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無人島サバイバル★漂流日誌(略)  作者: 名久井悟朗


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知らない天井

 視界が滑った。

 一瞬遅れて体が左下に傾くのを感じた。

 足を滑らせた事を自覚した時には遅かった。

「センパイっっ!!」

 山の複雑な地形を歩きながら注意を怠り馬鹿な事を考えていたせいで、枯葉と草で隠れていた斜面に気づかなかったのだ。

 大荷物を背負い、歩き疲れていた俺に咄嗟の反応など出来るはずもなかった。

 背負った重量に釣られ、左肩から思い切り石や木々の埋まった斜面に叩きつけられ、痛みと疲労に支配された体は抵抗もできないままそのゴツゴツとした急な坂を勢いよく転がり落ちた。

 腕を伸ばそうと頭では考えても頭を守る事で精一杯、それどころか痛みと衝撃で全身が縮みまともに体が動かない。

 せっかく拾った木材がばら撒かれ、背負子の紐が千切れて何処かへ飛んでいく。

 背中の抵抗を失った体はゴロゴロと転がり、斜面というには急すぎる壁のような坂を落ちていく。

「あ」

 間抜けな声が出た。

 壁にもにた急な斜面すら失った感触と目の前に見えた切り立った崖の壁が見えたからだ。

「センパイッッ!!」

 墜ちながらも回転する体が偶然声の主の方へと向いた。

 アンが俺に向かって宙を飛んでいた。

 投げ捨てたのか彼女が背負っていた大量の木材が宙を舞っている。

 彼女に白く小さな、それでいて何よりも頼もしいアンの手が俺に延ばされている。

「センパイ!」

「バカ!お前まで──」

 アンの小さな手が俺の手を掴むとそのまま強引に引き寄せられる。

 アンの小さな体に力強く包まれ甘くも少し汗で酸っぱい香りが鼻腔を刺激する。

 次の瞬間、衝撃で俺は気を失った。



「知らない天井……いや、夜空だ」

 鬱蒼と茂る木々の間から満天の星空がのぞき、耳にはここ数日で聞き慣れた虫の鳴き声が響く。

 ふと、体を走る痛みから自分が今どうしているのか思い出した俺は、痛みも忘れて周囲を見渡した。

 そこに求めた姿があった。

「アンっ!?」

 目をつむり動かない彼女に這いよって、その口へ耳を寄せた。

「ヨシ、息はしてるっっ!」

 意識はないようだが、大きな出血はなく体温もあり、しっかりと規則正しく呼吸をしており、その呼吸に合わせて大きな胸も上下している。

 しかし、彼女の足はあらぬ方向へと曲がっていた。

 どうしたらいい?

 助けを呼ぶ?どうやって?

 アンを背負って帰る?道すらわからない。

 再度周囲を見渡した。

 夜の暗さに慣れてきた目が、月と星の明かりで照らされた森を映し出した。

 幸いにも落ちてきたであろう崖は思ったよりも低く、崖というよりは地滑りで出来た段差のようにも見える。何処か探せば上に登る事も十分可能だろう。

 しかし、だからといって全身に痛みを感じている俺がアンを背負って登るのは不可能だろう。

 たぶん万全の状態だって無理だ。

 遠回りでも迂回路を探す方が確実だろう。

「……っ」

 うめき声に振り替えると、アンが身じろぎをしゆっくりと瞼を開けようとしていた。

「っ!?無理をするな。足は……見ない方がいい」

 ショッキングな光景を見ないよう、アンの視線を遮るように彼女の顔を覗き込んだ。

 いくら超人じみたアンとはいえ、自身の足がぐにゃりと曲がった様子を見たらどうなるか。

 いや、見なくても痛みで泣き叫ぶのは目に見えている。

 何とかして少しでも気を紛らわせてやらないと……

「センパイ大丈夫ッスかっっ!!?」

 目を開いたアンは、上半身を跳ね上げると必死の形相で俺の身体をべたべた触り、出血はないか、骨は折れてないか、苦しくはないかと心配をしてくる。

 俺の事より自分の体の心配をしろ!

「俺は大丈夫だから動くなっ!足がヤバイ事になってるぞっ!」

「マジっすか!?センパイそんなに足痛いんスかっ!?何処っスか!?撫でるッスか?舐めるッスか?」

「俺の足じゃねーよ!お前だ!アンの足がヤバいんだってっ!」

「酷いッスっ!女の子の足がヤバいなんて言わないで欲しいッス!!確かにエリちゃんさんや奏さんと比べたら少し太いっスけどヤバイはないッス!これでも気にしてるッス!!乙女なんスよ!」

「そうじゃない!足がヤバい方向向いてるって言ってんだよ!?」

 俺の言葉にアンは「またまたぁ~」と視線を下げた。

「うげっ!?キモッッ!これヤバいッスよセンパイっ!?」

 だからヤバいって言ったんだよ。

 というか、俺が指摘するまで気にならないとか何なんだこの娘?

 いや、気づいた今ですら痛がってる素振り見せてないぞ?

「あ……センパイ痛いんで足撫でて欲しいッス♪」

 うっそだろお前。

 痛がっているなら触らない方がいいと思うし、本当に撫でて欲しいなら撫でてやらないのもおかしいのか?

 撫でる事自体はやぶさかではない。

 むしろずっと触りたかった!

 はち切れんばかりのお胸も魅力的だが、アンのはち切れんばかりの太ももも魅力的だ!

 だがしかし、触るならこうキモイ感じに捻じ曲がっていない時がよかった。

「だ、大丈夫か?痛くないか?」

 太ももの付け根からすげぇ方向へ捻じ曲がっているそれを見ないようにムチムチの太ももを撫でる。

 やわっこい。

 やわっこくて気持ちいいけど見るとキモい。

 感触は天国なのに視覚が地獄だ。

 見るな!

 というか、己の快楽よりもアンの心配をしろよ俺!

「いい……めっちゃ気持ちいいっスぅ」

 アンが蕩ける様な顔をしているがコイツ大丈夫か?

 いやまぁ、痛がっていないのならいいか。

「ふぅ……っっ!?」

 一安心し溜息を吐いた瞬間、激痛が走った。

「大丈夫ッスかセンパイっ?」

 すぐさま異変に気付いたアンがよろけた俺の身体を支える。

「大丈夫だ、気が抜けた瞬間痛みが走っただけだ。おー痛」

 痛いが叫んだり、動けない程ではない。

 アンがさっき確認してくれて、骨折や出血がないのは確認済み。

 もしかしたら骨に罅くらい入っているかもしれないが、そうであってもアンよりは軽症のはずだ。

 そうでなくとも彼女より辛い顔は見せられない。

「本当に大丈夫ッスか!?心臓マッサージは!?人工呼吸はっ!?」

「どれもいらんから落ち着け!というか、俺の怪我より自分の足を気にしろ!」

 というか、そんなえげつない曲がり方して本気で痛がってないとか神経死んでないか?

 それともアドレナリンだばだばで痛みが伝わってないのか?

「でもでも」

「でもじゃない!」

 駄々をこねるアンを睨みつける。

 それでも彼女は何か言いたげだったが、数秒睨みつけていると黙ってシュンと小さくなった。

「はぁ」

 己を顧みず、他人を思いやるのは美徳だが、限度という物があるだろうが。

 アンの事を大切に思っている人間もいるのだから、もっと自信を労わってくれないと心配になってしまう。  

 何かに怯える様に俺を見上げてくるアンの頭を優しくなでる。

「なぁ」

 アンは撫でられた一瞬嬉しそうにしたが、それでも不安そうに眉をハの字にして俺の顔色を伺っている。

「僕悪い事しちゃったッスか?」

 お前は何一つ悪い事なんてしていない。

 むしろ俺の為にすごく頑張ってくれている。

 でもそれが駄目なんだ。

 支え合わなくちゃ駄目なんだ。

「アン。日本ではどうだったんだ?」

 こん性格でここに来る前はどうだったのかふと気になった。

 いきなりの質問にアンは不思議そうな顔をした。

 そりゃそうだ。怒られるかと思ったらこんな突拍子もない質問だ。

 俺は話題を変えようかと思ったが、それより早くアンは言葉を選びながら答えてくれた。

「何も変わりないっスよ?勉強して部活して遊んで」

 笑って話すアンだが、その笑顔は何処かぎこちなさを感じた。

 さて、何をどう聞いたらいいのだろうか。

 この島に来て以来、アンは俺の事を先輩と呼んで色々と立ててくれた。

「アン。どうしてそんなに俺に世話を焼いてくれるんだ?」

 まどろっこしい聞き方はアンには向かないだろうと思って訪ねた。

 何より俺にも向いていないし。

「センパイを盛り立てるのは後輩の責務ッス!」

 真っすぐすぎる建前を真っすぐすぎる瞳で言い切るアンの顔に偽りの色はなかった。

 だが、その真っすぐな瞳は深すぎて底が見えなった。

 好意には違いないだろうが、俺が感じていた以上の何かがその奥から俺を覗いている。

 第一、ただのセンパイ後輩関係が、己の捻じ曲がった足より優先されるなどあり得ない。

 最初から分かっていた事だが、アンは異常すぎるのだ。

「それだって行きすぎじゃないか?」

 俺の問いにアンは笑顔で答えた。

 頭上に広がる夜空のような淀みのない澄み切ったどこまで続く深淵のような瞳で。

「変じゃないッスよ。センパイはボクの命の恩人っスから」

 その嘘偽りないアンの笑顔の裏にいるナニカに俺は恐怖を感じた。

「おかしいだろ」

 俺の拒絶ともとれる言葉にアンは初めて狼狽の表情を見せた。

 そして、俺に近寄ろうと足に力をこめるが、不気味に捻じ曲がった足では当然立つことはできない。

 それでも彼女は何度も立ち上がろうと力を込め、ジリジリと俺に縋り寄った。

「センパイ、僕何か悪いことしたッスか?気に障るようなこと下ッスか?」

 アンは怯え、媚びる様に俺の腕にしがみついた。

 恐怖を感じながらも俺は自然を装い、諭すように問いかけた。

「何も悪い事はしてないし、俺はアンに感謝してる。頼りにもしてる。でも俺にはアンの行動が理解できない」

 理解できないと言った瞬間、アンに捕まれた俺の腕に痛みが走った。

 アンの手が真っ白になるまで強く握りしめられ、俺の腕の骨が軋むのような音を立てている。

 それでも俺は痛みを耐えて言葉を続けた。

「だからこそ知りたいんだ。アンの事をもっとよく知りたいんだ」

 ふっと俺の腕が痛みから解放された。

 アンは手から力を抜き俯いた。

 僅かの間黙したままだった彼女は、顔を伏せたままポツリと訊ねた。

「嫌いにならないっスか?」

 顔は見えないが、アンは明らかに怯えていた。

 いつものはきはきと喋る彼女からは想像もできない程に小さく、不安に満ちた声だった。

「アンはアンだ。どんな事があっても頼りになる俺の大切な後輩だ」

 アンはゆっくり顔を上げ、想像通りの今にも折れてしまいそうな不安に満ちた顔で俺を見上げた。

「それに俺はアンのセンパイだろ?」



読んでいただきありがとうございました。

ブクマ・評価してクレメンス。

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