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クラブ『AZAMI』そこは、他の店とは違っていた。
イベントタイムというパフォーマンスの一環が、店内で行われているのだから。
それぞれ そのイベント専用のホステスがいる。
客の中には、そのイベントを目的として 来店してくれる人もいるくらいだ。
勿論 お客さんとテーブルで接客する ホステスもいる。
カウンターでは、お客の好みに合う お酒を出し AZAMIでしか 感じることのできないユニークな空間が繰り広げられるのだ。
店全体が、お客を不思議な世界へと導いてくれる。
誰もが、楽しい気分になれる場所――――そこが、クラブ『AZAMI』なのだ。
今日は、水曜日――――イベントタイムは、歌。
紫が、舞台の上で 歌う日だ。
バーテンのマキさんが伴奏するピアノに合わせて 歌を奏でる。
18才から 裏方を始め 20才の時から この舞台に立ち続けていた。
最初は、母の入院費を稼ぐ為 年齢を偽り ホステスをしようとしていたが オーナーに 瞬時に 未成年だということを見破られてしまったのだ。
そして 裏方で 雇ってもらえた。
もし あの時 救いの手を指しのばされていなければ 紫は、どこで働いていたかわからない。
「紫ちゃん………準備は、いいかしら?」マキさんは、艶のある声で 言う。
「はい………いつでも 大丈夫です」
紫の返事に マキさんは、照明係に合図を送る。
パ ン ッ ! パ ン ッ !
すると 激しいクラッカーの音が、店中に響き渡っていった。
その音に合わせて 紫とマキさんは、大勢の客の前に姿を現す。
お客さんは、紫達の登場に 歓声を上げる。
紫は、その光景に お辞儀をして マイクを手に 歌いだした。
かつて 母が、作詞作曲していた オリジナル曲を。
人々は、その歌に 聞き惚れてくれていた。
歌い終えると 大歓声を上げ 拍手してくれていたのだから。
その光景に 紫は、嬉しそうに 頭を下げる。
「上手だったよ 紫。今日の歌は、初めて聞く歌だったね」
そう 声をかけてくれたのは、紫の常連客 南田 譲司さん。
紫が、この店で働き始めてから 初めて 自分のお客になってくれた人だ。
オーナーに聞いた話では、この店のスポンサーの1人でもあるらしい。
整った顔をした 美形な男性だ。
他のホステスが、彼に何度もアプローチをしているところを見たことがある。
けれど 1度も、その誘いを受けている姿を見たことがなかった。
結婚はしていないけど 今度 どこかの病院の娘さんと結婚する話が進んでいるらしい。
「今の歌は、母が あたしの父と一緒に過ごした頃に考えた曲らしいんです。歌詞は、ちょっと 悲しい感じなんですけど………あたしは、幼い頃から 大好きで」
「うん………わかる気がするよ。聞いていて 胸に来るようだったからね」南田さんは、優しい笑みを浮かべて 言う。
その笑顔に 紫は、ニッコリと微笑んだ。
「ありがとうございます………そんな風に言ってもらえて 嬉しいです」
紫と南田さんは、カウンターに座って カクテルグラスを飲む。
甘い 空気を漂う中 2人は、会話に花を咲かせる。
紫は、知らなかった。
この時 自分達を射殺さん勢いで 視線を向けている者がいることに。