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03 嬉しくて、愛おしくて、……そして悲しい

「あれ、電池替えたのに動かない」


 自室で宿題の調べものをノーパソでしていたら、ワイヤレスマウスの調子が悪い。


「ん~~借りるか」

 おにぃの部屋に向かう。

 今日、おにぃはトレーニングでジムに出かけている。


「おじゃましま~す」


 おにぃの部屋は、モノトーンでまとめられたシンプルな部屋で、物がすごく少ない。


「ミニマリストか」

 服やぬいぐるみで、ごちゃごちゃした私の部屋と大違いだ。


 寝具もモノトーンなセミダブルのベッド。

 大柄なおにぃの足は、はみ出しているんじゃなかろうか。。


「ついでにおじゃましま~す」

 ごろんとおにぃのベッドに寝転がる。


「はぁぁぁ~おにぃの匂いだ」

 おにぃのつけてる、ウッディノートなトワレの匂いを堪能する。


「は~~ホントもう変態」


 小さい頃はいつも抱き着いて、この匂いをかいでいた。

 この匂いがあると安心できた。

 でも自分の気持ちに気が付いてからは、抱き着くことはできなくなった。


 今ではこの匂いを嗅ぐと嬉しくて、愛おしくて、……そして悲しい。


「もう物理的に離れなきゃ、変態は治らんわ」


 大学は地方にして、この家を出るべきなんだろうなきっと。

 あきらめなきゃ。

 可愛い妹のままでお別れしなきゃ。


 ベッドから起き上がり、机の上に目をむける。

 そこの本立ての横にはブレスレットが置かれている。

 アンティークっぽいけど、繊細な彫刻が刻まれた金のブレスレットが。

 おにぃはアクセサリー類は一切つけない。

 なのにいつも見える、手に取れる場所にずーっと置いてある。


 前におにぃに聞いたことがある。

「このブレスレット、おにぃの?」

「ああ」

「誰かからもらったの?」

「ああ」

「女の人とか?」

「……」

 無言は肯定。

「さすがモテモテのいけめーん!」「女の人からこんな高価そうなものもらうなんてやりますな~」なんてはやし立ててごまかしたけど、ショックで泣きそうだった。

 こんな風に大事に飾ってるなんて、相手はよほど……


「あ~だめだ。また落ち込んできた。マウス借りてさっさと宿題しよう」





 ぽーん

 ピアノの鍵盤をたたく。

 ぽーん


「何? まだ進路で悩んでるの?」

 練習室のグランドピアノに突っ伏している私に、亜依が声をかけてくる。


「うん。亜依はどーすんの?」

 私たちは高校3年生、将来を考えなくてはいけない。


「あたしはフツーの四年制の経済学部に行くつもり」

 実はこの高校の音楽科から音大に行く子は半分もいない。


「そっかー。やっぱピアノ辞めちゃうんだ」


「ま、上には上がいることを知ったし、あたしの実力じゃピアノで食べていけないからね」


「私も同じだよ~。でもなんかさ、諦めきれなくて……」


「じゃ、とりあえずは音大に挑戦したら? やるだけやって決めたらいいじゃん。あたしらまだ若いんだし、いくらでも方向転換できるっしょ」


「そうだけど、音大は授業料高いし~これ以上おにぃの負担になりたくないってゆーか……」


「え? ジーンさん稼いでるでしょ?」


「でもそれはおにぃが、身体を張って稼いだお金で…」


「なぁに言ってんの? 可愛い可愛い妹のためならポンと出すでしょ? 甘えちゃえ!」


「……うん」


「それにいざとなったら、海外進出したらいいじゃん。海外のトップ選手のファイトマネーって数十億らしいよ? ジーンさんなら体格的にも実力的にも活躍できそうなのに、どうしてファイトマネーが安い日本でやってるんだろ」


「……」


「……ってアリーを一人にできないからだよね。地方興行にも行かないくらいなんだし」

 ごめんごめんと言いながら、亜依はポンポンと私の肩をたたく。


「とりあえず、その悩みをそのままジーンさんに相談してみな? 10才も上なんだから良いアドバイスくれるんじゃない?」


「うん」


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