シェフ 三ツ星お外ご飯始めました
「どうじゃ?」
俺達の目の前には、いくつものサバイバル料理が湯気を立てて並んでいる。
外国語の書かれた大きめの缶にはアサリと蟹のスープ、大きな葉っぱには焼き蛤とベラと鯒の刺身、彩に何か知らない野草も添えられており、デザートには定番のココナッツもある。
「それでは皆手を合わせて……頂きます」
「「「頂きます!」」」
小学校以来だなこういうの。
なんて考えていたらアンと奏の手が俺の狙っていた大きな蛤を奪い去っていった。
「てめぇ奏二つもっ!」
「早い者勝ちですーー」
ッチ、言っていても仕方ない。
小ぶりな蛤を手に取る。
まだまだ熱いそれに息を吹きかけ冷まして口へと運ぶ。
「あっつ!」
でも美味い。
醤油も何もかけていないが、磯の香りが鼻を抜けしっかりとした蛤の旨味が噛むたびに口中に広がる。
「センパイ新しいの焼けてるッスよ!」
そう言うとアンが新たに焼き上がりじゅうじゅうと音を立てている貝を葉の上に乗せる。
「貝もいいが、塩で食べる刺身もなかなかじゃぞ?」
エリちゃんはそう言いながら箸で皮を炙ったキュウセンの刺身──霜造り──に塩にある寸前まで煮詰めたろ過した海水に付け口に運ぶと旨そうに咀嚼し「ん~♪」と声を上げ、小さなボトルから貝殻に琥珀色の液体を注いで呷った。
「っっくぅ~~。たまらんっ!」
「酒じゃねーか!!」
真横で吐かれたエリちゃんの甘い吐息に明らかなアルコール臭が混ざっている。
ってか、手に持った瓶が完全に有名な島国のウィスキーだ。
「エリちゃんそれはまずいッス!」
「駄目よエリちゃん!」
俺のツッコミで食事に夢中になっていたアンと奏も遅れながら気づき声を上げた。
「お酒飲んだら背が伸びないッス!それに筋肉にも悪いッス!」
「未成年が飲んじゃ駄目よ!」
ツッコミどころがおかしかった。
もっと大事なツッコミどころがあるだろうが。
「ワシは女子大生じゃから大丈夫じゃ。それにもう成長もせん」
成長しないという声が少し寂しそうに聞こえた。
「でもエリちゃん一七歳って言ってたじゃない……もしかして飛び級!?」
エリちゃん奏にまで一七歳なんてホラ吹いてたのか。
てか、信じる方も信じる方だ。
「成長しないなんてあきらめちゃ駄目っス!ボクもまだ大きくなるって成長ホルモン促進の為に毎日筋トレしてるッス!そして、アルコールは成長ホルモンに悪影響を与えるッス!禁酒して一緒に筋トレするッス!」
アン身長低めなの気にしてたのか。
しかし、背が伸びないのは成長ホルモンは胸に集中してるのが問題なんじゃないか?
「そうじゃ飛び級して大学三年生じゃから飲酒はOKなのじゃ!それにもうほんとに成長止まって久しいから筋トレは無意味じゃった」
成長止まっているという言葉に頭部がメガソーラーを設置された山の如き中年サラリーマンの「毛根が死滅したら育毛は無意味なんだ」というのに近い哀愁が漂っている。
まぁ、いいや。
そんな事より誰も言わない重要な事を指摘しよう。
「エリちゃん」
「なんじゃ?」
彼女は哀しみを流し込むようにまた一杯酒を呷った。
「それ、消毒とかに使えるから飲まずにとっておこう」
「ぐぅ……」
ぐぅの音が出た。
ちょっと追い打ちのような気もするけど、怪我した時の消毒は必要だからね。
仕方ないね。
それでもエリちゃんは助けを求める様にアンと奏の方を見た。
「アンタにしてはまともな事言うじゃない」
「お酒は筋肉に悪いッス!」
エリちゃんはぐぅの音も出ず遠くを見てポツリとつぶやいた。
「その内醸造でもするかのぅ」
「いや違法だろ」
「緊急事態じゃ仕方ない。なにちょっと前までそこらじゅうで皆どぶろくを作ってたんじゃ。このくらい問題ない問題ない」
ちょっと前?
色々ツッコミたいが、エリちゃんの手元にある小さな酒瓶だけでは確かに心もとないのは確かだ。
アルコールは色々使えると思うし、本当に作れるのなら目をつぶるべきか?
エリちゃんは飲めないのならば食べるしかないとドンドンと刺身を口に運ぶ。
「濃い塩水で食う刺身ってのは本当に美味いのか?」
疑問に思って聞くと、エリちゃんは何も言わず摘まんだ刺身を塩水につけ俺の前に差し出してきた。
「あ~ん」
食えという事か。
「あ~ん」
仕方なく口を開けるとエリちゃんの端が俺の口の中に刺身を運ぶ。
「……悪くない」
なんと言えばいいか。あまり食事に気を使わない、バカ舌に近い俺だが、普通に醤油で食べるより魚自体の味が長続きするような気がする。
上手く言い表しにくいこの感じなんだろ。
俺は自分で刺身をとって二度三度と口に運ぶ。
う~ん。俺は醬油の方が好きだが、確かに悪くないし、これはこれで味わい深い。
そんな俺をエリちゃんはニコニコと笑みを浮かべながら自身も色々と食べる。
「ねぇ、本当に生って大丈夫なの?」
刺身をパクつく俺とエリちゃんを見て奏が心配そうに声を上げる。
しかし、エリちゃんは手を振ってケラケラと笑った。
「大丈夫大丈夫じゃ。捌いた時に目視で確認したから多分大丈夫じゃ」
多分かぁ~。
逆に不安になった。
「不安だったらよく噛んで食べればよい。万が一寄生虫がおっても死に繋がるのはそうそうおらん」
そう言ってエリちゃんはパクパクと刺身を食うが、どうにも食指が止まってしまう。
「それなら大丈夫ッスね!」
アンは逆に食べだしたが、やはり奏も戸惑っている。
「それにのう。食べられる野菜が少ない今、ビタミン豊富な生魚を食べるのは大事じゃぞ?」
うう~ん。
そう言われるとこの島に来てから野菜どころか植物性の食糧なんて椰子の実しか食ってねぇ。
たしか、ビタミンが不足すると脚気とかいう病気になるんだっけ?
どんな病気か知らんけど。
「うぅ。仕方ないわね……」
奏も観念して恐る恐る刺身に箸を伸ばし、掴んだそれを上下左右あらゆる角度から確認して寄生虫がいないか探している。
「あ、これ!これ寄生虫っ!!?」
「それはただの筋じゃ」
「じゃあこれはっ!?」
「それは取り切れなかった薄皮」
奏は大分神経質になっているようだが、なんとも納得できない様子で弄り過ぎてボロボロになった刺身を濃い海水につけ、意を決したように口へ放り込んだ。
「う……」
ゆっくりと何度も何度も執拗に咀嚼しゴクリと呑み込む。
「……美味しいわ」
驚いたように言った。
「ただの濃い塩水なのにいつも食べてるお刺身より魚の味が凄く出てて美味しかったわ!」
奏はそう言うとよほど気に入ったのか咀嚼をしつこいほどするもののパクパクと何度も刺身を口に運ぶ。
「そうじゃろそうじゃろ!」
刺身を進めた当の本人は貝と蟹のスープに舌鼓を打ちながらうんうんと満足そうにしている。
そう言えばエリちゃんは貝を食べたいと言っていたが、アレは半分くらいは本気だったのかもしれないな。
毒蟹の件もそうだが、あれだけ色々と詳しいエリちゃんが貝の名前を忘れるなんて考えずらい。
そう思いながら俺も貝と蟹のスープに手を伸ばすと丁度同じように手を伸ばしていたエリちゃんの手に触れた。
「おっと失礼」
彼女はそう言うと手を引っ込めた。
「あのエリちゃん?」
「どうした?」
「エリちゃんが貝を食べたいって──」
言いかけた口にエリちゃんの小さな人差し指が触れた。
「しーっ」
彼女はウインクをしながら悪戯っぽく笑った。
読んでいただきありがとうございました。
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