蟹は最高。昔の偉い漂流者がそう言っていた。
「さて、とりあえず最低限飲料水問題は解決したな」
ずっと椰子の実は嫌だが、まぁとりあえずの窮地は脱した。
「次は飯っスか?」
アンはそう言いながら足元にいたカニを捕まえ目の前に差し出した。
よく挟まれずに捕まえられるな。
可食部の少ないカニはあまり好ましくないが、日暮れまでもうそんなに時間がないから贅沢も言ってられん。
「まぁ、カニでもいいが火を何とかせにゃならん」
問題は火だ。
生は色々と怖い。
生食技術がある所なら構わないが、こんな冷蔵庫すらない無人島で生食なんて自殺みたいなもんだろ。
せめて火を通さんとどんな目に合うかわからん。
最悪下痢で死亡とか死んでも死にきれん。
「火って言うとあれっスか?こうクルクルってやるもみきり式?」
アンが掌を合わせてクルクルと擦ってみせた。
言いたい事はわかるが微妙に違う。
「きりもみ式の事だな」
「そうそれッス!」
両手を打ち合わせて同意を示すアン。
俺は小学校の頃何かの授業でやらされた思い出がある。
三〇分以上かけてクラスメイトどころか、教師すら火種の一つも作れなかった。
「アレはなぁ~」
「えっへっへっへぇ~。実は僕もみきり式を小学校の頃にやったことあるんスよ~」
……まさかな?
「成功したのか?」
「出来たッス!自分だけ出来たんでみんなすんごく驚いてたッス!」
ウッソだろお前っ!
っと、アン以外なら思ったんだが、さっきの椰子の実の皮むきを見てるとなぁ。
というか、この娘にそんな嘘をつけるとも思えん。
「ヨシ。試しにやってみてくれ」
俺はそう言いながら手頃な木の棒と乾いた木の板、それからさっきアンが毟った椰子の実の外皮をほぐして作った火口を渡した。
「任せてくださいッス!」
アンはノリノリでそれを受け取ると、木の板の適当な裂け目に木の棒を強く押し当て高速で棒を回した。
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ……
アンはただひたすら木を回す。
男の俺が力仕事を少女、それも年下に任せていいものなのかと思いながら棒の先に目を凝らす。
十秒、二十秒、三十秒と時間が経過していくと僅かに白い煙がその棒の先から立ち上がる。
それでもアンは勢いを弱めず、いや逆に勢いを強めて棒を回した。
煙は量を増し、焦げ臭い匂いが俺の鼻まで届く。
「っっ!」
アンは棒を離すと小さな火種を火口で包み息を吹きかけた。
「フーーッッ!!フッッーーー!!」
「あ」
しかし、アンの息が強すぎたのか火種は黒い炭へと変わった。
「ま、前はすぐ着いたんスよ!ティッシュだったら楽勝ッスよ!本当ッス!!」
アンは信じてくれと俺の顔を覗き込むが、こんなありあわせの道具でそこまで出来ていて信じないわけがない。
「信じるから、次火種まで出来たら俺に貸してくれ。協力プレイだ」
「は、はいッス!」
アンは救いの神でも見たか、いや、笑顔の飼い主を見た飼い犬の様に目をキラキラさせ、再度木の棒を手に取った。
こりゃ、プレッシャーでけぇな。
そして、またすぐに煙が上がる。
コツを掴んだのかさっきよりも早い気がする。
「センパイ」
「もう少しだ」
木の板の裂け目に火口を押し当て火種を作るがすぐには取り上げない。
アンが言ったように多分この椰子の実の外皮から作った火口はあまり性能がよろしくない。
だから、さっきよりも大きな火種になるまで待った。
「今だっ!」
火口に見える真っ赤な火種に強すぎず弱すぎず息を吹きかける。
火種がパチパチと爆ぜるように火口を燃やし光りながら大きくなる。
もう一度、さっきより少しだけ強く息を吹きかける。
火種は息を当てる度に激しく光り大きくなる。
「アン!」
「はい!」
アンから追加の火口を受け取り、それで今まで息を吹きかけていた火口を優しく包み、指と指の間の間隔を広くとりながら大きく振った。
何度か降っていると白い煙が立った。
「センパイ!」
「まだ、油断は──ひょわっっ!?」
煙が立ってから燃え上がるのはすぐだった。
燃え上がる火口に驚き俺は手を離した。
火が消える!?
それは杞憂だった。
意外にも火はしっかりとついており、地面に落ちてもまだ燃えている。
「アン、木だ!」
「木ッスね!木ッスね!?」
「馬鹿!そんなご立派な木じゃ燃えんわ!もっと小さい小枝だよ!」
それは木じゃなくて丸太だ!
「じゃ、じゃあこれッスか!?」
「でかしたっ!」
アンから受け取った小枝を空気の通り道が出来るように燃えている火口に重ねる。
するとすぐにパチパチと音を立て火が小枝に燃え移る。
「アン!」
「はいッス!」
声をかけるとアンはすでに用意していた、先ほどの小枝よりも少し大きな枝を差し出してくる。
大きさだけではない、言い忘れていたが全部しっかりと乾燥した枝だ。
アン、ただの素直な脳筋娘ではない……。
そして、ここまでくれば後は簡単だった。
徐々に大きな木をくべるだけ、何せ燃やせるような木は海岸沿いに大量に落ちている。
勿論波打ち際の木は湿っていて使い物にならないが、波打ち際より離れた木──恐らく海が荒れている時打ち上げられた──は十分に乾いていた。
「センパイこれだけあればどうッスか?」
どれだけの数担いで何往復したのか、アンの足元には大きな木の山が出来ている。
「十分十分。俺はこれから竈とか用意するから、アンはカニとか貝とか食べられそうな物拾ってきてくれるか?」
「了解ッス!」
アンはにこやかに敬礼をするとそこらで拾ったのか、罅の入ったバケツを手に駆けていった。
「さて、俺は石を集めるか」
俺がカニを捕まえるよりアンの方が絶対に上手いので適材適所というやつだ。
代りに俺は石で火を囲って竈を作って、それからカニとか貝とか焼く為に網とか鉄板になる物も探さないとな。
甲殻類アレルギーでない事を感謝したのは初めてだ。
「アッッチ、アチ。美味いッス!」
「カニは最高」
俺とアンは夢中でカニにしゃぶりつき舌鼓を打った。
種類も定かでなく、調味料もなく、ただ焼いただけのカニを手づかみで食べるという原始人じみた食事だ。
「アッチ!おいアン。それまだ火が通っていないだろ」
「大丈夫ッス。ちゃんと通ってるッスよ」
しかし、その食事という行為自体が何時間ぶりの事なのか。
空腹という最高のスパイスだけはふんだんに効いていた。
「ングングングッ!プハッーー!美味いッス!」
カニを喰らい椰子の実のジュースを飲み干す。
アンはバケツ一杯のカニを捕まえてきてくれたはずだったが、俺たちはあっという間にそれを食べほし、大満足といった風に砂浜に大の字になって転がった。
「満☆足」
「腹一杯ッス~」
明日の分とか考えなくちゃいけない筈だが知らん。
というか、今更だが、あのカニが食べて大丈夫なカニかもわからんが、今の俺にはどうでもいい。
「Zzz~~」
横を見るとアンが寝息を立てている。
あれだけ動いて活躍したのだから仕方ないが、少し警戒心がなさすぎやせんか?
特に今も元気に動いている大きな二つのお山の魔力を自覚すべきだ。
「というか、もしかして火の番を一人でせにゃならんのか?」
まぁ、寝た子を起こすのもあれだ、センパイらしいところを見せてやるか。
俺は周囲を見渡し、少し考えた後再度アンを見た。
うむ、考えるより魅力的なお山を見る方がいい。
読んでいただきありがとうございました。
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