知らない男と会ってたらしくてなぁ。むかついたんで追い出したんだ。
まぁそん時は、ガキも一緒に連れて行ってもらおうかと思ったんだが、追い出した次の日交通事故で死んじまってな。
ダンプに撥ねられて即死だったらしい。
その時出た保険金やら慰謝料やらで今こうしてられるんだが。
まぁ金とか貰ってるわけだから、俺が仕方なくこうして子供達を育ててやってるってわけだ。」
父は、楽しく、面白い話でもするかのように笑いながら言った。
雅美は、呆然としていた。
このまま店に居たらどうにかなりそうだと思い、店を出たが会社に行っても仕事をする気にもなれず、雅美は家へと帰ることにした。
どうやって、家まで帰ってきたかも覚えておらず、家に着いてからも父の言葉が頭を回っていて、涙が出てきた。
「そっかぁ お母さん、死んでたんだ。」
雅美はそう呟いたが、答える人は誰もいない。目を瞑ると、今でも母の笑っている顔が頭に浮かぶ。どのくらいか時間は分からないが、雅美は暫くその場で泣いていた。
時間がたち、少し落ち着くと雅美は父への殺意がわいてきた。
嘘を付き、母の金で女と遊ぶ父親に。
殺すことを考えたら、少し楽になれた。
父を殺して、自分も死のう。
そう決意したときに、家のドアが開いた。尚人が帰って来たようだ。
雅美はもう最後だろうと思い
「おかえり」
と言った。
すると、尚人は驚いた様子でそのままたたずんでいたので、もう一度
「おかえり」
と言うと、今度は慌た様子で
「た、ただいま。」
と言ったが、相当驚いていたようで、その声はどもっていた。
雅美は、今日で尚人を見れるのは、話せるのは最後になるだろうと思い、泣きそうになるのを堪えながら
尚人に向かって微笑んで
「そんなところに突っ立てっないで座ったら?」
と言った。
すると尚人は雅美のそばに座り
「き、今日は、会社には行かなくていいんですか?」
やはり尚人はどこか緊張していたが、雅美に向かって話しかけた。
「うん。今日は行かなくていいんだ。」
会社のことなどすっかり忘れていた雅美は、一瞬動揺したが、もう行く必要はないのだと思い、また尚人に向かって微笑んだ。
「ねぇ、尚人、あたし…」
雅美は何かを言いかけたのだが、父が帰ってきたので、尚人は部屋に行ってしまった。
雅美は、父の顔を見たら、さっき、父が話していたことを思い出した。
父のせいで、大好きだったお母さんが死んだのだ。
父が母を殺したのだ。
この男さえいなければ
雅美はさっきとは比べ物にならないような顔で父を睨み付けていると
「何だ、おめぇ なんで此処にいるんだよ。
会社はどうしたんだ?」
父はまさか先ほどの会話を雅美に聞かれていたとは思ってもいないので、いつもの調子で雅美に話しかけてきた。
「何で、何でお母さんが死んでるって事教えてくれなかったのよ!?
見ず知らずの女には言うのに、なんで一番知りたがってる私には教えてくれないのよ!?あんたが、あんだがお母さんを殺したんだ!!」
雅美は立ち上がり、父を睨みながらそう言うと
「なんだ、さっきの話、聞いてたのかよ。そうだよ 死んでんだよ。だからなんだってんだ。」
雅美は父のその言葉で怒りが頂点に達し、台所まで走って行き、包丁を取り出し父を刺した。
父は刺された拍子に床に倒れてしまったが、意識はまだあるようだ。
雅美は父の様子を確認し、まだ息があると思い、父の体から包丁を抜き取り、もう一度思い切り刺し、また抜き取った。
父は、ウっと小さい声をもらし、そのまま意識を手放した。
雅美は一息ついて、あたりを見回すと、尚人が見ていたことに気が付いた。
「あぁ、尚人。みてたのね。」
雅美は血にまみれた包丁を片手に、尚人に言った。
「な、んで」
尚人は腰が抜けて立ち上がれなかったのか、座ったまま大きく目を見開き、雅美を見ていた。
雅美は死ぬ前に、自分の気持ちを尚人に言おうと思い
「ごめんね、尚人。あたし、あなたのこと、愛してたのよ。大好きだった。だって、たった一人の兄弟だもんね。」
雅美は淡々と話していた。
「じゃあ… なんで?なんでお父さんを刺したりなんかしたんですか?」尚人はなんとか声を絞りだした。
「この男は大嫌いよ。あたし、母の記憶が少しあってね。何があったか知らないけど、この男が勝手に母を家から追い出したのよ。
それからあたしはずっと母に会いたかった。この男なら居所を知っていると思ったから。でも駄目だった。だから ね」
雅美は哀しそうな顔をしてそう言った。
そして、父が母を追い出した理由は言わないでおこうと思った。
もう死んでいるのだから、知る必要はないと。
父のことなど、もう忘れてほしかったのだ。
すると雅美はこれが、最後の抱擁になるだろうと思い、床に持っていた包丁を置き、頭を撫でてから尚人に抱きついた。
「もう、大丈夫。
きっと、幸せになれるよ。」
と言うと、今度は尚人から離れ、床の包丁を拾い、自分の体に刺した。
「尚人とね、あたしが話してるとあの男は、急に怒りだすんだ。
多分それは、尚人が母に似ているからだね。尚人の笑ってる顔が、見たくなかったんだろうね。」
目に涙をため、苦しそうにそう言うと、雅美は自分の体から包丁を抜き、父にやったときと同じように、もう一度自分に刺した。
「笑って、尚人。
あたしは、尚人が、尚人の笑顔が大好き だから」
絞りだすように、荒い息で雅美は言った。
「おねぇちゃん 死なないで」
尚人が泣きながら言うので、雅美も泣きそうになりながら
「こんな姉でごめんね。」
と言い、目を閉じた。
絶対にあたしの分まで、幸せになってね。
大好きだよ 尚人。
読んでくださってありがとうございました。
もしよろしければ、『哀哭』も読んでくださると嬉しいです。