悪夢の終わり、されど未だ夢の途中.04
柔らかい、鳴き声。
不意に、涙ぐみたくなるほどの、孤独と緩和が私の心に訪れた。
朝起きて、今までの探索で唯一見つけたイキモノ。
彼(彼女)が、ひょっとしたら唯一の仲間なのかもしれない。
そんな錯覚を覚えるほど、私は疲弊していた。
肉体的だけではない、精神的な、疲弊だ。
「・・・こんにち、は?」
ゆっくりと、その場に屈みこんだ。
怯えて、逃げないでほしい。
そう考えながら、ゆっくりと手を伸ばす。
猫は、逃げなかった。
にゃあ、とまた柔らかく鳴いたその猫は、気品すら感じられるほど、ゆったりと、悠然とこちらに
歩み寄ってきた。
喉を鳴らしながら、ゆるりと頭を垂れる。
そのまま、動かなくなった。
触っても、良いということだろうか?
恐る恐る、手を頭に載せる。
ふわり、と上質な毛皮が私の手を擽った。
猫は未だ、ごろごろと喉を鳴らしている。
ゆっくりと、手を動かした。
(柔らかい・・・すごく、良い毛並み・・・!)
元は飼い猫だったのだろうか?
いや、定期的にシャンプーしてお手入れしたってこうはいかない。
この猫の持つ元からの資質に違いない。
逃げないと分かった私は、少し大胆に手を動かし始める。
まずは頭、耳を少し、頬、喉元。
猫は大層気持ちがよさそうに私に身を預けてきた。
しかし抱き上げようとすると、素早く身を翻す。
さり気なく、ではあるけれど。
どうやら抱き上げるのは禁句であるらしい。
しばらくそうして猫の手触りを堪能した私は、ゆっくりと立ち上がった。
「あの、さ」
視線を合わせて話しかける。
「なんか、食べ物でも見に行こうよ」
そう、実は猫と戯れている間にも私の胃は空腹を訴えくう、きゅる、と鳴いていたのだ。
しかし猫は意味が分からない、というように首をかしげる。
「・・・、お腹、空いてない?」
そう言い直して見ると、猫は心得た、とばかりに(人の言葉を理解しているとでも言うのだろうか?)立ち上がり、無人で動きつつけているエスカレーターに飛び乗った。
「ちょ、ま・・・!」
あわてて追いかけると猫は私が見失うか見失わないかギリギリの位置を走り抜けていった。
着いた先は3階、こども服とおもちゃのコーナーやキッズランド、書店、ゲームセンターなどの揃うフロアである。
確かに此処にはペットショップもあるから猫のエサはあるかもしれないけれど。
と、見回してみると猫が居ない。
つい先ほどまで其処に居たと思うのだけど。
「おーい、猫ちゃん、猫やーい」
それほど広いフロアでもない。
きょろきょろと見渡していると、・・・居た。
なにやら書店の前で座っている。
その目の前にある陳列棚には。
「・・・?」
見慣れない本が混じっていた。
ハードカバーではあるのだが、いやに古びていて、おまけにデカイ。
どこぞのライトノベルのキャラが振り回しているアレ並みのサイズだ。
アレとは違い、皮のベルトは付いていなかったが。
猫はその本に興味があるらしい。
一生懸命にその棚に手を伸ばしている。
「それはキミが食べられるものじゃないよ、」
私は笑って、その本に手を伸ばした。
指が触れた、その瞬間。
『---・・・、力には、責任が付随する』
声が、聞こえた。
「は?」
ばさ、本を取り落とす。
案外軽いらしい。
中のページが開いて、あるページで止まる。
なんだか凄く派手な装飾がちゃらちゃらと沢山付いていた。
鎖であるとか。紅玉であるとか、金銀細工で作られた豪奢な獣の顔であるとか。
なんかコレ、物凄くアレに似てるんですけど。
あの、苦労カード・・・、違う、クロウカードとかいうカードを集めるアニメの、集めたカードを
入れておくあの本に。
「・・・・・まさか、まさかね。
だって無いよ、ありえないって!無理無理無理!これ信じるほど私幼くないったら!
だってやばいじゃない!こんな高2にもなって空とか飛ぶ系統のお話信じてたらただの痛い子じゃん!!」
2次元と現実は違う。
そんなのとっくの昔に知ってる。
現実には助けてくれる王子様も空飛ぶ箒も、人の良い魔法使いも無い。
それを知った上で私は、小説や漫画を楽しむべきなんだって、分かってる。
でも。
「・・・、でも、」
もしあったら、楽しいに違いない。
幽霊も四次元ポケットも、魔法の本だって。
信じていたほうが、楽しいじゃない。
「・・・、」
本を、再び持ち上げる。
開かれたページの字は読めない。
パラパラと捲っていくと、あるページにカードが挟まれていた。
こちらは裏らしい。
手を伸ばすと、またも。
声が。
『カードを手に取るならば、進むは嶮しき暗黒に包まれた旅の道。
恐ろしき目にも、または束の間の栄光にも見えるだろう。
しかしカードに手を伸ばさないという未来もある。
その場合、訪れるは永遠の孤独と安寧。
絶望に満ちた幸せを噛み締める。
いかようにするも自由である。
だが最後に一つ。
過ぎたる力はその身に不幸を纏わせる。
一度得た力には責任が付き纏う。
力と責任は表裏一体のものである。
この場でカードを、力を手に取らぬという選択は、恥ではないとだけ知るが良い。』
なんか物凄く厨ニ臭い事を言ってくる本だったらしい。
よくは分からないけど、つまりカードを手に入れたら、なんか力が貰えるってことで。
でも力を使うと責任問題が発生するってこと?
責任、責任かぁ。
日本人はこの言葉がもっとも嫌いだって、なんかの本で読んだっけ。
でも当たり前じゃないか。
何かをしたら責任を取るのは、・・・当たり前だよね。
うん。分かった。
責任、取るから力を頂戴。
私は再びカードに手を伸ばす。
『---忠告は、したぞ。』
そう言うと、カードは再び(?)黙ってしまった。
・・・だってさ。
どうせなら、力はある方が、いいよね。
よく分からないけど。
手に取ったカードを裏返す。
そこには荷物を背負う旅人の凝った絵と数字、そしてこう書かれていた。
【01.愚者 The Fool 】
と。
手に取った次の瞬間、光が溢れてきた、とかそういうわけではなかったけれど。
私はその場で倒れ、気絶していた。