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日向 紫は、27歳の独身。
父は、いない。
母1人 子1人で 力を合わせて生きてきた。
どんなに辛い時も、手を取り合って。
苦しい時も、悲しい時も 片身を寄せ合ってきたのだ。
そして 今も………。
紫は、仕事を行く前に ある場所へと通っていた。
それは、病院。目的の部屋に向かう間 看護師や医師や入院患者さん達と軽く挨拶しながら 歩いていく。
「こんにちは」
「あら………こんにちは 日向さん。今日も、お母さんのお見舞い?」
その問いかけに 紫は、はいと 頷く。
先に進んでいくと 背後から 話し声が耳に入る。
「ねぇ 彼女………アレじゃないの?確か 何年か前に 世間を騒がしていた………【悪女ちゃん】だっけ?」
「そうよ………彼女のお母さんが、入院しているの」
「ふ~ん………【悪女ちゃん】でも 母親は、大事ってことか。何だか 意外だわ」
【悪女ちゃん】とは、世間が呼ぶ 紫のこと。
13年前のある事件から 世間では、紫のことをそう呼ぶようになっているのだ。
否定しても 誰も信じてくれない。
おそらく 14才だった紫は、絶望し 姿を消してしまったのだろう。
今の紫は、その時の感情も覚えていないが。
でも 今でも その当時のことを蒸し返されることがある。
あの時の映像は、未だに ネットに残ってしまっているのだから。
「お母さん………来たよ」
紫は、日の当たりの良い 病室へ入ると同時に ベッドにいる母に声をかけた。
「今日は、いい天気だったのよ?花壇の花も、綺麗に咲いていたわ?」
紫の言葉に 母は、答えない。
ただ 規則的な機械音が、鳴り響く。
そして 母は、ずっと 眠り続けたままだ。
紫は、母に何が起こったのか 知らない。
なぜなら 14才から数年にかけて 紫は、記憶を失ってしまっているから。
紫は、ある時 知らない場所におり すぐ 我が家へと戻ってきた。
そして 母の現状を知ることになったのだ。
後で 話を聞き 母は、置手紙を残したまま 行方知れずになってしまった 紫を探し 朝から晩まで 町中を駆けずり回っていたらしい。
そして そんな中 同じように 紫の行方を追っていた、記者達の乗った車と接触し 頭を強く打ちつけてしまったそうだ。
「あたしの知らない間に お母さんに何があったの?他のみんなは、どこに行っちゃったのかしら」
紫の疑問には、誰も答えてくれない。
全ては、13年前の出来事から 全てが、変わってしまった。
失われた時間を 紫は、何も知らない。
自分が、失踪している間 みんなに何が起こったのか わからないのだ。
また 会えるかもしれないし もう 2度と会えないかもしれない。
「そろそろ………お店に入らなくちゃ。今日は、あたしの当番の日だもの。お母さんの作ってくれた歌………お客さんに人気なのよ?今日も、歌ってくるね?」
紫は、そう言って 病室を後にした。仕事に向かう為に。