蟹天国
「センパーイ!蟹大量ッスよ!」
バケツに山盛りのカニを持って得意満面の笑みのアンが駆けてくる。
「おおっ!でかしたアン!」
その後ろに銛だけを手に不機嫌そうな奏が俺を睨んでくる。
「何よ」
「睨んできたのはお前だろうが」
言いたい事はわかる。
何が原因かもわかる。
今の俺も共感にも近い感情で一杯なんだ。
だから言うな!
「一回ちゃんと刺さったのよ!でもトゲトゲしててどうやっていいか悩んでる間に逃げちゃったのよ!!」
ええい!言わんでいいのに!!
「大丈夫じゃったか?刺されたりしとらんか?」
話を聞いていたエリちゃんが心配そうに奏の手を取って、小さく白い手が包み込むように触診する。
「大丈夫ッスよ。アレはカサゴだったっス。それに触る前に逃げちゃったッス」
アンの言葉と確かに刺されたような傷がない事にエリちゃんはホッと安堵の息をついた。
「カサゴに似た魚でオニカサゴやハオコゼなんかの毒のある魚もいるからトゲトゲした魚を取ったら要注意じゃぞ?見慣れない魚は触らない事じゃ」
「そのくらいの魚の判別だったら自分も出来るんでわかんなかったら聞いて欲しいッス」
よくわからんが、海には触るだけでも危険な魚がいるのか……
次からトゲトゲした魚を見つけたらアンかエリちゃんに尋ねよう。
「そんな事より、アンタたいして何もできてないじゃない!エリちゃんの足を引っ張ったんじゃないでしょうね!」
年下と年下にしか見えない少女(?)に心配され俺と同じくプライドを砕かれた奏の鉾先が俺に向いた。
いや、足を引っ張ったのは事実だが、半日でここまで組めたのは凄まじい(エリちゃんの)成果だろうが。
「そんな事ないぞ?チョーヘイは働き者でワシの数倍頑張っておった。このペースなら今日の夕方にはそれなりに形になっているはずじゃ!」
幼女に庇われる俺の立場……
そんなにハードルを上げるのは止めてくれ。
午後もエリちゃんにおんぶにだっこにされる予定が・・・・・・
てか、エリちゃんもアンも俺を上げてくれるのは嬉しいが、結果俺を追い詰めている事に気づいてくれ。
正直役立たず同士奏といがみ合ってる方が気が楽だ。
「何見てるのよ。セクハラで訴えるわよ」
やっぱコイツ嫌い。
「それじゃあ、そろそろお昼にしないッスか?」
アンはお腹が空いて仕方がないと蟹が入ったバケツを持ち上げて声を上げる。
昨日の夕食も今日の朝食も蟹。
このままだと三食連続蟹になるが、俺は一向にかまわないしアンも楽しみだという思いが溢れ出した顔でバケツから逃げ出そうとしてる蟹をバケツへ戻している。
蟹は最高だ。
「ちょっと待つがよい」
そう静止したのはエリちゃんだった。
彼女はアンの持ち上げたバケツを手を伸ばして受け取ると中を覗き込んで一匹の蟹を取り出した。
それは小ぶりだが饅頭の様に丸々とし、すべすべとした光沢ある姿が実に美味そうだ。
「これはダメじゃ」
「「あっっ!!?」」
そう言うとエリちゃんはその旨そうな蟹をポイっと投げ捨て、俺とアンの悲痛な叫びが上がる。
「何で駄目なスか!?」
「この大自然の真っただ中でもっと大きくなってからとかいうけち臭い理由は認めないぞ!俺達は今蟹を欲してるんだ!!」」
アンと二人でエリちゃんに詰め寄ると彼女は驚き半分、呆れ半分の顔で俺達を制した。
「アレは有毒じゃ」
それも猛毒とエリちゃんが言うと俺とアンは顔を見合わせた。
「毒蟹……むぅ、あれはまさか!!」
「知っているのかアン!?」
眉を顰め陰影が濃くなったアンが頷く。
「言われてみれば姿を見た事はなかったが文献で読んだある蟹の伝聞そのままの見た目ッス」
「ゴクリ……それはなんていう名前の蟹なんだ?」
劇画調に顔が濃くなったアンが深刻そうに口を開いた。
「スベスベマンジュウガニッス」
「見たまんまじゃねーか!」
捕まえてすぐに気づけ。
「たしかフグと同じテトロドトキシンを持ってるはずッス」
「見た目と反比例した即死トラップ!?」
てか、毒の成分まで覚えていて何故姿を忘れている!?
「ついでに食性から貝毒まで蓄えてる事のあるヤベェ蟹じゃぞ」
「二重毒とかオーバーキルスペックっ!!?」
なんだよ、海の生き物はどれだけ殺意剥き出しで生きてるんだよ。
もしかして擦り傷だからけの手で触ったら危なかったりするのか?
「海の生き物は陸上より毒持ちが多いからのぅ」
俺がたじろいでいるとエリちゃんはバケツを地面に置いてじっくりと中身を調べだした。
アンと再度顔を見合わせた。
「昨日食べた蟹に毒持ちはいなかったッスよね?」
「今大丈夫だし大丈夫じゃないか……多分」
アンと二人青ざめる中エリちゃんは「これはウモレオウギガニじゃったかな?」等と言ってまた一匹蟹を投げ捨てた。
「アンタ達辞世の句でも用意しといたら?」
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