椰子の実
「あー死ぬかと思った」
彼女から解放されたのは、気が遠くなり数度しか会った事のなかった曾爺さんが脳裏に浮かんだ瞬間だった。
「自分も死ぬかと思ってたッス」
俺が死にそうだった原因もお前が死にそうだった原因も全部お前という何とも危険な人物に出会ってしまったわけだ。
少女は今にももう一度俺に抱き着きかねない、彼女の尻から生えた尻尾をブンブンと振り回している幻覚さえ見えてこんばかりの喜びようだ。
一瞬のおっぱいの為に死にたくはない。
「……とりあえず自己紹介しようか?」
なんだか、下手なナンパか初めての合コンみたいな会話になってしまったぞ。
「はいッス!」
少女は嬉しそうに幻想の尻尾を振っているのでまあいいか。
「ボクは聖レイム女学園一年の後藤杏テニス部ッス!好きな教科は体育!座右の銘は『一生懸命』ッス!」
俺とは正反対の生き物だ。
まぁ、単純で裏表なさそうなのと美少女なのはありがたい。
特に美少女なのは最高だ。
「俺は赤霧高校二年来芦長平将棋部。よろしく」
俺は出来るだけ自然な笑顔で手を差し出した。
「よろしくっス!ボクの事はアンって呼んで欲しいっスセンパイ!」
センパイかぁ~いい響きだな……
中高と一度たりともそんな素敵な呼び方をされた覚えはないのに、こんな無人島に来て初めて呼ばれるとは数奇過ぎるだろ。
アンはにこやかに俺の手を取りブンブンと振り回す。
うん。痛い。
「ちょちょちょっ!!」
慌てて手を振りほどくとアンは不思議そうに、少し寂しそうに首を傾げた。
うう、幼稚園の頃飼っていた犬(雑種)を思い出して少し心が痛い。
「とりあえず、推定無人島で人に出会えた事を喜んだ上で双方の情報交換でもしないか?」
「飛行機墜ちて気づいたらこの島にいたっス!それでさっき助けて貰ったッス!水も食べ物も持ってないので助けて欲しいっス!」
うん。わかりやすい。
そして、何も情報は得られなかった。
「あー、俺も大体同じ感じだ」
「お揃いっス!一緒に一生懸命頑張るっス!」
めげない娘だなぁ。
アンは嬉しそうだが、状況は一切改善されていない。
いや、一人では出来ない事が出来るようになった分良くはなっているのか?
「とりあえず。水の確保でもするか」
「椰子の実じゃダメっすか?」
アンはそう言い宙吊りになる前にもいで落としたであろう椰子の実を拾って可愛く訪ねた。
今頃になってだが椰子の実のあまり望ましくない思い出を思い出した。
一つ拾うと思い出す小学校の頃の記憶。
親父が何処から手に入れてきて得意気に振舞おうとしたが、皮を剝くだけで一苦労だった上に殻を割るのに失敗してキッチンを汁塗れにした思い出がある。
あの後母にめちゃくちゃ怒られてたなぁ。
「椰子の実は皮が──」
「皮剥いたっスよ!」
は?
見るたアンの手にはある程度皮の剥け二回りほど小さくなった椰子の実があり、足元には剥いたであろう繊維状の皮が落ちている。
俺が親父の恥ずかしエピソードを思い出している間に……
「もっかい剥くところ見せてくれないか?」
「?いいっスよ?」
不思議そうにしながらもアンは新しい椰子の実を拾い上げる。
メシャッッ!!
椰子の実を握るアンの指が皮に突き刺さった。
彼女はそのまま根の浅い雑草でも毟るかのようにメシャメシャと椰子の実の繊維状の皮を毟っていく。
「どうッスか!」
自慢げに見せてくるアン。
彼女が椰子の実の皮を剥ききるまで十秒とかかっていない。
親父よ。あんたの苦労は一体何だったんだ?
「流石テニス部だな!」
テニス部だからなんだというのだ。
「うぇっへっへっへ~」
正直誉め言葉が浮かばなかったから仕方ないが、何故かご満悦なのでまぁいいか。
あまりにチョロい娘なのでちょっと心配になってくる。
「それで、この後どうすればいいんスか?」
「それはだな……ちょっと貸してくれ」
俺は剥いてない椰子の実とアンの毟った椰子の実を交換し、回すようにしてゆっくりと外観を確認する。
たしか、親父はこれを目印に割ればいいって言って失敗してたな。
「アン。ここに三本筋があるのがわかるか?」
「これッスか?」
椰子の実の頂点から三等分するようにまっすぐ伸びた三本の筋。
アンがそれを確認すると俺は手頃な石を拾った。
親父が説明してたやり方を思い出す。
そして、俺なりに何が悪かったか考える。
……多分力加減と角度だ。
力強く、しかし強すぎないよう慎重に適切な角度で──どの角度が適切かは完全に勘だが──石を椰子の実に叩きつけた。
パキッ!
小さく軽い音がした。
「おおっと……ヨぉシッッッ!!」
多少こぼれたが問題ない。
椰子の実ジュースは奇跡的にほぼ割れた片方の殻の内側に残っている。
俺は思わずガッツポーズをしながら空になった方を捨て一口飲む。
「うん!青臭い上にわずかな塩味がして正直まったく美味しくないけど美味いっ!!!」
まともな水分は何時間ぶりだろうか?
たとえ大して美味しくない、自販機で売っていても変人しか飲まない味であろうとも渇きという最高のスパイスが、この青臭くて塩っぽいジュースを最高の味に変える。
「流石センパイっ!自分にも飲ませて欲しいっス!!」
言うが早いか、アンは差し出した俺の手ごと椰子の実を両手で掴むと一気に呷る。
「ゴクッゴクッゴクッ!!ぷっはぁぁっぁーーー!」
残っていた椰子の実ジュースをほぼ飲み干し、アンは嬉しそうに笑った。
「アジ薄いっスけど、練習後のスポーツドリンクより美味いッス!」
「美味しくないけど美味いよな!」
「美味しくないけど美味いッス!」
日本語として間違っている気もするが、ニュアンス?言いたい事が伝わればいいだろう。
「もう一個飲むか!」
「飲むッス!今度は僕がやってみるッス!」
言うが早いかアンはすぐさま新しい椰子の実の外皮を剥くと俺に見せてくる。
「ヨシ!やってみろ!」
俺は笑顔でサムズアップした。
「ハイッス!!」
アンも笑顔でサムズアップし返すと、俺のやり方を思い出すように三本筋を確認し、角度を確認しながら石を振り下ろした。
「破ッッッ!!!」
ぱきゃんっっ!!!
椰子の実が破砕した。
それも石が当たった場所だけではなく、彼女が握っていた所まで見事に粉々になった。
「セ、センパイ~~っ!」
全身に椰子の実ジュースを浴びたアンが情けない顔で俺を見る。
どうしたらそうなる。
「わかった。割るのは俺がやるから、アンはとりあえず海で体洗ってこい」
なんだ、俺にも出来る事あってよかったわ。
何だかんだ言ってもアンは年下の女の子だ俺がしっかりしなければ。
読んでいただきありがとうございました。
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