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無人島サバイバル★漂流日誌(略)  作者: 名久井悟朗


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30/45

やまないで!

 アンは名残惜し気に俺の腕から手を離し、折れた足のまま姿勢を正そうとして、初めて痛みに気づいたように顔を顰めた。

 足の痛みに姿勢を崩すアンの手を取って支えてやると、彼女は一瞬嬉しそうに顔を綻ばせ、しかしすぐに真面目な顔になった。

 彼女は俺の手をしっかり握ったままゆっくりと口を開いた。

「僕は弱い子なんス」

 そんな事ないと言おうとしたが、アンの手が僅かに震えている事に気づき俺は黙った。

「いつも不安で、いつも怖くて、だからいつも誰かと一緒にいて誰かについて回ったんス」

 言われて彼女の行動を思い出した。

 この島に来てから、彼女は一人で何かをしているのを見たのは最初に会った時だけだった。

 常に俺と行動したがっていたし、俺と離れる時も必ず誰かと一緒だった。

「小さい頃からそうなんス。誰かが一緒に居ないと不安で圧し潰されそうになるッス」

 それは危険を考慮して必ずバディを組んで行動していたからでもあるが、分かれて作業する時でも必ず誰かの視界から離れる事はなく、何か提案はしても誰かと一緒に行動するという事だけは絶対だった。

 何だったらトイレや川で体を洗う時も必ず誰かと一緒だったような気がする。

「家では親や姉妹が一緒にいてくれたし、学校では友人や部活の先輩方がいつもよくしてくれたッス。一人で寝れるようになったのは高校に入ってからだったッス」

 一人の方が多い俺にはわからないが、アンの様に一人の方が少ない人間にとってはコミュニケーションは食事や睡眠と同じくらい大切な事なのかもしれない。

 ただ、一人でなければいいという事は、特別俺を慕ってくれていたわけではないのだろう。

 少しだけ寂しく感じた。

「いつも誰かに嫌われないように振舞ってきたッス。いらない子って思われないように勉強も運動も頑張ったッス。部活の練習も先輩方の無茶ぶりやしごきも笑顔で答えてきたッス。いつも笑顔でいるよう頑張ってたんス」

 俺はアンの事を天才だと思っていたが、常日頃の努力が彼女を天才にしたのかもしれない。

「でも、それは全部一人が怖かったからなんス。皆僕の事を良い子だって言ってくれたけど、ただただ怖がりなだけなんス。良い子だったわけじゃないんス。虐めがあっても関わらないように、間違っても助けを求められないように皆の中に隠れて見て見ぬ振りもしてたッス。どっちに関わりたくなかったんス」

 これは予想外だった。

 アンもただ純粋な子じゃなかった。

 ただ、自分を守る為に純粋なふりをしていたに過ぎない。

 一人が怖くて、それから逃げる為に一生懸命だったんだ。

「必死に頑張って毎日を生きていたッス。お陰でいつも誰かと一緒にいれて、それなりに楽しかったッス」

 アンが力なく自嘲気味に笑う。

 寂し気な影のある笑顔、俺はそんな彼女を見ていたくはなかった。

「でも、あの日全部が終わったッス。気づいたら周りには誰もいなくて。ただ一人砂浜に倒れてたッス」

 あの時、俺も同じだった。

 気づけば見知らぬ土地でたった一人。

 あさましい俺はそれでも生きていた事を喜んだ。

 でも、アンにとってそれは恐怖以外の何物でもなかったのだろう。

「誰もいなかったんス。家族も友人も誰もいなかったんス。不安に押し潰されそうになりながら、見覚えもない土地でいるはずのない皆の名前を叫んで歩いたッス」

 彼女の手がブルブルと震える。

 俺はその手を優しく握った。

 アンは不安そうな笑顔で俺を見上げた。

「センパイと初めて会った時の事覚えているッスか?」

 俺は気からぶら下がっていたあの光景を思い出した。

 あの時泣いた後があったのはそういう理由だったか。

「実はあの時、木を登ろうとしてたんじゃなくて首を吊ろうとしてたんス」

 話の流れから何となく想像はついたが、直接聞くのとでは重みが違った。

 アンは俺を逃がさないように手を強く握った。

「一人が怖かったんス。一人だと何をすればいいか、何が正しいか、何もわからなくて怖くて怖くて、一人から逃げようとロープを持って木の上に登ったんス」

 一人が怖いなんて俺には理解できなかったし、自殺なんてもっと俺には理解できなかった。

 でも、アンがそれだけ怖かった事はわかった。

 俺はアンが強く握って手を更に強く握り返した。

「一人の恐怖から逃げよう。そう覚悟した時センパイを見つけたッス」

 俺を見上げるアンの震えは収まっていた。

「ん?俺が見つけた時、アンが絡まってたのは?」

「センパイを見つけた喜びで足を滑らせたッス。何とかしようと思ってわちゃわちゃしたら絡まったッス」

「いや、そうはならんやろ」

「そうなったところを助けてもらったッス!」

 いやたしかにそうだけど。

 椰子の実採ろうとして絡まったよりはマシか?

「だから、もう大丈夫ッス!!」

 何が大丈夫なんだろうか?

 アンは深くまっすぐな目で俺を見つめ、強く強く手を握り返している。

「それは良かった」

 今はわからなくてもいい。

 アンの不安が解け、安心して日々を過ごせるなら出来る限り協力してやりたい。

「親兄弟、友人なんていなくてももう大丈夫ッス!ボクには先輩がいるッス!」

 ん?

 さっきから瞬き一つせず俺を見つめ続けている瞳はまるで宇宙、ブラックホールの様に底が見えない。

 見つめ返すと、いや、見られているだけで吸い込まれてしまいそうな瞳、目を逸らす事が出来ない。

 握りしめいるアンの手が痛い。

「いやいやいやいや、それは言いすぎィ──」

「センパイはボクのヒーローで支えで命の恩人。ボクの命はセンパイの──」

 真っ黒な瞳に空の星が怪しく光る。

 何この娘怖い。

「ちょっと待てアン。俺の話を──」

「僕はセンパイのでセンパイは──」

 アンは俺の手を握ったまま大きく腕を振った。

 腕に合わせ俺の身体が引き寄せられる。

 ポスっ

 勢いのままアンの胸へと倒れ込むと彼女はそのまま強く抱きしめ、押し倒すように倒れ込む。

 強く強く。

 アンが何を考えているのか全く分からない。

 彼女が何を望み、彼女が何をしたいのか。

 ただ、その瞳に悪意はなく、純粋に俺だけを見つめている。

 ミシミシと骨が軋む音が聞こえんばかりに抱きしめながら、アンはその瞳で俺を見つめ続け──

「アン!こんな所にいたのね!!」

 突然頭上から光と声が降り注いだ。

「助けてっっ!!!」

 今俺がどんな表情をしているのだろうか。

 普段なら罵声を浴びせてくるであろう奏は、複雑な表情で僅空いた手で額を押さえた。

「アンタ何やってるのよ……」

 んな事俺が一番聞きたいわ!

 今がどういう状況か理解している奴なんていないぞ。

 色んな意味で色々ヤバイアンですら、今は目目グルんグルんで顔を真っ赤にしてるぞ。

 奏が迎えに来た事で妙なテンションから我に返ったようだ。

 恥ずかしくて死にそうな状態かもしれん。

「すまんが奏で早目にエリちゃんを呼んできてくれないか?」

 怪訝な顔をする奏に俺はアンの足を指さして示した。

「ちょっ!?何それすんんごくキモイ事になってるわよっ!?エリちゃーーーん!!アンがすんんんげぇキモイのーーーっっ!!」

 ちょっと待て、その言い方はすんげぇ失礼だ。



読んでいただきありがとうございました。

ブクマ・評価してクレメンス。

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