介護
「うむ。骨は折れておらんな。脱臼しただけじゃ」
奏の叫び声を聞きつけて現れたエリちゃんがアンの足を触診しホッと息を吐いた。
脱臼、関節が外れただけというのは不幸中の幸いだ。
だけと言うのは語弊があるかもしれんが、骨を折って全治数か月なんてのよりは比べ物にならないくらいマシだ。
「いや、脱臼とか大問題でしょ。私ならわんわん泣いてるわよ」
俺でも間違いなく大泣きしてると思う。
しかし、当の本人はというとケロリとしている。
痛くないわけないよな?
「やっぱり折れてはなかったんスね!いや~安心したッス!」
いや、安心する事じゃないだろ。
俺や奏の反応とは裏腹にアンとエリちゃんは粛々と何かを進行しているのだが、どうにも不穏に思えて仕方がない。
「何か噛んでおくか?」
「これくらい大丈夫ッスよ」
エリちゃんがアンの左足を掴み、アンは両手で後ろの地面を抑え込んでいるが……おいおい、まさか?
「そうか?それじゃあいくぞ。1・2の3っ」
ゴリュッ!
「「ヒィッ!!?」」
これは痛いっ!
エリちゃんがアンの足をプラモデルのボールジョイントの関節を繋ぐような感覚で押し込んだ。
見ていただけの俺と奏が悲鳴を上げてしまった。
「上手く繋がったッス!次は右足もお願いするッス」
何でこいつは平気な顔をしているんだ?
「よしよし、それじゃあゆくぞ?」
頼む方も頼む方だが、それを平然と受け入れるエリちゃんも大概だよ。
ゴリュッ!
「「ヒャァッ!」」
再度プラモのような嵌め方で右足の関節も繋いでしまうとアンをその足で立ち上がり、ぴょんぴょん跳ねたりアキレス腱を伸ばすような柔軟をして感覚を確かめている。
「うっし!完治したッス!エリちゃんありがとうございますッス!センパイや奏さんにも心配かけたッス!」
脱臼ってそんな簡単に治る物なのか?
「アンは凄いのぅ」
え?
治したエリちゃんもなんか言ってるし。
よく見ると表情がちょっと驚いたようになっている。
「もしかして、エリちゃんからしてもアンのアレは異常なんです?」
「完全脱臼じゃと普通は二~三週間は痛みが続くんじゃが、アンは多分じん帯の伸縮性が通常の数倍あるんじゃろ。たまにいるらしいが初めて生で見たのぅ」
エリちゃんは長生きはするもんじゃと、眼福そうにアンを眺める。
なるほど、エリちゃんから見ても特異ではあるのか。
「一応病み上がりなんだから無理はするなよ」
自重トレーニングまでしだしたアンに声をかける。
どれだけ元気が有り余ってるんだ?
「了解ッス!早く帰って一晩ゆっくり休むッス!」
アンは言うが早いか、目につく周囲に散らばった木材を回収するとスルスルと崖を登ってしまった。
いや、無理をするなと言ったのに。
「ほれ、二人もこのツタを掴んで登るんじゃ」
いつの間にかエリちゃんも崖の上だし、ちゃんと木材を回収した上で俺達(凡人)の為にツタまで用意してくれてる!
「今更だけど、あの二人って何なんだろうな」
「本当に今更ね。……アンタの後輩とおばあちゃんでしょ」
こんな時ばかり俺の管轄にするな。
「そろそろ帰ろうか」
俺は昨日拾った量より少し多いくらいの木材を背負いアンを振り返った。
「もう少し拾っていかないっスか?」
アンは昨日拾った量より明らかに多い木材を背負いながら首を傾げた。
って、いやいやおかしいだろ?
昨日の時点で俺の数倍は背負ってたぞ?
今日は十数倍は背負ってるぞ?
重量どれくらい背負ってるんだ?
十倍か?二十倍か?
アンはカブトムシか何かか?
「……病み上がりだし早く帰ろうな?」
俺の提案にアンは目をキラキラさせ手を叩いた。
「なるほど!流石センパイッス!ボクの事まで考えてくれて宇宙一優しいッス!!」
アンはルンルン気分になり、素直に来た道を引き返しだした。
言ってみるもんだ。
純粋なのはありがたい。
だが、その純粋さが今の俺には少し怖かった。
昨晩の事でアンが俺に純粋な感謝の念を抱いてくれている事は十分すぎるほどわかった。
そんな純粋なアンに俺が思い描いているような立派な人間じゃない事がバレてしまったらと思うだけで胸がキューっとなる。
俺みたいなクズで愚図でヘタレだなんてバレたら、彼女に落胆されたら今度は俺が首を括るはめになるかもしれん。
「あ、アン?少し持とうか?」
全部は無理だけど、半分いや二割、五%くらいなら何とか持てるかもしれない。
「ありがとうございますセンパイ!でもセンパイも病み上がりなんスから僕がセンパイの分も持つッスよ!」
言うが早いか、アンは俺の後ろに回るとヒョイっと俺の背負子を片手で取り上げ、自分の左肩にかけてしまった。
「お、おおぉ……」
何というか形無しだ。
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