エリちゃんの教えた数式
何匹もの大型の魚と大量のワカメと貝を手に俺達は拠点へと戻ると、小屋からある程度離れた所に木と木の葉で出来た建物というより四方を壁で囲んだ何かが出来上がっていた。
そして、その側の土山でアンと奏が何かを弄っていた。
よく見ると彼女達が弄っている所だけ土が白っぽい気がするが、何をしているんだ?
「あ、センパ~イっ!」
俺達に気づいたアンが大きく手を振りこちらに駆けてくる。
「ただいま」
俺の前で急停止したアンに手を上げて挨拶をした。
「お帰りっス!エリちゃん先輩もお帰りっス!」
「只今じゃ。それよりその手に持っているのは──」
「そうこれッス!センパイこれ見て欲しいッス!!」
いや、何かわからんが俺よりまずエリちゃんに見せた方がいいと思うぞ?
言われるがままに彼女に連れられ土山まで行き示された場所を見る。
「これは粘土か?」
白みがかったその土を触ると、はるか昔泥遊びをしてた頃を思い出す、僅かに湿っぽく粘り気のある粘土だった。
「多分ね」
「これでお皿が作れるッス!」
アンや奏もそう思ったらしく俺達は答え合わせを求める様にエリちゃんを見た。
「どれどれ」
エリちゃんは粘土の前でしゃがむとそれを指ですくい、感触や匂いを調べる。
「どれ、味も見ておこう」
そう言ってエリちゃんは土を口に入れ舌の上で転がした。
「ん~」
「ちょ、何食べてるのっ!?ぺっ!しなさい!ぺっ!!」
しっかりを味を確かめるエリちゃんに奏は慌てて制止するが、彼女はそれを手で押さえしっかりと味わうと土を吐き出した。
「飢餓でもあるまいし、土を食べるわけなかろう」
飢餓状態だった食うような言い回しは止めろ。
……食わないよな?
「じゃあ何をしてたのよ?」
「だから味を見てたんじゃよ」
「それで粘土かどうかわかるの?」
奏の当然の疑問にエリちゃんも当然とばかりに答えた。
「うむ。間違いなく粘土じゃ。それも長石を多く含んだいい粘土じゃ」
長石が何だかわからないが、兎に角皿やら壷やらが作れるならそれはいい事だ。
「これで食器が作れるんスか?」
ワクワクした表情でアンが訪ねる。
「まずは窯を作る所からじゃないか?」
どうやって作るのかは知らんが。
「窯もじゃが、高温にするなら炭も作らねばならんのぅ」
確かに、薪を燃やしただけでは高温にはならんよな。
よくは知らんけど。
「だったら、炭も焼ける窯にするッス!」
「金属製品も欲しいな!」
「ついでにピサも焼ける窯がいいわ!」
奏の世迷い事は兎に角、粘土一つ出来そうな事、やりたい事の幅がグンっと広がったな。
しかし、そんな便利仲間が出来るのか?
あ、エリちゃんが微妙な顔してるから無理だなこりゃ。
となると、まずは炭からか。
ん?
「おい、奏で何俺を見てニヤついてるんだ?」
凄くいやらしい顔をしやがって。
「いえいえ、私は(・・)文明力の象徴である念願のトイレと文明の基礎である粘土を手に入れたわ?それでアンタは何を手に入れてきたのかしら無能君?」
クソ、ピザと陶芸をごっちゃにするアホの分際で調子に乗りやがって。
粘土を文明の基礎とか持ち上げ過ぎだろ。
てか、トイレが文明力の象徴ってなんだよ。トイレの女王って呼ぶぞ。
いやまて、トイレの女王に釣られて俺までレベルを下げる必要なんてない。
俺にも十分な成果があるんだ。
落ち着け。KOOLになれ。来芦長平。
「お前は目の前の成果が見えないのか節穴女?」
「は?なによ、アンタが朝に取ってきた海の雑草と私の真似して貝を採ってきただけじゃない?」
「そう!つまり俺はお前の倍の収穫量という事だよトイレの女王様?」
あ、トイレの女王ッて言っちゃった。
まいいか。
「誰がトイレの女王よ!!私なんて新発明と新発見よ!アンタより上よ!!」
「だぁ~れが、収穫物だけと言ったか早とちりトイレの女王がっ!」
「またトイレの女王って言った!!収穫物だけじゃないならどこに何があるのよ!」
俺は腕を組んでフッフッフッと笑って奏を見下ろした。
「なんと!海岸の日当たりの良い所に干物干し台を作ってきた!」
まぁ、乾物干し台と言っても南向きに少し傾斜のついた台なのだが。
「は?」
しかし、トイレしか知らないトイレの女王にはその素晴らしさがわかっていないらしい。
「既にいくらかワカメを干してきた」
魚を干さなかったのは、網のようなちょうどいい覆いがないので干したら動物に持ってかれるからだ。
ワカメを食べるようなのはいないだろ。多分。
「は?」
しかし、トイレの女王陛下は物を干す事の素晴らしさが気づけていないようだ。
「お前もしかして乾物を作る意味ってわかってないのか?」
少し気になってそう問うたら奏はイラっとして俺を睨んだ。
「そんな今年っているにきまっているわよ!乾燥機じゃ味気ないからよ!やっぱり洗った服を干すなら太陽で乾かすって事でしょ!布団とか干しても気持ちいし!」
いやまて、そこから勘違いしてるのか?
「洗濯物の干場じゃない。干物を干す日物干し台だぞ?」
一瞬フリーズした奏の顔が一気に赤くなった。
「──そ、それならそうと言いなさいよ!」
言ったよ。
言ったよな?
……言ったわ。
「言ったぞ」
「言ってないわ!」
「言ったって!」
「聞いてないわ!!」
「「ぐぬぬぬぬぬっっ!!!」」
言った言わない論争という終わりなき戦いの間にアンが割って入った。
「ちょ、ちょっと待つッス!!ええと、何でそんな所に作ったんスか?こっちにも干物を作るところあるッスよね?」
アンが言っているのはこの拠点にあるエリちゃんが作った日物干し場だ。
ちゃんと鳥とか動物に取られないよう対策もしてある。
「そうよ。なんでそんな遠い所に作ったのよ!」
ふふんっとなぜか奏が優位に立ったように笑う。
「大量に作りたいからだ」
ムカつくから奏は放っておいてアンに答えた。
しかし、彼女はその理由がわかならいのか首を捻る。
「アンタ馬鹿ぁ?そんなにたくさん作って何の意味があるのよ」
奏が調子に乗ってウザイ。
しかし無視だ。
挑発に乗ると話が進まない。
「アン。俺達のやるべきことは何だ?」
そう言われて彼女はハッと手を打った。
「もしかして、脱出用の食料を作ってるんスか!」
「流石にそれは気が早い。いやまぁ、あながち間違いじゃないけど」
気が早いと言われアンはまた首を捻った。
「ちょっと、私にも反応しなさいよ!!」
「脱出する……いや、出来るかどうかも調べなきゃならないだろ?」
そう言うもアンは不思議そうに口を開いた。
「センパイが脱出するって言うなら僕は全力でそれを手伝うだけっス!出来るか出来ないかじゃなくて、センパイがやるならやるッス!!」
Oh脳筋!
いや、この娘なら何とかしそうではあるがそうじゃない。
「その意気はヨシ。でも、アンやエリちゃん、ついでに奏の命もかかってるんだ。軽はずみな事は出来ない」
「ついでって何よ!?」
エリちゃんが微笑ましそうに俺の言葉に頷く。
「あ、一応聞いておくけど、皆は脱出したい?」
俺の問いに皆それぞれの表情を見せた。
「ホントアンタってバカね。帰りたいにきまってるでしょ?シティガールの私がこんな田舎で耐えれるわけないでしょ?」
馬鹿馬鹿しいとジェスチャーつきで答えたのは奏だ。
シティガールかどうかは知らない。
「僕はセンパイが望む方についてくッス!」
凄く単純な答えをキリッとした顔でアンは答えた。
答えだけ聞くと他人任せ、軽い気持ち思えるかもしれないが、その瞳には確固たる絶対の意志が浮かんでいる。
「ワシはいくらかこの島でゆっくりしてもよいが、お前たちが望むならそれを手伝おうかのぅ」
エリちゃんはどこ達観した表情で優しげな表情をしている。
各自考えは違うが、というか二名は案外このままでもよさそうだが、多数決的に一応目標は脱出でいいようだ。
「脱出するにはまず、やらねばならぬことがある!」
俺は全員の顔を見る。
皆、あの奏ですら真剣な顔でを俺を見る。
「すなわち現状把握。この島の大体の位置からこの島で獲れる動植物、可能ならば鉱石まで」
俺の発表に奏は息を飲み、アンは拍手をせんが勢いで感心し、エリちゃんは孫の授業参観に来ているような目で俺を見る。
俺は二つある山のうち、少し大きい方の山を指さして宣言した
「なので当面の目標を登山にします!」
「わかったッス!いつ登るっスか?」
「いや、なんで山登るのよ。そこに山があるからなの?アンタ登山家?」
止めろ。登山家とかワンダーフォーゲル部とかホモ臭くて嫌いなんだよ(偏見)。
まあ、そろそろ突っ込んで切るとは思ったが、妥当な所で突っ込んだだけよしとしよう。
そして、アンは素直過ぎる。
少しは疑問を持て。
「『そこに山があるからだ』ってのは、記者が毎回似たような事を聞くから面倒くさくて適当に答えていただけらしいぞ。知らんけど」
「へぇ~そうなの……。じゃなくて!なんで山に登るのか説明しなさい!」
っち!誤魔化されんかったか。
まあ、誤魔化す理由もないから答えてやるか。
「高い所から島周辺を確認する為だ」
奏なんだその目は、その馬鹿を見る目で俺を見るな。
そして、アンは信用しきった目で俺を見るな。なんでもかんでも否定する奏は問題だが、なんでもかんでも信用するお前が心配だ。
「……二人とも水面、海抜〇メートルの場合人は大体どれだけ距離まで見る事が出来ると思う?」
俺の質問に奏は首を捻り少し考えたが、すぐに諦めたのか眉を顰め俺を睨む。
「は?それがなんなのよ?意味わかんない。私を誤魔化す為に関係ない難しい話するのやめてよね!」
わからなかったのが不服らしい。
アンの方は俺が言いたい事がわかったようでポンっと手を叩いた。
てか、わかってなかったのに従おうとしてたのかよ。
正直なんにでも反対してくる奏より、なにも理解せずとも妄信してくるアンの方が怖い。
「わかりやすく言うと、高い所から見た方が遠くまで見渡せるとセンパイは言いたいんスよ」
アンが小学生でもわかる程度に噛み砕いて説明すると、奏はやっと理解したようでなるほど!と頷いてから俺を睨んだ。
「それならそうとパッと言いなさいよ!変にこねくり回して話を複雑にしないで!」
この脳足りんアンに説明してもらわないと理解できないのはてめぇだろうが。
まぁ、ここで喧嘩になっても話が進まないので声に出してまでは言わんが。
「アンは理解できてただろうがアホめ。テメェの理解力がないのを人のせいにするなこのクソボケ!」
おっと、心の声が漏れ出てしまった。
「なんですってこのアンポンタン!」
今どきアンポンタンなんて罵倒する奴がいるか!
俺はしばし奏と睨み合ったが、あまりに不毛だと視線を逸らした。
「ふふんっ!」
奏が勝ち誇ったようなドヤ顔が非常に不快だが、コイツと同レベルに落ちてはいかん。
平常心&余裕余裕。
俺はニコリと奏に微笑むと奴は何故か俺を睨んだが、今度こそ無視して何を言おうとしていたのか必死で思い出そうとした。
「……エリちゃん。あの山ってどのくらいの高さだっけ?」
海でいろいろ相談したのだが、忘れてしまった者は仕方ないよな!
「おおよそ八五〇メートルじゃ。ついでにその高さから見渡した場合、計算上は大体一一〇キロメートルほど見えるはずじゃ」
大体東京の秋葉原から富士五湖の本栖湖くらいの距離だ。
実際は天候等で左右されるが、まぁそんなもんだとエリちゃんは教えてくれた。
「どうやって測ったんスか?」
アンが不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。
だが、俺にそんなこと聞いてもわかるはずがないだろ。
「先生お願いします」
エリちゃんに丸投げをした。
「やれやれ、チョーヘイにはさっき説明したというのに。まぁよい、やったのは初歩的な三角測量じゃよ。公式がこうで視野距離は地球の半径と視点からの高さ──」
エリちゃんが説明しながら地面に公式や図を描いていく。
アンはフムフムと興味深そうに頷きながら質問を交えているが、俺には二度目でもチンプンカンプンだ。
ふと目線を上げると奏がアンドロメダ星人が白鳥座の郷土料理の調理方法を説明を聞いているかのような表情で固まっている。
うん。
きっとエリちゃんが教えてくれているのは高等数学というやつに違いない!
あれだ、超進学校や大学でやるやつだ!
一介の高校が何度聞こうが理解できるわけがない。
アンだって生真面目だから頷いてはいるが、実のところ理解できてるわけじゃないだろう。
「つまり、ボクの視点から見た場合、四キロメートル程度しか見えてないんすね!」
「うむ、その通りじゃ。花丸をやろう」
アンって頭いいんだなぁ。
読んでいただきありがとうございました。
ブクマ・評価してクレメンス。




